Sat.

提琴弾きの依頼その1  

「助けてください!人生を左右する一大事なんです。マジ、本当お願いします!」
「ええい、落ち着かんか!袖を離せと言うのに…!」

 知り合いから仲介された死霊術師討伐を済ませて、10日ほど経ったある日のことだった。

提琴弾き


 旗を掲げる爪の面々が昼食のため階下に下りると、赤い髪を背中の半ばまで伸ばし、女性のように優雅に結い上げている若い男が、テアのブラウスの袖に必死の形相で縋っている。
 たちまち好奇心を刺激されたテーゼンが、人形のような美貌をわくわくした表情に変化させて彼らに近づいた。

「え、何々?ばあ様、結婚でも迫られてるのかよ?」

 本気ではない、どこからどう見てもからかいのネタである。
 それを百も承知の上で、テアはぎろりと傍らの仲間を睨みつけた。
 異相ともいえる口の辺りまで垂れた長い鼻を持つ老婆のこと、なかなか迫力のある面構えになってしまっている。

「いっそ、それなら振ってお終いにできるんじゃがな!ええい、服が破けるからいい加減離せ!」
「あ、はい、すいましぇん…」

 さすがに老婆のヌードは見たくなかったらしい男が、速やかに手を離した。現金である。
 改めて男の顔を確認したシシリーが、頬に手を当てて声を発した。

「あら。あなた、ルージュ・ポワゾンじゃないの。バイオリン弾きの」
「……誰だ?」
「兄ちゃん、ほら、ここんとこ毎晩、下手っぴな演奏してる人だよ」
「ああ、宿の親父さんが行き倒れを拾って演奏させたはいいものの、とっても酷い曲なので困ってるっていうのは、この人のことだったんですね」
「……物凄い不本意な言われようだけど、確かに僕は冴えないバイオリン弾きのポワゾンです……」

 苦虫をまとめて百匹でも噛み潰したような顔で、ルージュ・ポワゾンと呼ばれた男が彼らの一部による説明を肯定した。
 5日ほど前のことだったが、≪狼の隠れ家≫の裏口で行き倒れている彼を娘さんが見つけ、慌てて宿に所属している冒険者の1人――なぜか魔法剣士――が治療を施した。
 治療後にパン粥を啜った彼は、すべての事情を宿の亭主にぶちまけ、冒険チームにいる吟遊詩人が技を披露しない夜には、ここでバイオリンの演奏をして小銭を稼がせてもらえないかと交渉したのである。
 ≪狼の隠れ家≫は割とリューンにおいて(何しろ亭主の年齢が年齢なため)老舗であり、駆け出しよりもベテランの数の方が多いのでツケも貯まらず、経済的余裕がある。
 あくせく客を呼び込む必要性もないのだが、まあ、駄目と断る理由もなかったために亭主はバイオリンの演奏を承諾したら……。
 このルージュ・ポワゾン、作曲家としても演奏家としても使えなかったのである。
 その酷さは、先日、余りの拙さにたまりかねた酔っ払い冒険者の1人が演奏を止めろと暴れ出し、ポワゾンの足を一本骨折させたというエピソードからも窺い知れるだろう。

「ぐすん……このままだと宿の評判も悪くなると親父さんにもお怒りでね…失業寸前なのさ」
「腕を磨いて客の前で披露するのが演奏家の本分なんじゃ。半端な演奏しかできんのに、バイオリン弾きを名乗っておる方が悪いだろう」
「婆ちゃん、容赦ないね……」

 しみじみと呟いたアンジェだったが、彼女の言いたいことも納得できる。
 自分の腕や喉一つで客から金を貰う音楽家にとって、どっちも磨かないうちにそうだと名乗ってアレコレ言われるのは、ちょっとした通過儀礼みたいなものなのだろう。
 とは言え、さすがに足を折られるところまでいくのは、本人も才能の無さに気づかざるを得まい。
 ポワゾン自身もそれは承知しているようで、

提琴弾き1

「才能が全くなかろうと、僕は作曲家としてやっていきたい。だから、君たちに作曲の手伝いをしてほしいんだ」

と言い出した。

「先ほどテアさんにもお話したんだが……僕は異国の風景を音楽にするのが好きでね。僕の代わりに、その情景を見てきてほしい。そしてその情景を伝えてほしいんだ」
「こやつ、同じ吟遊詩人同士ならこの気持ちを分かってくれるでしょうと、がっちり袖を掴んで離さなくてな。わしがこれだけ研鑽するのに、何年掛けたと思っておるんじゃ。失礼な!」
「それでばあ様、落ち着かせるのと腹立たしいので怒鳴ってたのか」

 テーゼンが腑に落ちたように頷く。
 結婚する際に一度詩人を廃業したとは言え、産み落とした子供たちから手荒い扱いを受け、仕方なく音楽家稼業に戻ったテアである。
 己の才覚や方向性をまったく無視して、憧れだけで音楽家を名乗っている若者に、つい点が辛くなるのは仕方の無いことかもしれない。
 彼の申し出に考え込んでいた様子のテーゼンが、首を少し傾げながら訊ねた。

「異国というのは、どこでもいいのか?」
「今回はアラビア風の曲調も取り入れたいから、サバークという街に行ってほしいんだ。……サバークのこと、知ってるかな?」
「天文学・占星術の発祥の地であり、当該学問が盛んである都市ですね」

