Thu.

時の囚われ人その4  

 十字路から地下への階段を下りながらシェトと話をしていたところ、彼女は4つの呪文を使いこなすことができるらしい。
 もっとも、魔法使いにとっての基礎攻撃呪文の一つと言える【魔法の矢】に関しては不得手であり、【癒身の法】や【土精召喚】を使うほうが多いかもしれないとのことである。
 途中で洞窟を潜り抜け、なんとも艶かしい女神像を横に見ながら通り過ぎる。
 吐き捨てるようにシェトが言った。

「あれが…例の石像です」
「禍神って女性なの?」
「少なくとも上半身はそうと言えますね……」

 妙な形に言葉を濁したものの、それ以上は追求をさせないような雰囲気を醸し出している彼女に、重ねて質問する者はいなかった。

「この奥に、魔法機械があります。皆さん、準備はよろしいですか?」
「ついに戦いね…では少しだけ待ってちょうだい。支援をお願い」

 シシリーが前半はシェトに、後半は仲間たちに向けて発言すると、各々が頷いて動き出した。
 たちまち旗を掲げる爪が歌で鼓舞され、不可視の鎧を纏い、舞踊により抵抗力を上昇させる。
 準備が整うとリーダーからの合図が示され、一行は戦いへと繰り出した。

「これが……魔法機械かえ?」

 首を傾げる老婆の視線の先には、大きな金属の筒……とでもいうのだろうか、あちこちから無数のパイプが不恰好に突き出している。
 ずいぶんと年月により劣化しており、ひびまで入っているのだが、音もなく静かに、だが確実に動作はしているのが全員に理解できる。
 不意に、ピピピッという軽く聞き慣れない音が響いた。

「シンニュウシャ ハッケン シュルイ ヲ シキベツシマス」
「うおっ、喋った!?」

 わざわざ反応したロンドに機械が焦点を当てたのか、彼の腰にある≪サンブレード≫へ赤いレーザー光線が走る。
 しばらく走査していたらしい機械は、ほどなく決断を下した。

「シンニュウシャ ニ ブキ ヲ カクニン。ケイカイタイセイ ニ ハイリマス」
「おやおや。ちょっとやばそうな雰囲気ですね……」
「一度攻撃を仕掛けると、私たちのことを敵と見なしそうですね」

 シェトはちらりと傍らに立つ冒険者たちを見た。

「……戦いを仕掛けますか?」
「ええ!」
「よし、いきましょう!」

 リーダーと魔術師のときの声を契機に、旗を掲げる爪は散開した。
 同時に、彼らを敵と判断した魔法機械が戦闘を宣言する。
 歯車によりキリキリと巻き上げられた機械の腕たちが、近くにいる冒険者を叩こうと動いているものの、紙一重の差で回避され続けている。
 【活力の歌】と【飛翼の術】による援護が効果を発揮しているのだ。

「よっしゃ!いけるぜえっ!」
「いい加減、眠ってろ!」

 素早さを主とする槍使いと豪腕を誇る重戦士が、それぞれの得物を手近な機械の隙間に攻撃を叩き込み、動きを次々と停止させていく。
 その合間を縫うように走るのは、アンジェの鋼糸とウィルバーの魔法であった。

時の囚われ人7

 真上から振り下ろされた部品を後ろに転がって避けたシシリーも、起き上がって息をつく間もなく横一文字に斬りつける。

「なんて……すごい……」

 呆れたようなシェトの感嘆の声に、テアがフッと笑って言った。

「そりゃ、これがわしらの仕事だからの……さて、場所に敬意を表して砂漠の歌を奏でるとするかね」

 皺の寄った指が竪琴の弦を慣れた様子で柔らかく弾き、ややしゃがれた声が滔々と熱を孕んだ砂嵐の恐ろしさを歌う。
 彼女の歌声は心を持たないはずの機械のエネルギーを削ぎ、一瞬だけ動作を停止させた。
 その隙にまた仲間達がこぞって攻撃を集中する。
 束縛から解かれた魔法機械は、一度だけレーザーシステムが充填しきって一行を打ち抜いたものの、それはウィルバーの張った防御壁を本格的に崩すほどの力を持たず、恐ろしい威力のほとんどを減少させていた。

