Sun.

魔術師からの脅迫状その1  

 旗を掲げる爪の目の前にいるのは、いつもの宿の亭主ではなく、傍らのテーブルに置いた羊皮紙の内容に怯えている初老の男だった。
 その羊皮紙をテアが手に取る。

「これが魔術師から送られてきた脅迫状じゃな…」

 とうてい魔術師が書いたとは思えない、くしゃっとした汚い文字だ。

魔術師脅迫状

「『村の皆さまへ。この手紙が届いてから三日以内に、銀貨2000枚を私の住む庵に届けてください。それが守られない場合、村人の安全・無事・平穏は約束できないと思ってください』…ずいぶんと横暴な要求じゃな」
「我々としてもどうして良いのか分かりません」
 困り果てた村長を務めている男の顔から、ロンドは密かに冒犬者ビルギットを連想していた。
 頬の辺りの、肉が垂れ下がる様子がそっくりである。
 ただ、これを口に出すのがどれだけまずいのか、ということは理解しているので、質問を振られる以外のことに口を開くつもりはなかった――口の端はちょっとばかりひくついていたが。

「銀貨2000枚と言えば大金。とてもではありませんが、支払うことは出来ません」

 旗を掲げる爪は村長の言葉に納得した。
 通りがかりに村の様子を眺めただけでも、この村が寒村であることは理解できた。
 何しろ若い人手と言うものがほとんどなく、村が街道沿いにあるわけでもない。
 他の大都市や村々と親しく交流もしてなければ、これといった特産品が産出するわけでもないのだから、どこかから金を借りたり持ってくる、ということもできないのだろう。
 冒険者への依頼料としてすでに提示されている銀貨600枚は、村中のお金をかき集めて精いっぱいというところだったのだろう。
 村長は継ぎの当たったハンカチで冷や汗を拭いつつ、彼らに願いを口にする。

「そこで、皆さまに、この魔術師を討伐して貰いたいと依頼をしたわけであります。どうか、受けてもらえないでしょうか…」
「そうですね……件の魔術師について教えていただけますか?」

魔術師脅迫状1

「昏き森の魔術師を名乗っております」
「ふむ…聞いたことがありませんねえ…」

 賢者の搭でそれなりの年月を過ごしていたウィルバーが、平手で頬を撫でながら言った。
 彼の脳裏のフォルダに引っかかる名前ではないようである。

「数年前くらいから、森の中に庵を構えて生活していたようです。あの時に追い出しておけば良かったのかもしれません…」
「僕は森ってどんなところか聞いておきてぇんだが」
「妖魔がいないことで有名な森でして。狩人たちも平和な森だと安心していました。それなのに…まさか、こんな魔術師が住み着くなんて…」

 村長は重たげな息を吐いた。
 無法者の討伐については、かなりの経験を積んだ旗を掲げる爪である。
 正直、これ以上の報酬は出ないと言われて、ちょっと安いなとも思っていたのだが、村の現状を目の当たりにしてしまった今、そんな金額で受けたくないとも言い出せない。
 どちらにしろ、誰かが今すぐ受けておかなければ、村人たちは対処のしようもないのだからと、シシリーたちは引き受けることを決めた。
 それを伝えられた村長は、ほっとした様子で頭を下げた。

「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
「こちらの羊皮紙を魔術師に突きつけるため、お貸しいただけますか?」
「ええ、どうぞどうぞ。持って行ってしまってください。何しろ、視界に入るだけで気が重くなってしまう始末でして…」

 シシリーの申し出に村長は何度も頷いた。
 余程に心理的重圧が厳しかったらしい。
 森には妖魔も出ないとわかっているので、大体の道筋を教わった後に旗を掲げる爪は森へと歩を進めた。
 村長の証言どおり、妖魔どころかトレントやエントなどの森に付き物の怪物の姿もない。
 たまにすれ違うのはリスや鹿など、大きな害のない動物ばかりである。
 だが、そんな平和なはずの森の中で、テーゼンは難しい顔をして辺りを見回していた。

