Fri.

死霊術師討伐その3  

 蜘蛛の糸のごとく細い獣道を注意深く突き進むと、抜けた先には岩屋がぽっかりと口を開けていた。
 深い深い闇は、たとえドワーフのごとき暗視の能力を持っていようとも、容易に覗き込めるとは思えない暗さを持っている。
 しかし、旗を掲げる爪はランプさんやスピカの光精の先導により、その口の中になんの躊躇いもなく入り込む。
 固い岩盤を歩くとあたりに足音が反響し、耳が痛くなるほどの音となって心を揺らした。
 もし冒険者たちに光精がいなかったら、洞窟にわだかまる闇はどろりとこちらを包み込んで、心を蝕んだことだろう。
 だがそれはあり得ない仮想――今の彼らは、闇に構うことなく足音の残響を背に前進を続けていた。

「………着いたようです、ご主人様」

 小さくこちらに注意を促してきたスピカの報告どおり、彼らは永く思える数十分の移動の後に、ようやく開けた空間にたどり着いた。

「うぐっ…」

 シシリーが不快な臭気に喉を鳴らす。
 そこは骨と肉とで埋め尽くされた、汚らわしい死の住処だった。

死霊術師討伐4

 地面には獣とも人とも取れぬ骨が転がり、壁にはべとっとした腐肉がへばり付いている。
 その二つが、奇妙なコントラストを描いていた。

「あぁ…先生…また、邪魔者が来たね」

 フラリ、とその骨の山から立ち上がったのは、驚くほど若い男だった。
 事前にシスター・ナリスから聞いていた情報で、自然と中年以上の男性を思い描いていた冒険者たちにとっては、思いがけない犯人の姿である。
 栄養失調を疑いたくなるようなか細い体の横には、彼が作り上げたらしい、賢者の搭にでも所属していそうな風貌と服装をした、40歳前後の男のゾンビが佇んでいた。
 特別な相手なのか、それとも強いからこそ特別扱いをしているのか、死霊術師はそのゾンビを”先生”と呼んで語り掛けている様子だ。
 外見年齢なら、ロンドとテーゼンの間くらいになるだろうその男は、不思議な微笑をたたえたままのんびりと挨拶してみせた。

「こんにちは邪魔者さん。今日は人が多い日だよ」

 まるで囁くような声である。

「…あなたがこの惨状を?」
「おやおや、挨拶を無視するの?やっぱり邪魔者、無粋だね」
「死を弄する外道風情が粋を語るとは片腹痛いの、お若いの」

 わざとらしく肩を竦めた男に向かい、老婆は強く言い放った。
 ゾンビ相手に語り掛けている様子から、敵に真っ当な精神構造がないと判断しての挑発である。

「おぬしの挨拶などいらんよ。さっさと捕まってくれんかね。ここの空気は悪すぎて、老骨にはことさら堪えるからの」
「………あっそ。じゃ、もういいや」

 上辺だけのにこやかさをかなぐり捨てて、彼は醜い老婆を睨み付けた。
 ローブが苛ただしげに揺れる体に合わせ、場違いとも思える衣擦れの音を出す。

「お前は邪魔だ。僕と先生の邪魔だ」

 彼の細すぎる腕が妙な円を中空に描くと、散らばり放題の骨の山や、壁にへばり付いていた肉片が寄り集まり、グールやワイトが一瞬にして術者を守らんと取り囲んだ。
 驚くほどの死霊術の制御力であり、構築速度である。
 ウィルバーは驚き、手強い相手だと改めて認識して≪万象の司≫を構えた。

「早々に死ね」

 ネクロマンシーの宣言と共に、旗を掲げる爪は散開した。
 邪魔な前方の雑魚の掃討をテーゼンとウィルバーに任せ、死霊術師をロンドとアンジェが、彼が特別扱いしているゾンビをシシリーが狙う。
 自分たちの勝利を疑いもせずに走り出した冒険者たちだったが、ゾンビの奇妙な動きと覚えのある詠唱に気づいたウィルバーが発した警告に青ざめることになった。

「気をつけて、【炎の玉】ですよ!」
「なんですって!?」
「ちっ……駄目だ、避ける暇がねえ!」

 賢者の搭で一般的に冒険者たちへ教えることが出来る中でも、もっとも強力な攻撃魔法――。
 巨大な火の玉を投射して焼き尽くすその呪文を防ぐすべは、さしもの彼らにもなかった。
 下手に逃げる方が負傷は大きいと見て、接近戦の間合いへと近づいた者たちはみな、いっそう足を速めて燃え盛る火の玉を突き抜け、着弾位置をずらして致命傷を避けていく。

