Tue.

緑の皮膚の妖魔その1  

「…親父さん、この依頼だけど…」

 アンジェが差し出してきた羊皮紙を受け取った宿の亭主が、

「ん?どれどれ、見せてみろ…」

と言って内容を確認した。

緑の皮膚の妖魔
 朝靄の漂う早い時間とあって、≪狼の隠れ家≫の一階には、ちょっとでもいい依頼を探そうという貧乏な駆け出しパーティ以外の姿は無い。
 旗を掲げる爪よりも経験の豊かな先輩冒険者たちは、まだ温かい寝床でまどろんでいる者も多く、階下のざわめきを聞きながらうとうとしているようである。
 ちょうどこのところ、気温が上がって雪に濡れる路面も乾いてきたこともあり、何となく周りが浮き立っているような、そんな時季のことであった。

「あぁ、この依頼か。今朝来たばっかりの依頼でな」
「今朝来たばっかり?じゃ、この依頼書に気づいたのって、あたしたちが最初なのかな?」
「ああ、そうだな」
「やったね、一番乗り!」
「やったな」

 アンジェは、椅子に座って朝食を待っていたテーゼンと、ぱちんと手を叩き合わせた。
 旗を掲げる爪の面子は、揃って朝食を待つためにテーブルについていたのだが、待っているのが落ち着かなかったアンジェが、掲示板に貼ってある依頼書を隅から隅まで眺めていたのだ。

「幸い、依頼人はまだここで食事を取っているよ。興味があるなら、呼んで来てやろうか?」
「うん、お願い!」

 アンジェは嬉しそうに頷きながら、亭主に承諾の意を返した。

「OK。それじゃ、呼んで来てやるから、先に飯を食っておけ」
「はーい、旗を掲げる爪さんのご飯ですよ」

 給仕を担当する娘さんが、プロの手つきで危なげなく二つの盆を運んでくる。
 そこに乗っかっているメニューを見てぎょっとした顔になったのは、座高がパーティで一番高いために最初にそれを発見したロンドだった。

緑の皮膚の妖魔1

(…朝からコレが食事ってどうなんだよ、親父…)

 じゅうじゅうと鉄板で湯気を上げていたのは、昨日帰ってきた先輩が獲ってきたというカモのステーキであった。
 肉ばかりでは栄養が偏るだろうと、亭主の心づくしで乗っているコーンと隠元のバター炒めや、マッシュポテトの彩りさえ胃に不安を覚えさせる。
 しかし、薄いスープやバターもつかない黒パンがメインの貧乏メニューよりは、こっちの方が食べれて嬉しいのは確かだ。
 一同は文句を口にせずに食事を片付け、十数分後には終了を見計らった亭主が連れてきた依頼人と向き合うこととなった。

「どうも、始めまして。皆様、私の依頼に興味を持って頂いたとのことでしたが…」
「あぁ」

 まず返事を返したのは、食事を待つ間にアンジェの持っていた依頼書を覗き込んでいたテーゼンである。
 リーダーであるはずのシシリーは、何か考えがあるのか黙り込んでいた。

「…貼り紙を見る限り、依頼内容は別荘に居座っている妖魔の討伐ってことだが…」
「はい。…私の所有する別荘は郊外にあるのですが、担当の使用人が一名、そこで暮らしながら管理をしておりました…」

 ところがある日、二種類の妖魔が、合計で7~8匹ほどで別荘に襲撃をかけたのだという。
 リューンの冒険者にとっては、珍しい話でもない。
 新興の富裕層が手に入れる別荘などは、概ね妖魔討伐の終わっていない郊外などが多く、その分だけ売り出し価格が安かったりするのだ。
 それゆえ、ある日突然こんな風に冒険者の宿へ、依頼が持ち込まれることもあるのだが…。

「妖魔の特徴は?」
「別荘に現れたのは、緑色の皮膚をした人間大の大きさの妖魔でした。所謂ゴブリンと言われるものではないかと思うのですが…」
「ゴブリンか…」

 言うまでもなく、比較的ポピュラーな妖魔である。
 駆け出しでもある程度以上の腕前さえあれば、充分相手取れるモンスターであり、その繁殖力の強さから一般人でも見かけることがある。
 こないだの脅迫状に関わる依頼でも何匹か倒していた旗を掲げる爪にとっては、脅威とも思えぬ。

