Fri.

プレゼントは私その1  

「急ぎの依頼なんだ。今いる奴で任せられるのは、お前くらいしか浮かばなくてな」

 宿の亭主がロンドにそう切り出したのは、旗を掲げる爪が鉱山に巣食ったオークやオーガたちを退治してから5日後のことであった。
 最近は宿の掲示板に貼られる仕事の数も多く、ほとんどの所属冒険者が出払っている。
 ロンドの仲間達も、新しい技術の習得や、知り合いからの要請などで不在になることが多い。

プレゼントと私

「随分と評価してくれてるな?依頼を受けるかどうかは話を聞いてからだが」
「お前の同業者の護衛がメインだ。隣町まで送ってやって欲しい。期限は××日までに…」
「…後、2日か。隣町ならば馬車で1日だったから、悪い仕事ではないな」
「それがな…」

 亭主は厳つい顔を沈痛な面持ちに変えて告げた。

「馬車の組合がストライキ中で、運行がストップしているんだ」
「つまり、歩きで2日。…不可能だ」
「正規ルートを通れば3日はかかるからな。…だが、抜け道がある」
「あ?」

 本人にそんなつもりはないのだが、ロンドの場合、生返事をすると妙に迫力があるというか、他人を威圧する感じになってしまう。
 ここ半年近くの付き合いの中でそれを分かっている亭主は、たじろぐこともせずに悠然と目の前の少年(ただしガタイは並の大人よりごつい)に対してひとつの案を出した。

「整備されてない道を…しかも、モンスターの住処を突っ切るルートを取れば、ギリギリだが…間に合うはずだ。…やってくれないか?」
「……冒険者は横の付き合いも大事だって、先輩が言ってたしな。暇なのが俺くらいしかいないってんなら、構わないよ」
「そうか!」

 宿の亭主は喜色を露に身を乗り出した――よほどその同業者に貸しでもあるのだろうか?

「すまんな、感謝する。じゃあ、依頼人を紹介しよう」
「ワン!」
「………えっ?」

 宿の中で聞こえた鳴き声に、浅黒いロンドの肌が見る見るうちに青ざめていく。
 ほどなく亭主が招いた相手は、この世でもっとも彼の嫌う存在だった。

プレゼントと私1

「冒犬者のビルギットだ!よろしく頼んだぞ!」
「どうみても犬。しかも…ぶちゃいく犬」

 さり気なく後退しながら呟いたロンドへ、昂然と言い返す声があった。

「ひどい!失礼しちゃうわ!親父さんはかわいいって言ってくれるもん!」
「しゃ…しゃべったあああああああああ!?」

 実はロンド、以前にかぼちゃ屋敷でしゃべる犬(中身ウィルバー)に出会っているのだが、あれはお化けによる特別な魔法の仕業であった為に、犬が人語を話す現実に動揺しまくりであった。
 可愛らしい小さなブルドッグは、きょとんとした(犬でもそういう顔はある)表情でロンドを見返している。

「しゃべるのが変なの?親父さん、私、変…?」
「冒犬者は喋るものだろう。何言ってるんだ、お前は。…もしかして、犬嫌いか?」
「犬は大嫌い!って、そういう問題じゃ…」
「はうっ」

 ビルギットはショックを受けたのか、さっきまで元気よく揺れていた尻尾が、しょんぼりと動かなくなった。

「お前、本人を前にして大嫌いって…。デリカシーなさすぎだろう」
「なんだろうな、この理不尽さ!」

 ロンドは白髪の頭を抱え、オーバーリアクションで呻いている。
 だがこのままでは話が終わらないと、必死で気を取り直して質問を始めた。
 ちなみに、ビルギットからさり気なく距離を取ることも忘れない。

「依頼について聞かせてくれるか」
「なんでも聞いて!私、何でも答えるよ!」
「あー…そうだな。依頼の詳細を教えてくれ」
「えっとね、隣町のアイリスちゃんのお家に行きたいの。お誕生日までに!」
「1つ質問がある。なぜ危険を冒してまで、誕生日に拘るんだ?」
「だって、誕生日プレゼントは誕生日までに届くはずでしょ?違う?違うの?」
「なんだ、プレゼントを届けに行くのか」

