Wed.

In the mirrorその1  

 菫の花も盛りを過ぎ、芍薬やエニシダの蕾が膨らみつつある、ある日のことだった。
 ロンドは相変わらずの鎖帷子姿だったものの、今日は珍しくスコップも持たず、ベルトに挟んだ曲刀だけをお供に、リューンの石畳を踏みしめるように歩いていた。
 その強面とも言えるご面相にはいくらか柔らかな表情が刻まれており、鼻歌でも出てきそうな気楽な様子で目的地への道を進んでいる。
 ロンドには最近、気に入っている露店がある。

鏡
 リューンの市街地の中、一等賑わう区域とは少し離れた、”一ツ葉”通り。

(……おっと、)

 うっかりと店へ続く道を見落としそうになったロンドは、慌てて足を止めた。

鏡1

 何しろ、その店に看板というものは無く、まともな目印も無い。
 強いて言えば、路地の入口にいつも黒猫が寝ているぐらいだ。
 なぜかこの店を訪れる時は、シシリーもアンジェも連れてきたことは無かった。
 血の繋がりはないとは言え、長の年月を家族同然に過ごしてきた二人である。
 自分がいいと思う大抵の店には、この両者を案内することが多かったのだが、

(たぶん、この店が特別だからだろうな)

とロンドは考えていた。
 彼が軋むドアを開けると、

「おや、いらっしゃい」

という穏やかな声をすぐに掛けられた。
 何度か顔を見せている客の足音を、彼女はいちいち聞き分けているのだろうか。
 向こうからは逆光だというのに、確かに店主は親しみを持ってロンドへ呼びかけている。

「久しぶり。……今日は何か、面白いものは入っているか?」
「ふふふ。まぁ、見てごらんなさいな」

 ところどころがほつれた敷物に、細々と物が置かれている。
 銀細工のアミュレット、見る間に色を変えていく水の詰まった小瓶――蛍光ピンクから鮮やかなオレンジに変わった後に銀色になる――など等、眺めているだけで目が楽しくなる。
 ロンドがこの店に来る目的は、何も品物を見るためだけではない。
 店主の話を聞くためでもある。
 彼が特定の品に少しでも興味を引かれると、それを察して、薄桃の紅が引かれた唇からその品に纏わる小話が聞けるのだ。
 時には厳かに、時には飄々と垂れ流されるその与太話は、財布の中身を僅かに軽くする効果があった。
 代わりに得た品物(ガラクタ)は、宿で与えられた部屋の隅にそっと隠している……会計を引き受けているウィルバーに見つかると、彼に怒られる事は確実だからである。
 無駄遣いを懇々と説教された上、【理矢の法】で徹底的にお仕置きされる可能性が高い。

「……ん?」

 視界の端に何かが映り込み、ロンドはしげしげとそちらを見やった。
 並べられた売り物(ガラクタ)の後ろに、何か静々と光るものがある。
 それは凝った装飾をした銀の枠を持つ鏡だった。
 一抱えほどの、というほどではないが、成人男性が両手を広げたぐらいの面積はある。

「それが気になるの?」

 桃色の線がきゅっと――恐らくは笑いの形に――吊り上がる。

「あ……ああ。まあな」
「そう……」

 店主は奥に立てかけられていた銀盤を手に取り、まだ幼い子供のような表情でワクワクしているロンドへ、そっと差し出してきた。

「表面を触ってみてちょうだい」
「へっ?」

 唐突な申し出に反応できず呆けてしまったロンドを見て、

「噛みついたりしないわよ」

と店主は笑った。
 その笑みに励まされた形で、すっと手を伸ばして鏡面に触れる。

「……、ッ!!」

 ロンドは思わず手を引っ込めた。
 触れた箇所――武器を扱うためにささくれ立った指先へ、ちりちりと痺れているような曰く言いがたいむずがゆい感覚が、白紙に落とした墨のように徐々に広がる。

鏡2

「とっても冷たいでしょう。これ、氷で出来ているのよ」
「……氷で、だって?」
「えぇ。この鏡はね、ここからずっと、ずっと遠い極北の地の万年氷に、魔法をかけて創られたものなの」
「ははあ、なるほどな…」

 言われてまじまじと鏡面を覗き込む。
 口を「へ」の形に結んだ胡散臭げな顔で、ロンド自身が見つめ返してきた。
 よくごついだの愛想がないだの言われる自分の顔を、ロンドはさほど好いてはいなかった……嫌っているわけでもなかったが。
 それを静かに観察していた店主が、そっと口を開く。

「氷っていうのはね。それができた当時のことを封印しているものなのよ」
「封印?」
「そう。考えてもごらんなさいな。空気も水も、絶えず流れて変わっていくものなのに、氷として固まるとずっとそのまま残されるのよ?」
「………」

 確かにそうかもしれない。
 目の前の動かぬ水面は、映すはずのなかった大柄な少年の姿を確と捉えている。
 店主は心地良さげに笑いながら言った。

「この鏡面はね、あなただけじゃなくて、氷の封じてきたものも一緒に映すの。……素敵でしょう?」
「……一緒に、か。1人じゃなくなるんだな。いいな……」

 ロンドは孤独というものがどういうものかを知っている。
 孤児院においては、院長や戦士の手ほどきをしてくれた師匠のような理解者、シシリーやアンジェのような家族同然の相手が出来たものの、そこに至るまでにどれほど自分が邪険に扱われ孤立していたかを、記憶ではなく肌で感じたことがあった。
 それを知っていると、この鏡がどれほど大切なものであるかを理解できる。
 ロンドの考えていることが分かったのだろうか――薄桃色が滑らかな肌に弧を描く。
 ……夕暮れ時、ちらほらといくつかの人影が家路を急いでいる。
 彼もご多分にもれず、かなり筋肉のついた長い脚をせっせと動かして自分の宿――≪狼の隠れ家≫への道を辿っている。

(何処におこうか……)

 ついさっき彼の所有物となった品物を、何処に飾ろうかと考えながら。

2016/04/20 11:40 [edit]

category: In the mirror

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