Wed.

不在の遺跡調査その2  

「ほいっと」

 ロンドが最後のゾンビをスコップで横殴りにすると、腐肉の垂れ下がった不死者は壁に叩きつけられたまま動かなくなった。
 シシリーが刃についた汚物を拭い、剣を収めて目の前の扉を見つめる。
 罠を調べている最中にゾンビとエンカウントしたのだが、4体のアンデッドは彼らが苦戦するほどの能力を持っていなかったため、案外と早く片がついた。
 それでも油断は禁物と自らに言い聞かせていると、ドアの点検を終えたアンジェが大丈夫のサインを出すのが見えたので、ノブを回して開ける。
 そこはがらんとした部屋で、唯一の装飾と言えるものは、奥にある本棚くらいであった。

「収められている本は、ほとんど風化してるんじゃないかしら」
「いえ、ちょっと待ってください。ここのはまだ、いくらか読めるかも」

 シシリーはざっと背表紙を見ただけで眉をひそめたのだが、もう少し細心に観察していたウィルバーが≪万象の司≫を握っているのと、反対側の腕を棚へ伸ばす。
 試しに開いてみると、ほとんどがリューンやキーレで学ぶことの出来る剣術ばかりが書かれた武術書であったのだが、中にひとつだけ聞いた事のない剣術が紛れており、彼はシシリーを呼んだ。

「何か変わった剣術があるようなのですが…あなたなら分かりませんか、シシリー?」
「どんなのかしら」

 内容を詳しく読んでいくと、剣を旋回させて斬りつけることで、どこから剣先が襲い掛かるか分からないようにした撹乱攻撃らしい。
 物理的な攻撃であるために霊体には効かず、剣を回すことで生まれる空気抵抗から命中率もあまり高いとは言えないものではあるが、今まで聞いたこともない技術である為に、どこかそういう技術交流を尊ぶ場所でもあれば高く売れるかもしれない。
 ウィルバーはシシリーから頼まれ、耐久力のなさそうな原本をこれ以上破損せぬよう、別紙に書き写したのちに本棚に戻そうとしたのだが、あいにくと年月の経った羊皮紙はすでにボロボロであり、空中分解した上に読めなくなるほど崩れてしまった。

不在の遺跡調査3

 魔術や法術に関しての書もあったのだが、こちらは大都市で習得が可能な呪文ばかりであり、今の彼らには無用の長物でしかない。
 調査の終了した部屋を出て、暗い廊下から彷徨い出てくるワイトやグールを退治するうち、少しだか腐臭が薄れてきたように思われた。

「ひょっとして、減ったのかな?」
「かもしれんぞ、おちびちゃん。かなり連戦してきとるからの」

 旗を掲げた爪にとって、今のところ手に負えない敵というわけではない。
 これまでの負傷も軽度で、シシリーが【癒身の法】を2回使うだけで済んでいる。
 ただ、これで一昼夜戦い続けるのも面倒ではあるので、出来ればアンデッド発生に関する謎も解いておきたいところであった。
 冒険者稼業にとって辛いことに、いくつかの扉の向こうは宝箱だけが置かれていたということが数度あり、開けて中身を確かめてみたいロンドとアンジェなどはウズウズして落ち着きがない。

「こっちの小部屋は何にもないね」

 最後の部屋の中を確かめたアンジェがそういうと、一行はその場で車座になって相談を始めることにした。

「本棚には大して参考になる文献は残ってませんでしたね…」
「ここと、ここ。あとここも宝箱置いてた部屋ね。ただし、罠も変な仕掛けもなし…あたしが調査した限りではだけど」
「ここは確か行き止まりだったな。同じ壁に面している部屋がいくつかあったから、ここもドアがあるんだろうと思っていたのになかったはずだ」
「気になるのは…ここじゃのう」

 老婆の皺の寄った指が、ある一点を示した。
 遺跡に入ってすぐ左手の道を直進した先にあった部屋である。
 そこには見慣れない言語による文字が彫られた石碑が、ぽつんと佇んでいるだけであった。
 魚人語辞書を持っているシシリーも、数々の伝承を調べるうちに精霊語や妖精語を習得したテアも、読解が出来なかった文字である。
 あいにくと【解読】の可能なアイテムも技術も持っていない一行は、しばらく思い思いの仕草を取りながら考え込んだ。
 ふと、テーゼンが顔を上げて言った。