「……気に入らねぇな」
「何がなの、羽の兄ちゃん?」
「森の気配だ」

 午後の優しげな光が差し込んでくる緑の中を、まるで天敵を睨みつけるかのように観察している。

「ここは普通の森じゃねえ。かといって、村長が呑気に考えているような、なんかのありがたい加護のある森ってわけでもない……どっちかってえと、僕に近いような禍々しいもんだ」
「……魔族ってこと?」
「いや、魔族じゃねえよ。さすがにそれならはっきり分かるさ。じゃないってことはなんか別のものなんだろうけど、詳しくは分からんな」
「それは本当かえ、テーゼン?」

 傍らで彼の話を聞くともなしに聞いていたテアが、しばし足を止めて声を掛ける。

「ああ、森の気配なら間違えたりしない」
「とすると……ふむ」

 テアはシシリーが持ち出してくれた羊皮紙を広げ、小首を傾げた。

「ひょっとしたら、この御仁が何かご存知なのかもしれんのう」
「……金をせびってるヤツが?あり得るのか?」
「村長の話では、魔術師が庵を結んだのは数年前と言っておっただろう、ロンド殿。それがいきなり、3日の期限を切って金を要求してくる。…どうも平仄が合わんのじゃよ」
「確かに……あのグェス・ゲェスだって、金には興味なく、ただ村人を殺して楽しんでいましたしね…」
「あやつと比べるのもどうかとは思うが、まあ、魔術師らしくはないと思うてな」
「テアがそういうのなら、いきなり討伐するのではなく、少し様子を窺ってみましょうか?」

 シシリーは仲間たちの意見を聞いているうちに、少し気が変わったようだ。
 本当は呪文を唱えさせる暇もなく片付けようと考えていたのだが、金を要求したのが魔術師の私利私欲以外の可能性もあると言うのなら、その辺りを確認しておいた方が良いだろう。
 パーティとしての方針を決定した上で向かうべきであった為、全員の総意を聞いた結果、少しどういう事情から金銭要求をしたのか聞きだしてみよう、ということになった。
 幾つめかの目印となる高い木を通り過ぎたアンジェが、不意に口を開いた。

「あれじゃない?」
「そのようじゃな」

 ちょうど雪解けの季節で、辺りの地面はぬかるんで音を吸収している。
 踏み心地は良くないものの、冒険者たちは比較的静かに庵へと近づいていった。
 そっと分厚いガラス越しに覗いた室内は、庵と言う単語から連想するとおり質素だった。
 いかにも知識人が隠遁した家らしい、大量の本が棚に収められている。
 大きな木のテーブルの上やその前方に置かれた棚には、使途の分からない薬品の瓶や、見たこともない薬草の入った籠が思い思いに並べてあった。
 そんな部屋の中で、眉根を寄せながら本を読み進んでいる、端整な若い女性の姿がある。
 こげ茶色の波打つ髪をひとつにまとめ、魔女らしい三角帽に押し込んでいる。
 フィールドワークか何かをしているのか、白い肌ではあるが不健康そうには見えず、透かした血の色が柔らかな桃の花を連想させた。

「あれが件の魔術師じゃな…まだこちらには気づいていないようじゃが…」
「普通に声をかけて、用件を述べましょう。妙な真似をするほうが、相手を警戒させてしまいます」

 結局戦いに移行するにしても、こちらの方が人数も多いし、テアの【小悪魔の歌】が相手に決まれば、強力な魔法で体力を削られる心配はしなくていい。
 シシリーは進んで魔術師の庵の戸を叩いた。
 若い女性の声が応じる。

「村の使いか…?」

 しかし、その後に紡がれた言葉は彼らの意表をついていた。

「生命感知!」
「おや…まぁ」

 若き魔女の唱えたそれは、術者が一定の範囲内に存在する生命を感知するための魔法で、現在の賢者の搭ではほぼ失われていると言っても過言ではない技術である。
 搭の教授連では生徒たちに教えることもできないそれを、彼女は使いこなしているようだった。
 そのことに気づいたウィルバーは、半ば呆れ、半ば尊敬したような口調で慨歎した。
 一方、そんな事に構ってはいられない魔術師の方は、感じ取った生命力の激しさに目を丸くしていた。

