Sat.

不遇の呪文その2  

「目は覚めました?」

 縛られた上に眠らされていた一行を揺り起こしたのは、いなくなったと心配されていた僧侶のセリリだった。
 まだくっつこうと努力する瞼を意識的にこじ開けると、石造りの暗い牢屋のような場所にいることが理解できた。
 ぴちゃんと上からの水滴を額に受けて、不快になったシシリーは半身を起こす。

「セリリ…あなた…」
「シシリーさん、お久しぶりです」

 そばにはライモールとグレイブの姿もあった。
 全員、自分と同じく手足を縛られて猿轡をかまされている。

「どうして、皆さんがここに?」
「助けに来たのよ」

と返事をしたシシリーだったが、イマイチこの状態では様にならない。
 シシリーが身を起こす気配に釣られて目を覚ましたロンドが、苦笑して経過を付け加えた。

「結局、不意を打たれてこうなってしまったがな。お前たちは?」

 浅黒い肌に縮れた黒髪を豊かに結い上げたグレイブが、戦士同士の縁か、アルトよりも低い朗々とした声で彼の質問に答える。

「私たちが受けた亡霊退治は、冒険者を誘うための罠だったんだ。邸宅にはゴーストだけでなく、死霊術師とゾンビの大群。出口は塞がれるし、気がつけばこの通りだ」

 彼女は自嘲するように自分の足を縛るロープへ目をやった。
 湿った場所に放り込まれていることに憤りを感じているらしいテアが、憮然とした表情で同じように自分を束縛する縄を睨みつける。

「どうにかして、ここから脱出できる方法を考えねばならんのう」

 彼らは自由にならない身体を、転がすなり支えあって起こすなりして、車座のようになって互いの情報を共有することにした。

「彼らの目的は何でしょう…?」

 不安げに囁いたセリリに、老婆は分かっている事実に基づいて応じた。

「分からん。人質なら要求があるはずじゃし、殺す目的ならこのように生かしておく理由はあるまい」
「ね。ここはどこか分かる?」
「運ばれる時、意識がなかったから詳しくは分からないけど…」

 ライモールが短い顎鬚を突き出すように柱や壁のほうを示した。

「柱や壁の造りからはケルトンの邸宅の地下だと思う」
「ふむ……敵の構成について、もう少し聞かせていただけますか?グレイブは死霊術師と仰ったように思うのですが」
「ああ。魔術師数人がゾンビ十数体を使役しながら襲ってきた。とても我々3人の手に負える相手ではなかった」
「十数体のゾンビを操る死霊術師…そいつら、ひょっとして灰色のローブを着ていませんでした?」
「そう言えば…。でもどうしてそれを?」
「合っていましたか。やれやれ、クドラの連中ですよ」

 以前にも旗を掲げる爪は対決したことがあるのだが、クドラ教といえば、聖北教会から敵対視されている過激派の宗教団体である。
 一説には、元々大地母神を崇拝する土着信仰だったらしいが、聖北教会との融和を拒んだ一部の教徒が、近年過激派として数々の事件を起こしている。
 実際、ウィルバーたちが討伐したクドラ教徒もそんな過激派のひとつであったらしく、蘇生術の儀式という怪しげなものを阻止する為に、治安隊や聖北教会から雇われたのであった。
 ウィルバーが習得している魔法【死の呪言】は、治安隊がクドラ教から没収した呪文書を、見事な働きの成功報酬代わりに旗を掲げる爪へ贈ってくれたものである。
 彼らの特徴は灰色の法衣と高度な死霊術――つまり、全員が灰色ずくめならば、クドラ教徒と考えるのが妥当だろう。
 グレイブが魔術師の説明に頷くと、唸るような声を上げた。

「とすると…まだ上に司祭クラスの敵がいるということになるな」
「…足音がっ」

 鉄格子近くに座っていたセリリが、ハッとなって自分の背後を振り返り報告した。
 暗がりでよく見えないが、確かに足音が近づいてくる。
 慌てて鉄格子側にいる者がこちらへと転がって移動し終わった後、格子越しに姿を現したのは…。

