Fri.

紅き魔石その1  

 水の都アクエリアで数々の冒険を繰り広げ、マリナーの一人から愛用の槍を貰うまで信頼してもらった旗を掲げる爪は、新たな技術をロンドやテーゼンに仕入れた後に、城館の街セレネフィアでとある男と領主からの依頼をも果たした。
 おかげで懐具合は、いつになく温かいといえる。
 いくつか防具も買い揃えており、ウィルバーの胸元には銀製の翼を象ったブローチが輝き、シシリーの背には騎士が使うような立派なカイトシールドが背負われている。
 ついでに、なぜかアンジェの足元にはふてぶてしい面構えのガマガエルがいたりするのだが…そこは、誰も突っ込んだりはしない。
 リューンの常宿からちょっと離れて、色んな店や街を渡り歩いた冒険者たちだったが、さすがにそろそろ宿の亭主の具沢山スープと揚げじゃがが恋しくなり、≪狼の隠れ家≫に帰ろうかということになった。

紅き魔石
「それにしても、変わった弓の技だったな。エルフの弓使いは珍しくないけれど…」
「ああ。弓を媒介にした魔法、とでもいえば良いのかな?呪文を唱える前提ではあるが、まさか傷を癒す効果があるものまで揃ってると思ってなかったぜ」
「それにしても、風の沢山吹く場所だったよね。寒くないのかな、あそこの皆って」

 テーゼンが技を得た新たな場所からリューンまでの途中には、今まで通ったことのない森が広がっており、彼らはその入り口まで差し掛かった。
 まだ辺りが暗くなる様子はない。
 あえてこの森を通過せずとも、迂回をすれば回避できるだろう。
 そのことについて、ウィルバーが他の者に意見を聞いてみようと思ったときだった。

「ん…?」
「ウィルバー…どうかしたの?」

 微かに顔をしかめた魔術師に気づき、シシリーが問いかける。
 彼はそれに自信なさげに答えを返した。

「…悲鳴が聞こえませんか?」

 彼のセリフとほぼ同時に、今度は全員の耳に届くくらいの大きさで、絹を裂くような女性の悲鳴がここまで響いた。
 ハッとなったテアがリーダーを窺うと、彼女はすでに悲鳴の聞こえた方へと歩き出している。
 好奇心旺盛な彼女らしい反応ではあるが、確かに女性がモンスターに襲われているなど、予断を許さない緊急事態である可能性は高い。
 テアとウィルバーの年長者コンビは、他の仲間達を促してシシリーの後を追うことにした。
 テーゼンが途中で彼女を追い抜き、辺りの森の様子を調べながら仲間を導く。
 静かな森の違和感に不意に気づき、テアは≪海の呼び声≫というマジックアイテムを普通の杖代わりに使いながら眉根を寄せた。
 テーゼンと二人連れだった昔、何度か森で夜を明かしたこともある。
 その時は獣の気配や虫の鳴き声などがしているのが当たり前だったが……。

「静か過ぎるの……気に入らん」
「ばあ様、気づいたのか」

 野伏の悪魔が、近くにあった折れている小枝を指し示す。
 風でぶらぶらと揺れているそれは、

「たぶん、侵入者…。高さからするとゴブリンじゃない、人間か、人間と同サイズの生き物がここを通っていったんだと思う。足跡から推測できるのは、こいつらが複数いるってことだ」

というテーゼンの言葉により、自然になったものではないことが全員に明らかになった。
 いっそう足を速めて進み、悲鳴が聞こえてきたであろう地点で周囲を見渡す。

「この辺りですね…。…なんでしょう…?」

 ウィルバーの目が一点に注がれた。
 彼は≪万象の司≫を脇に手挟むと、そっと両手を使って何かを掬い上げた。
 紫の長い髪に瑠璃色の蝶の羽……そして姿は人型。
 テーゼンがつぶらな黒瞳をますます丸くして訊ねる。

「お…おい…。それ、小さいけど…人じゃ?」
「テーゼン、人間は蝶みたいな羽は生えないのじゃ。これは妖精じゃろうの」

 自らも妖精語を習得している老婆は悪魔を諭すと、そっと小さすぎるサイズの娘の具合を確かめた。
 もし助かるものなら呪歌の治癒を、と考えていたのだが、思いの外、妖精の傷は深いようだ。
 これでは助かりそうもない、とテアが血を拭いながら気の毒そうに顔を歪めた。

