Sat.

誘いのうたその2  

 さっそく訪れた森の中は思っていたよりも静穏で、昨日窓から見えていたヒバリの他に、名も知れぬ何種類かの小鳥のさえずりが聞こえていた。

「ここが例の森じゃな」
「じゃあ、さっそく始めましょうか、ロンド」
「本当に俺が誘き出すのかよ…」
 ここへ来て、村人から借りたはいいが寸法が合わなかったため、あちこちに切れ目と継ぎを作ってどうにか大きくした服を着たロンドが、弱々しい声で抵抗を見せる。
 その尻を、黒いブーツが遠慮なく蹴飛ばした。

「グダグダ言ってんじゃねえよ。ハーピィってのをシメねーことには仕事も終わらねえだろうが」
「……万が一、俺がハーピィに惑ったら、メイク・ラブしてしまう前に刺してでも止めてくれ」
「ハーピィが美人だったとしてもですか?」
「当たり前だッッ!!」
「分かった、安心しろ。そんときゃ、僕がハーピィごと白髪頭を槍で刺してやる」
「とりあえず、おぬしはそこら辺をぼーっと歩いておればよい。後はこちらに任せよ」

 老婆はアンジェに作らせた耳栓の入った袋を、懐から取り出した。

「耳栓を渡しておこう。つけるのを忘れんでくれよ」
「……りょーかい」

 歌の撹乱効果を気にしての耳栓だが、戦力を確認するとシシリーにはフォウであるスピカの加護がある。
 だとすれば、一度惑わされてもどうにかなるだろうと意見が一致し、彼女が一番出来の悪い耳栓を使うことにした。
 職人級の技で作られた耳栓は、当然男性三人組に行くものだと思っていたのだが――。

「いえ、私は≪銀のブローチ≫のおかげで、少々魔法抵抗力も高まっています。そちらの防具を身に着けていないアンジェに使ってもらう方が、安心できるのではありませんか?」

と当の本人が言い出したため、一般的耳栓を年長組みが、それ以外の者が職人技の耳栓をつけることが決定した。
 仏頂面をもう隠すつもりもないロンドが、完全に拗ねたような口調で言う。

「…じゃあ、行ってくる」

 その、脱力はしてるのだろうが、根本的にサイズが大きいため、どうも悲哀には見えない背中を見送りながら、アンジェがぼそっと呟く。

「…なんかこの世の終わりみたいな顔してたけど大丈夫かな」

誘いのうた3

「いつものことだから放っときなさい」

 それよりも、と老婆は≪海の呼び声≫と呼ばれる杖でロンドを指し示した。

「こっちもあやつの後を追うとしようか。ハーピィに感づかれないよう、でもロンド殿を見失わないよう、よく注意して…な」
「よし、あたしたちも行こっか。ね、羽の兄ちゃん」
「だな。よし、こっちだ」

 アンジェとテーゼンの先導で、残りの仲間達もこっそりと藪に隠れながら彼を尾行することにした。
 苦虫を潰したような顔で、ロンドは必死にハーピィが来ないように、朝日の差す森の中を進んでいく。
 清々しい緑の香りや、朗らかな小鳥たちの歌声とは裏腹に、ため息混じりの行軍だった。
 別にハーピィに惑わされることを恐れているわけではない。
 ――いや、それはそれで恐ろしいが。
 警戒されるからあんまりきょろきょろしないように、とウィルバーから言い含められていたし、耳栓で物音が幕を張った向こう側の出来事のように小さいしで、歴戦の戦士と言っても過言ではない彼にとって、どうにも落ち着かないのだ。
 冒険者稼業を始めてからこっち、常に周囲の音に気を配って生きてきた身の上である。
 彼はそっと首に飾った南瓜のペンダントに手をやった。
 ハロウィンの時季にはよくお目にかかる、南瓜ランタンの形をしたそれは、彼1人で姿を変えられた仲間達を救うため、かぼちゃ屋敷という不思議な空間で宝探しをした際に手に入れた品である。

誘いのうた4

(ともあれ、歌だ。歌に惑わされなければいいんだ)

 そう、歌さえ凌げれば何も憂いはない――このペンダントは、魔法に対する抵抗力をちょっとだけ高めてくれる効果があるはずだ。
 ロンドはぐっとそれを握りこんで、一度だけ、わずかに空を仰いだ。
 それから三時間ほど経ち――……。
 茂みに身を隠したまま、ちょっと木の途切れた草むらに佇んでいる犬猿の仲の相手を遠くに見やりながら、テーゼンは欠伸をした。

「ふわあ~あ…狩りならともかく、あいつを見張るだけで待ってるのって辛いな…」
「そーだねー…兄ちゃん、黙って立ってるだけだもんねー…」

 太陽はあと二時間もすれば、真南を過ぎるだろうか。
 朝食が早かったためか、腹が空腹を訴えて鳴き出したので、彼らは保存食を齧りながらも辛抱強く身を潜ませる。

「さっさと出てこねーかなあ」
「まあ、こればっかりはね…」

とウィルバーが苦笑した。
 きらり、とどんぐりのような茶色い瞳が輝く。

「…歌でも歌っちゃおうか。兄ちゃんもビビるかもしれない」
「あやつを脅かしても、どうしようもないんじゃが…」

 本気とも冗談ともつかない発言に、テアは呆れた顔をする。
 だが、かねてより退屈しきっていたアンジェは本気だったらしく、掌を平べったい胸に当てて、唐突に歌いだした。

「るるら~ら~り~ら~♪」
「…ハーピィはもっと上手いでしょ」
「む、むかー!」

 真正直な姉同然のリーダーのツッコミに、むきになった顔に変わったアンジェだったが……。

「るるりら りろりろ りろりら~♪」
「ええ、そうね。それくらいは上手いでしょうね」
「いや待って姉ちゃん。今のあたしじゃない」
「え?」

 意外な言葉に目を瞬かせたシシリーだったが、彼女が気づくよりも先にテアが杖をある方向へと指した。

「るるりら りろりろ りろりら♪」
「皆の衆、来たようじゃぞ!」

2016/04/09 12:34 [edit]

category: 誘いのうた

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