Sat.

不遇の呪文その1  

 他の都市から帰ってくる途中で妖精を救い、やっと交易都市リューンの≪狼の隠れ家≫に帰ってきた旗を掲げる爪だったが、2日後にはどういうわけか宿の亭主に別室に呼ばれた。
 それは、内密にしたい依頼の話をする時等に使われる半地下の部屋であり、以前≪赤い一夜≫という盗賊団の依頼について話合いを行なった際にも、彼らは亭主にここへ呼びつけられている。
 テーゼンは、鉄格子の嵌まった天井の窓から差す光に目を細めながら、宿の亭主の話に耳を傾けていた。

不遇の呪文

「十日もすれば帰ってくるはずの依頼だったんだがな。もう一ヶ月にもなる」
「依頼人から失敗の連絡は届いていないのか?」

 がりがりと後頭部を掻きながらロンドが訊ねるのに、亭主は重々しく首肯した。

「そうだ。だから帰りに何かトラブルに巻き込まれた可能性が高い」

 亭主の話はこうだった。
 一ヶ月前に依頼を受けたきり、帰ってこない冒険者のグループがあるという。
 依頼内容はアンデッド退治。
 古い邸宅を買い取ったところ、ゴーストやウィスプの類が住み付いていたと言う。
 駆け出しから中堅どころに頼まれる仕事としては珍しいものではなく、事実、旗を掲げる爪自身も、これまでに3度ほど似たような依頼を片付けてきた。
 その内のひとつは、お化けではなく光の精霊の仕業であったのだが……。
 当事者(?)であるランプさんを膝に乗せたまま、シシリーがぽつりと呟く。

「彼らの実力からしても、その程度のモンスターに手こずるとは考えにくいわね」
「ええ、そうですね。確かクレリック(僧侶)もいたはずです」

 顔が広く、ある程度は他のパーティとも交流をしているウィルバーが証言した。
 亭主がその言葉に肩を竦める。

「そのうちひょっこり帰ってくるかもしれないが、何の連絡も寄越さないのが少し気がかりでな」

 冒険者の仕事というものは、どこで思いがけない事態に突入するか分からないところがある。
 また、いつ命を落とすとも分からないのだから、その覚悟も持っていなければならないのだ。
 宿の亭主もその事は承知で、慎重な彼らしい条件を提示してきた。

「安否を確認してきて欲しい。期限は2週間。それ以上は打ち切ってくれて構わない」
「そうね。ミイラ取りがミイラになったら、また派遣しなきゃならないものね」
「報酬はわしから銀貨600枚を出す。事の次第では上乗せしよう……どうだ?」

 シシリーが仲間に視線を走らせると、彼らは一様に頷いてみせた。

「いいわ。その条件で引き受けましょう」
「そうか。では依頼書の写しを渡しておこう」

 亭主は大きく武骨な手――恐らく、何らかの武器に習熟しているに違いない――を革のフォルダーに突っ込むと、そこから一枚の羊皮紙を取り出した。
 彼らしい読みやすい文字で、行方不明のパーティが受けたアンデッド退治の仕事内容が書かれている。
 あれ、とアンジェが声を上げた。

「ここに報酬は書いてないんだね」
「ああ、そうだな。要依頼者と相談ってことになってる」

 宿の亭主が頷くのに、ウィルバーが平手で自分の頬を撫でながら知り合いの顔を思い浮かべた。

「あのパーティでしたら、交渉役はきっと盗賊か僧侶がやったでしょうね」
「ふむ。じゃが、盗賊は押しが弱そうだったからのう……」
「後でそいつらのこと教えてくれよ」

 すでに≪ダリの愛槍≫を担いだテーゼンが、階段へと歩き始めながら頼む。
 他の面子もそれに倣いつつ、各々の荷物袋をまとめるために上へと出て行った。
 最後に残ったシシリーが、心配そうにヒゲを撫でている宿の亭主へ声を掛ける。

