Wed.

In the mirrorその2  

 ≪狼の隠れ家≫における亭主の朝はかなり早い。
 元より怠慢とは無縁の御仁ではあるのだが、リジーと呼ばれている給仕娘や、冒険者と所帯を持った臨時ウェイトレスの助けを得ながら、常連の多いこの宿所属の冒険者たちへ依頼の相談や食事の提供、時には宿の中で起きた面倒ごとは伝手を使って後処理するなど、通り一遍の宿の経営では追いつかないようなことまで精力的に行なっている。
 最近では納屋にコカトリスを飼っており、その世話もしている。
 本日も、かつて若い頃にひよこと間違えて購入したモンスターに、ご近所さんにばれないよう餌やりを済ませて、やっと人間側の準備を始めた。
 モーニングとして提供するパンや、塩漬け肉を使ったスープの仕込み、さらにはハーブや保存の効く根菜を使った惣菜まで完璧にこなしてみせると、子供冒険者には決して提供しないカフワ――南海沿岸部などでは徐々に広まっているらしい、コーヒーとも呼ばれる豆の飲料――を淹れ、その深い味わいに浸っていた。
 薄さが目立つ……有体に言ってハゲの部分が、窓からの陽光に照っている。

鏡3


「うおぅ、眩しいわっ!」

 不意の目潰しが直撃したテアが、いつも使うテーブルに目を擦りながら近づく。
 あのルージュ・ポワゾンの依頼を終えてから、あまり仕事に精を出していなかったため、老人の早起きの習慣を利用して、貼り紙を先に漁っておこうという魂胆だったのだが、テアが皺の寄った手を羊皮紙の束へと伸ばす前に、二階から軽やかに下りてくる足音がした。
 
「おはようございます、親父さん」
「今日の朝食は?」

 まず姿を見せたのは、ウィルバーとテーゼンであった。
 テーゼンなどはよほどに空腹なのか、黒い翼を落ち着かない様子ではためかせながら、挨拶を口にする前にまずメニューを尋ねてくる。
 宿の亭主がそれに答えて、彼らのための分を厨房まで取りに移動した。
 亭主のいない間にアンジェとシシリーも顔を出したのだが……。

「みんな、おはよう。ほら、アンジェも挨拶しなさいよ」
「………」
「おちびちゃんはどうしたんじゃ?」
「また抜け出してギルドにでも行ってたんじゃねぇか?」

 頭上における仲間のやり取りに反発することもなく、元気が身上のはずのホビットの娘は、俯き加減にずっと無言を貫いている。
 アンジェは昨夜、盗賊ギルドでさる特殊な技術を取得しようと特訓中だった。
 それを口外することは無かったものの、さすがに丑三つ時まで全力で動き回っていたために、疲労を隠すことは出来ていない。
 そんな彼女の様子にさすがに異変を感じ取ったシシリーが、

「ほら、ここ座りなさいよ」

と自分の横の席を勧めた。
 軽業を難なくこなすはずの小さな体が、ずいぶんと気だるげに椅子に収まると同時に、馬鹿でかいお盆にあれこれ皿を載せた宿の亭主が現れ、旗を掲げる爪の面子を見渡して疑問を口にした。

「……お?ロンドはまだなのか?」

 亭主の有能な手が、六人分の朝食を彼らの使っているテーブルの上へ並べる。
 その内の1人分の前の席は、空いたままだ。
 家族同然に育ってきたシシリーが、半ば腰を浮かせて言う。

「呼びに行こうか?」
「いや、ほら、足音がします」

 冷静なウィルバーの指摘通り、鎖帷子や砂漠の遺跡において亡霊から貰った曲刀をがしゃがしゃ言わせながら、相当な重量のある足音を立ててロンドが下りてきた。
 夜明けとほぼ同時に覚醒していた老婆が、口を尖らすようにして文句を口にする。