「なっ……なんだ、こいつら!!」 

 火傷を負うことに構いもせず突っ込んできた冒険者たちを見て、死霊術師は驚愕した。
 今まで何度も人を殺してきた彼にも、まさかこんな無茶をやる者がいるとは想像の外だったらしい。
 煙を上げながらテーゼンの槍が唸り、雑魚を散らした時点で、彼の敗北は決まっていたのだ。
 ブーツの隠し場所から短剣を取り出したアンジェが、【炎の玉】を放った直後のゾンビを視界の盾に使って武器を突き出す。
 右腕を刺されて慌てて身を引いた死霊術師を、今度はロンドが、待ち構えていた至近距離から体を回して吹き飛ばすかのごとく強く打った。
 【鉄山靠】と名のついている突進技は、たちまち華奢な男の体力を削り取った。

死霊術師討伐5

「ぐあぁっ!?」

 悲鳴を上げた死霊術師が倒れるのと同時に、彼が使役していたはずの死者たちは、次々に土へ還っていく。

「はっ…はぁ…お前…お前ぇぇ…」

 男は狂気を孕んだ目でロンドとアンジェを睨みつけていた。
 震える指がかすかに持ち上がり、2人を指す。

「お前なんて…先生の力で殺してやる…絶対に殺してやる…」

 死肉を踏みながら起き上がり、悪鬼のような表情で血を握り、目を血走らせ、呪いの言葉を呟く。

「………」

 2人とも、ぼろぼろで垢と血に塗れた壊れたような男を、虫けらでも眺めるかのごとく無言で見下ろしただけだった。
 彼はそれにも気づかず、傍らに倒れている眼鏡を掛けたゾンビへと手を伸ばした。 

「ほら、先生。また起きて僕を助けて?」

 ぽきっ。
 先生と呼ばれた死体は、頭部を揺らしながら起き上がった瞬間に、胴体が折れて地面に叩きつけられた。

「あれ?あれ?あれ?何で?何で起きてくれないの?先生?」

 その姿を現実として受け入れることの出来ない男は、術が切れて崩れ落ちたゾンビの動かぬ骸をかき集め、抱きしめながら泣き始めた。

「何で…何でくっつかないの?ほら、起きてよ先生…」
「………狂気の淵にいるのは分かってたけど」
「哀れむなよ、シシリー殿」

 普段はしゃがれた声で温かく気遣ってくれるはずの老婆は、冷厳とすら言える態度で死霊術師を見下ろしつつ忠告した。
 彼は崩れていく骸を抱きしめ、涙と血で顔を汚しながら腐肉へ頬を寄せている。
 親へ縋る子供のように。

「この者はもっと別に、他者との優しい関係を構築するべきだったんじゃ。それを捨てて命を弄ぶ輩に同情する余地はない。たとえ今、こやつが哀れに見えても、それはおぬしが情けを掛けてやるべきものではないぞ。あまりにも死んだ者たちへ失礼じゃろ」
「せんせぇ…せんせぇ…起きて…ねぇ、起きてってば…どうして起きてくれないの…」
「…………ええ。テアの言うとおりでしょうね…」

 男は体から流れ出る血で汚れながら、先生と呼ぶ死体を元に戻そうともがいている。
 力強く死体の手を握り締めたが、ぐちゃっと湿った音を立ててその手は潰れてしまった。

「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だぁ…何で握り返してくれないの…?なんで動かなくなったの…?」

 テアは懇願するように泣き喚く男を無視して、呪歌の治療により各自の体力を回復させた。
 彼女はもはやこの死霊術師に声が届かぬことを理解していた。
 男はもう――いや、初めから壊れていたのだろう。
 術が切れ、それが初めて表に出たのだ。
 ロンドは渡されたロープで男を捕縛し、死体から引き剥がした。

「お前のやったことは、赦されることじゃない」
「先生……先生……」
「しかし、お前に下る裁きが死なのかどうか、決めるのは俺じゃない」
「先生…僕を…一人にしないで…また一緒にいてよ…」
「…もう、言葉なんて通じないか」

 自分が”先生”と同じところへ逝けるのか、と問う男の声だけが暗闇に響く。
 誰もが彼との会話を拒んだため、それに応える言葉はない。
 あまり気が進まないが、死臭が充満するこの空間を念入りに調査しなければならない――冒険者たちがここを訪れたのは、そもそも誘拐された村娘の救出も兼ねているのだから。
 粘着質な壁に嫌な顔をしつつ、テーゼンが槍で辺りをかき回す。
 べとべとの毛布らしきもの、腐肉のようなものが詰まった汚らわしい樽、ボロボロの本らしき物体。
 幽かで強い生活の臭いが、この洞窟の中に点々と漂っている。

「……お?」

 様々な凹凸と滑る汁で輝く洞窟の奥に、小さな空気の流れを感じた。
 大量の人骨や獣骨で埋もれるように、か細い道が隠れていた。

「こっちだ。間違いない、道がある」
「よくやった、黒蝙蝠!よし、行こう」

 一行は少女の生存を信じて、ゆっくりとした足取りで道を突き進んだ。
 足元が時折ぐらつくのは、小動物の骨が集まっているかららしく、時折パキリと折れる音がする。
 ただ、全てが乾ききっているおかげで、先程よりも死臭は薄れているようだった。
 狭苦しい道を進み、ようやく開けた空間が見えてきた。