「その使用人は特に戦闘の腕があるような人物ではなく、命からがら逃げ出して、今回の事件を知らせてくれました」
「あ、逃げれてたんだ」
「そりゃそうだ。じゃないと、誰が報告しに来るんだよ?」

 アンジェの呟きにロンドが突っ込みを入れる。

「……命を脅かす襲撃を受けたのに、私に事情をしっかり説明できるあの使用人は、素晴らしいと思いましたね」

 しきりに首を縦に振る依頼人であったが、話が脱線していることに気づくと、慌てて軌道修正をし、別荘を占拠した妖魔討伐を願う。
 依頼人に、テーゼンは大事なことを尋ねた。

「…報酬は、この貼り紙のとおり?それと、討伐ということは別荘内部が多少なりとも破壊されるだろうが…」

 テーゼンの黒いつぶらな瞳が、真っ直ぐロンドを射抜いている。
 筋肉馬鹿とも脳みそ筋肉とも言われているロンドが、妖魔の挑発に乗って暴れだしたら、少なくともそこらに転がっている椅子やテーブルは無事では済まないだろうと、悪魔の青年は予測していた。

「全壊…とならなければ気にしなくても結構です。…幸い、大事な物は持って出ていましたから。報酬は貼り紙どおり、銀貨1000枚です。それで十二分だとこちらの亭主に聞いておりますので」
「いや、僕はそれで大丈夫だ。破損時に、減額するっていうケチな相手もいるもんで、つい…な」
「そうですか…安心しました」

 必要な情報は出揃っているようである。
 テーゼンがシシリーを見やると、彼女はすでに他の者たちの同意を確認していたようで、微かに首肯することで受けることを示した。
 承諾された依頼人は喜びをあらわにし、別荘までの地図をパーティに渡して深々とお辞儀した。

「ところで…全壊じゃなきゃいいとは言え、あんまり火を使うと危ないよね?」

 別荘へ向かう途中で、アンジェがロンドの担ぐスコップを見ながら仲間に問いかける。
 ウィルバーが思慮深く頷いた。

「そうですね。火事になるのは困ります」
「なんだよ、2人して…いくら俺でも、それくらいは分かってるさ」
「そう願いたいものですよ。我々では、銀貨1000枚を妖魔退治に出せる依頼人が買い取った別荘なんて、ぽんぽんと弁償できませんからね」
「幸い、相手は肉体も精神も持った妖魔じゃ。わしの子守唄や、おちびちゃんの束縛などで動きを封じてから叩くこともできるだろうよ」
「火がまずいのなら、私の【劫火の牙】もなるべく避けたほうが?」
「うむ、そうじゃろう……お、問題の別荘へ着いたようだぞ」
「広い家だな…探索するのも骨が折れそうだ…」

 呆れたような顔で建物を見上げたテーゼンが、しみじみと呟いた。
 軽くドアノブを調べて鍵や罠のないことを確認すると、まずシシリーが扉を開いた。

「長い廊下だね…」
「さっそくT字路があるが、どちらに進んだものかのう」
「どちらでも同じようですね。まず右に行っておきましょうか」

 ウィルバーの言葉に従って、つやつやと光るはずが泥によって汚された廊下を進むと、曲がり角の所に扉がある。
 中は柔らかな光を取り込む跳ね上げ式の窓が2つと、その光を直接受けないよう計算された位置に飾られた絵画たちであった。
 中央には、樫材らしい良く磨かれた椅子とテーブルがある。

「ここは…?リビング?それとも応接室?」
「…まぁ、とりあえずここには何もないようだ」

 一同は念のため部屋を捜索したが、何も出てくる様子はない。
 曲がり角の向こうへ続く廊下を通って、探索を続ける。

「それにしても静かだね…って、わ!?」

 辺りを罠の警戒がてら見回していたアンジェだったが、急に上方から現れた蝙蝠に動揺し、思わず声を出した。
 驚きはしても体は緊急時のために過不足なく反応しており、彼女はトンボを切って爪による攻撃から身を遠ざける。