「それじゃあ行ってくるわ」
「うむ。気をつけてな」

 このようなやり取りを経て、1時間後には冒険者たちはまた旅の人となっていた。
 前の旅と違うのは、亭主から経費を渡されたおかげで、中央公路間を往復する馬車のひとつに全員が乗り込めたことである。
 自分たちのマントを集めて、腰を労わる必要があるテアのために座席をふかふかにしてから、彼らは落ち着く場所を見つけて座り込んだ。
 リューンを出てしばらく、一応は整備された街道を走る中で、テーゼンが質問を発した。

「えっと、なんて言ったっけ?あのクレリックの女の子」

 同じ聖北教徒として、教会でのミサや手伝いなどで顔を会わせる事も多かったシシリーが答える。

不遇の呪文1

「セリリね。彼女ならゴーストどころか、大体のトラブルは対処できそうなものなんだけど」
「ライモールが足を引っ張っていたりして。彼は、世間ずれしてない様子でしたからね」

 冷静にウィルバーが分析してみせた。
 これから旗を掲げる爪が助けに行くパーティは、癒し手の女性セリリと、元職人だけあって手先の器用な優男のライモール、大柄な女戦士であるグレイブの三人組からなっていた。
 人数こそ少ないがバランスの取れた構成であり、臨機応変に与えられた仕事を果たしてきた一行である。
 間近に接したこともある相手がいるパーティであるだけに、シシリーは肩に止まっているスピカ――帽子を被ったフォウという珍しい存在である――の背を撫でながら、心配そうに眉根を寄せた。

「どちらにせよ、何事もなければ良いけれど」
「そうですね…」

 相槌を打ったウィルバーが、しばし目を馬車の外に向けた。
 彼らが今向かっているのは、緑の都と謳われるヴィスマールである。
 街の規模はさほど大きくないが、四方は市街地の数倍はあろうかという、通称に恥じぬほど広大な森林に覆われている。
 ただ、時たまここら辺で奇妙な事件が発生することが多いので、冒険者の間では鬼門の地としても知られていた。

(もし、ヴィスマールの不可思議なトラブルに巻き込まれたのだったら……無事でいるといいのですが…)

 基本的に善人であり、何事にも慎重なたちの魔術師は、同じ宿の冒険者たちの安否を考え込んでいた。
 そんな道中から到着したヴィスマールだったが、さすがに空気には清々しい樹木の香りが満ちており、馬車の振動からやっと解放された冒険者たちは、四肢を伸ばして深呼吸した。
 それが済んでから、シシリーが全員を見回す。

「まずは、3人の宿泊記録を調べてみるところから始めましょう」
「異議なし。宿の数もそれほど多くはねえようだからな」

 頷いたテーゼンは、テアと共にある路地を覗きに行った。
 とりあえずの寝台や小さなクローゼットがあるという程度の安宿は、彼らが二人連れで旅をしていた時分にも利用したことがあったし、冒険者になってからも無縁ではありえない。
 小さな路地に面している分、入り口が分かりづらくて入りづらい宿などは、その分だけ宿賃が安いことが多く、よく流れ者などが泊まっていることもあるのだが、こちらの宿屋には目当ての人物が宿泊している様子はなく、2人はすぐにすごすごと引き返してきた。
 一方、背の高さを活用してあちこちを見渡したロンドは、

「高級ホテルは別にして、俺たちの泊まるような安い宿は…と」

と、冒険者たちが宿泊してそうな酒場兼宿屋の目星を付け、ひとつの看板を指差した。
 これが幸運にも大正解で、白い綿布を額に巻きつけた、ややむさ苦しい口髭を生やした酒場の主人が、シシリーやウィルバーが証言する3人組の人相を聞くや否や、

不遇の呪文2

「あぁ、お前さんたち、あいつらの知り合いか?」

と言い出したのである。
 あまり好感を与えるような容貌ではなかったのだが、強面の割にはなかなか良心的な人物らしく、彼は二階にセリリのパーティが荷物を置きっぱなしにしていることを明かしてくれた。
 部屋を占領されていい迷惑だ……と語ったものの、実に二十日近くにもなるのに、荷物に手をつけるのも売り飛ばすこともしないで、ずっと預かっていてくれたらしい。