「ああ、死なないで……」

 死すべき運命に捕われた対象に、癒しの法術は効果を発揮しない。
 そのことから小さな命が消えそうになっていることを察したシシリーが、顔色を青白く変えながら妖精を励ました。
 彼女には以前、一対一で接した挙句に殺すしかなかった相手がおり、自分を癒すことが出来ても、助けを求めている相手に何の力にもなれなかったことが悲しく心を塞いでいる。
 そのため必死に呼びかけたのだが、それが功を奏したのか、消え去る前に大きくなる蝋燭の灯火のように気を取り戻した妖精が、暗くなってきた視界を必死に開けるようにして冒険者たちへ問いかけた。

「ぅ…あな…たたちは…?」
「私たちは通りすがりの冒険者です。あなた達は…森の妖精ですか?この傷は誰にやられてしまったのですか?」
「…私たちは…この森の妖精…そして…森の…番人……」

 妖精は、自分はもう駄目だからと、手当てをしようと薬草を取り出したテーゼンを留める。
 いよいよ切迫してきた息を懸命にコントロールしつつ、妖精は続けて言った。

紅き魔石1

「貴方達に…お願いが…。どうか…私の仲間のムルを…助けて…あげ…て……」
「ムルという子を、助ければいいのじゃな?」
「盗賊の集団に…1人で…立ち向かっているはずよ……。私たちは…奴らに……」

 襲われて致命傷を負わされた、ということらしい。
 妖精はお願いと最後まで言い切ることなく事切れた。

「…どうする…?」

 今まで黙って成り行きを眺めていたロンドが、家族同然の同年の少女に問いかけた。
 助けられなかったかつての記憶を振り払うかのように、春の海のような碧眼をきっと森の奥へ向け、彼女はムルを助けようと宣言した。

「放ってはおけないわ。助けましょう!」
「……分かりました。では行きましょう!!」

 地面の踏み均された痕跡を辿り、冒険者たちはムルがいるであろう場所へと向かう。
 シシリーが、少々ずれてしまった盾を何とか戻しながら懸念を呟く。

「それにしても……盗賊が出るなんて、ここはそんなに治安が悪いのかしら……?」
「ここらに来たことはないから、俺にはよく分からんが…」

と断った上でロンドが言った。

「近くに人里らしい人里もないし、もしかしたら、誰かの命令で来てるんじゃないのか?」
「命令…ですって?」
「この辺で戦争やってたなんて話は知らない。だから軍の脱走者じゃない。でも、山賊と考えるにしても人里が辺りにないんだからちょっと無理がある。分捕る物がないわけだろ」

 だとしたら、と彼は続けた。

「風の吹くあの場所から近いんだし、ここら一帯は妖精とか精霊とか、不思議な生物でいっぱいなんじゃないのか?そういう生き物に、なんか用事がある奴が命令出してると考えれば、治安が悪くもないのに賊が出る理由は出来る」
「……てめぇにしちゃ、かなり上等な推察だな」

 呆気に取られたようにテーゼンが賞賛(らしきもの)をした。
 彼の観察するところ、かなり盗賊たちとの距離を詰めてきている。
 盗賊たちと――ひょっとすると妖精ムルと顔をあわせるまでに、そう時間はかかるまい。

「血が葉っぱについてるのを見る限り、妖精は善戦したんだな」
「死に物狂いだったんじゃろう」

 可哀想に、とテアは首を横に振った。
 妖精たちとの一戦で戦力が低下している可能性が高いのだろうが、油断するわけにはいかない。
 テーゼンが横に伸ばした腕で仲間達を制止し、音を立てないよう進めと合図を出した。
 どうやらゴールが近いらしいことを察した冒険者たちは、藪に紛れるようにして悪魔の導きに従った。
 旗を掲げる爪の耳に、盗賊の声が届く。

「さあ…宝の場所を教えて貰おう。素直になれば、痛くはしないぜ?」
「…クッ」

 唸ってみせたのは、先ほど息絶えたのと同じ種類らしい羽根をもった妖精だった。
 彼女を助けようと思うのなら、盗賊たちを速やかに排除する必要がある。
 テアがふむ、と顎に手を添えて言った。

「あの人数なら、万が一にも負けることはないが……」
「支援掛ける暇がないなら、せめて先手を打って相手を不利にしようぜ」

 ロンドの言にもっともだと頷くと、老婆は得意の子守唄――【まどろみの花】をそっと演奏し始めた。
 盗賊たちが即座に気づくことのないよう、抑えた音量でかき鳴らされたそれは、盗賊たちの一部を眠りの淵へと追いやっていく。
 睡魔に抗えなかった何名かが、ゆっくりと崩れ落ちていった。

