Sat.

花の下その3  

 その頃―――。

「出口、ないわね…」

 あの途轍もない眠気から必死に覚醒したシシリーは、白いだけの空間を、出口目指して一心に進んでいた。
 一度だけ立ち止まった時、例のここにシシリーを連れて来た女性が現れ、

「逃げては駄目…。あなたは私の探し物の代わり…どこへも行けないわ…」

とかなり意味深なことを囁いて姿を消したが、シシリーは彼女の言っている意味がよく分からず、怯えることもせずにさっさと歩き始めていた。
 しかし、歩いても歩いても、出口どころか石ころ一つ見つからない。

「はあ…この場所もあの女性も、普通じゃないことは確かね…」

 何しろ、出会ってからずっとくっつきっぱなしの精霊たちがいないのである。
 危ないと叫んでくれたのはスピカだったはずだが、彼女(?)やランプさんは無事なのかどうか――自分の現在置かれている状況よりも、そちらの方がよほど気にかかっている。
 とは言え、精霊たちについて知ろうと思うのなら、まずはここから出るのが先決なのも確かだ。

「二匹とも……大丈夫かしら……いてて」

 長い行軍に慣れているはずのシシリーの足にはマメが出来ているようで、右足に感じた違和感にふと足を止めた。

(どうしたらいいんだろう――どうすればここから出られる?分からないまま歩き続けるのは、もう限界かもしれない)

 ほんの少し弱気になったシシリーの心境を察したように、白い女性が現れる。

「もう、疲れたでしょう…?いいのよ…楽になることを選んで…」
「………」
「ここにいればいいわ…全部手放してしまえばいいの…」

 途方にくれた迷子が縋ってしまいそうに優しく、囁くような声で女性はそう言ったが、頷くわけにはいかなかった。
 ここには光の精霊たちがいない。何より、彼女が今まで率いてきた――旗を掲げる爪の仲間達もいない。

「…こんな場所にいつまでもいるなんて、耐えられないわ。私は楽になることは選ばない。私を待つ人たちがいるんだから…!」
「……」

 女性は不満げな顔になって、白の空間の中に溶け込むように消える。
 シシリーはそれを一顧だにせず、胸を張ってまた歩き始めた。
 どこまでも、どこまでも白い空間。
 もうどのくらい歩き続けているのか、確かめるすべもない。

「…白以外の物が見たい…」

 例えば、ロンドが担ぐスコップの燃え盛る赤。
 例えば、力強い風を生むテーゼンの翼の黒。
 例えば、――――。

「…アンジェ、怒ってるだろうなぁ」

 茶色いつぶらな瞳を脳裏に浮かべ、シシリーは小さく微笑した。
 どこに向かっているのかすら分からないまま、なぜ歩き続けているのか。
 その答えはさっき、女性に向かって啖呵を切った通り――帰りを待つ人たちがいるからだ。
 微笑んでいるシシリーの視界を横切る、何かの『色』があった。

花の下6

 びくりと体が震える。

「…花弁?」

 薄紅色の花弁が、目の前を散って行った。

「どこから…?」

 花はどこにもないというのに――不思議に思ったシシリーが辺りをきょろきょろと見渡すと、急にまた、あの白い女性が現れた。
 今度は、ずいぶんと焦っているような、さもなければ苛立っているような顔つきである。

「…どうして…どうして?あなたは近づいてくれないの…」
「え?」
「一体、何があなたを引き止めているの…?」
「何を言っているの?」

 まったく意味が分からないと、シシリーは憮然となった。
 彼女をこの場所に引き止めているのは、むしろこの女性であるはずなのに。
 そこまで考えて、ふと思い当たる。

(それとも…私が、帰ろうとしている場所に心を引き止めているって意味?)

