Sat.

提琴弾きの依頼その2  

 旗を掲げる爪は、困難な道のりになるだろうと砂漠に入る手前の村で入念な準備をしていたところ、丁度サバークに向かう隊商と鉢合わせ連れて行ってもらえることになった。

提琴弾き3

 ラクダの背に揺られること数日、幸いなことに急な砂嵐やモンスターとの遭遇もなくサバークへ到着することが出来た。
 感心したようにロンドが辺りを見回している。

「賑やかな所だな…」
「依頼内容は、この街の諸々を調査する…だったのう。はて……」
「テア婆さんが言いたいのは、どこから調べようかってことか?確かに、こう色んなところに人がいるんじゃ、どの辺りから開始していいか分からないな」

 ここで、テーゼンが白く優美な人差し指を立てて提案した。

「サバークには屈指の蔵書数を誇る大図書館があるんだろ?そこなら、知りたい情報、全て網羅されてるんじゃないか?」
「ええ、確かにそうね。じゃあ、親切そうな人に尋ねてみましょう」

 人から好感を持たれることの多い、真面目な聖北教徒らしい出で立ちのシシリーと、物柔らかに人と交渉することが出来るウィルバーのコンビで通りを行き交う人々を吟味する。
 やがて、息子の食べるシャーベットの材料を買いに来たという、エキゾチックな面立ちと浅黒い肌の女性へ声をかけ、大図書館の位置を質問してみた。

「大図書館なら、この道を真っ直ぐ行ったところよ。大きくて目立つ建物だから、すぐに分かると思うわ」

 彼女はにこやかな笑みを浮かべながら応えてくれた。
 その案内にしたがって歩いていくと、道の先に灰色や褪せた赤褐色の石材で出来た、巨大な建造物が見えてきた。
 図書館とは思えない勇壮さを備えるそれは、冒険者たちの上に大きな影を落としている。
 立派な木の扉を押して入ると、図書館の中はしんと静まり返っていた。
 人の姿はぽつりぽつりと見られるものの、皆黙々と書を読むことに没頭してるらしい。
 独特の本の香りが漂う中、怜悧さに裏打ちされた清げな美女が、戸惑った風の冒険者たちへにこやかに声をかけた。

「図書の貸し出しでしょうか?それとも返却ですか?」
「本の場所を教えて欲しいんじゃがの。サバークについて知りたいんじゃ」
「サバークの地理や歴史についての本ですか?それでしたらこちらに…」

 この美女は大図書館の司書らしい。
 彼女に教えられたとおり進むと、確かに、サバークに関連する書籍が並ぶ一角を見つけた。
 しかし。

「広っ…!!!」

 本を読むことが嫌いではないはずのシシリーをして、そう言わせるだけの広大さである。
 背表紙に雑多な文字が並んでいることから、まさに古今東西の、サバークに関する書籍が集められているのだろう。
 呆れたようにウィルバーが首を横に振った。

「こんなにあったら、目当ての物を探すのに何日も掛かってしまいますね…」 
「研究だの論文だのを書くためなら、ちょうどいいんだろうけどね」

 ハア、とため息を吐いたのはアンジェである。

「一介の冒険者じゃ、そこまで時間と労力は割けないよ。どうしたらいいかなあ?」
「そうじゃのう……先ほどの司書殿に、ちょっと相談に乗ってもらおうか。あてなくいきなり本を探すよりは、いい知恵を貸してもらえるやもしれん」

 一行は一番の年長者の意見を受け入れ、入り口付近まで戻って例の司書に話しかけることにした。
 彼女は少し目を見開いて、こちらの質問を繰り返した。

「え…サバークの概略が知りたい?」

提琴弾き4

「ええ。旅行者にも分かる、現在のサバークのいろんな分野について、できればサバークの人が書いた本って、ある?」
「それでしたら、『サバーク大全』がお薦めです。数年ごとに更新されているので、最新の情報も入手できますし」
「その『サバーク大全』って、何ページぐらいあるのかしら?」
「一冊1万ページ程度です」