「ふう……これなら勝てますかね?」
「それはフラグってもんだよ、おっちゃん。でも、動作してるのがあと二つ。あたしたちに壊せない敵じゃないね」

 アンジェは現実的に応じると、鋼糸に魔力を這わせて遠距離にある部品を突き刺した。
 ボロリと崩れていく金属の欠片を構うことなく、思い切りロンドがスコップを振り上げる。
 力任せの一撃は、たった一つだけ残ったシリンダーやパイプを苦もなく引き裂き、

「……システム……サドウ フノウ……」

という機械の声がして、全機能を停止させた。
 ぐっと拳を握ってシシリーが喜びの声を発する。

「……やった!!」
「はぁ……はぁ……これで、結界は消えたはずですが……」
「そうですね。……おっと、『時の欠片』とやらを取り出さねば」

 ウィルバーは予め聞いていた情報を元に、バラバラに破壊された機械の中枢部から、青く輝くエネルギーを蓄えた球体を取り出した。
 その途端、球体が一際青く発光し、シェトを含めた一行の体を包む。
 アンジェがぎょっとした顔で後退するが、光は小さなホビットの体に刻まれたレーザーによる傷に集中し、白く変色した後には傷痕が塞がっていた。

「あ……!」

 それを眺めていたシェトが首を縦に振る。

「……『時の欠片』に蓄えられていた力が、私たちの中に流れ込んできたようですね。残念ながら、もう残りは少ないようですが……」
「それより、これって禍神の力なんでしょう?私たちに悪い影響はないのかしら?」
「いえ、大丈夫でしょう。魔法機械の心臓部として使っていたために、禍神の力は蓄える対象に影響のないような形に変換されます。精神力の賦活や体力の回復効果をもたらすだけです」
「それなら安心ね。さあ……結界は解けたし、長居は無用よ」

 シシリーのセリフに、他の仲間たちは脱力させていた体を再び緊張させた。
 次はいよいよ、神と目される存在との戦いが待っているのである。
 シシリーは握りなおした長剣を右手に引っさげ、先頭に立って女神像のある部屋へと戻った。
 先ほどと様子の違う石像の様子に、自然と黄金色の眉がひそめられる。

「武器の用意を……」

 そっと彼女の隣に立ったシェトが、肩幅に足を広げていつでも呪文を唱えられるような体勢で警告を発した。
 アンジェが違和感に気づき叫ぶ。

「……見られてる!!女神像が、私たちを見ているわ!!」
「さあ、それを破壊してください、皆さん!」

 シェトの焦ったような声にロンドが慌ててスコップを叩きつけると、女神像の破片があたりに飛び散り周辺が白い閃光で満ちていった。
 眩しさに目が眩みながらも……巨大な、邪な存在が”染み出して”くるのがはっきりと感じ取れる。
 テーゼンの袖にしがみ付いていた妖精のムルが、その気配のおぞましさに身を震わせ、閃光からゆらりと起き上がってきた大きな影に向かって矢を放つ。

「フフフ……こんな小さな矢が効くものか……わざわざ起こしてくれるとはご苦労なことだな」

 女神像の、異性を誑かすような美しさとは対照的な青黒い肌。
 血の色に染められた双眸。
 瘴気に靡いている暗いオーロラのような色彩の長髪。
 額には、黄金と血色が混ざり合ったかのような三つ目の瞳がギラギラと敵対者をねめつけている。
 紫色の毒々しい唇が、ニイッと嘲笑の形に歪められた。
 それでもなお妖艶さを保つおぞましい敵に、シシリーは朗々と長剣を掲げて言った。

「いいえ、あなたはすでにこの世に必要な存在ではない!時の彼方にお眠りなさい、禍神!」
「小生意気な虫けらが……!」

 禍神から吹き上げる瘴気が冒険者たちの体力を削るものの、勇気あるホビットの娘が自分の身長よりも高く飛びあがり、自分の傷も構わずに鋼糸を異形の巨体へと巻きつけて、その動きを束縛する。

