Sat.

花の下その2  

「うう…ん…」

 シシリーはゆっくりと目を開けた。
 視界が酷くボンヤリしていて――なんだか、とても眠かった。

(…ダメだわ…眠い…)
 所有者の意に反してすぐくっつこうとする瞼を不屈の意思でこじ開けて、シシリーは起き上がった。
 そこは、白いだけの空間だった。
 部屋の中なのか、外なのかも分からない。
 部屋の中だとすれば広すぎるし、外だとすれば何も無さ過ぎた。

花の下4

「私は、確か…買い物の帰りに、誰かと会って…」

 ふうわりと、白だけの空間の一部が歪み――。

「…あっ!」

 いつの間にか、女性が佇んでいた。
 シシリーは彼女によってここへ連れてこられたことを思い出した。

「…起きたのね…。眠っていて…良かったのに…」
「あなた、一体誰?私をここに連れてきたの、あなたでしょ?何が目的で…」

 とにかく情報を引き出すべきだと判断したシシリーは、矢継ぎ早に尋ねながら腰のベルトポーチに手を伸ばしたが、ランプさんやスピカの入っている様子がない。
 思わず打ちそうになった舌打ちを慌てて飲み込み、キッと女性を睨み付けた。

「探すのに、疲れてしまったの…。でも、代わりが見つかったからもういいわ…」

 こちらの言っていることを聞いているのかいないのか。
 囁くような声で、女性はそう言った。

「代わり?一体、何の…」
「まだ、駄目だから…まだ、眠っていて…」
「何、を…っ!?」

 先程よりも強い眠気がシシリーを襲った時、不意に気がついた。
 そもそも、スピカは宿主の精神状態を正常に保ってくれる魔法を使う。
 魔法や技によって引き起こされる恐慌状態や激昂のほか、眠気も払ってくれるはずなのだ。
 それが効かないということは――。

(スピカは、同じ空間にいない――!?)

 とは言え、思考が続いたのはそこまでだった。
 より強い睡魔が彼女の意識を捕らえ、無理矢理に引きずり込もうとしている。
 今度こそ、目を開けていられない。

(…ああ。アンジェ…帰りが遅いって怒ってるでしょうね…)

 シシリーが意識を手放したその時――≪早足の靴≫を履いた足を忙しなく動かして、アンジェは木の実通りへとちょうどやって来ていた。

「さて、これからどうしようかな。何か手がかりでもあればいいけど」

 恐らく、商人がシシリーを見かけたというのは昨日のことなのだろうと、アンジェは見当をつけていた。
 まだ昨夜の話であれば、飲み屋から帰ってきた商人や職人たちが彼女を見かけて覚えている可能性がある。
 とにかく聞き回ってみるか――と、相当の労力を使うようなことを考えていると、ふとアンジェは自分へと向けられた視線に気づいた。
 そちらを見やると、淡い金髪の少女が立っている。
 服装からすれば、恐らく木の実通りの住民の子だろうと思われた。
 ホビットを見つめる子供の目は、キラキラと輝いている。

「ねえねえ。もしかして…≪狼の隠れ家≫のアンジェさん!?」
「え?うん、そうだけど…どうして知ってるの?」
「だって、有名人だもん!とーっても強い冒険者さんなんでしょ?」 
「え、あ、そうか、ここ……」

 アンジェはこの木の実通りの突き当たりに、こないだ踏破した搭が建っていたことを思い出した。
 旗を掲げる爪が挑戦した不思議の搭は、誰が建てたかも分からない魔法の建築物であり、入るごとにその通路も階段も場所を変えてしまうという、ある意味悪夢のようなダンジョンである。
 そんな搭を最上階まで制覇し、スチームサイクロプスというモンスターをやっつけたパーティが現れたのは、結構久しぶりの話であったらしい。
 そんな地元の大ニュースなら、この辺の住民に知られるのは自明の理だった。
 とりあえず、自分を警戒しないのなら話は早いと、アンジェはシシリーについて聞き込むことにした。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「うん、なあに?」
「実は、人を探してるんだけど…」

 シシリーの特徴――身長は170センチと少し、細身で腰に長剣を佩き、蜂蜜のような金髪を肩につくくらいで切り揃えてある聖北教会の修道士――と細かく説明したが、反応はまったく芳しくなかった。
 知らない、という返事に肩を落としたアンジェを気の毒に思ったのか、少女は申し訳なさそうに、