 シシリーの問いに司書はおっとりと答えた。
 リーダーの少女の後ろには、翼をゆっくり動かしているテーゼンも立っている。

「一冊と言うと…それが何巻ぐらいあるんだよ?」
「全4巻です。好評に付き、版が増える毎に大幅加筆となりました」

 加筆するなよ……と、若者たちは顔を歪めて途方にくれる。
 そんな彼らの心の叫びが伝わったのか、司書がおずおずと切り出した。

「あの…手っ取り早くこの街について知りたいのなら、誰かに教えて貰う方が早いかもしれません」
「そうなの?」

 老婆と手を繋ぎ、どんぐりのような眼を瞬かせたアンジェに、司書は小さく頷いた。

「ここはマニアック…いえ、専門的な本が多いですし…」
「ほう……ということは、おぬしが教えてくれるのかい?」
「いえ。私よりも、『生き字引』にお聞きになった方がいいと思いますよ」
「『生き字引』じゃと?それは……?」
「ジャムシードさんという、占星術師の方です。とても頭のいい人ですよ。職業の通り、専門は天文学ですが…広く知識をお持ちなので、恐らくこの街のことも詳しいでしょう」
「なるほどの。それで、そのジャムシードさんはどこにおるのかね?」

 司書から占星術師・ジャムシードの自宅兼職場の場所を教えて貰った旗を掲げる爪は、市場の賑やかな通りに戻って街外れへと移動したが、そこは留守になっていた。

「周囲に建造物がないのは、星を観察するためになんでしょうかね?」
「そこが問題じゃないだろ、ウィルバーさん。ったく……せっかく情報源を掴んだと思ったのに、また振り出しかよ」

 ホロスコープ、天球儀、望遠鏡、貸し出しカードのついたままの専門書などに囲まれながら、がしがしと白髪に覆われた頭を掻いたロンドがぼやいた。
 念のため、調理場や寝室も覗いたものの誰もいない。
 ロンドは傍らの少女へと視線を向けた。

「…地元の人が使いそうな市場で、ジャムシードさんを知ってる人が居ないか確かめてみましょう。きっと彼の出入りする店もあるはずよ」
「なるほどな」
「ついでに、何か買い物したい!」
「いや…おちびちゃん、それは今の経済状態じゃ難しいんじゃないかのう」
「まあ、見るだけならタダですから」
「そーだな。見るだけならな」

 彼らは連れ立って、先ほどの賑やかな市場ではなく、もっと奥まった場所にある一帯へと足を運んだ。
 砂漠の民特有の衣装や浅黒い肌を持たない冒険者たちへ、いいカモだと見抜いたのか、露店の店主の1人が熱心に声をかけ始める。

「安いよ、美味いよ!そこの旅人さん、ここのケバブを食べて行かないと損だよ!!」
「いや…先を急いでるから…」
「先を急いでるって…ああ、ジャムさんか!留守だっただろう?」

 鼻の下に黒い立派なヒゲを生やした男は、もじゃもじゃとした茂みを引っ張りながら気楽そうな様子で笑った。

「人探しなら手伝えるぜ!」
「あの…ジャムさんって」

 白く美しい青年の面立ちと黒い翼の対比に、最初はぎょっとした様子の商人だったが、彼の遠慮がちな挙措に力を抜いて話を続けた。

「ジャムシード・ダーイー。この先に住んでる占星術師……彼のことだろ?ここを通るのは、彼の家を訪れる人ぐらいだからなぁ」
「ジャムシードさんの居場所を知っておるのか?」
「勿論!お得意様だからな」
「じゃあ、教えて…」

 くれるよな、というテーゼンの言葉は、

「構わないが、タダってわけにはいかないぞ?」

という商人の人の悪い笑いによって遮られた。
 ぷくりと頬を膨らませてシシリーが文句を言う。

「…まさか情報料を取るの?」

提琴弾き5

「まさか!俺は商人だぞ?商品を見てくれたら教えよう。買わなくてもいい。どうだ?」
「…まあ、いいんじゃない、姉ちゃん?見てみようよ。どうぜウィンドウショッピングもするつもりだったじゃない」
「仕方ないわねえ……」
「そうこなくちゃな!旅や冒険に役立つものもあるから、ゆっくり見て行ってくれ!」

 渋々といった態で首肯したリーダーだったが、決してウィンドウショッピングが嫌いなわけではない。
 他の面々も、財布の問題はあるものの、顔を綻ばせて商人の並べる品々を見ることとなった。

2016/04/16 11:21 [edit]

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