Wed.

In the mirrorその4  

 青く透明な薄片が、縦横無尽にパーティを取り巻いている。
 不審そうにそれを見やった老婆が口を開く。

「鏡、いや、これは……氷片かの?」
「見たところ、部屋が2つと……ステンドグラスですか。調べられるところから、手をつけましょうか」

 彼らの前には、似たようなドアと煤けたように暗いステンドグラスで作られた窓がある。
 テーゼンが窓に近づき、拳を固めて叩いてみたが、いくらやってもひび一つ入らない。
 明らかに何か不思議な力で守られているようだ。
 見たところ、扉に何か仕掛けのある様子もない。

「どっちに行くんだ、シシリー?」
「……右、へ」

 シシリーががっしりとノブを握り締めて開けると、部屋の向こうは富裕な中流階級以上の家庭にありそうな、居心地の良さそうな応接間に繋がっていた。
 こんな事態でなければ、ゆっくり腰を下ろしたいようなソファや、鑑賞したいような立派な衝立などが配置されている。
 ただ、ここが尋常の空間でないことを表すかのように、上等な厚い生地のカーテンの向こうには、見慣れたリューンの景色ではなく、ただただ青い薄氷が漂っているだけであった。
 床に敷き詰められた絨毯の上には、後退りしたくなるほど多くのランタンが置かれている。
 きょとんとした目で、アンジェが辺りを見回した。

「何、これ?」

 ランタンは灯されているものもあれば、何も灯されていないものもあった。
 ゆらゆらと仄かな明かりが点灯しているランタンを透かして見るものの、何かが変わった様子も、仕掛けが動いた様子もない。
 仲間達が部屋の中を捜索する中、しばし何事かを考えていたウィルバーが、

「もう一つの部屋に行ってみませんか?」

と提案した。

「部屋が二つ用意されているのであれば、これは”映し身”を鍵とした魔法の仕掛けかもしれません」
「映し身?」
「つまり、ここは鏡の中でしょう?ロンドの偽者が左右反転した姿だったように、二つ用意されたものが鏡に映したような形になっていなければ、先ほどのような入り口が出てこないのではないかと推理したのですが」
「あ、なるほどね!」

 ぽふん、とアンジェが手を打ち合わせる。

「勿論、私のこの推理が間違っている可能性もあるんですが……」
「いいえ…。そうね、もう一つの部屋に行ってみましょう」

 シシリーは窓の外に浮かぶ薄氷に走らせていた視線を、中の仲間たちに戻して言った。
 
「その考え、当たっていると思うわ」

 旗を掲げる爪が移動してみると、ウィルバーの考えたとおり、もう一つの部屋は左右が反転しただけでそっくり同じ部屋であった。
 やはり同じように並んでいるランタンはあるものの、その中身は全て光が灯っていない。
 最初に入った部屋にあったランタンと同じようになるよう点火をしながら、テーゼンはシシリーに小さな声で問いかけた。

「なあ、シシリー。なんだってさっき、窓を見ながらウィルバーが正しいって結論に至ったんだよ?」
「……あの浮いている氷片あるでしょう。あれに映った私の姿がね……」

 血の気が失せたのか、薄氷が辺りを覆っているせいなのか、いくぶん青くなった顔色でシシリーは続きを口にした。

「勝手に、嫌な笑い方をしていたのよ」
「……それも、”映し身”の魔力のせいかよ」
「さあね。ただ、こちらに対する悪意はダイレクトに感じ取れたわ。…気をつけて行きましょう」
「ああ」

 目的のランタンを点火し終わると、薄いガラスを砕くような、かそけき音が響く。
 ドアを開けてみると、煤けて暗くなっていたはずのステンドグラスが、作りたてのように美しい色彩を取り戻してそこにあった。
 もうすでに不思議な力は感じられない。
 テーゼンが手を這わせてみると、とても薄く、脆い素材に変わっていることに気づいた。
 ちょっと力を篭めただけでも、容易く割れてしまうだろう。

