Sat.

花の下その1  

「遅くなっちゃったわね」

 暮れゆくリューンの街を見つめつつ、シシリーは小声で呟く。
 彼女はこの日、街中へ1人で買出しに来ていた。
 最近の旗を掲げる爪は、ロンドが氷鏡の化け物によって監禁された事件の後、彼が勝手に買い漁っていた雑貨をウィルバーが容赦なく売り飛ばしたり、リューン市内のとある不思議な搭に挑戦して宝箱を開けたりしている内に、少し小金が貯まっていた。
 そのため、先頃ようやっと【愛の手管】という新曲を書き上げたテアを労わる意味で、彼女のための新しい防具をあれこれ物色したり、ついでに自分やアンジェの食べるおやつを買ったりしていたら、いつの間にやら日が沈みかけていたのである。

花の下
 あまり遅くなるとアンジェがうるさい――シシリーはちょっと足を速めることにした。
 ロンドが化け物に取って代わられそうになったことは、ホビットの娘にとって結構なトラウマになってしまったらしい。
 あの日以来、別行動を取ったシシリーやロンド、あるいはテーゼンが遅く帰ってくると、どこに行ったのかどうして遅くなったのかを、いちいち問い質してくるようになったのである。
 それに辟易したのか、きっかけを作った当人であるロンドは一人用の依頼を受けて旅立ち、テーゼンも逃げるが勝ちとばかりに、違う依頼を受けに行っている。
 ちなみに彼女がテアやウィルバーに訊ねないのは、さすがに彼ら年長組は最年少の仲間を慮り、自分の外出のことを前もってアンジェに伝えているからなのだが、若者たちにその配慮はまだ理解できていない。
 確かに一度はパーティが解散しそうになったこともあるし、アンジェなりに心配してくれているのかもしれないが、もうちょっと信用して貰えないものか――シシリーはため息をついた。

「…あら?」

 春の海と同じ色をした双眸の先、小さな店が軒を連ねるあたりに、女性が1人佇んでいる。
 じっと俯いているのは、探し物でもあるのか…それとも具合でも悪いのだろうか?

花の下1

 少し首を傾げた後、どうしても彼女のことが気になったシシリーは、そっと女性へ近づいた。
 なるべく相手を驚かせないよう、優しく声を掛ける。

「あの、どうしたの?」
「……え?」
「いえ、そんな所で俯いているから。探し物かしら?それとも、具合が悪いの?」
「…あなた…優しいのね…」

 女性は、微かに笑った。
 こちらに向き直った彼女は、酷く顔色が悪いように見える。
 ややぼやけたような菫色の瞳が、ようやくシシリーの姿を認めて焦点を結んだようであった。

「探し物が…見つからないの…。それで、とても…困っているの…」

 ぱさついた感じの銀髪が、ゆらりと削げたような頬の横で揺れた。
 とても好感を持てる容姿とは言えないのに、それでも相対していて不快感は感じない――か細い声すら、こちらの庇護欲をかき立てるような響きを伴っている。

「そうなの…大変ね。良ければ手伝うわよ。早くしないと、暗くなるもの」
「本当…?助けて、くれるの…?」
「ええ、私でよければ」
「それじゃあ、一緒に来てくれる…?」

 女性は自分より背の高いシシリーの腕を、何の躊躇もなく掴んだ。
 ぐいぐいと腕を引っ張る様子は、華奢な体から思いもつかないような強引さである。
 シシリーはつかの間あっけに取られたが、それをよほどに思い入れのある品で一所懸命探しているせいだからなのだろうと解釈すると、女性の導く方へと連れ立っていく。

「ね、ねえ、どこまで行くの?」

 女性の掴む力は衰えない。
 シシリーのベルトポーチの中で、ガタガタと震えている存在がある。
 光の精霊たちが――いつも微笑みを絶やさないランプさんと、スピカと名付けた賢いフォウが、精霊術師ではない自分にも分かるほど、警戒を発している。
 ハッとなったシシリーは、引っ張られている腕を戻そうともがきながら同行者へ言った。