「兄ちゃん、姉ちゃん、今よ!」
「よくやった、アンジェ!」
「後は任せて!」

 スコップと長剣が、粘っこい光を放つ鱗の生えた下半身を突き刺す。
 赤い華が黒い瘴気に満ちた空間の中で、異様な美しさを添えた。

「このクズが……こんなもので、止められると思うたか!」

 細い糸の拘束を引きちぎり、糸の先を掴んでいるアンジェごと振り回す。

「きゃあああ!?」

 小さな盗賊の体が地面へ叩きつけられ、毬のように弾んで転がる。
 敵に近づいていたシシリーよりも先に、巫女であるシェトがすかさず負傷者へと走り寄った。
 赤い目が憎々しげにシェトを睨み付けた。

「またお前か。愚かな……失敗を再び繰り返すつもりか?」
「いいえ。失敗はしません……彼らが、希望を示してくれたから!」

 一際大きな怪我を負ったアンジェへ【癒身の法】を施しながら、凛とした表情を崩さずにシェトが宣言する。
 幾度目かの【活力の歌】を仲間たちのために歌い終わったテアは、肺の能力の及ぶ限り大きな声でそれに同意した。

「おお、その通りじゃ!旗を掲げる爪が、必ずおぬしを葬り去ってくれる!」

 火を噴くスコップが、魔力の矢が、元聖遺物の長剣が、異種族から託された槍が、次々と巨大なラミアのような禍神の体に突き刺さった。
 禍神は何度も【黄泉の呪歌】という、とうてい人間では発声の出来ない歌声で冒険者の脳を揺さぶり、混乱を無理矢理引き起こしながら体力を削ってくる。
 だが、シェトやシシリー、テアやテーゼンが何度も仲間達をそのたびに揺り起こし、また戦場へと復帰させた。
 その姿にしびれを切らした禍神は、いよいよ大掛かりな呪文を唱え始めた。

「おのれ……五体が消滅してしまうが良い!」

 【ロストスペル】という魔力の強い衝撃により、部屋の端々へと吹き飛ばされた冒険者たちだったが……。
 伸びていたはずの人影の一つがムクリと起き上がったかと思うと、その腕から三叉に分かれた槍が飛び、穂先が人間の女体と鱗の境目に突き刺さった。

「悪いなおばさん。騙すのは悪魔の専売特許さ」
「ウガアアアアアアァァ!」

 不快な叫び声が上がり、巨体が痛みにのた打ち回る。
 上半身が大きく反った、その瞬間。

「おおおおぉぉぉ!」

 吹き飛ばされた際に手放したスコップには目もくれず、ロンドは腰間から引き抜いた曲刀で敵の上半身を深く切り裂いた。
 巫女の亡霊から託された≪サンブレード≫は、冷たい気を放つ女の体を苦もなく傷つけた。
 辛うじてまだ息の残る禍神は、伏せるようにして大きく肩を上下させ痛みを堪えていたのだが、その無防備な背中に細い長剣の刃が刺さる。

「アアアアッ!?」
「これで……さようならよ!」

 シシリーが一気に≪Beginning≫を引き抜くと、禍神の姿は黒い塵と化して消えた。
 まるで砂漠の砂に溶け込んでいくかのように……。

時の囚われ人8

「はぁっ……か……勝った……のか?」
「信じられないわ……禍神の気配が薄れていく……」
「……勝ったには勝ったみたいだけど、ゆっくりしてる暇はなさそうよ」

 シシリーが仲間やシェトに対して、崩れた柱や魔法機械のあった奥の部屋から溢れてきた土砂を示して退却の意を表す。
 滝のようにこちらへと迫ってくる土砂は、恐ろしい地響きを立てている。

「まさか……さっきの戦いの衝撃で、神殿が崩れようとしてるのか!?」
「あ!…それに、あの大雨!大量の水を含んで、地盤が緩んでいるんだわ!」

 野伏と盗賊の正確な状況判断に、一行はすかさず迫り来る脅威に対して背を向けた。

「早く、外へ!!」

 殿の位置についたロンドの言葉に、まず転がるようにアンジェが、テアの手を引いたテーゼンが続き、シシリーとシェト、ウィルバーが走る。
 一同は互いの進行を妨げないよう気をつけながら、遺跡の入り口を目指して駆けた。

「あ……で、でも、シェト。遺跡は封鎖されて……」
「いいえ、シシリー。あの神を退治した後ですから、あの呪符や土壁は魔法文字による効力を失い、すでに出入り口は開いているはずです」
「それなら走ればいいってだけね。よし、みんな、生き抜くわよ!」

