Fri.

死霊術師討伐その2  

 ヴィスマール街道の外れの森。
 旗を掲げる爪は、暗い森の中を月明かりの下、黙々と歩いていた。
 不気味なほど静かな森を進み、一行は討伐隊との待ち合わせ場所へと、僅かな月明かりを頼りに向かう。
 夜道を苦もなく歩けるのは悪魔であるテーゼンだけで、彼の細かな指示により、木の根や窪地に足を取られることなく前進する。
 いつもなら暗所を照らしてくれる光の精霊たちも、遠くから敵に見つかっては大変だからと、シシリーのベルトポーチに待機したままになっている。
 しかし、そこまでして辿り着いた合流地点には―――。

「…………」

 哀れにも食い散らかされた、死体の山しかなかった。
 テアが近づいたのは、法衣を着ていた死体である。
 冷たい胸にはロザリオが空しく輝き、生気の消えた瞳は真っ直ぐ天を仰いでいた。
 恐らくこの死体こそが、旗を掲げる爪が合流するはずだった聖北教会の割符を持つ人間だったのだろう。

「おちびちゃん。ちょいと悪いが見てくれぬか?」
「お安い御用ってね。どれどれ……」

 アンジェが仔細に検分したところ、死体の首筋は傷口がグズグズになるほど噛まれて、腸は無残にも貪り食われた形跡がある。

「ほぼ間違いなく、グールの仕業だよ。むごいね…」
「……」

 シシリーはグールに喰われた哀れな被害者たちのために地に跪き、静かに祈りを捧げた。
 祈りを終えてから各自で他の死体を観察してみると、明らかに争った痕跡がある。
 1人が握っている広刃剣などは使い込まれてはいるものの手入れは怠っておらず、これを愛用していた人物がグール一体程度に遅れを取るようなことはないだろうと、ウィルバーは推測した。
 つまり……恐らくは、グール以外にも何かがいたのだろう。

「それは件の死霊術師だったのかもしれないし、他のアンデッドだったのかもしれません。が、確実に分かることはあります」
「……それは何かしら?」
「今回討伐する相手は、対死者に特化した集団でも勝つことができる、高い実力を持った相手である」
「何の慰めにもならないわ」
「やれやれ、白髪男の言ったような楽な仕事じゃなくなったってわけだ」
「なんだよ、俺のせいだって言うのか?」
「落ち着いてよ、兄ちゃん。そんな事言ってないから……あれっ?」

 アンジェが声を上げたのは、辺りに点々と転がっている肉片のせいであった。
 その断面は何かで千切ったようにぐしゃぐしゃに潰れていたのだが、それが彼女のどんぐりのような目の見つめる中、急に震え始めたのである。

「な、何これ、姉ちゃん!?」 
「下がって、アンジェ!」

 ナメクジのごとく這いながら蠢きだした肉片は、散らばっていた死体にへばり付き、動く死体と化してのっそり起き上がった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」

 耳障りな喚き声を上げながら、腕を地面と水平に伸ばしてこちらへ襲い掛かってくる。
 5体のゾンビのうちの一体を、すかさずテーゼンの袖口から飛び出してきた妖精が弓で射る。
 小さな妖精の力の篭った矢は、相手の動きを鈍らせてパーティの戦いを助けた。

「ありがとう、ムル!」
「いいえ、皆さん頑張ってください!」
「よくやった妖精。……おりゃあああぁ!」

 三叉の槍を振り回しながらゾンビたちの前へ躍り出たテーゼンが、舞踊に似たしなやかな動きにより強烈な薙ぎ払いをかけて、ゾンビたちを傷つけていく。
 不死者の鉤爪が一番小さく陽気さに富んだ肉体へ振り下ろされるも、彼女は横へスライドするように攻撃を避けて、近くにいたロンドの攻撃範囲内にゾンビを誘き出した。

「さて……砂漠の熱で火葬するとしようかの」

 テアがかき鳴らす竪琴の音が、灼熱に覆われた砂漠の熱を敵陣へ運び、彼らの腐った肉を次々に焼いていく。
 ほとんどが斃れた後、革鎧に覆われていたゾンビが一体残っていたもの――。

「てえいっ!」
「ぐ…げぇ…」

 再び妖精が放った矢で、それも活動を停止し、溶けるように土へと還った。
 辺り一面にひんやりした土の匂いが漂う。
 死体はもう動かないだろうと判断した冒険者たちは、再び辺りの調査を行うことにした。
 もう明かりを灯しても支障はないだろうし、かえってこの暗闇が彼らを妨げるだろうと、ベルトポーチからスピカと名付けられたフォウと、相変わらず謎の微笑をたたえたランプさんを解放する。