「こっちには、何もないわよ」
「いいのよ…。こっちで、いいの…」
「ご主人様――!」

 ピイイィィッ!という鋭い鳥の声が響く中、女性が目を細める。

「だって…助けてくれるんでしょう…?」

 ――1時間後。

「もう、姉ちゃんってばどこで寄り道してるんだろ」

 アンジェは帰りが遅いシシリーを探しに、リューンの街中にやって来ていた。
 季節が進んでかなり暖かくなったとは言え、日が暮れれば肌寒い風が吹く夜もある。
 こんな時間まで何をしているんだと、心配半分、怒り半分で思う。

「…あれ?」

 時間が夜へと近づいているせいだろう、茜色が引いていき、その分だけ藍と群青の増していくストリートの端っこに――アンジェにとって見覚えのある袋が落ちていた。
 小さな手がそれを拾い上げる。

「これは……」

花の下2

 袋に入っていたのは飴玉だった。
 シシリーがよく買って来ていたのを思い出す。

「姉ちゃんが落としたのかな?だったら、まだ……」

 この辺りにいるのではないか。
 アンジェは飴の入った袋を片手に、周辺を探してみることにした。
 だが、結局……シシリーはどこにもいなかった。
 とぼとぼと、小さな背中を猫背にした状態で≪狼の隠れ家≫に戻る。

「ただいまー…」
「おかえり…って、もう朝だぞ。まさか一晩中、ひとりでシシリーを探してたのか?」
「うん。だって、兄ちゃんも羽の兄ちゃんも依頼受けちゃっていないし、婆ちゃんとおっちゃんは、それぞれ貰った楽器の調整とか、兄ちゃんの雑貨の売値交渉したりで忙しいから、あたししかいなかったんだもん」

 草臥れた様子のアンジェは、珍しくカウンターの椅子によじ登って、ホットミルクを注文した。

「姉ちゃん、帰って来てない?」
「ああ、まだ戻ってないな…」
「そっかあ…」
「まあ、そんなに心配するな。あいつだって、≪狼の隠れ家≫の冒険者なんだからな」

 しかもお前たちのリーダーだろう、と宿の亭主は笑ったが、アンジェの寄り過ぎて皺のできた眉間がほぐれることはなかった。
 ふーふーと息を掛けて冷ましたミルクを飲みながら難しい顔をしたままのホビットを気遣い、亭主が忠告する。

「それより、お前も少し休んだ方がいいぞ」
「うん、そうだね…。心配しすぎなのかもしれないけど、なんか落ち着かなくってさ」
「まあ、お前らはしょっちゅう一緒にいるからな…。分からんでもないが」

 飲み干された木製のカップを取り上げ、

「だが、お前が倒れちゃ元も子もないだろう。いいから、少し休め」

と亭主は言った。

「そうだね…」

 いつもは元気などんぐり眼が、じわじわと体を侵蝕する睡魔のせいで少々閉じかけている。
 このままだとカウンターでうたた寝してしまうだろうと、ぺちぺちと手でほっぺたを叩いていたが、あまり効果はない。
 これはいよいよ上に行くべきか――アンジェが椅子からぴょんと飛び降りた時だった。
 カランカラン、と宿のベルが鳴る。

「親父さん、こんにちは」

 ターバンを巻いた壮年の男は、よく≪狼の隠れ家≫に出入りしている商人の1人だった。
 珍しい薬草の種子や乾燥させたハーブの束を販売しており、この宿で出しているハーブティも、彼の商品から調合したものである。
 商人を待ちかねていたらしく、亭主は無駄な前置きを置かずに応対した。

「おお、あんたか。頼んでた品物は?」
「ええ、揃えて来ましたよ。…おや、アンジェさん。シシリーさんとは一緒じゃなかったんで?」
「え?」

 アンジェがきょとん、と男の顔を見やる。

花の下3

「急いでる様子だったんで、てっきり依頼でどこかへ行くのかと思ったんですが…」
「姉ちゃんを見たの?どこで?」

 身を乗り出すようにして問われたセリフに、商人はやや引き気味になりながらも記憶を掘り起こした。

「ええと、確か…木の実通りの方でしたね」
「木の実通り?あの辺はただの住宅街だが…あいつが用事があるとも思えんな」

 アンジェは亭主が逞しい顎を撫でながら言う台詞を最後まで聞くこともなく、身軽さでよく知られる身体能力を最大限発揮して、宿のドアから勢いよく飛び出していた。

2016/04/23 11:54 [edit]

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