「おや、蝙蝠ですか…」
「お若いの、ちょっと時間を稼いでくれるかの?」

 テアが小さくかき鳴らした旋律に気づき、シシリーとロンドが頷く。
 その一方で、すでに天井に飛びあがったテーゼンは≪ダリの愛槍≫による一撃を見舞っており、一匹を床に叩き落していた。
 程なく完成した【まどろみの花】による誘眠は成功し、ぽてぽてと意識を失った蝙蝠たちが上空から落下してくるのを、全員で叩き潰す。
 終わってみると、被害は眠った蝙蝠を殺し損ねて反撃を受けたウィルバーだけであった。
 多少の物音が響いただろうと思ったのだが、妖魔がこちらにやってくる様子が見られない。
 不審に思いながらも、一行は先へ進むことにした。
 次に踏み込んだのは、居心地の良さそうな花の飾ってある部屋で、

緑の皮膚の妖魔2

「…暖炉、テーブルクロスの掛けられたテーブル…ダイニングルームってところかしら?」
「らしいな。ここも、何もなしか…」

 ざっと見回ったシシリーとロンドの2人が、仲間を奥へ案内する。
 ダイニングルームに隣接しているならと想像したとおり、奥の扉はキッチンであった。
 しかし、先ほど見た部屋とは違い、皿や食材が足の踏み場もないほど散らかっており、酷い有様である。
 ここにも妖魔の姿は無い。
 ただ地下に続く階段を見つけ、一応ここも調べておこうと、シシリーはフォウのスピカやランプさんをウェストポーチから解放した。
 彼らに照らしてもらいつつ、ゆっくりと地下へ下りる。
 キッチンの地下に設けられるのは、一般的なリューンの住宅であれば二種類。
 ワインセラーか食料庫だろうと見当がついてはいたのだが、この別荘の場合は前者であった。
 ただ、割れたボトルが床を覆い、奥に蹲った影があったのは一般から大きく外れていはいるが――。
 その犬に似たような相貌を見て、ロンドがのんびりと首を捻る。

「……コボル…ト…?」
「………グル?」
「……………」

 でかい。
 明らかに前の依頼で遭遇したコボルトより、でかい。

緑の皮膚の妖魔3

「これ、コボルトではなくてウェアウルフですよ!!!」

 正体をはっきり看破したウィルバーが、慌てて≪万象の司≫を構える。
 その仕草にワインの瓶を投げ捨てたウェアウルフも、急いで迎撃の態勢を取った。
 ただ、今までアルコールを飲んでいた影響なのか、その足元は情けなくほどふらついている。
 槍を振るいながらテーゼンが呟く。

「なんつー、情けない狼…」
「よいしょっと」

 アンジェの掛け声はのんびりしていたが、正確に狙いをつけたワイヤーウィップは見事に酔っ払った対象を捕まえた。
 動きの止まったところをロンドとシシリーで止めを刺す。

「…酔っ払ってるくせに手こずらせやがって…」
「でも、だれも怪我はしなかったよ、兄ちゃん」
「まぁな。…それにしても、コボルトかと思ったらウェアウルフの登場か…な~んか嫌な予感がするなぁ…」
「もしかしたら、ゴブリンじゃない可能性もあるかもね」

 刀身についた血や毛を拭い取り、鞘に収めつつシシリーが指摘した。

「ゴブリンではない妖魔……しかし、依頼人ははっきり緑の肌だと言ってましたよね…」
「情報の少ない今の状態で、敵の正体を正確に把握するのは難しかろう。それより、ただの妖魔ではないと覚悟を決めて探索を続けるべきではないか?」

 テアは割れた瓶のラベルを見て、勿体無さげに首を振るロンドをチラッと見た。

「……ロンド殿の勘も、ちっと気にした方が良さそうだしの」

2016/04/05 12:11 [edit]

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