Sat.

誘いのうたその1  

 窓の外では、春の空を自由に往くヒバリが高く囀っている。
 その声にびくりと目の前の女性が身を震わせた。
 年の頃は20歳前後。
 波打つ濃い栗色の髪を、働く時の邪魔にならないよう肩の辺りで切り揃えてあるが、長く伸ばせば都会の美姫にも負けない艶を放つだろう。
 旗を掲げる爪が訪れているのは、高山にあるアチア村である。

誘いのうた
 今回の仕事の依頼先であり、現在の彼らは依頼人の妹から話を聞いている最中であった。
 ちなみに、ここは村長の邸宅である。

「そうかえ…ここ一週間ですでに行方不明者が四人も…」
「はい……」

 彼女は悲しげなため息をついた。

「村の働き盛りの男ばかりが、決まって早朝から昼の間に行方をくらませてしまうのです」
「そりゃあお困りだろうて。村長殿は、なんと?」
「父は遠出の用事で1ヵ月ほど村には帰りませんの」

 やや垂れ気味の瞳が、そこで暗い翳りを帯びて伏せられる。

「…この依頼を出した兄も、2日ほど前に行方知れずになってしまって、私、どうしたらいいのか…」
「心中お察しする」
「けど、それだけじゃ情報が少ないわね…ニーナさん、他に気づいたことはありませんか?」

 シシリーの言葉に、彼女は小さなことですが、と前置きを置いてから応えた。

「…村の子供が、妙なものを見たというお話ならありますが、なにぶん、子供の言うことなので」
「充分じゃよ。この際、どんなことでも構わんぞ」

誘いのうた1

「……鳥のような人を見た、と」
「…鳥?」

 テーゼンが自分の翼を落ち着かなさげに動かしながら呟く。
 そんな彼の様子に笑うでも不審そうになるでもなく、ニーナと呼ばれた娘は淡々と説明した。

「行方不明になった村の者と鳥のような姿をした女性が、村外れにある森へ向かっていくのを見たと言っておりました」
「……同族?」
「そうポンポンとおぬしの同族がおるとは思えん。ま、判断するのは話を全て聞いてからで良かろう。ニーナ殿、続けてくれんか」
「はい。その鳥のような女性の姿が、あまりに異質ですぐに逃げ帰ったそうですが…念のため、村人数人で確かめに行きましたが、手がかりとなるものはありませんでした」
「……ふむ。なるほどのう」

 ニーナの話に、テアは合点がいったという顔をして頷いた。
 彼女の話が終わった後、宛がわれた客間に入って早々、老婆は仲間たちの顔を見回して話を切り出す。

「さて……一部の者には予想はついてると思うが、今回の失踪事件、原因はハーピィじゃろう」
「男ばかり攫っていく鳥女…って言われたら、まあ、十中八九そうよね」

 ハーピィ――美しい歌声で異性を惑わすと言う、鳥のような翼と下半身に、女性の上半身を併せ持つ妖魔の一種である。
 熟練の冒険者にとってはさほど恐ろしい相手ではないのだが、それでも相手を魅了してしまう歌は脅威だという。
 テーゼンは悪魔である正体を隠すのに有翼種を騙っていたのだが、バードマンや鳥のライカンスロープならともかく、ハーピィは初耳であったようで、噛んで含めるようにテアが説明してやった。

「はー、なるほど。そんなのもいるのか」
「そうそうエンカウントすることもないんですけどね。……特徴からすると、間違いないかと」
「攫った理由は……どう考えても、繁殖のためじゃろうな」
「テア婆さん、アンジェの教育に良くないぞ」
「ええからおぬしは黙っとれ。……続けるぞ。そして、用済みになれば、やつらは獲物を食い殺す習性を持っている」
「四人も連れていかれちまってる時点で、全員の無事は望み薄…ってとこかね」

 テーゼンの容赦ない指摘に、テアは肩を竦めて言った。

「…………そこはまさに神のみぞ知る、といったところじゃろう」
「とにかく、ハーピィなんて今さら、あたしたちの敵でもないでしょ?」

 こてり、とアンジェが小首を傾げた。

「ちゃちゃっと片付けちゃおうよ」
「そうですね…一日、二日張り込んでみて、何もなかったら巣穴を探すのが妥当でしょうか」
「うーむ………しかし…」

 老婆は心地の良い寝椅子に座り、杖を握りこんで唸っている。
 シシリーが気遣わしげに大丈夫か尋ねると、テアは問題ないとでも示すように、ひらひらと皺の寄った手を空に泳がせた。
 やがて何かを閃いた様子で、杖をトンと突いた。