「あ、足跡見っけ」

 ホビットの自然に親しんだ観察眼が、湿った土の上に残る足跡に気づいた。

死霊術師討伐1

 足跡は赤黒い液体でべっとりとしており、こんな森の中であるにも拘らず、靴すら履いていないことが見て取れる。
 ……十中八九、グールかそれに準ずる者の足跡だ。
 それは森の奥へ奥へと誘うように続いていた。
 気色の悪い痕跡を見つめながら、パーティは森の深くへ歩を進める。
 ざくりざくりと枯葉が踏み砕ける音に、冷たい夜風に乗って香るツンとした死臭。
 月明かりさえおぼろげなこの森には、お似合いのものなのかもしれない。

「……何か、妙に静かだよね。死の気配ってやつ?」
「いや……僕の勘が確かなら、ここは何かおかしい……」
「………?」

 右も左も黒く沈む。
 獣の声すら消えた森。

「ここ……って……」

 どこまでも暗い森。
 何一つ変わらなかったはずの森に、テーゼンが僅かな違和感を覚えて足を止めた。
 辿り着いたのは同じ場所であった。
 暗くて、単調で、寂しい――とうに通り過ぎたはずの地点である。 
 ウィルバーが細い眉をひそめる。

「……嫌な予感がします」
「僕もだ。……一応、もう少し進んでみようぜ」

 脳裏に過ぎる予感を押し込めて、テーゼンは一同を先導して歩き始める。
 迷いから逃げるように、暗闇を引き連れるように。
 草を分け、木々を避け、冷たい風に煽られながら暗い森をただ行き続けた。
 …しかし。

「…戻ってる」

 呆然としたようにアンジェが呟いた。

「まずった。僕らはどうやら、ループしてるらしいな」

 ため息と共に吐き捨てるようにテーゼンが言った。
 単調な光景とは言え、何度も見れば頭に入る。
 木の形、陰影の形、土の感触…あまりにも変化がなさ過ぎる。

「魔力の流れを確かめてみましょう」

 首から提げた竜の牙の焦点具に手を添えて、ウィルバーが魔力の感知を行なう。
 辺り一帯を覆う暗い魔力が、彼の魔法による視界に黒い靄をかけたように感じ取れる。

「どうやら、何かの結界に入り込んでしまったようですね…。しかも妨害が掛かっている。これでは魔力の源が分かりません」
「魔法による潜伏では、あちらの方が上手と言うことじゃの」
「迂闊に動かないほうがいいってことか?」
「まさにその通りだよ、兄ちゃん」

 もっともらしくアンジェが頷いた。

「このまま進んでもループが続くだけなんだよ。疲れ果てたところで、死体の軍団が襲ってくるってことじゃないのかな」
「無駄のない戦力投入と言うべきかなんと言いましょうか……」

 黙って彼らの話を聞いていたシシリーが、思わず縋るように胸元の聖印を掴んで祈った。

「……主よ。天におわします聖北の神よ。無力なる子羊に、どうか進むべき道をお与え下さい」

 彼女の当て所ない法力が聖印に集中し、図らずも【正邪感知】と同じ作用で働き始めた。
 シシリーはひと際大きな楢の木の方角へ碧眼を瞠った。

「………あれは」
「ああ…あああああ…」

 ――ウィスプだ。
 ぼんやりと黒く輝くウィスプが、木陰の片隅に虚ろに漂っている。
 ウィスプはざわざわと何かを呟き、冒険者たちの下へ近づいてきた。

死霊術師討伐2

「寒い…」
「人だわ…冒険者?」
「話…聞いてくれ…」
「待って、彼らに敵意はないわ!」

 途端に得物を構え出した仲間達を制し、リーダー役の少女は霊魂へと向き直った。
 甘く鈴を振るような声で訊ねる。

「話をしたいの?何を話したいの?」
「冒険者…」
「誰か…助けて…」
「あの男…許さない…」

 いくつもの虚ろな声が、周囲に響き渡る。
 仄かに金の輝きを帯びた法力に包まれるシシリーの姿に、ウィスプたちは確認するように近づいて一斉に喋り始めた。

「出れない…結界が続く…」
「あの男が死者を使ったの」
「上下左右に死者がいる」
「ヤツは一体の死者に楔を打った…」
「倒せば結界は崩壊する」
「間違えれば死の力が増すだろう」

 ウィルバーが彼らの証言に、ゆっくりと眉を上げた。

「なるほど。死者を媒介にした結界術ですか……オリジナルなのでしょうが、なんとも厄介な魔法を施したものですね」
「それを解呪するわけにはいかんのかの?」
「あくまで魔法ですから、理屈の上では出来なくはないでしょうが……」