「遅いぞ、ロンド殿」
「……あぁ。すまない」

 遅れて現れた兄のような冒険者に対し、しょぼくれたままの目を向けたアンジェは、曰く言いがたい違和感に、疲れでスポンジ状になったような頭を叩かれた。

「………?」

 なんだろうか、何か、何かがおかしい。
 その違和感を見極めるため、椅子に座ろうと近寄る姿を、どんぐり眼でじっくりと観察する。

(……何でおかしいと思うんだろ?兄ちゃんはいつもの顔なのに……そうだ、)

 ぽつりと呟いた。

「逆なんだ」

 先ほどからしげしげ見つめられていたロンドが、訝しい顔になった。

「……どうした?」

鏡4

「君は誰?」
「……え?」

 誰何したアンジェと、それを受けた冒険者に注目が集まる。
 今までの疲労を引きずった姿とは雲泥の差で、パッと椅子に立ち上がりロンドに向き直ったアンジェの様子に、仲間たちは戸惑いを隠せない。
 それには構わず、彼女は無遠慮に子供らしい短い指で、いつものごとく無愛想なロンドの顔を指さす。

「よーく見て。……こいつは偽者だよ」
「……あ、」

 そうしてウィルバーも、それに気づいた。
 彼はまるで鏡に映したかのように、姿が反転しているのだ。
 鎖帷子を止めるためのベルトの位置、左の腰に佩いているはずの曲刀、うっすらと残っている魔法による顎の火傷。
 それらが左右反転している。
 断定され、たじろいだ様子のロンドは、狼狽したように視線を彷徨わせていた。

「俺が偽者だって?いったい何を……」
「ふざけないで。兄ちゃんとどれだけ長く一緒にいたと思ってんの?」

 何しろ、彼女自身が赤子であった頃からの付き合いだから、十年以上はともにあった人間である。
 上辺だけのコピーなど、盗賊としての注意深さを養ってきたアンジェに通じるはずもない。

「そんな猿真似で誤魔化せると思わないでよ!」
「ロンドをどうしたのっ!?」

 倒れた椅子に一瞥もくれず、シシリーも長剣の柄に手をかけるようにして立ち上がった。
 テーゼンはとっくにロンドの背後を取り、テアも油断なく竪琴を構えている。

「チッ!!」

 ロンドとそっくりな顔を歪め、踵を返したそれは、掴みかかってくるテーゼンを蹴飛ばすようにして回避し、一目散に階段を駆け上がっていく。

「待って!!」

 おい、と声を上げて止めようとする亭主を置き去りに、彼らは偽者を追いかけて二階の廊下へと慌しく踏み込んだ。
 まだ朝早い時間のこと、どうしたどうしたとドアから顔を覗かせる先輩たちに説明するよりも前に、シシリーの耳へ扉の開閉音が届いた。
 ウィルバーが指摘する。

「私たちの部屋です!」

 旗を掲げる爪は、男女3名ずつに分かれて部屋を取っている。
 例の開閉音がしたのは、男部屋のほうであった。
 テーゼンが先輩冒険者へ部屋に下がってもらうよう通達する傍ら、シシリーや他の面子は迷うことなく扉を開けて飛び込んだのだが……。

「……いない?」

 訝しげな老婆の言葉のごとく、ロンドの姿は部屋になく、不審に動くものもなかった。
 ただ、ベッドサイドに置かれた鏡の表が、まるで底なし沼に立った小波のように波打っている…。
 説明を終えたテーゼンも仲間たちに追いついて部屋に入り、鏡を見やった瞬間に顔を歪めた。

「そいつ……魔法がかかってやがる。昨日は何でもない、ただの鏡だったくせに!」
「じゃあ、奴はこっちに行ったんだね?逃がさないよ!」

 とっさの判断でアンジェはためらいなく手を伸ばした。
 凪ぎかけた鏡面に触れると――腕がそのまま突き抜ける。

「きゃっ!?」
「アンジェ!?」

 銀色の飛沫がキラキラと弾けて、冒険者たちに降りかかった。
 身軽なホビットの体が、まるで水の中へ飛び込むように鏡へ溶けていく。
 テーゼンが大きく舌打ちした。

「迷ってる暇はねえ、行くぜ!」

2016/04/20 11:43 [edit]

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