「…村人の生命力とは思えないな、デイビス!」
「は、ここに」
「客人を出迎えてくれ」
「は」

 執事のお仕着せを身に纏った灰色の縞猫は、二本足で立って歩き、庵の扉を開いて客人を招きいれた。

「いらっしゃいませ」
「猫!」
「にゃんこだ!」

 出迎えてくれた相手の姿に、嬉しさをいくぶんか混ぜた驚きの声がロンドとアンジェから発せられる。
 それにややたじろぎつつも、彼は完璧に仕事をこなすことにした。

「ご主人が奥でお待ちです」

 庵の中はそう広くなく、彼らが猫によって通されたのは、ガラスの窓から覗いていたあの書斎のような部屋であった。
 背もたれのない木のスツールに座っている魔女は、しげしげと入ってきた冒険者の顔を見てから、首を傾げて訊ねてきた。

「よく来てくれた、歓迎しよう。…村人には見えないが、代理の方かな?」
「我々は≪狼の隠れ家≫の旗を掲げる爪と言うもんじゃ」

 そっと勧められた別の椅子に腰掛けて、テアは杖にもたれつつ事情を明かすことにした。

「おぬしを討伐するように村人に依頼されてきた」
「討伐だと?それはどういうことだ?」
「これじゃよ」

 ぴらりと羊皮紙を渡してみせる。

魔術師脅迫状2

 しばらくは字の汚さに困ったような顔になっていた魔女だったが、やがて書いてある内容を理解すると気色ばんで叫んだ。

「これは…デイビス!なんということをしてくれた!」
「…私が何か?」

 客人のためにと茶葉を用意していたデイビスが、慌てて部屋へと姿を現した。
 そのきょとんとした猫の目の前に、魔女はいきり立って羊皮紙を突きつける。

「これでは脅迫文じゃないか!こんな文章を書けと命じた覚えはないぞ!」
「と、とんだ失礼を!お許しください、アイリス博士!」
「はーっ、はーっ…まったく…」
「……すまんが、話が見えんのじゃがな」

 老婆の取り成しに、ハッとなった顔に変わった魔女は、やや頬を赤らめて空咳した。

「…失礼した、冒険者諸君。私の使い魔が…いや、私の監督不行き届きだった」
「つまり、あの手紙は猫殿の書いたもので、おぬしが指示したものとは違うのか?」
「…今さら信じられないかも知れんが、私は村人を脅迫するつもりなどなかったんだ」
「……続けておくれ」
「うむ、先に自己紹介しておこう。私はアイリス、アイリス=グリニャールだ。昔は賢者の搭にいたこともある」

 それを聞いてウィルバーの脳が忙しく働いたものの、いっこうに思い当たる節がない。
 昔、と言っている彼女はひょっとしたら見た目どおりの年齢ではないのかも知れない――だとしたら、この世に生まれてまだ三十数年のウィルバーが思い当たらなくても、不思議ではないだろう。
 今では隠遁生活中だと話す彼女に、テアがゆっくり尋ねた。

「その隠者が何故、村人に金の無心をしたんじゃ?」
「うむ、それには深い理由がある。…今から少し前のことだ。いつものように薬草を採取していた時、私は森の中であるものを見つけた」
「ある物じゃと?」
「…巨大な妖気を湛える祠だ」

 それは印術を駆使して、丁寧に幾重もの封印を施した祠であった。
 にもかかわらず、時代が進みすぎたために封印が緩んだのか、祠は強烈な妖気が渦巻いているのである。
 アイリスはその祠を一目見て、大量の妖魔を封印した祠だと直感した。

「私の見立てでは、保って二週間が限界だろうと感じた。すぐさま封印に掛からねばと思い、様々な方法を模索したのだ。その結果、封印自体は単純なもので、私にも可能だと判断したんだが…」

 彼女が発見した方法で行なう封印だと、魔法薬・傷薬・スクロール等の様々な備品が必要となり、それを揃えるために資金があと銀貨2000枚だけ足りないのだと言う。
 アイリスはすでに売り払えるものは売り払ってしまっており、これ以上の出費はかなわない。
 そこで彼女が考え付いたのが、残りの金額については村で用意してもらえないか、ということである。
 何しろ、祠の封印が解けてしまえば、真っ先に被害を被るのは件の村である。
 そこで封印の準備を行なう一方、自分の使い魔に命じて村にSOSの手紙を出すようにしたのだが……語彙が主ほど豊富ではない元猫の身では、脅迫と取られてしまうような文面しかしたためる事ができなかったというのが、今回の顛末らしい。