 アンジェよりもあどけない子供を相手にしているようで落ち着かなかったが、説明されたことは納得のいくものであったため、ロンドはゆっくりと頷いた。
 ところが。

「うん!プレゼントになるの!ほら、おリボンだってちゃんとあるんだよ!」

 淡い紫色のシフォンでできたリボンを、すかさず亭主につけて貰い、誇らしげに犬はポーズを取った。

「よーしよし。かわいいぞー!似合ってるぞー!」
「…親父さん…アンタ、親馬鹿つーか犬馬鹿だったのか……」

 宿の亭主にほめられたことが嬉しかったのだろう、ビルギットは尻尾をブンブンと振っている。
 非常に嬉しそうだ……だが、そこで水を差すのがこの男である。

「自分がプレゼント…なのか。おっさん面の犬にリボンは似合わんと思うがな」

 またちょっとショックを受けたらしく、尻尾があからさまに彼女の反応を伝えている。
 犬は嫌いだが悪いことをしたな、と思ったロンドは、それ以上余計な質問をせずに、依頼を行なう前の確認事項を訊ねることにした。
 このビルギットという犬は、アマリアという人間の少女とコンビを組んで仕事をしていたらしいのだが、彼女の実家に贈るプレゼントが金欠で用意できないからと、相棒であるはずのビルギットをプレゼントと偽って送ることにしたらしい。
 これを聞いたロンドは、あまりにもしょうもない理由に、アマリアに対して一言言ってやりたくなったのだが、あいにくとビルギットによれば、彼女は教会に行っていて不在だそうだ。
 道中についてだが、さすがに犬であるためか、目的地までの道順は良く分かっていないそうである。
 ここら辺は、人間であるロンドがしっかりサポートしなければならないということだろう。
 ただ、自前の牙で戦うと意気込んでいるが…正直、近くで戦われるくらいなら、ちょっとくらい傷が増えても独りで戦闘したいと、ロンドは密かに思った。
 断りたくはある。
 よりにもよって、犬嫌いの自分に持ってくる依頼ではないだろう、とは思うのだが、この宿の中で現在暇を持て余してる冒険者の中で、種類も種族も不明のモンスターの巣と化した洞窟を、突破する実力があるのは確かにロンドだけである。
 これ以上ないというくらい苦々しい顔で、目的地に向かうことを宿の亭主に告げた。

「すまんな…。じゃあ、これを渡しておこう」

 地図とか弁当とかだろうか、というロンドの期待は一瞬にして砕かれた。

「これがビルギットのベッド代わりの籠で、これがお気に入りのおもちゃ。後、ご飯はこれで、おやつは…」
「…地図などではなく、犬のお世話セット…!?アンタ、本気でいい加減にしろ!」
「やー、冒険者なんだから、これくらいの荷物どーってことないよな?」
「荷物の重さ的には大したことはないんだが…」
「お前ならビルギット乗せたままでも運べそうだもんな」
「楽勝だけど勘弁してくれ!犬とそんなに接触したくない!」

 すでに鳥肌がうっすら立っている腕を擦りながら、彼は懇願の入り混じった口調で叫んだ。
 亭主はそんな彼の言い分を半分聞き流す。

「ご飯を食べた後は顔の皺など綺麗な布で拭いてやってくれ。後、フンの始末はキチンとだな」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!」
「…そんなに犬が苦手なのか…。だが、受けたからにはやって貰うがな!」
「この…!嵌めやがって!だから、同業者としか書かなかったんだろう!」
「安心しろ、ビルギットは大人しい良い子だ。勝手にどっかに行くことはない」
「……行ってくれていいよもう…」
「それと、ビルギットはワンコだ。体力は人間よりずっと少ない。ペース配分に気をつけてくれ」

 休憩を適宜入れるように、と亭主はアドバイスした。

「…自分から辛いなどとは、決して言わないだろうからな」
「…親父さん…。今までお世話になりました!…行ってきます!!」
「ああ…!達者でな。うおおおおおん!」

 亭主とビルギットは、別れを惜しんでいる。

「…親父、そのツラで泣くの怖い。行ってくる」
「うおおおん、ビルギットのこと、頼んだぞぅ!」

 彼らを見送る宿の亭主の泣き声をBGMに、一人と一匹は山道へのルートをまず辿る事にした。
 もう冬の最中――人の行き交う道の中でも、頻繁に使われているところは一応黒い地面が覗いているものの、そうじゃない道や端っこなどは、真っ白な雪に覆われている。
 下手な吹き溜まりに突っ込んだら、あっという間に埋もれてしまいそうな子犬は、

「この道を行けばアイリスちゃんに会えるのね!私、がんばって歩く!」

と、元気に走っていた。
 何しろ一歩が非常に短いので、ちょこまかちょこまかと四肢が忙しなく動いている。

「ロンド!はやく、はやくー!」

プレゼントと私2

「ったく、キャンキャンうるせぇ。わかったから、もうちょっと離れて歩け」
「ロンド…もしかして、わんこのこと…怖いの?噛まないよ、私」
「怖いんじゃない!やなんだ!」
「きっと昔、悪いわんこに噛まれたりしたのねぇ…」