 長い時の中に封じられていた通路を抜け、崩れていく細緻な彫刻を嘆く暇もなく、足を最大限素早く動かす。
 旗を掲げる爪が外に出ると、そこはちょうど夜の明ける時間帯であった。
 夜の闇はもはや薄れ、東の空からオレンジ色へと塗り替えられていく。
 わずかに差し込んでいる朝の光を白い面に受け、呆然としたようにシェトが呟いた。

「……空だわ……」
「………シェト?」

 ウィルバーが目を瞠る前で、徐々に古代の巫女の体は透けていき。
 彼女がゆっくり空を仰いだ時には、すでに向こう側の景色が見えるほどになっていた。

時の囚われ人9

「私の見たかった、夜明けの……なんて美しいの……」
「……シェト!!あなた、体が……」
「禍神とともに、私を捉えていた封印もまた消えています。ここに存在することができなくなってきたのです」
「そんなことって……やっと自由になって……あなたの人生はこれからじゃないの!」
「シシリー」

 天へと還っていく巫女を惜しむ娘の肩を、そっとウィルバーが抑えた。
 手は微かに震えているものの、彼の深く響く声は抑制され揺らがなかった。

「……もう、分かっていたことですよ」
「だって……だって!」
「……大丈夫です。私は、本来私のあるべき時間の中に戻るだけ……」
「……シェト……」

 シシリーの言葉を遮り、古風な衣装に包まれた透けた腕が、すっと上がって太陽の方角を指す。

「ああ、だって見えてきたわ……私の生まれ育った……懐かしい金色の砂漠が……」
「……ええ。あなたは砂漠に還るのですよ」

 それ以上、ウィルバーが言葉を紡ぐことはなかった。
 泣きそうな顔でそっと笑っただけである。
 シェトも、名前を呟いただけの彼の声なき別れを感じ取り、にっこりと笑う。

「……ありがとう。本当に、ありがとう。あなたたちのことは、一生忘れません」
「…………元気で……」

 テアが手を振ると、ふっと風に誘われるように彼女の姿が揺らぎ、暑さの増していく砂の海へと溶けていく。
 それと同時に大きな音が響き、驚いた彼らが振り向くと、神殿の入り口が土砂に塗れて崩れ落ちたところだった。
 冒険者たちは、音がやんで土煙が消えるまでその様子を見守っていた。

※収入:≪サンブレード≫≪時の欠片≫を入手。
※支出:
※たつの(旧・龍乃)様作、時の囚われ人クリア!
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■後書きまたは言い訳
34回目のお仕事はたつの(旧・龍乃)さんの時の囚われ人です。
3-5レベルの「夢の王様」でご存知の方も多いシナリオ作者さんですが、NPCに込められた人生がただの設定に終わらず、生き生きとしたセリフや態度、何かへの執着に遺憾なく発揮されている様子が全くプレイヤーを飽きさせない作品を作ってくださいます。ありがたやありがたや。
実は現金収入のない冒険だったのですが、魔女のビブリオテカ(hisase様作)で【赫灼の砂塵】を手に入れたこともあり、ぜひ砂漠地方を舞台にしたこちらの仕事に挑戦したくなりました。
クロスオーバーはしてないのに、トトゥーリアと【赫灼の砂塵】を絡めて書いてあるのはちょっとした思い付きからでしたが、それらしい雰囲気が出たんじゃないかと思っております。
たつのさん、hisaseさん、もしご不快でしたら申し訳ありません。

書いてるうちに、なんだかうっかりウィルバーがシェトに好意を抱いたようなんですが、これが恋愛感情かどうかはLeeffesにも分かりません。
……世の中には友愛とか敬愛とかいうのもありますので。
テアが察していたように、いずれ別れは避けられないという自覚はあったので、恋愛に育つだけの時間もなかったと言った方が正しいのでしょうか?
ただ、意外とウィルバーって「運命は自分で切り開け。道がなければ自分で作る努力をしろ」みたいな人だったようですね。
賢者の搭を辞めた理由はともかくとして、そこから自立・自尊の道をちゃんと歩んでいるのはそういう基盤があったんだなあと、彼の新たな一面に驚きました。
≪サンブレード≫も≪時の欠片≫も、色々考えがあるので売り払わずにちょっと保管しておきたいと思います。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/04/14 13:15 [edit]

category: 時の囚われ人

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