 テアの意見に魔術師は考え込んだ。

「これほど高度な術を編み出せる相手となると、術者以上の技量を持った解呪を行なわないと、術の反動でこちらが無駄に疲労してしまいます。悪くすると、精神力が枯渇するかもしれません」
「そうなれば、術者との戦いでお荷物にしかならんと。そういうわけじゃな?」
「ええ。出来れば、楔にしたと言う死者について分かれば良いのですが……」

 年長者たちの視線の先で、若木のようなすらりとした立ち姿で死者に対するシシリーが、結界の要となったらしいアンデッドの場所を聞き出そうとしているものの、その会話は難航しているようだ。
 なぜなら、討伐対象の男が嘘しか言えない死の術をウィプスの何名かに掛けていったために、霊魂が見届けたはずの男の行き先は、真実と逆のことを話している場合も出てくるからだ。
 ウィルバーはしばし考え込んだ。
 魔法を解く手段を持っているテアが、術者との戦いで援護が出来ない状態になるのは辛い。
 また、ウィスプの証言を元に嘘を言っている魂を除き、男の行き先を推察するのは時間がかかる。

「ならば………」

 ――彼はネクロマンサーではないものの、死霊を統べる術を知っている。
 ひょっとしたら、男がこの霊に掛けた術を解くことができるかもしれない。

死霊術師討伐3

「………」

 ウィルバーは無言で目を瞑り、相手の術構造を読み取り始めた。

(……思ったとおり、この術、かなり複雑ですね……)

 慎重な魔術師の脳がごぽりと動き出す。
 この術を解くためには、それ相応の力が術者に求められることを百も承知で、彼は覚悟を定めて真っ直ぐに力の流れを解析した。
 死霊に強制されている術の網をほぐし、本来あるべき未練だけを引き出して地上に留める。
 ぽつり、と汗がこめかみを伝う。

「ウィル……」
「しっ……後は彼に託すしかないんじゃよ」

 力の流れに感づいたテーゼンが口を挟もうとするのをテアが制止して、≪万象の司≫を中心に死霊術の回路を正しているウィルバーを見守った。

「お…お…おぉ…?」

 見えない何かが弾けるような音がして、霊魂たちが一斉に驚きの声を上げた。
 掛けられた嘘を口にする術は、綺麗に解除できたらしい。

「これで彼らは真実のみを言うようになりました」
「………ふぅ。お疲れさん、大変だったろ。専門家でもないのによくやったよ、アンタ」

 柔らかく背中を叩く悪魔に、彼は肩を竦めて応えた。

「なかなか手こずりましたよ。やったことがなかった作業ですからね」

 ウィルバーは軽く呼吸を整え、思考を速やかに切り替えた。
 術を解かれた霊魂たちに、シシリーが改めて死霊術師の行き先を質問する。

「僕はあの男が下と右に行った姿を見ていない」
「あたしはあの男が上に行った姿を見ていないわ。左か右に行ったんじゃないかしら」
「俺はあの男が左と上に進む姿を見ていないぞ」
「私はあの男が下に進むのを見ていません」
「…わしはあの男が上と右に進む姿を見ておらん」

 すべての証言を聞き終わったアンジェやシシリーが、困惑した様子でぱちぱちと瞬きする。

「……どういうこと?嘘をつく術は解除したのに、全然行き先が分かんないよ?」
「どう考えても矛盾してるわね…」

 顔を見合わせた年下の女性たちを横目で見た後、フンと老婆は鼻を鳴らした。

「選択肢は目に見えてるものだけとは限らんぞ」
「だって婆ちゃん、もうみんな嘘は言わないはずなんでしょ?」
「そうとも。そして彼らは真実だけを話しておる……単純なことよ。こやつら自身が要になっておるんじゃ」
「え……ああ、そっか!」

 つまり、男はここに留まって彼らウィスプの群れを楔と化したのである。
 まさに霊たちの証言どおり、どの道をも行くはずがなかった。

「ロンド、彼らが天へ召されるよう、送ってやるが良い」
「え?あ、うん」

 ロンドはスコップに神聖な力を送り込み、【花葬】の技で彼らを弔った。
 瞬間、奇妙な手ごたえがロンドの体に響く。
 周囲の木々が唸るように揺れ始め、明らかに空気が変化した。

「まさか…そんな…」
「あたしたち全員……」
「操られていたのか…」
「信じたくありません…」
「これが天命か…」

 ウィスプは狂ったようにざわめき始め、最期に大きく吼えた後、そのまま消え去ってしまった。
 スコップを下ろしたロンドが、胡乱げな顔で現れたものを見つめている。

「…あれは?」

 鬱蒼とした森の中心。
 黒い力の消えた先に、幾度も使われているであろう道が一本、いつの間にか出現している。
 この奥に死霊術師が潜んでいるのであろうと考えたパーティは、戦いの準備を済ませてから進むことにした。

2016/04/15 13:23 [edit]

category: 死霊術師討伐

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top