「連れだって言うなら、さっさと引き取ってくれねぇか。あと、宿代も払って行ってくれ」
「ええ、勿論よ。長い間、悪かったわね」

 宿代を立て替えたシシリーは、主人に案内されて二階へと赴いた。
 部屋には主人の言葉どおり、3人の荷物がそのまま残っている。
 それをロンドとテーゼンで手分けして背負い、ウィルバーが念の為に、彼らの居場所に心当たりがあるか尋ねてみたが、彼は首を横に振るばかりであった。

「あいつらの行方だと?そんなもん知ってたら、俺が宿代を請求に行ってたよ」

 もっともな答えである。
 旗を掲げる爪はそのまま宿の酒場でついでに食事を取り、一度ヴィスマールの中央部にある市民広場まで移動した。
 思い思いの場所に座り込み、相談を始める。
 口火を切ったのは、老婆であった。

「さあて。これからどうするかなんじゃが」
「あの3人、この様子だと十中八九、何かのトラブルに巻き込まれてるわよね」
「そうじゃのう。荷物を置いたまま、街を出たとは考えにくい」
「無事だといいが…」
 
 ロンドが厚い手で顔を撫でる。

「婆ちゃん、今度はどこを当たるつもりなの?」
「次はセリリたちの依頼主になったケルトン氏に、話を聞きに行くべきじゃろう」

 セリリたちのパーティが奇禍に会ったのが、中央公路ではなくこのヴィスマールの中だというのなら、彼らがどこで行方を消してしまったのか、依頼を引き受けたところから追跡していくのが一番確実だろう……というのがテアの案である。
 それに付け加えて、老婆がいくつかのアイデアを足した。
 シシリーがそれに頷き、依頼書の写しを取り出してケルトン氏の住所を全員に覚えさせる。
 街の案内板や住民の証言を頼りに調査すると、程なくアンジェが、高級住宅街の中の青白い石で造られたなかなか立派な邸宅を探し出してきた。

「ここだってさ。……立派なお宅だね」
「へえ、こいつはすごい。依頼料、きっといっぱいくれたんだろうな」

 ロンドが冒険者として素直すぎる反応を見せた。
 苦笑交じりにテーゼンがドアに近づいていき、他の面子も何となくそれに従うように続いた。
 ドアについた、真ちゅう製の獅子を象ったノッカーを叩く。
 ウィルバーやテアにとっては意外なことに、取次ぎのメイドや執事ではなく、仕立ての上等な服を違和感なく着こなした、この家の主人らしい男がドアを開ける。
 彼――予測どおりケルトン氏――は、ノッカーを叩いたテーゼンと、リーダーであるシシリーが≪狼の隠れ家≫からやってきた事を説明すると、詳しい用件は奥で聞こうと先に立って客間へ案内してくれた。
 結構な資産家なのだろう。
 家具や絵画などの調度品が、部屋の内装を邪魔しない程度に飾られていた。
 にっこりと人によっては魅惑的と充分言える笑みを浮かべ、テーゼンが家主へ礼を述べる。

「すいません、いきなりお尋ねしてしまって」
「いえ、とんでもない。≪狼の隠れ家≫の方にはお世話になりましたので」
「それはそれは。こちらこそ、お役に立てたようで何よりです。ところで……」

 アンジェが一人前の口を利きつつ、アンデッド退治の仕事内容について問うた。
 彼女に表立って喋らせるのは、ある意味で油断を誘いたいからである。
 これはテアの発案によるものだったが、元々社交的な資質のあるホビットの娘は、堂々と己の役割を果たしていた。
 ケルトン氏の言によると、不死者退治の仕事は問題なく完了したらしい。
 つまり、氏は3人が姿を消す少し前に会っていた人物ということになる。
 考え考え、アンジェが口を開いた。

「彼らはクレリックのいるチームなので、亡霊退治には適任だったと思います」
「ええ。彼女には感謝しています。……ところで、そろそろご用件をお聞かせ願えますでしょうか?」
「これは失礼しました。我々は、あなたがお雇いになったパーティの行方を探しているんです」
「行方を?ということは、ひょっとして……」
「はい、ええと……」

 一ヶ月前、氏の依頼を受けた3名の冒険者が、未だ宿へ帰還していないこと。
 そして自分たちが3名の安否を確認するために派遣されたこと。
 これらをアンジェが、わざとたどたどしい口ぶりで、シシリーやテアの補足をつけてケルトン氏へと説明した。