「だ、誰!?」

 空間の片隅には、骨で体を隠した青白く衰弱した少女が座り込んでいた。
 精神的な恐怖と肉体的な疲労のせいで、幼い顔はすっかりとやせ細っており、ぶるぶる震えている。
 シシリーは努めて優しい声を出した。

「大丈夫、心配しないで」
「あなた……誰なの?」
「私たち、リューンの冒険者よ。あなたを助けに来たの」

 シシリーの言葉に少女は目を見開き、食い入るように冒険者たち一人一人の顔を見つめた。

「…!」
「う、うえぇぇぇぇ…ぐすっ、怖かった…怖かったよ…」

 少女は堰を切ったかのように泣き出し、折れそうな体でシシリーに抱きついてきた。
 若木のようにすらりとした体躯は倒れることもなく、しっかりと優しく抱きとめた。
 革の手袋を外した手で、そっと背中を撫でる。

「もう怖いのは嫌ぁ…暗いのは嫌…」
「………」

 シシリーは早く泣き止ませようとせず、少女が自分から落ち着くまで何も言わずに抱きしめ、撫でてやっていた……。
 数分後、涙も出尽くしたのだろう。
 少女は呼吸を何とか整えて立ち上がると、急に顔へ生気を取り戻し始めた。
 目には意志の力を感じる光が宿っている。
 そして少女は、突然シシリーの手を握った。
 その手は小さく、とても熱い――力強い命の熱が灯っている。
 決して話さぬように精いっぱい力を込めたそれを、優しく握り返した。

「…ねぇ。もう、帰ろう?」
「………そうね」

 シシリーはそれ以上余計な言葉を費やさず、少女の手を握ったまま出口へと彼女を案内した。
 泣き疲れて衰弱しているはずの少女は、帰宅への希望に燃えているのか、自分の両の足でしっかりと冒険者たちについてきている。
 うっすらと…森に音が戻ってきた。
 獣の息遣い、鳥の羽音。
 冷たい風が一同の頬を撫でる。
 まだ死臭は漂っているものの、明日か明後日にでも、この暗い森からすべて消え去るだろう。
 少女が小さな声を上げた。

「………あ、見て」

 太陽が眩しい。
 空は夜色から鮮やかな青に変わり、朝特有のひんやりした空気が肺に広がる。
 少女はシシリーの手からするりと抜け出し、日の光に向かって真っ直ぐ走り出した。

「やっと…やっと助かったんだね」

死霊術師討伐6

 緩やかに輝く日差しは旗を掲げる爪を、少女の顔を、すべての空間を優しく照らす。
 そして少女は、久しぶりの日差しに目を細めながらも、その全身で朝を味わい、にっこりと微笑んだ。

※収入:報酬1000sp
※支出:
※黒豚和牛様作、死霊術師討伐クリア!
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■後書きまたは言い訳
35回目のお仕事は、VIPにアップされているシナリオから黒豚和牛様の死霊術師討伐でした。
本当は、このシナリオは上記の時点で済印はつかず、さらにもう一度貼り紙を選択することで死霊術師と”先生”の詳細についての後日談を見ることが可能です。
しかし、ここら辺はぜひともプレイヤーさんが実際にプレイをなさってご覧頂きたいと思います。
全てをプレイし終わった時に、なんともいえない無力感や悲哀などが感じ取れる作品です。
白と黒のコントラストばかりが続く中、エンディングにおける色の取り入れ方が鮮やかで、何度でもやりたくなるシナリオでした。

最初の方で依頼をしてきた修道女は、シナリオの本筋には出てこないのですが、リプレイを書く上でどうしても必要な場面だったので、以前にやった「安らかに眠れ(ライム様作)」より、互いに自己紹介もしてなかったシスターに名前を勝手につけて使わせていただいております。というか、シシリーにいたっては友達扱い。いつの間に。
黒豚和牛様、ライム様、ご不快でしたら申し訳ございません。
また、違うお店で解決した事件として、「盲目の道筋(takazo様作)」や「新月の搭(机庭球様作)」について書かせていただいてます。
これらは、Leeffesが日頃楽しませていただいてる2つのリプレイ――周摩様の≪大いなる日輪亭≫のリプレイや、夕凪環菜様の≪星の道標≫のリプレイにあった事件として表記いたしました。
クロスオーバーと言えるほどのものかは分かりませんが、ちらりと他の宿について記述できるのもリプレイ書きの醍醐味だと思っております。
ただ実際、ウィルバーが「安らかに眠れ」で入手した死霊術の分岐により術の構造を解いてみせたり、”先生”から【炎の玉】打ち込まれた時には、多少の怪我は覚悟の上で「盲目の道筋」みたいに着弾地点をずらすしかないだろう!と、妙な符合に浮かれておりました。偶然の一致って面白い。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/04/15 13:27 [edit]

category: 死霊術師討伐

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