「て、てめえ…!」
「どうですか、牢獄の居心地は?」

 相変わらず上等な仕立ての似合う伊達男風のケルトンだった。
 噛み付くようにライモールが叫ぶ。

「ふざけるな!こんなところ今すぐにでも出て行ってやるよ」
「おや、それは困りますね。脱走なんて企むようでしたら、非常に残念ですが、あなた方には我らが母の御許へ帰っていただかなくてはいけません」
「やはり、クドラの……」

 ライモールがそこで言葉を切ったのは、格子越しに彼が睨んでいる男の気配が、ぞっとするほど変わっていくのを『感じた』からであった。
 じりじりと身体を後退させるのを、ロンドが背後に庇うようにする。
 彼らの目の前で、裕福らしく血色の良い肌が急激に色褪せ、皺が寄っていく。
 小刻みに揺れ始めた体から、あれほど氏を魅力的に見せていた服がボロボロと崩れ落ちた。
 金茶色の髪が抜け落ちたのにも構わず、氏は不気味な笑い声をあげた。

「そウ、ちょウド、わたシノ、ようニネ…フ…フフフ…」
「う、うわああっ!」

 少しはアンデッドに接する事があったとは言え、このように間近で言葉を交わしていた人物が、あっという間にゾンビへと変わり果てるのを目の当たりにするのは初めてだったライモールが、異様な姿に思わず悲鳴を上げる。
 足音高くゾンビへと近づき、彼らにうっすらとした笑みを見せた男――フレアと呼ばれた彼――は、静かな口調で言った。

「この男は生前、とても罪深い男だった。教団に接触してきたのも、金儲けの為でしかなかった。彼は我々の神を冒涜したのだ」
「ハッ。ちょっとでも真っ当な商売っ気があれば、金儲けだけに使うのだってごめんさね」

 テアが冷たく吐き捨てた。
 テア自身、そもそも商家の女房だったのだが、阿漕な商売をする夫を止めるどころか、どんなことをして儲けていたのかまでは理解しておらず、それで今になって苦労をしている。
 そんな彼女でも、さすがにクドラ教を金儲けに利用するということには反発を覚えるらしい。

「しかし、今では神の忠実な下僕となった。実に素晴らしい」
「………」
「僕らをどうするつもりだ?」
「大人しくしていれば、今すぐ神の許へ送るような真似はしない。これは代弁者オワニモ様のご命令だ」

 彫りの深い顔に嫌悪を滲ませながら、グレイブが呟く。

「代弁者…」
「クドラ神の意志を伝える巫女だ。我が教団のトップでもある」
「その代弁者様とやらは、僕らを監禁してどうするんだ?身代金でも要求するのか?」
「…愚かな。我々の目的は金銭ではない。もっと崇高な理想を実現する為の活動なのだ」

 つまり生贄か――とテーゼンは判断した。
 邪教に身を染める人間というのは、クドラ教にしろ他の宗教にしろ、大体やろうとすることは型に嵌まっていて、悪魔である彼にとっては興味がそそられない。
 それにしても、魔族である自分まで人間扱いか――と思うと、急にテーゼンはおかしくなった。
 密かな彼の考えに気づかぬまま、クドラ教の神官は続ける。

「お前達にはそのための尊い犠牲となってもらう。名誉なことではないか」

 ライモールが舌打ちする。

「…狂ってやがる」
「何とでも吼えるがいい。どう転んでも、お前たちはすでに我々の掌の上にいるんだ」

 男はヒステリックな笑い声を残して、その場を立ち去った。
 ぺっとりと床に耳をつけていたアンジェが、ぼそりと報告する。

「…大丈夫。あいつら、いなくなったよ」

不遇の呪文4

「よし、ここを脱出するぞ」
「え?」

 あっさり言ってみせたロンドに、ライモールは呆けたような顔を向けた。

「自分で言ってただろ。こんなところ、今すぐにでも出て行ってやるって」
「ロンドくん……」
「俺の左足に小刀を隠してある。というか、ここに来る前にアンジェが隠してくれた。それを使えば縄を解くことは出来る」
「鉄格子の解錠は、おぬしに任せていいかのう?」
「お、おう。それなら任せろ」

 元職人の顔が精気を取り戻したのを確認すると、ロンドは並みの成人男性よりもふた回りほど寸法の大きいブーツの皮の一部を一定の手順で外し、糸で縫いつけてあった小刀を取り出した。
 それを使ってまず自分の手足のロープへ切れ目を入れ、後は力任せに引きちぎる。