「そうですか。それはお困りでしょう…しかし、数週間も前のことですし、あまり覚えていませんね。特に何もなかったと思いますが」
「依頼を達成した後、彼らに変わった様子はありませんでしたか?」
「いや……」
「あるいは、特別なことを言っていたということはありませんか?」
「ですから、特に何も覚えていません。申し訳ありませんが」
「そうですか、分かりました。では、最後につまらないことをお聞きしますが――」
「ええ、なんでしょう?」
「彼らへの報酬は、いくらお渡しになったのですか?」

 するり、と組んでいた両手を解いたケルトン氏が、申し訳なさそうな笑顔のまま小首を傾げる。

「ええと、質問の意味が分かりかねます」
「言葉のとおりです。亡霊退治の報酬をお聞きしているのです」
「確か…あれはいくらだったか…。数週間も前のことだから、よく覚えていなくて…」

 氏は落ち着かなさそうに膝を撫でつつ、明らかに口を濁していた。
 アンジェは真っ直ぐな目で相手を射抜き、口を開いた。
 そもそも、この邸宅の立派さ加減を見たロンドの慨歎から思いついたカマかけであったが……見事に引っかかってくれたものである。

「残念ですがそうではありません。あなたは初めから彼らに報酬を渡してはいない。そして、冒険者の報酬の相場について知識のないあなたは、適当な金額を口にすることもできない」
「………」
「違いますか?」

 今までのたどたどしさとは雲泥のはっきりした喋り方とその内容に、ケルトン氏はやや腰を浮かせて反論しようとした。

「何を言っているんですか。私がどうしてそんなことを…」
「理由は分かりません。しかし、あなたは彼らの失踪に関与していて、なおかつそれを隠そうとしている」
「おかしな言いがかりは止めてください。私が、どうして…」
「先ほど、クレリックの話をしましたね」

 丸いどんぐりのような無邪気な目には、趣味のいい装飾品と対照的に顔を歪ませた氏が映り込んでいる。

「今の話と彼女の話とどう関係があるんですか。話を逸らさないで下さい」
「そう。さっきも『彼女』と、そう言いました。パーティには男もいたのに、どうしてクレリックは女性だと分かったのですか?」
「不愉快だ、お引取り下さい。あまりしつこいと人を呼びますよ!」
「言っていませんでしたが、宿に残された3人の荷物の中に、日記がありまして。ちょうど、依頼を受けた日から記述が途切れていたんです」

 これはもちろんハッタリだったが、冷静さを欠いたケルトン氏にはたやすく通じた。

「そんな、馬鹿な…。そんなこと、あるはずが…」

 氏がそう呟いたのとほぼ同時に、庭を見渡せる一際立派な窓のカーテンの方から、無味無臭のマナの特殊な流れが旗を掲げる爪を覆った。

「…!」

 それがどういう”魔法”であるかにいち早く気づいたウィルバーは、仲間に注意を促さんと立ち上がりかけたのだったが、成功率を上げてから掛けられたらしい【眠りの雲】によって、猛烈な眠気の中に仲間と共に引きずり込まれてしまった。

 ビロード製の厚いカーテンを開き、細身の男が1人、室内へ歩を進める。

「出来れば手荒な方法は使いたくなかったが…」
「フレア…!」

 どこか咎めるような声で男の名前を呼ばわったケルトン氏だったが、

「お前は詰めが甘すぎる。この役立たずめ」

と罵倒された。

「仲間が捜索に来るなんて聞いていないぞ。指示通りに動けば心配ないと言っていたじゃないか。それにこいつらの始末もどうするつもりだ」
「問題ない。全て想定の範囲内だ」
「何が想定内だ!もし、このことが明るみに出たら!」
「うるさいぞ。お前はただ、我々の指示に従っていればそれでいい」

 男が転位の呪文を唱えると、冒険者たちの姿が瞬時に掻き消えた。

「こいつらのことは我々に任せろ。お前は何も心配要らない。指示に従っている限りはな」

2016/04/02 11:50 [edit]

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