「そういうことなら……!」

 美貌の悪魔は迷うことなく、≪ダリの愛槍≫をステンドグラスに突き出した。

鏡7

 砕け散った極彩色の破片が、がちゃりがちゃりと組み上がる。
 テアは唸るように言った。

「また扉かえ」
「恐らくは、何度もこうして移動していくのでしょうね」

 扉を潜ると、また同じような青い薄氷が浮く空間へと繋がっている。
 シシリーが不審そうに眉根を寄せた。

「……?さっきの場所と同じかしら?」
「いや、さっき通った扉がねぇ。……前にも、後ろにも」
「……進むしかないのね」

 振り返っても、そこにはただ氷の欠片が散らばるばかりである。
 こうしてロンドを欠いた旗を掲げる爪は、”映し身”をキーワードにした青く冷たい迷宮の中を彷徨い続けた。
 暖炉のある部屋に並べられた綺麗な水晶、ため息が出るほど繊細なレースのカーテンの前に並べられた色とりどりの薔薇など……それらに仕掛けられた謎をひとつひとつ解きながら、彼らはただひたすら、前へと進んでいく。

鏡8

 その途中で、仲間達と歩きながら、ふとシシリーが口を開いた。

「ロンドが……」
「ふむ。どうした、シシリー殿?」
「ロンドが孤児院にやって来たのは、5歳の頃よ。凄く無口で、何を考えているのか私には分からないくらいだったわ。院長は、『とても辛い出来事があったから、自分以外の存在に怯えているんだよ』って説明してくれた…」

 シシリーの語りは、ロンドの命がどうなっているか分からない不安感から漏れたものだったが、一度話し始めると、塞き止められていた川が流れるように中断することは出来なかった。

「服は見たこともないくらい上等のを着ていたくせに、目に映っていた絶望は深かった。そんなこと、今の私が思い返して初めて気づいたくらいで、当時の子供だった私には分かるはずもなかったんだけど……そのままにしちゃいけないってことだけは、分かったの」
「……兄ちゃん、来たばかりの時はそんなだったんだね。あたしは全然知らなかった」
「まだアンジェが来る前のことだもの。ウィルバーだって、あの頃はまだ孤児院訪問してなかった」
「ええ……そう、そういえばそうでした」

 ウィルバーは小さく頷いた。
 シシリーとロンドが5歳となれば12年前、ウィルバーは魔術師学連に所属してまだ数年、師から命じられた修行をしている真っ最中であり、とても兄が経営している孤児院へ顔を出している余裕などなかった時である。

「直接本人に聞いたわけじゃないけれど……。もしかしたらロンドって、良家の出なのに何らかの理由で家族から爪弾きにされてたんじゃないかしらって。私に血の繋がった家族はいないけど、そういうこともあるんでしょ?」
「うむ、嫌な話だが確かにそういうことはあるのう。……で、おぬしはロンド殿を放置しておかなかったんじゃな?」
「ええ。始終、そばにいるようにして、話しかけたわ。他にも同じ年の子供はいたんだけど、何でか、彼だけが助けを求めているように見えたの」

 そうして話し続けること十日。
 ある日、ポツリとロンドが呟いたのである。

『どうして俺にかまうんだ?俺は生まれちゃダメな子なのに』
『生まれちゃいけない子なんて、いないよ』
『ウソだ。ずっとそう言われてきた』
『それはその人のカン違いだよ。だって、生まれてきてくれたから、わたしや院長たちの新しい家族になれるじゃない』
『家族……?』

 小さな女の子の手が、傷だらけの男の子の手を握る。

『そうだよ。血がつながっていても、いなくても、ここにいる子はみんな家族。いてもいい、じゃなく、いてくれなきゃ困るんだ』

 繋いだ手の上に、ぽたぽたと熱い滴が落ちる。
 その日、シシリーは声を殺して泣く男の子の姿を、初めて知った………。

「その時から、彼は私の家族よ。どっちが上か下かは分からないけど、このまま偽者になってもらっちゃ困るの」

 だから、とシシリーは厳しい光を宿した碧眼を、目の前の最後の扉に向けた。
 扉の先からは、異様なほどの冷気が漂ってくる。

「返してもらうわ。ロンド!」

 扉から発せられる寒さと裏腹に、過ぎ去った幼き日の涙の熱さをしかと手に感じながら、彼女はドアノブを回して中へと踏み込んだ。

2016/04/20 11:48 [edit]

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