紅き魔石2

 手下たちに囲まれて、呪歌の影響が少なかった頭目らしき男が、

「…何っ!?」

と驚きの声をあげて周囲を見渡す。
 旗を掲げる爪は機を逃がさず、藪から躍り出て盗賊へと襲い掛かった。
 手投げナイフを飛ばしてくる二人の賊には手こずらされたものの、アクエリアで数多の強敵を退けてきた冒険者たちは、連携の技で五分と掛からず盗賊を次々と斬り捨てた。
 数名の構成員に取り囲まれた頭目が、舌打ち交じりに彼らに対する。

「…チッ…なかなかやるじゃねえか」

 注意が完全に冒険者たちへ向かっていることに気づいたムルが、

「…喰らえッ!」

という言葉と共に矢を放つ。
 だが、残念ながらムルが放った矢は、頭目によって叩き落されてしまい、傷ひとつ作ることが出来なかった。
 それでも怯むことなく、凛とした表情で妖精が言う。

「…私は、あの男を仕留めます。…皆さんは援護を!」
「うん、わかったわ」

 アンジェが頷き、腕輪から鋼糸を取り出した。
 他の仲間達も、各々の得物を構えて賊に正対する。
 
「貴様らも『秘宝』目当てか!同業者には消えてもらうぜ!!」
「『秘宝』ですって…?」
「同業者なんて言われたら、いい迷惑だよ。こっちは真っ当な冒険者だってのに」

 頭目の吐いたセリフに不審げに眉を上げたシシリーの隣で、ぶつぶつとアンジェが文句を言っている。
 賊が武器を振るうよりも先に、翼を広げたテーゼンがまず槍を振り回し、頭目と手下たちをまとめて薙ぎ払っていく。
 ウィルバーが呪文の詠唱集中に入ったために、賊の1人が投げたナイフを避けそこない、肩から血が飛び散る。

「うっ……」
「おっちゃん!」

 その様子にぎょっとした顔になったアンジェだったが、ウィルバーが痛みを押し殺してまた詠唱を続けたことに安堵して、出していた鋼糸を賊の四肢に絡ませ、その動きを束縛した。
 続けてシシリーの【十字斬り】が頭目の胴を浅く薙ぎ、ロンドの振り回す熱したスコップが腹に叩きつけられる。
 また、負傷を予測していたテアによる【安らぎの歌】の回復で、前の戦いから引きずっていた軽傷が見る見るうちに塞がれていく。
 まさかここまで厄介な相手とは思っていなかった頭目が、再び苛ただしげに舌打ちした。

「ここまでやるたぁな……だが、こいつは予想しなかったんじゃねえか?」

 頭目が握っていた黒い剣を振るい、演奏を終えたばかりの老婆を傷つける。
 ただの攻撃とは一線を画する、魂に届くような衝撃にテアはよろめいて膝をついた。

「ばあ様!?」

 彼女のただならぬ様子に、テーゼンがすかさず彼女の軽い体を支えて薬草を用いる。
 テーゼンはとっさに睨み付けた相手――先ほどまで、シシリーとロンドの連携攻撃による傷を負っていた頭目の体が、いくぶん回復していることに気づいた。

「体力吸収……魔剣、か!?」
「何ですって!?」

 死霊術である【死の呪言】で手下たちの体力をほぼ削り取ってしまったウィルバーが、テーゼンの言葉に眉を寄せて怒鳴る。
 ただの山賊風情と思っていたわけではないが、まさかそんな武器まで持っているとは思ってなかった。
 そんな装備を揃える後ろ盾が彼らにいるということ――筋肉馬鹿と罵られることの多かったロンドの推測は、かなり的を射ていたようである。
 しかも魔剣の力は体力吸収だけはなかったらしく、【まどろみの花】で敵の足止めをしようとしたテアは、自分に意に沿わぬ魔法無効化結界が張られていることに気づいた。

「いかん!これでは…援護ができん!」
「ばあ様、動くな。僕らなら大丈夫、なんとかする!」

 ムルの攻撃も冒険者の攻撃も、のらりくらりとかわし始めた頭目だったが、最後の手下がウィルバーによる【蒼の軌跡】で落ちると後は早かった。
 ロンドの【杭打ち】で足止めされてしまった頭目を目がけ、テーゼンが助走つきで繰り出した【龍牙】が見事に相手の胸板を貫き通した。