 ぱさついた銀の前髪の下で、菫色の目が咎めるように彼女を睨んでいる。

「もう、いいじゃない…もう、私にくれてもいいじゃない…」
「あなた一体何を……」
「ねえ、ちょうだい。あなたの身体」
「!?」

 叩き付けるような風に、いつの間にか降っていた薄紅色の花弁が舞い上がる。
 視界を覆い尽くす花弁に、目の前の女性の姿が霞んでいった。

(違う、これは…私の、意識…が…こ…こんな、所で…助けて………)

 もう、今度こそ抗えないかもしれない――それほどの強さで意識が侵されていく、直前。
 シシリーは一つの名前を呟いていた。
 その瞬間、暗闇で閃光が爆発するかのように、シシリーの脳裏である声が響く。

『はっきり、口にするんだ。君の気持ちを。否定するんだ、彼女の侵蝕を』
「あ……」

 口が、動く。
 
「こんな所で、寝てるわけにはいかないわ!!」
『そうだ、その通りだ!』

 かつて温かなテノールで奇跡のような歌を披露した男の声が、彼女の意識を繋ぐ。
 舞い上がる花弁を掻き分け、無我夢中で走り出した。
 どこからか、もう一つ知っている声が聞こえてくる。

「…ちゃん、ねえ、起きてよ」
「……もしかして」
「姉ちゃん、ねえ、起きてよ姉ちゃん…!」
「アンジェ……!!」

 声の聞こえる方角は、柔らかな森の緑に光っている。
 シシリーは闇雲にそこへ飛び込んで――。

「う、うーん…?」
「姉ちゃん!」

 シシリーの視界に、どんぐり眼に涙を湛えたアンジェの顔が飛び込んできた。
 自分はどうやら、仰向けに倒れているらしい。
 ごつごつした木の根の感触や土の匂いを感じながら、強張った唇を懸命に動かしてみる。

「アンジェ…?え、どうして…?」
「どうして、じゃないよ!急にいなくなって…どれだけ心配したと思ってるの」
「…心配、してくれたの?」
「当たり前でしょ」

 ふうわりと辺りが微かに明るくなった。
 森の何処かの枝に潜んでいてくれたらしいランプさんとスピカが、先を争うかのようにシシリーの肩へと舞い降りてくる。

「そっか…あなたも、あなたたちも、”引き止めて”くれてたのね…」
「は?」
「ううん、なんでもないわ。それより…」

 半身を無理矢理起こすと、ひと際強い風が花弁を舞い上げた。
 薄紅色の向こうに、白い女性の姿がある。

「どうして…」

 アンジェにとって初対面となるその女は、眉根を寄せてこちらを睨んでいる。

「…あなただね?姉ちゃんを連れて行ったのは」
「邪魔しないで…もう少し…もう少しで、その身体は私のもの…」
「…あなたの物になんて、させないよ」

 アンジェはすっくと立ち上がると、女性の視線からシシリーを守るかのように前に立ち、腕輪から鋼糸を引き出して構えた。

「どうして…どうして…邪魔しないで……!」
「アンジェ……!」

 尋常の人間ではないから気をつけろと言うつもりだったが、アンジェはもうそのことを知っているかのように充分な間合いを取っており、その距離から糸を奔らせた。
 いつも援護をくれる吟遊詩人や魔術師がいないため、いつもの鋭さを欠いた糸はことごとく避けられてしまったものの、女性の槍と見紛うばかりに尖った腕がアンジェへ突き出されるのを、こちらも素早いステップで回避した。

(勇気をくれた――引き戻してくれた――なら、私もそれに応えなきゃ!)

 シシリーは相手が花の化身であることを考慮し、≪Beginning≫に集中した法力を猛る炎へと変えた。

「いえええいぃっ!!」

 燃える刀身は、白い女性の身体を袈裟懸けに斬った。

「ああ、もう…終わりなの…?」

 女性の姿が薄れ始めた。
 おそらく、長い時間は姿を留めておけないのだろう。

花の下7

「どうしてなの…?どうしてあなたは、連れて行けないの…?」
「それは…置いて行けない相手がいるからよ」
「…私の、身体…。私の…」

 悲しそうな表情を浮かべた女性の姿を、風に舞い散る薄紅が消し去った。

「…終わった、のかな」
「そうね……夢を、見ていたような気がするわ」
「夢?」
「どこにも行けない夢よ。全然知らないところで、歩いても歩いても出られなくて…」

 くすりと彼女は笑った。

「もう疲れちゃって、諦めようかと思うくらいだったわ」
「嫌な夢だね…」
「そうでしょう?疲れすぎて、これしか考えられなかった……アンジェのところに、みんなの待つ場所に帰らなきゃって」
「…そっか」