 しみじみとビルギットが言う。
 それが正解かどうかは、ロンドには分からない。
 彼にも、犬が嫌いな理由はしかと分からないからだ。
 ただ、昔、ロンドが孤児院に来る前――もう本人はほとんど覚えていないのだが――に、恐らく何か犬にまつわるトラブルがあったんだろうと、これは院長が言っていた話である。
 そのため、ロンドはともかく、と言って話を切り替えた。

「まずは1日目だな。山小屋まで辿り着くぞ。真っ直ぐ行けば夕刻までには着くはずだ」
「うん!がんばって歩きます!…あ、その前に1つだけ約束して欲しいの…」
「なんだ?」
「冒険は帰るまでが冒険だから、ちゃんと宿に帰るって約束。それで親父さんになでなでしてもらうの」
「なんじゃ、そりゃ。冒険は遠足じゃないんだぞ。しかも、なでなで…って…。…考えただけでも寒気が…」

 自分が宿の亭主に頭を撫でられている図を想像しかけ、慌てて頭を振って追い出す。
 年齢的にはあり得なくもないのだが……傍から見ると、やはりおかしな姿になるのは誰も否定しようがないだろう。

「なでなでは却下だが、帰還の約束は承知した。…ほれ、行くぞ」
「だめだよぅ、なでなでもセットだよぅ。ロンドは、恥ずかしがり屋さんなのね」
「もう否定するのすらめんどくさい……」

 しばらく黙って、敷かれてから300年以上経っている古い街道を歩く。
 肉球から直に伝わってくる雪の冷たさに、ビルギットはふるりと身を震わせた。

「うー…。やっぱり歩いていると寒いね。足が冷たいわ。ロンドは平気?」
「確かに寒いが…。犬ってのは雪が降れば庭を駆け回ると聞いたぞ。お前は猫みたいだな」
「暑いのより寒い方が好きよ?でも、雪とか踏むと肉球が冷たくなって嫌いなの。すごく嫌な思い出、思い出すし!」
「ほう、それは良いことを聞いた。どれ。雪合戦でもするか」
「動物虐待反対!」
「まぁ、良い。滑らないよう歩くんだぞ」
「はーい!」

 軽口を叩きながら、雪で濡れたぬかるむ地面に注意を払いつつ、ただひたすらに足を動かす。
 そうして、どのくらい経っただろうか――。

「…あ」

 ロンドの横をちょこちょこと一生懸命歩いていたビルギットが、突然ピタリと止まった。
 垂れた小さな耳をちょこんと立てて、しきりに首を動かしている。
 (犬嫌いのため)見慣れない仕草に不審を覚え、ロンドは尋ねてみることにした。

「どうした?」
「女の人の悲鳴、聞こえたの。たぶん、道の横にある森の真ん中くらいだと思う、距離」
「俺には聞こえないが。空耳ではないのか?」
「すごくちっちゃい声だったから、人間には聞こえないと思う。ワンコは耳がいいんだよ」

と答えたビルギットは、悲しげに鼻を鳴らして尻尾を震わせている。

「助けてあげたい、でも…。私の体力じゃあ、あそこまで行ったら山小屋まで辿り着けない…」
「……」
「冒犬者として依頼を優先するべき。…でも困ってる人を…見捨てるなんて…辛いよぅ…。……アマリア……」

 相棒からの大事な依頼を取るか、人と生きる犬としての矜持を取るか、小さな体で懸命に考えて迷っているらしいことは明らかだった。
 ロンドの次のセリフは、非常に短かった。

「おすわり」

 ビルギットは思わず、ちょこんとその場にお尻をつけた。
 ロンドを不思議そうに見上げている様子は、どうして今お座りをさせたのかを問うているらしい。

「その体勢で『まて』だぞ。別行動を取るからな」
「別行動?」
「どのみち、そろそろ休憩を取らなければならなかったからな。お前は休憩を取ってろ」

 スコップを片手に、ぽきぽきと肩を鳴らして両腕を天に伸ばす。
 これから、ちょっとした準備運動が始まるのだから、体はほぐしておかなければならない。

「俺はちょっくら散歩だ。森の中でも探検してくるわ。広い森ではなさそうだしな」
「ロンド!!…でも、気をつけてね。…無理だけはしないでね?」
「ああ、わかってる。俺の留守中に何かあったら、遠吠えするんだぞ。では、行ってくる」
「…うん!ちゃんと『まて』してる!いってらっしゃい!!」