紅き魔石3

「グッ…。ばっ…馬鹿なッ…」

 驚愕のあまり目を剥いた表情のまま、頭目はその場に崩れ落ちた。
 槍が折られる前にと素早く抜いたテーゼンだったが、すんなりと硬直した身体から穂先の抜けた槍を眺めて感心したように呟く。

「さすが≪ダリの愛槍≫だ。狙いは外さねえし、取り扱いが格段に楽になったぜ」
「…あの」

 そんな彼――というか冒険者たちに、ムルは遠慮がちに声をかけた。

「…お礼を言わせて下さい。私だけで盗賊を退けることは出来ませんでした。…ありがとう」
「いいや、構わんよ。そんな…」

 謙遜してみせた老婆に、ムルは不安そうに問いかけた。
 恐らく、冒険者たちが賊と同じものを狙っているのでは、と疑っているのだろう。

「…ところで、皆さんは何故?」
「特に理由はないんじゃよ」
「うん、旅の途中で通りすがっただけもん」

 醜怪な老婆とホビットの娘が口々に言うのに、ムルはしばらく目を丸くしていたが、やがて脱力したように肩を落とした。

「そうでしたか…」
「…ムル…だったっけ?これから、どうするつもり?」

 子供の問いかけに、ムルは悲しげに目を伏せた。

「…もう、私は1人になってしまいました。このまま、森の番人で居続けるのは不可能だと思います…」
「…では、私達と来ませんか?」
「…!?」

 髪の薄くなりかかった男性が切り出した誘いに、孤独になった妖精は絶句している。
 あわあわと口をしばらく動かしていたが、やがて答えを見つけたのか、ゆっくりと応えた。

「突然、そんな事を言われても…。…でも、興味はあります」

 ムルは仲間の手前、なかなか表立っては言えなかったが、番人として生きるだけの運命を今まで呪っていたという。
 盗賊たちが口にしていた『秘宝』とやらは、この森にとって大事なものであり、ムルたち妖精族はそれを守るための番人という立場にあったそうだ。
 だがたった一人きりで『秘宝』を守り通すのは、もう困難を越えて不可能と言うしかない。

「私の…運命を変えるだけの力を皆さんからは感じます」
「運命を変える力……?」

 ムルのセリフの一部分が、シシリーは妙に脳裏に残った。

「この出会いも、また、運命なのでしょう…分かりました。私もついていきます」

 決意を固めたムルは、冒険者たちと共に妖精たちの亡骸を埋葬すると、交易都市リューンへの帰路へ同行することにした。

※収入:【ムル】→テーゼン所有
※支出:
※秋月なる様作、紅き魔石クリア!
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■後書きまたは言い訳
27回目のお仕事は、秋月なる様の紅き魔石です。
秋月なる様はシルエラ=サーガという高レベルのシリーズ作品(実は未完…続きやりたい!)でお世話になることが多いのですが、今回はあえて短編のこちらを選択させていただきました。
5つほどエンディングの用意されたシナリオであり、こっそり冒険者たちが助けたムルと敵対するという選択肢もあります。
今回は、冒頭で街や店シナリオを回ってきたために装備や技が増えたことと、シシリーの良心をもうちょっと真っ当な位置に戻したくてちょっと描写を増やしてみましたが、いかがだったでしょう。
名前が出ている街の他に、風渡り(焼きフォウ描いた人様作)についてもちらりと出ているのですが、本来のこのシナリオではどこともクロスオーバーしておりませんので、予めご了承願います。
また、途中でロンドが盗賊の正体について、あれやこれやご高説を垂れておりますが、作品中にはそういった予測をするシーンはありません。
ただ、『秘宝』目当てに動いていたということは、『秘宝』がその森にあるという情報をどこからか盗賊が得ていることになり……装備なども合わせて考えると、どうもこの賊たち、どこかに黒幕がいる予感が消えないので、ああいうことになりました。
体力吸収+魔法無効化結界なんて厄介な武器、魔法を使う冒険者に向けられると非常に厄介ですね。
テアが結構体力減らしてたので、もしテーゼンに【隠し薬草】の手札が回ってこなかったら、婆ちゃん倒れていたのかも知れません…。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/04/01 12:03 [edit]

category: 紅き魔石

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