Thu.

時の囚われ人その2  

 その場に佇んでいたのは、一見、シシリーとそう年齢の変わらない少女であった。
 セピア混じりの茶色い髪を不思議な形に結い上げ、琥珀か何かで作られたらしい髪飾りで纏めてある。
 砂漠の民にしては日に焼けていない肌は滑らかで、小さな卵形の顔は、清楚だがどこか人を寄せ付けない厳しさをも含んでいた。
 それと合わせて、暗い色合いの古風な衣装と、遺跡に溶け込むかのような雰囲気、あまりにも静かな立ち振る舞いが彼女を年不相応に見せている。
 古ぼけた本が並ぶ棚の前で黙って一行を見やる少女の、凪いだ湖面さながらの沈着さに、テアはややどもりながら誰何したが反応が返ってこない。
 彼女は数分間、こちらからのいくつかのアクションに応えないままでいたのだが、不意に表情を緩めて意外と柔らかなアルトを紡いだ。

時の囚われ人3

「……まあ、驚いた。ここに人がやってくるなんて!夢ではないのね……!!」
「あ、ああ、なんだ。通じていたのか……」

 ロンドはほっと胸を撫で下ろした。
 少女はそんな巨躯の少年に怯えるでもなく、のんびりとこちらへ疑問を呈してくる。

「でも、ここへは誰も入れないし、何者も出ることが出来ないはず。あなた方は、どうしてここへ?」

 そこで旗を掲げる爪は、宿屋でこの地方のことを知ったあたりから説明をした。
 今回の遺跡の件の以前には、トトゥーリア地方に冒険者が立ち入ったことが少ないとは言え、少女は彼らの話にかなりビックリしているようである。
 全てを話し終わると、少女は静かに首を横に振った。

「なるほど……。やはりあなた方は私とは違う時代の人たちのようですね。少なくとも、私の生まれた時代よりは『未来』の方々のようですが……」

 そういうと彼女は静かに目を伏して、口を噤んだ。
 沈黙と自らの好奇心に耐え切れなかったアンジェが、少女自身について教えて欲しいと尋ねると、彼女はシェトと名乗った。
 シェトはこの神殿の巫女であり、本来、この神殿における巫女は全部で4名いるのだという。

「神殿の封印を守るため、ここにて永遠の見張りのお役目をいただいております」
「永遠の……お役目?」
「ええ。…もっとも他の3人は、この神殿に封印を施したその時に、圧倒的な力に耐え切れず、肉体が消滅してしまっています。この神殿にいるのは、私1人だけと言ってもいいでしょう」
「あー。それでか、人間じゃないと思ったのは。アンタ、自分の命を何らかの手段で延ばしてるんだな?」

 彼女は具体的な方法は申し上げられないが、と断った上で肯定した。
 シェトが生きていた時代においては、この地方はトトゥリャンと呼ばれる砂漠地帯であったそうだ。
 アグメイヤス大王の御世に仕えていた、と話すと、ここへ来るまでに一応トトゥーリアについて勉強したシシリーが目を丸くする。

「アグメイヤス王朝……!?本当に存在したの!文献には残っているものの、その文化はまったく発見できてなくて、幻の王国と言われているけど……少なくとも3千年以上は前の国よ!?」
「おやまあ……では、こちらの女性は数千年もここにいるということですか?」
「……どうでしょう?実際、私にも分からないのです。この神殿は完全に時の流れより切り離され、まったく独自の時の中に存在していますから……」
「ん?時の流れから切り離されてる…だって?」
「この神殿はあなた方の時を彷徨うように、過去から未来へ、未来から過去へと行き来してしますが、それとは別に神殿内でも時間は流れています」

 自分の質問に対しての答えだったが、その意味が理解できず、ロンドはしきりに首を捻っている。

「たとえば、船に例えてみましょう。あなた方が船に乗っているとき、ありとあらゆる場所に移動しながらも、常に船の中にいることになりますよね?この神殿は、海を移動するのではなく、時間の中を移動しているんです」
「なるほど。つまりおぬしは、色々な時代を移動しながら、常にこの神殿独自の時間の中に存在する……そういうわけなんじゃな?」
「……テア婆さん。俺にはまだ分からない」
「…おぬしは、とりあえず理解するのを止めたら良いと思うぞ。…ええと、シェト殿。この神殿の役割は、一体なんなのじゃ?」
「ここは、今なお禍神を封印し続けている神殿です。禍神とは、災いを引き起こす神。私が子供の頃までは、生贄を捧げることで禍神を宥めていたようですが、大王の御世になり、その命令で封印することになったのです」

 そして、封印という目的のためだけに作られたのがこの神殿、というわけだった。
 最初の頃より大分事情の分かってきたテアだったが、どうにも飲み込めないものを感じていた。

「生贄やら、封印やら…神殿まで建てるくらいなら、どうして、もっと直接的に禍神を倒そうとはせんかったのじゃ?」
「神を殺す?」

 異なことを聞いた――シェトの反応はまさにそれだった。
 神が善の面・悪の面の、どちら側を人間たちに向けていようとも、それを倒すということはすなわち神殺しである。
 シェトの奉じる宗教観がそうなのか、それとも大王の御世の文化そのものが神殺しを許さない風潮だったのか定かではないが、トトゥリャンの民にそれは慮外のことであるのだろう。
 とりあえず、封印はシェトを含めた4名の巫女が、神殿(すなわち封印の内側)に入り、魔法機械の力を利用して、神殿を時間や空間の楔から解き放った状態にするはずだった。
 それが、禍神・魔法機械・さらに巫女たち自身の力が、時間と空間が楔から解き放たれた際のエネルギーとぶつかり合い、他の3名の巫女の命を奪うに至ったという。
 結果として、神殿に独自の時間が流れることにはなったのだが…。