 アンジェは何かを言いかけたが、結局、ただ笑って頷いただけだった。

「さて、心配かけちゃったみたいだし、早く帰りましょうか」
「うん、そうだね。…そういえば、買出しの荷物はどうしたの?」
「……えっ」
「まさか……姉ちゃん、落としたとか……?」
「大丈夫ですよ、ご主人様」

 ぴょん、とシシリーの肩からアンジェの頭の上に移動したスピカが口を挟む。

「荷物でしたら、私とランプさんで隠しておきましたから。ここからすぐ取りに行けますよ」
「ああ、良かった!また買い直すお金なんてないもの、助かったわ」
「もう、姉ちゃんってば。あたしが目を離さなきゃいいのかな……」
「いや、もうちょっと信用してってば!そりゃ、今回は私が悪かったわけだけど…」
「…ん?ねえ、頭に花弁ついてるよ」
「え、どこ?」

 アンジェがシシリーの前髪にそっと触れる。

「ちょっとじっとしてて、取ってあげるよ。…あっ」

 シシリーにひたりとくっついていた花弁は――風に攫われて、どこかへ消えた。

※収入:報酬0sp、≪飴玉≫
※支出:
※むー様作、花の下クリア!
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■後書きまたは言い訳
38回目のお仕事は、某所でもお世話になっているむー様の花の下です。
本来ならば恋人とか片思いでやることを想定された作品だとは思うのですが、ここはあえてシシリーとアンジェの義姉妹でやらせてもらいました。
二人用のシナリオなのに、シシリーに召喚獣二つ+元芋虫男という助けがあったために、明らかに団体様で挑む内容になっちゃってますが…そのため、エンディングまでちょっと変えております。
むー様、申し訳ございませんでした。
この作品自体は、特に何かのシナリオとクロスオーバーなさっているわけではないのですが、あれやこれやと今までの冒険で出てきた人や場所を挟み込ませていただいてます。
リューン市内あるいは近郊で起こった出来事となると、どうしたって今まで培ってきた伝手や信用を使わないわけがないので、思いつく限りは書いてしまえとやらせて貰いました。

スチームサイクロプスが出る不思議な搭=風来土方様のリューン再発見
狼が出た西の森=スロット様の狼の森
ヴィレッド不動産=オサールでござ~る様の幽霊屋敷
赤い一夜事件=flying_corpse様の赤い一夜
迷宮のアポクリファ事件=吹雪様の迷宮のアポクリファ
同業のセリリ一行=VIPの>>154の方様の不遇の呪文

こうして振り返ると、本当に色々な仕事を請けていますね…。
物凄い心残りなのは、季節的な意味でもうちょっと早めにこの依頼をプレイすべきだったんですが……で、でも世の中には寒桜ってものもありまして!(苦しい言い訳)

また、始めの方でテアの書いた新曲が【愛の手管】となっておりますが、これは金貨一枚でこんなことができる(甲蟹様作)で、≪星の金貨≫と引き換えに貰える技能です。
今まで使っていた【活力の歌】だと効果は大きくても持続時間が短いので、そろそろ代わりになる呪歌か呪曲を探そうと思っていた矢先に、砂漠を使った綺麗なスキル絵の【愛の手管】を発見しまして。
ああ、提琴弾きの依頼(あめじすと様作)後の婆ちゃん、きっとこういうの作ったに違いないと(笑)。
とってもいいタイミングで見つけたので、思わず新曲とさせていただきました。
甲蟹様、ご不快でしたら誠に申し訳ございません。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/04/23 12:01 [edit]

category: 花の下

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