「ごめんね。花の咲く季節はね、遅くまで外にいちゃいけないって言われてるの」

と言い出した。
 一体どういうことだろうと目を瞠っていると、少女はさらに付け加えた。

「じゃないと、連れて行かれちゃうから」
「連れて行かれる?」
「そうだよ。探しものをしてる女の人に声をかけたら、連れて行かれちゃうよ」

 少女はそこまで話すと、きゃあっと笑いながら駆けて行ってしまった。

「声をかけたら、連れて行かれる?……嫌な予感しかしないよ」

 アンジェは眉毛を八の字に下げてぼやいた。
 民間伝承なのか何なのかは分からないが、もしもそんな人物がいたとしたら、お人よしの聖北教徒はほぼ間違いなく親切心から声をかけてしまうだろう。
 とはいえ、悪魔という正体を露にした仲間を、紆余曲折ありながら受け入れた剛胆なシシリーである。
 暗示や魔法をかけられても、そのまま言うなりになるとも思えない。
 彼女が現時点でどこにいるにしても、きっと≪狼の隠れ家≫に戻るため全力を尽くすだろう。
 アンジェは姉同然の女性を信じ、木の葉通りを中心に捜索を続けることにした。

「どこに…どこにいるのよ、姉ちゃん……」

 昨日からほぼ徹夜だったアンジェだが、ここで足を止めるわけには行かない。
 彼女は自分が覚えている限りの伝手を、徹底的に使うことにした。
 盗賊ギルドは勿論のこと、≪幽霊屋敷≫を抱えていたヴィレッド不動産や、≪赤い一夜≫事件や≪迷宮のアポクリファ≫事件で知り合った知り合いの治安隊、果ては同業のヴィスマールで行方不明になっていたセリリ一行にも声をかけて探し回っているというのに、まったく成果が上がらない。
 そろそろ日が傾いてきたのを視認し、アンジェは涙を必死に堪えた。

「姉ちゃん、どこにいるんだろ…。もう、他に心当たりは…」
「あれっ?」

 聞き覚えのある幼い声に、アンジェはくるりと振り返った。

「お姉ちゃん、まだいたの?」

 今朝、アンジェに声をかけてきた金髪の少女であった。

「ああ、うん…。探している人が、見つからないんだ」
「でも、早く帰らなきゃ連れて行かれちゃうよ?」
「それは困るなあ…けど、姉ちゃんがいないと、帰れないんだ」
「どうして?」
「うーん……」

 シシリーは旗を掲げる爪のメンバーであり、大事なリーダーでもある。
 そして長い時間を、それこそ赤子の頃から世話してくれた姉とも慕う女性だ。
 アンジェはそれを、自分よりも幼い相手に上手く説明できる自信がなかったので、

「大事な人だから」

とだけ答える。
 ふうん、と納得したようなしてないような生返事をする少女に、アンジェは朝から抱いていた疑問をぶつけてみることにした。

「ねえ、さっきも言ってたけど、連れて行かれるってどういうこと?どこに連れて行かれるの?」
「花の下の世界だよ。あの女の人はね、花の下に埋められてるんだって」


『いいかい、よくお聞き。花の季節になったら、遅くまで外にいてはいけないよ。花の季節になると、あの女が現れる。自分の体を捜して、現れる』
『……』
『あの女は、困っている様子で佇んでいるだろう。でも、決して声をかけてはいけないよ』
『どうして?』

花の下5

『女が探している、見つからない身体の代わりにされてしまうからね。花の下に埋められたあの女のようになりたくなかったら、声をかけてはいけないよ……』


 ……というのが、この木の葉通りに住む少女が自分の祖母から聞いた話だったらしい。
 おばあちゃんはそう言ってたと、この年頃にしてはかなり正確に祖母からの話を語ることができた少女の記憶力を讃えるよりも先に、アンジェはどうしても知りたいことを問うた。

「…ねえ、その花がどこにあるか知ってる?」
「西の森の奥だよ。薄紅色の花が咲いてる樹があるの」
「そっか……ありがと」

 少女の説明による西の森とは、以前にアンジェたちが近隣の農民から狼退治の依頼を受けた場所だった。
 今、彼女の首に掛かっている≪剣士の護符≫が落ちていた森でもある。
 街道の途中からやや道を外れていったことを思い出しながら、アンジェはくたくたになった足を必死に動かして目的地へと走った。
 何故だが確信があった――シシリーは、そこにいると。

2016/04/23 11:58 [edit]

category: 花の下

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