「そのため封印は不完全となり、本来ならば全てにおいて完全に孤立した空間になるはずだった神殿が、外部からの侵入に対してだけは、まったく無防備になってしまったのです」
「ふうむ。それで入り口も人為的に隠したのか。で、雨による土砂崩れのせいで表に出てきたと」
「え、ちょっと待ってよ。神殿は独自の時間を刻んでいて、外とは孤立してるんでしょ。それなら私たちは、ここから出られないってこと!?」

 咎めるようなシシリーのセリフに、シェトはなんと頷いたのである。

「ここから出る方法はないんですか?」
「それは無理です。ここは、内側のものを外に出さない為に作られたものなんですよ」

 アンジェとテーゼンが顔を見合わせてからシェトに訊ねた。

時の囚われ人4

「だったら、その『外に出してはいけないもの』を取り除いてしまえば、封印を解除しても差し支えないわけね」
「……おっしゃる意味がよくわかりませんが」
「僕らが禍神を倒す。そうしたら、封印を解いてくれるよな?」
「何を馬鹿なことを。そんなことできるはずがありません。これが運命と受け入れ、諦めてください」
「何を仰ってるんですか、あなたは」

 意外なところから怒りの声が上がった。
 ウィルバーは頬を紅潮させ、≪万象の司≫を握り締めて彼女に対峙した。
 この男のこんなにも情熱的な面を、今まで見たことのなかったテーゼンやテアは、あんぐりと口を開けて見ている。

「運命は自分で切り開くものですよ。受け入れて諦めているだけでは、何かを変えることはできません。それとも、あなたはこんな所にずっと1人でいて平気なんですか?外に出てみたいと思わないのですか?」
「……以前、同じことを言った人がいました。その人は運命に立ち向かい、敗れ、大切な人を死に至らしめました。私にはその考えは、無謀なだけとしか思えません」
「では愛することそれ自体が無意味だと?何かを大事に思っても、諦めなければならない時にそれを手放すことが、本当に正しいと言えるのですか?」
「……私は自分の生まれた世界を愛していました。そこに住まう人々や、街並みや、乾いた大地でさえ。夜明けに染めかえられる空を見るのは、なにより大好きでした」

 シェトの声が語尾だけ震える。

「たとえ自分でそれを見ることが二度と出来なくても、ここにいることでそれらを守ることができるのなら、私はそれでかまわないんです」

 彼女の陶器を思わせる滑らかな頬に涙は流れていなかったが、それは彼女が”泣く”という感情の行為から遠ざかって久しいことを、容易に想像させた。
 人は涙を流さずとも悲しい時は悲しいのだと――はっきりと分かる。
 しばし唇を噛んでいたシェトだったが、次に口を開いた時には、もう声は明瞭になっていた。

「……入り口が土砂崩れによって表に出ている、と言いましたね。このままではまた、誰かが迷い込むとも知れません。私は入り口を埋めてきます。あなた方は少し神殿内を見ていたらいかがですか?好む好まざるに関わらず、ここで永遠の時を過ごすことになるのですから」
「え!?ちょ、ちょっと待って……シェト!」

 シシリーが制止の声をあげるも、シェトは猫のような身ごなしであっという間に部屋を出て行く。
 慌てて後を追いかけ、階段を上って洞窟の入り口へと引き返した一行だったが……。
 出口はすでに塞がれており、なにやら魔法陣や呪文のようなものが壁土に描かれ、塗りこめられている。
 おまけに上に何枚か呪符まで貼られている有様だ。
 その場所の前に、シェトがなぜか呆然とした様子で立っている。

「あぁあ…埋められちゃったよ、婆ちゃん……」
「……シェト?おぬし、どうしたんじゃ?」
「……風が入ってきたわ。大地には、草木が茂っていたわ。空が広がっていたわ。自然の匂いがしたわ。どれも、私が知っているものとはずいぶん変わってしまっていたけれど……」

 ウィルバーが厳しい顔つきで前に出て言った。

「そうです。それが、今の世界です」
「……世界。あれが、外の世界だったのね」
「…シェト?」
「もう、諦めていたのに……あなた方のせいで、思い出してしまった!」

 数千年ぶりに触れた”外”への渇望に、自分でもどうしていいのかわからなかったのだろう。
 シェトは頭を抱えるようにして、神殿の奥へと駆けて行った。
 まるで、逃げるように。

「どうしようかしら……この出口、掘り出せない?」
「無茶言うな、シリー。こんな魔法的なもん、下手に力を加えて俺らがぺしゃんこになったらどうする?」
「……シェトと再び話し合いましょう」
「え?」

 シシリーは仲間の意見に驚いて声を上げた。

「先ほどまでのシェトの頑なさでは、歯が立ちませんでしたが…。一度、外の世界というものに触れてしまった彼女であれば、あるいは説得が効くかもしれません」
「それは構わんが、おぬし一つ忘れておらんじゃろうな?」

 テアはさすがに年の功と言うか、先回りした考えを口にする。
 もっとも、その中身についてはアンジェもロンドもよく分かっていないようだったが…。

「あの巫女は、本来は数千年昔の時代に生きた存在じゃ。時空を捻じ曲げている神殿内だからこそ、今はわしらと同じ場所で話が出来ておるが……神殿の時空を元に戻した場合、巫女が”どの時点”に存在を固定するのかは分からんのじゃぞ?」
「分かって…いますよ」

 苦々しげにウィルバーは返事を返した。

2016/04/14 13:08 [edit]

category: 時の囚われ人

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top