「そうだ。依頼主の人間は、ここの遺跡について研究してるんだろ?この遺跡を残した民族が使ってた言語の辞書、持ってねえのかな?」
「それ、それですよテーゼン!いい考えです」

 喜色を露にウィルバーが同意する。
 アンデッドとのエンカウント率はまた上昇してしまうだろうが、これから小屋で休憩を取るのであれば、旗を掲げる爪側の疲労は回復する。
 こちらが回復できるのなら何とかなるだろう、ということになり、彼らは小屋に引き返した。
 しばらく無人の小屋の中を漁っていた冒険者たちだったが、妙なところで目ざといロンドが机の中からはみ出している紙切れの端が気になり、それを引っぱり出す。

「なあ、ウィルバーさん。これって…」
「おお!やるじゃないですか、ロンド。スクロールですよ、中に解読の魔法が封じられていますね」

 使い捨てのスクロールは貴重なマジックアイテムのひとつで、封じられている魔法によっては宝石よりも高い価値を持っていることがある。
 その点、【解読】は一般的に売られている魔法の中ではポピュラーではないものの、ある程度は普及しているだけあって、使用しても依頼主から怒られることはないだろうと彼らは推測した。
 しばらく小屋の中で休憩を取り、英気を養った冒険者たちは、再び遺跡の中へと挑んだ。
 依頼主の忠告どおり、またもやアンデッドたちの出現する率が高まっているようである。

「しかもワイトが二回も出てくるとか…」

 テーゼンはげんなりした顔になった。
 ワイトはゾンビやスケルトンに比べると格段に厄介なアンデッドのひとつで、その身体を取り巻く黄色い光には生者の心を凍てつかせる邪な力が秘められており、触れられるとその場で精神力を枯渇させてしまうのである。
 精神力が枯渇してしまうと、魔法や武器の技術などを繰り出すことができなくなってしまうので、アンデッド対策をそちらだけで用意しているパーティなどには鬼門のモンスターであった。

「とりあえず倒したし、今のところ被害もないだろ。ほら、行こうぜ」
「……てめぇ、本当に脳みそまで筋肉なんだな……」

 気軽にスコップを担いだロンドに嫌悪の目を向けたテーゼンだったが、進むことには肯定を返す。
 一行はもう一度、石碑のあった部屋まで戻っていった。
 アンデッドが途中で部屋に侵入してきたりしないよう、アンジェが楔でドアを固定する。
 安全を確保すると、ウィルバーがスクロールを広げて合言葉を唱える。
 今まで意味不明だった刻まれた言語が、たちまち分かる言葉となって彼の眼に映った。

不在の遺跡調査4

「『グラノア神殿』…あと、『神を奉らんと欲するもの、我が許に聖なる力を捧げよ』とあります」
「聖なる力?そのフレーズ、前に聞いたことあるよね」

 アンジェが呟くと、ああと思い当たったようにテーゼンが吐息を漏らした。

「あれだ、六角沼の遺跡。ヒドラを焼く聖なる火を灯すために、祭壇に捧げた…」
「ということは、リーダーにまた頑張ってもらう必要がありそうじゃの」

 老婆の眇められた目が、シシリーと彼女の腰に佩いた剣に向けられる。
 彼女の促しに気づくと、すらりと≪Beginning≫を抜いたシシリーが、癒しの法術を使うときのように集中し始めた。
 神聖なエネルギーにより、白銀色の光を帯び始めた刀身を石碑にピタリとつける。
 敵を叩き斬るときとは違い、そっとした動作であったのだが、石碑は剣と接触した部分から白銀色の光のひびがあっという間に走り、まるで硝子のように砕け散った。
 以前の祭壇と同じだと一同が注意を払っていると、遺跡内のどこかで魔法的な作動音が響いた。
 何かの仕掛けが解除された証かもしれないので、旗を掲げる爪はまた遺跡の探索を開始した。

2016/03/30 11:57 [edit]

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