Fri.

死霊術師討伐その1  

 宿の中はすでに朝食を済ませた客ばかりで、ある種の解放感に似た雰囲気が漂っている。

「お久しぶりです、皆さん……」

 いつものテーブルについていた彼らに近づいてきたのは、既知の人物であった。
 ≪狼の隠れ家≫にやって来た若い娘は、沈んだ声音で旗を掲げる爪に挨拶した。

死霊術師討伐

 年の頃は二十歳前後で、女性らしい丸みを帯びた体を、聖北教会独特の様式と一目で分かる修道服に包んでいる。
 柔らかな光を放つ金髪と同色の虹彩は、色の白い彼女の肌をいっそう儚げに見せていた。

「あ!」

 誰だか分かったアンジェのどんぐりのような眼が瞬き、驚きの声が発せられる。
 ホビットの娘の横にいたシシリーが、にこやかに丸めた羊皮紙を持ったシスターへ声をかけた。

「ずいぶんと久しぶりね。ハロウィーン後の食事会以来かしら?」

 このシスター・ナリスは半年ほど前に、彼ら旗を掲げる爪や治安隊隊員とともにクドラ教徒と戦った、彼らにとっての友人とも言える存在であった。
 討伐隊に加わったのが不思議なほど気の弱く心優しい娘で、敵であるはずの過激派クドラ教徒を、有無を言わせず殺していくことに嫌悪感を持ったくらいである。
 その後は聖北教会で、ますますの研鑽を積みながら、時折行なわれるボランティア活動などにも参加し、教会を頼りにする市民たちのために働いていたはずだが……。

「ええ。あの時は、足をお運びいただいてありがとうございます」
「こちらもおかげで美味しいご飯をいただけたもの。いいのよ。ロンド、椅子を持ってきて」
「ああ、そうだな」
「あ、いえ、そんな、私は立ったままでも……」
「まあ、そう言わずに座れよ。俺たちも落ち着かないしな」

 彼が長い腕をひょいと伸ばし、隣のテーブルから一つ椅子をこちらに寄せる。
 しきりに恐縮した風のシスター・ナリスへ席に着くよう薦め、やっと座った彼女に、テアが新たに運ばれてきたハーブティを渡しながら話し掛けた。

「お前さん、今日はずいぶんと良くない顔色をしておるが…何か嫌な事でもあったのかえ?」
「ボランティア活動に妨害があったとか?あ、もしかして、人手が不足しててあたしたちに参加して欲しいのかな?」
「いいえ、そういうわけでは……」

 小さく顔の前で手を振り、否定しようとしかけたシスターだったが、ちょっと思い直したように背筋を伸ばして「実は」と切り出した。

「リューンとヴィスマール間の街道付近に潜伏中の死霊術師がいまして……近隣の村娘が1人、そのものに誘拐されたようなんです。今回誘拐された娘以外にも、幾人もの被害者が出ているそうでして…」
「えっ。そりゃまずいんじゃねえか?」
「そうか……またヴィスマールか……」

 黒曜石のような目を軽く瞠ったテーゼンの横で、テアが虚ろな笑いを浮かべている。
 ウィルバーから目線で促され、シスター・ナリスが羊皮紙を広げながら続けて説明したところによると、聖北教会にある”異端討伐隊”という対邪教・対異端派相手の組織が、参加してくれる冒険者を募集中らしい。
 ”異端討伐隊”とはちょっと所属は違うものの、シスター・ナリス自身もまたクドラ教徒相手の掃討作戦に参加した経緯を持つ聖職者の1人であり、その際に旗を掲げる爪と知り合った。
 彼女は今回の事件に関して出立はしないものの、討伐に協力する冒険者を探すよう、司教クラスから直接に命令が下ったのである。

「報酬は銀貨で800枚。皆さんが討伐に成功したら、追加で200枚をお渡しいたします」
「おおっ。現金収入の必要な俺たちには、もってこいの仕事だな」
「呑気だなあ、兄ちゃんは。……その死霊術師って、ずいぶん危ないやつなの?」
「他の冒険者の店から現れたと報告のあった魔道士エイベルや、最近討伐されたと噂される黒魔術師ジェネラスほどの知名度は正直ありませんが……」

 魔道士エイベルは元魔術師学連…つまり賢者の搭の幹部だったが、二十数年前に己の研究室で罪のない民間人を材料に、ホムンクルスの実験を行なっていた悪名高い指名手配犯である。
 事件を知った賢者の搭とリューン当局が慌てて姿を消した彼を追ったものの、ついにその追及がエイベルに届くことはなかった。
 近年になって、≪大いなる日輪亭≫という店に所属している冒険者グループが、久々に現れた彼の魔の手を逃れて当局に通報したという話は、エイベルへの恐怖と嫌悪、さらには逃げ切った冒険者たちへのある程度の賛辞を込めて伝わっている。