 ビルギットは山のように思われる大柄な少年の方へ、可愛らしいエールを送った――後。
 悲鳴をあげていた女性を救い、山小屋に着いた1人と1匹は、食料を分け合いまったりと休んでいた。
 明日からの道程が本番であることを理解しているビルギットは、間に合うかどうかを非常に気にしている。
 洞窟を抜けるのさえ手間取らなければ、さして困難な道ではないとロンドは考えている。
 じゃっかん少年にとっては悔しいことではあるが、宿の亭主が保証したように、ビルギットは幼い言動とは裏腹に賢く、こちらの言う事に従ってくれるので、そうそう不測の事態は起こらないだろう。

「おい。気力の方は持ちそうか?」
「気力って…がんばるって気持ちだよね?その気持ちだけはいっぱいあるよ!」

 そう宣言すると、ビルギットは籠に頭を突っ込み始めた。

「お、お?どうした?」
「ほら、これみて!読んで!これみてるとがんばってアイリスちゃんに会うんだって思うの!」

 籠から手紙を咥えて差し出してきたブルドッグは、自慢げな顔でロンドを見つめている。

「犬畜生のくせに生意気にもドヤ顔してよ。まったく、しょうがないやつめ…どれどれ」

 それは幼い文字で綴られた、誕生日パーティへの招待状だった。
 教会の神父に教わった、犬用の美味しいスープを作って待っているとある。

プレゼントと私3

 手紙の文章によると、冒険者のアマリアの妹が、これを書いているアイリスということらしい。

「…確かに、自慢したくなるな」

 手紙をじっと見つめながら、短い尻尾をブンブン振っている様子は、彼女にとってこの手紙が元気の出る魔法の品と等しいことを明らかにしている。
 胴体を撫でることこそしなかったが、手紙をそっと籠の奥の方へ戻してやると、もう寝るようにビルギットへ促した。
 良い子の返事をしたビルギットは、そのまま上手く寝た――わけではなかった。
 しばらく籠の中からもぞもぞ動く音がする。

「…ねぇ、ロンド」
「なんだ?はやく寝るべきだぞ、お前」

 持ってきた毛布を小屋にあった藁の上に敷き、マントを上に引っかぶったロンドは、ブーツの紐を緩めて体を横にしようとしているところだった。
 重い音を立てながら体を横たえる。
 上等な寝床とはとても言えないが、もっと酷いところで眠った経験もある。

「…ロンドは…。誰かと会うことが…すごく怖いって思うことある?」
「お前…。もしかして、アイリスちゃんと会うのが怖いのか?」
「うん…。…ほんのちょっぴりだけど」
「なぜ、そんな事を聞いたんだ?お前のキャラではないと思ったんだが」
「……ワンコはね」

 また籠がもぞもぞしている。

「人に比べて生が短いから、自分が置いていく側なんだってこと自覚して行動してるの。…アイリスちゃんと一緒に入れる時間はすごく短いもん」
「ああ…」

 なるほど、と思った。
 寿命の違いというのは、異種族のいる冒険者一行にも、ままある問題である。
 例えば獣人の一部は他よりも短命だったり、エルフやドワーフなどは人よりも長い寿命を持っていることで知られている。
 自分のところにも2人ほどいるが、あまりそこについて考えたことがなかったロンドは、置いていかなければならない者のジレンマというものを初めて感じた。

「…だから、本当は…迷ってる。私が行って、いいのかなって。…置いていかれるのは辛いよ」
「別れが嫌だから、出会わなければ良い。そう、言ってるのか?」
「そんなことないよ。出会いがなければ…物語が始まらないもの」
「…俺にはそう聞こえたがな。俺は仲間といつか別れるとしても、出会えたことに感謝しているよ」

 何しろ、家族同然とは言え、何の血のつながりもない仲間なのである。
 アンジェが成長して恋人を見つけるかもしれないし、テアが寿命で逝くこともあるかもしれない。
 ウィルバーが何処かの村の女性と結婚を決意するかもしれないし、シシリーが出世して冒険者を辞めるかもしれない。
 だが、いつか別れるとしても、それまでの想い出がなくなるわけじゃない。

「…それが答えでは駄目か?」
「……うん。私も感謝してる。アマリアに出会えたこと。ロンドに出会えたこと」

 ありがとう、と真っ直ぐに言われた感謝の言葉が、ロンドの心の中に温かなスープのように広がった。

2016/03/25 13:06 [edit]

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