 すらすらと答え出したのは、机上の学問ながら民俗知識に通じているウィルバーであった。

「かの地には大図書館があり、古今東西から集められた書で溢れているとも聞いています。ほら、我々は以前にトトゥーリア遺跡の探索もやったでしょう?」

 彼が口にしたのは、かつて禍神という巨大な存在に立ち向かった時の話であった。
 そこでウィルバー自身、簡単には忘れられない人と会ったのだが、ポワゾンの手前、個人的な感情を押し殺すように淡々と言葉を紡いでいる。

「遺跡では、巫女であるシェトのいた部屋にも本棚がありました。あんな風に、砂漠の交易所となり得る主要都市は、色んな場所から書物を取り寄せていることが多いのです。恐らく、過酷な環境から己を少しでも遠ざけるための現実逃避の手段なんでしょう」
「流石。よくご存じだね」
「色々と縁があったものでして、ね……」
「サバークの地理、歴史、伝統、産業などの調査。長くなっちゃったけど、これが僕からの依頼内容になるよ」
「ふむ。報酬はいかほどになります?」
「宿泊費・旅費抜きで銀貨1000枚出させてもらうよ。辺鄙な所だし、ある程度の期間、キミたちを拘束してしまうからね」

提琴弾き2

「失業寸前で、懐具合苦しいんでしょ?そんなに出せるの?」

 胡乱げな目でアンジェがポワゾンを見やったが、彼は果敢にもこう応じた。

「親父さんから借りたお金を充てるから、大丈夫だよ」

 その瞬間、6人は一斉に心中で呟いた。

(ツケで依頼すんなよ……)

と。
 旗を掲げる爪のジト目に構うことなく、ポワゾンは拳を握り締めて力説を始めた。

「それに、キミたちが僕にインスピレーションを与えてくれたら、新曲は大ヒット!失業を免れるどころか…色々儲かってしまって、果ては宮廷音楽家として招かれたりして…」
「ねえよ」

 テーゼンは思わずそう口にした。
 そんなトントン拍子に話が進むのなら、とっくにテアが儲けているだろう。
 これくらいは安い投資だと言い切っているポワゾンだが、自分の才能がないのを承知でよくそれだけ甘い夢を見ていられるものである。
 とは言え、一応は宿の仲間の頼みでもあり、先ほどから後ろで娘さんが心配そうにこちらを覗いているという事情もある。
 彼を拾ったのは娘さんだったので、さすがに色々と責任を感じているのだろう。
 彼女の心の荷物を軽くするためにも、一度くらいは引き受けていいかもしれない。

「どうします、シシリー。砂漠方面であれば、我々は一度出かけていることもありますから、他の冒険者が行くよりは早く現地入りできるとは思いますが…」
「こんなひよっ子どころか、卵の殻も割れないような奴に協力するのは業腹なんじゃがの」

 皺の多い顔を不快げに歪めてテアが言ったものの、テーゼンはまた違う砂漠の都市に興味が出てきたところだし、ロンドは≪サンブレード≫の柄を無意識に叩きながら、楽しそうな表情で家族同然の娘の顔を眺めている。

「行ってみようよ、姉ちゃん。前に出かけた時は、遺跡探索ばっかりであんまり観光もできなかったもん。あたし、ちょっとゆっくり見てみたい」
「そうねえ……まあ、報酬も結構出るんだし、やってみましょうか」
「引き受けてくれて助かるよ!」

 ポワゾンが向日葵が咲くような満面の笑みを浮かべた。
 掛け値なしの喜色は、他に引き受けてくれる冒険者のあてもなかったのだろうことが推察される。
 
「その代わり、俺たちが帰るまで大人しくしてろよ。また演奏で、今度は首の骨を折られてましたとか冗談じゃないからな」
「ひいっ、止めてくださいよ、ロンドさん!」
「一応、ポワゾンさんは部屋で安静にさせているから大丈夫よ」

 ここで、ポワゾンや冒険者たちの様子を窺っていた娘さんが口を挟んだ。

「昔、金狼の牙ってパーティが発掘した地下室の一つに寝起きさせてるの。皆が帰ってくるまでには、演奏はとりあえずやめておくよう言ってあるから……」
「おや。”あの部屋”じゃないんですか?」

 ウィルバーが不思議そうに訊ねたのは、他ならぬ自身が篭って迷宮の魔神との戦いに備えていた屋根裏部屋のことである。
 一時は仲間たちと仲違いしたシシリーが篭っていたこともあり、寝台代わりのソファや机代わりになる木箱などが置かれているのだった。

「あっちだと、酒場に下りてくるまでが大変だから。その点、地下室ならそう沢山歩かせるわけじゃないからうってつけだと思って」
「……例の依頼用別室も地下にありましたよね。この宿、一体どれだけ部屋があるんですか?」
「さあ」

 エリザベス、という名前を持つはずの娘さんは、ウィルバーの疑問に小粋な様子で肩を竦めた。

「地下室はさっき言ったパーティが発掘してから色々と改造したらしいし、屋根裏部屋は元から物置としてあったのを、錬金術とかに使う人がいるからってちょっとスペースを作ってあるそうなんだけど……私が入っちゃいけない部屋もあるし、まだよく把握してないのよね」
「意外と奥が深いのね、この宿…」
「ははっ、案外、魔法的な仕掛けでどんどん広くなっていったりしてな」

 ロンドの言葉に、アンジェやテアが疲れたような引きつった笑いを浮かべた。
 この≪狼の隠れ家≫なら、あり得ない話じゃないと。

2016/04/16 11:17 [edit]

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