死霊術師討伐の中のエイベル

 一方、黒魔術師ジェネラス=ベルセゾンといえば、さる宮廷に仕えていた魔術師の血を引くという説もあるが、特筆されるべきはその天才的な才能より歪みきった人間性である。
 数多の人間を下敷きに悪魔召喚や難度の高い黒魔術の完成に耽っただけでなく、捕らえた人間を自身の細工した搭に放り込み、ゲーム感覚で嬲り殺しを楽しんでいたと言う。
 こちらはエイベルと違い、表立って名前が挙がることはなかったものの、黒魔術に手を染めた輩や、後ろ暗い過去を持つ魔術師たちには畏怖の念を持って囁かれる人物なのだ。
 幸いにして彼の方は、女魔術師をリーダーとする冒険者グループがその所業に終止符を打ったと言う話が、リューンの街に広まっている。

「彼らほどでないにしても、その実力は恐るべきものだと聞いています。彼の操る死者の中には、通常のゾンビとは違い、魔法を操る個体もいたとか」
「なら、当たり前のネクロマンサーより手強い可能性が高いのね…」

 ポツリと呟いたシシリーが、難しい顔で顔の半分を手で覆うようにしている。
 大抵のネクロマンシーの術によって操られるゾンビというのは、自我もなくただ創造主の命令により
敵へ襲い掛かるのが関の山だ。
 知能が極めて低く、自己判断によって逃げることの出来る動物の方が賢いくらいである。
 だと言うのに、一定の水準以上の素養と知識を持っていなければ操れない魔法を唱えられるというのは、相当に高度なネクロマンシーの秘術を使っているに違いない。
 少なくとも、今までシシリーたちが対応したゾンビでそれが可能だったのは、最近戦ったヴィスマールのクドラ教団のゾンビだけで、それも一種類の呪文しか唱えることが出来なかった。
 申し訳なさそうにシスター・ナリスが冒険者たちの顔を見やる。

「いかがでしょう?危険の多い仕事ですので、あまりオススメしたくはないのですが、皆さんの見事な戦いぶりは知っておりますし……なにぶん、誘拐された方のことを考えると、猶予もないので……」
「娘さんの親御さんもご心配なさっておられるでしょうね」

 やや青白い顔でこの仕事の詳細を説明したシスター・ナリスに、ウィルバーも相槌を打つ。
 ロンドがのんびりとした挙措でシシリーを眺めた。

「引き受けた方がいいんじゃないか」
「……今の私たちで、対抗できると判断する根拠はあるの?」
「うーん。つまりさ、シスター・ナリス。俺たちはまた、聖北教会と共同戦線を張ればいいんだろ?」
「えっ、あ、はいっ。すでに死霊術師のアジトはある程度判明しているので、突入前に決めた待機場所へ合流して貰いたいそうです」

 ロンドがニヤリと笑った。

「そら見ろ、潜伏先まで捜索する必要はないんだ。後は相手と戦うだけ」
「そんな、簡単な話で終われるような相手とは思えないんだけど…」

 いくぶんか眉をひそめたシシリーだったが、他の仲間たちから積極的な反対意見が出る様子もない。

「ふーっ……確かに、私たち以上にうってつけの人材はいないでしょうね。今すぐ必要ならなおさら。いいわ、旗を掲げる爪がその作戦に協力しましょう」

 結局はシスター・ナリスに引き受ける旨を伝えた。
 彼女はかなり心配そうにこちらの意思を何度も確かめたが、シシリーはきっぱりと言った。

「無理だと思うのなら引き受けはしないわ。それに……少しでも経験を積んだ人手が多いほうが良いと思ったからこそ、私たちを推薦してくれるのでしょう?」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
「報酬は私たちが帰って来てから一気に清算してちょうだい。今貰っても仕方ないから」
「ではシスター・ナリス。先行しているという、聖北教会の討伐隊との合流地点を我々に教えていただけますか?」

 羊皮紙に書き付けられた地図にある記号を、全員が確認する。
 野伏であるテーゼンが、ヴィスマールの街道から外れて入り込む位置にある森を指して訊ねた。

「街道をここから外れて入っていっていいんだな?」
「はい。合流は明後日の夜となります」
「お互いを確かめる符丁は決めてあるのか?」
「これをお持ち下さい。あちらの隊長と分けた割符です」

 シスター・ナリスが取り出したのは、聖北の印である十字と異端討伐を表す細剣の焼印が押された木の札の半分だった。

「私の名前を出してこれを示せば、今回の作戦に雇われた冒険者である証明ができます。公路を行く馬車の切符も人数分お持ちしました。これを使って、集合時間に遅れないよう移動をお願いします」
「分かったわ」

 それらを受け取ったシシリーが、春の海のような双眸に悪戯っぽい光を湛えてシスターを見やる。

「そうそう――もう一つ、追加報酬を忘れないでね。事件を解決したら、皆で一緒にまたお茶会でもしましょう」
「……はい!」

 シスター・ナリスが、やっと無理のない笑顔を彼らに見せた。
 冒険者たちは心優しき修道女に微笑み返すと、各々必要と思う装備を準備しに階段を上がった。

2016/04/15 13:21 [edit]

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