「…ただ見張ってるだけじゃ、効率が悪いの」
「それは一理あるけれども――何か、作戦があるの?」
「ずばり、ハーピィが食いつく撒き餌を用意しようかと思うてな」

 狩りには詳しいテーゼンが眉を寄せる。

「撒き餌……っていうと…………男?」

誘いのうた2

「いやだ」

 即座に反応したのは、巨躯を包んでいる鎖帷子をがしゃがしゃ鳴らしたロンドだった。
 猫が毛を逆立てるように、目は吊り上がり顔全体が強張っている。

「待ってよ、兄ちゃん。まだ何も言ってないよ」
「どう考えても俺の役回りだろッ!」

 ウィルバーではハーピィと接近戦などできず、鉤爪などで襲われたら抵抗ができない。
 テーゼンは人間ではないので、ハーピィの繁殖用の相手にならないし、そもそも正体を看破したら絶対に出てきたりはしない。
 とすると、残っている男はロンドしかいないのである。

「いや、まあ……これも仕事ですから」
「俺は妖魔を相手にするほど飢えてない!!」
「おぬし、そもそも相手がおったか?第一、それだけ無駄にでかい体ならば、簡単にハーピィとて持ち上げられんだろうよ」

 テアはぐっさりと言葉の刃で少年の心を傷つけた。
 その後で猫なで声を出す。

「……まあまあ、ロンド。ハーピィに惑わされるのは、相手の歌に取り込まれた時だけじゃよ」

 傍らでは難を逃れたと思っているウィルバーとテーゼンが小声で話している。

「吟遊詩人本人に言われると、説得力がめちゃくちゃありますよね…」
「詩人の使う呪歌のいくつかだって、魅惑の効果がついてたりするからな」

 それらをまったく無視して、テアは説得を続けた。

「気合で歌に抵抗すれば間違いは起こらないし、耳栓でもしとけば大丈夫じゃろ」
「…む、そ、そうか…」
「というわけで、早急に耳栓が必要じゃの」

 テアは荷物袋から小さな皮袋を取り出すと、その中身をざらざらと机の上に転がした。
 その茶色い塊のひとつを、剣の扱いに習熟した硬い指が摘み上げる。
 春の海のような色の目が、ゆっくりと一回瞬いた。

「…これは、コルク?」
「おお、そうじゃ。ニーナ殿に頼んで、村中から集めてもらったもんじゃ。このコルクで、全員分の耳栓を作ってもらおう」
「ずいぶん、用意がいいのね」
「相手がハーピィだと予想できた時点で、歌対策は必要だと思っていたのでな」

 両耳12個分のコルクを、テアがホビットの娘の小さな掌に乗せる。

「頼むぞ、おちびちゃん」
「うええええええー…横暴だ!皆でやればいいじゃん!!」
「適材適所よ…第一、ロンドにやらせてみなさい。木っ端にしかならないわよ」
「コルクの数も限りがあるしよ。悪ぃな」
「うううう……」

 仲間のもっともな言葉に、アンジェは渋々とツールナイフでコルクを削り始めた。
 しょりしょりという小さな音が、静かな客間に満ちる。
 その様子を見て小さく首を縦に振ると、テアは真面目な顔になって他の仲間達を見渡した。

「まあ、耳栓で完全に音を防ぎきれるわけじゃないが――あとは、皆の精神力に期待するぞ」
「じゃ、明日は早朝から張り込みってこったな。飯食って早めに寝るか」
「ひ、ひどい。あたし1人にこんな労働押し付けて…」
「大丈夫よ、アンジェ。ご飯は片手で摘めるものにしてあげるから、作業は続けられるわよ」
「ふええん、姉ちゃん……」

 翌朝。
 黙々と作業したアンジェの努力により、職人技の耳栓が3個、普通の耳栓が2個、ついに面倒くさくなって手を抜いた耳栓が1個出来上がっていた。
 早めの朝食を終えて仕事の準備をしていると、ニーナがやってきた。

「…これから出発されるのですか」
「はい。まずは村人が消えたという森付近で張り込みをしようかと」
「私たちが仕事を完了するまで皆さん…特に、男の人はなるべく外出させないでちょうだいね」
「心得ております。くれぐれもお気をつけて」

 武器を収納するベルトを締め直すと、アンジェはパッと顔を上げて仲間を見回した。

「よし、皆準備はできたね?じゃあ出発しよう」

2016/04/09 12:30 [edit]

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