「はて…ちょっと待ちなさい、そんな危険な祠なら…自前で用意したり寒村に頼むより先に、聖北教会や賢者の塔、騎士団辺りに連絡すれば良いんじゃないのかの?」
「それが出来ればとっくの昔にしているよ」

 アイリスはやや苦々しげな顔で、いかにも聖北教徒然とした佇まいのシシリーや、魔力回路の組み込まれた杖を携えたウィルバーに目をやり、気まずそうに口を噤んだ。
 代わりに喋りだしたのは、直立不動で面目なさそうにしていたデイビスである。

「ご主人様は賢者の塔、騎士団、聖北教会、盗賊ギルドなど、様々な団体のお尋ね者なのです」
「……そうなんですか?失礼ながら、お名前に覚えがないんですが…」
「アイリス=グリニャールの名前は、ちょっと過激な思想のある一派に対して非常に都合が悪いんですよ。ご主人様が使役なさっている私自身も、軒下で死に瀕している際に使い魔としての生を与え、様々な魔法の教授をしてくれたのですが、それが……」
「デイビス、喋りすぎです」
「ああ…何となく分かりました。命を不法に生み出す行為や、人以外の種族へ人為的に呪文を覚えさせるということそれ事態に、反発する団体があったということですか」

 聖北教会の主流な考え方としては、命を生み出すのは神の営みであり、領域であるとされている。
 それを魔法の実験等で人間が人間に近いものを作り出したりすることを、非常に嫌っている。
 錬金術師が作り出すホムンクルスや、死霊術師の技による死者の蘇生など、聖北教会の過激な派閥から厳しく弾圧されるものは多々ある。
 彼女が行ったことも、それらに引っかかるものだったのだろう。
 聖北の教えは教会のものだけではなく、複雑な事情と絡み合って他の組織にも関わってくるので、アイリスへの監視がひとつの組織に留まらなかったのは、その辺の事情があるのだと推察される。

「私もまだ捕まりたくないのでね」
「まあ、仰ることは分かりますよ。私も賢者の搭はもう出ていますし、そちらの一派と積極的に関わりあいたくないので、この邂逅について他に情報を漏らすつもりはありません。シシリーは?」
「……この方が今まで行なっていたことは、村の人々の命や他の人たちを救うためということでしたし、そういう人物をあえて排斥するのは、神の教えに適っていると思いません」

魔術師脅迫状3

「助かる。……で、長い話に付き合ってもらうこととなったが、これから君たちはどうするつもりかね?」
「方法は様々ですね。まず、一番簡単なのはこのまま我々が庵から立ち去ること。まあ、依頼を達成していないために旗を掲げる爪の評判は落ちますが、それは村を罰する意思がない旨を彼女に一筆書いていただくことで、ある程度は解消されるかと」
「二つ目は、その資金をわしらが提供するというあたりかのう。出来なくはないからな。その代わり、こちらの御仁には森を去ってもらうことになるが…」
「もうひとつあるじゃないか」

 年長者たちの意見を黙って聞いていたロンドが、最後の、もっとも自分が望む選択肢を口にした。

「この人が1人でやろうとするから、それだけ金がかかるんだろ?」
「うむ。呪文を唱える間に、妖魔に教われぬよう結界を張る必要があるのでな」
「なら、俺たちが手助けすればいい。結界なんて張らなくても、こっちで勝手に守ってればどうにかなるんじゃないか?」

 その言葉に、全員がロンドの顔を見つめた。

「な、なんだよ……俺、おかしいこと言ったか?」
「ううん。兄ちゃんがそれを言い出してくれると思ってなかったから。あたしも薄々、それでいいんじゃないかって考えてはいたけど」
「まったくだ。白髪男にしちゃいい考えじゃねえか」
「それって貶してるんじゃないか?……まあいいや。他の人は?」
「わしが特に反対する理由はないのう」
「まあねえ。なかなか遣り甲斐のありそうな仕事だと思いますよ」
「……ロンド、言ってくれてありがとう。私もそう思うわ」
「じゃあ……」

 白髪頭の少年は、愉快そうな笑みを浮かべてアイリスに宣言した。

「あんた、もう金はいらないぞ。俺たちが守るから」

2016/04/03 12:03 [edit]

category: 魔術師からの脅迫状

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