「なんという野蛮人……」
「辺境の蛮族よりも、兄ちゃんのがたまにヤバイ気がする」

 口々に言うテーゼンとアンジェを後回しにして、他の仲間の拘束を彼は解き始めた。
 小刀は一本でも、もう1人のロープさえ自由になれば、後は結び目を解いてまた他者の自由を取り戻す事が出来る。
 さほど時間をかけずに束縛から抜け出すと、意気揚々となったライモールが冒険者たちへ言った。

「やってやるぜ。三十秒待ってくれっ」
「解錠道具はお持ちですか?」
「ここに叩き込まれたときに連中に取られたよ。でも、この程度なら……」

 鉄格子を閉じている鍵を確かめ、指でなぞる。

「道具は必要ない。眼鏡のフレームでも使えばいいさ」

 ライモールは細いフレームの眼鏡を外して、左側の耳に掛ける部分の端っこを示した。
 まるで針金のように尖っている。
 その箇所を鍵穴へ差し込み、しばらく小刻みに動かしていたかと思うと、かしゃっと開錠した小さな音がした。

「開いた!」
「さあ、逃げるぞ」

 ワクワクした様子でロンドが前方に立つ。
 彼の大柄な身体が前にあれば、何らかの攻撃を受けた際にも後ろのほうまでは届かない。
 暗い灰色の石に覆われた通路を少し行くと、急に女性の叫び声のようなものが聞こえた。
 セリリとグレイブが顔を見合わせる。

「………!」
「なんだ、今の声は…」

 テーゼンが数メートルほど先にある扉を指差した。

「そこの扉から聞こえたな」
「他に使っている人でもいるのかしら。それとも…」
「拷問中…だったりしてな」

 見捨てておけない事態のように思われたので、ライモールが眼鏡のフレームを使って扉の鍵を開ける。
 順番を決めて一気に部屋になだれ込んだ2組の冒険者たちだったが、部屋の上方に漂う青白い影に息を呑んだ。
 セリリが正体を言い当てる。

「…バンシー!」

 ふわり、と影が分裂する。

「…三体も!」

 舌打ちしたテアが≪鳳凰の盾≫を構え、その仕草に敵意を感じたものか、泣き女と呼ばれるバンシーたちは急にこちらへと襲い掛かってきた。
 スコップや剣を構えて対処する中、何かに気づいたライモールが声を上げる。

「おい、あれ…」
「私たちの装備だな」

 セリリやグレイブ、ライモールの3名の荷物袋が、バンシーの透ける体の向こうに置いてあるのを発見したのだ。
 アンジェは腕輪に指を走らせつつ、それに応じる。

「隙を見て掠め取れなくもないけど…」
「なるべく身軽なヤツがいいだろう。私たち3人の中ではライモールが適任だが…」
「そういうことなら僕の出番だろうぜ。ライモールよりも足が速い自信はある」
「……しかし、そこまで世話になるのは……」

 グレイブが渋る様子を見せたが、黒い翼を広げた青年は躊躇う様子がなかった。

「構わねえよ。こういう見せ場があるほうが、僕は楽しいからさ」

 テーゼンがニヤリと笑って体勢を低くした。
 仲間の≪黄金の矢≫や燃え盛るスコップが道を作る中、彼は壁を蹴ってバンシーの隙をつき、荷物袋を確保する。
 セリリたちが装備を身につける頃には、バンシーは一声も発することなく、現世から消滅した。
 その手際にいたく感心したセリリは、礼だと言って聖北教会の聖印をシシリーに渡した。
 不純物の少ない銀とトルコ石を用いられたそれは、高位の司祭から聖なる力を込められており、不浄な存在を一気に消滅させることができるものの、あと5回ほどでその効力は尽きるという。

「こんな大事なもの……いいの?」
「ええ。せめてもの私に出来る御礼ですから」
「…ありがとう」

 異形から生まれた天使と交流し、悪魔を引き続き仲間にしている今のシシリーにとって、この聖印はかなり重たい意味を持っていた。
 すなわち、聖北教の正義とは、成し遂げなければならないこととは何か――。
 このまま冒険を続けていれば見えてくるのか、それともこの冒険で掴むことができるのか。
 シシリーは聖印をぎゅっと握り締めた。

2016/04/02 11:54 [edit]

category: 不遇の呪文

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top