Fri.

死神と幼き者その1  

 時刻は朝早いとは言えないが、まだ正午までに数時間ほど余裕のあるくらい。
 いつもなら仕事にあぶれた冒険者たちが、宿の亭主の作った食事をかき込みつつたむろしている≪狼の隠れ家≫だが、最近は宿の掲示板に貼られる仕事の数も多く、ほとんどの所属冒険者が出払っていた。
 ぽつり、ぽつりとしか客の居ない中で、この宿の経営者がどっかりと腰を下ろしているのは、人形のように整った顔をした、黒い翼の青年の向かいである。

死神と幼き者

 テーゼンは不審そうな顔で宿の亭主の顔を見つめ返した。

「得体の知れない魔物~?」
「ああ、そうだ。村近くの洞窟に住み着いたことは分かっている。家畜が襲われたり、猟の対象になる動物が食い殺されたりしているらしい。これじゃ、村として生計が立たないそうなんだ」
「それを僕一人で受けろって?魔物の詳細も分からないのに、無茶言うぜ」
「とは言ってもなあ……」

とぼやきながら、宿の亭主は腕組みをした。

「シシリーは新しく天啓を得た法術の修行に夢中だし、アンジェはそっちの手伝いに掛かりきりになってるだろ?剣技の方でも協力してるらしいからな」
「ばあ様とウィルは?」
「テアは編纂中の、今までの冒険の歌についての相談に行ってるし、ウィルバーはあれで顔が広いからな。賢者の搭の関係者に頼られて、呪文書の解析を手伝ってる」
「白髪男は…」
「ロンドならわしの頼んだ別件の依頼に出てもらってる。2~3日くらいですぐ帰ってくるとは思うが、こっちの依頼主たちも急を要してるみたいだからな」
「はーん。じゃ、本当に暇なのは僕だけか……」
「お前さんは翼もついてるし、一人で行ってくるなら随分早く着くだろう。どうだ?」

 やれやれと思いながら渡された貼り紙を見直すと、報酬は銀貨1000枚とある。
 今のテーゼンにとっては、非常に魅力的な数値のように思えた。
 新しい槍の技を習得するのに、パーティに金を出させてしまった負い目もあり、テーゼンは貼り紙にあるリューク村の場所を亭主から詳しく聞き取った。

「受けてくれるのか?」
「面倒だけど、親父の顔も立てておこうと思ってね」
「ありがたい話だ。よしっ、気をつけていって来い。こっちで何かあったら、リューク村の手前にある街まで郵便で知らせを書くからな」
「ヘイヘイ」

 軽口を叩きながら地図を取り出し、リューンから1週間はかかるという聞いたこともない村へ、乗り合い馬車に乗って向かうルートを確かめる。
 勿論、翼がある以上は馬車に乗るつもりはないが、不測の事態ということもありえる。
 地図を広げた卓上に、前金を入れた皮袋が置かれた。
 銀貨200枚が入っている。
 それを懐に入れて、彼は遠い村へと思いを馳せた。

(リューク村……か)

 ……彼がそこに辿り着いた時には、すでに全てが終わっていた。
 村に入る前から、尋常ではない血臭と、それを覆わんばかりの死の香りが漂っていた。
 テーゼンは翼にピリピリした緊張感を感じながら、用心して村の中を歩んでいく。

「死体の山か…来るのが遅すぎたみてえだな」

死神と幼き者1

 臭いがした時から半ば予想していたことではあったが、リューク村の人々は”食われて”いた。
 狩猟を主な産業としている平凡な村の光景は、悪夢のように変わり果てている。
 西方諸国独特の赤い葺き屋根は崩れ、中にいるだろう人間を引きずり出すためか、丈夫な壁も叩き壊されている。
 そんな中を、ポツリポツリと”食べ残し”らしき人間の四肢や頭などが落ちていて、テーゼンはここに他の仲間達が来ていなくて良かったと思っていた。
 この行為を行なった犯人は、もうリューク村から出ているようで、生き物の気配は見られない。
 村の様子からすると、満足しきった怪物は、依頼書にあった村近くの洞窟にでも引っ込んだのだろう。
 死体のひとつに近づき、歯形や特別な痕跡が残っていないかを調べてみる。
 森で過ごす時間の多かったテーゼンは、森の魔獣が縄張りを主張する爪痕や、食べ残しとして落ちていた死体を見ることが多く、それらを判別することに長けていた。
 亡くなった村人たちには、喉元を一息に食われていたり、逃げていかないように足を折ってから引き裂いた痕跡などが見られる。
 牙の具合や口の大きさ、そしてこの常人には及びもつかない怪力から判断すると……。

「……オーガ…いや、このサイズならトロールの仕業だろうな」

 ちっ、と小さな舌打ちが続いた。  
 トロールはオランウータンのようにごつごつした独特の容貌に、岩と同じ色をした肌を持つ巨人族のモンスターである。
 主に荒野に棲息しているはずのそれが、こんな人里にまで出没している理由は分からないが、トロールは巨人族の中でも比較的知力がある方で、巨体と侮れないほど俊敏である。
 そして何よりも……。

(回復が厄介だ)

 彼らトロール族は、驚異的な回復能力を持ち――細胞を再生し、せっかく厚い皮膚を抉って刻んだ傷口をも、時間をかければ塞いでしまうのだ。
 一人で相手取るのは、負けはしないが狩るまで時間がかかるだろう。
 せめて、炎に弱いという弱点をつけばもう少し楽になるのだろうが、あいにくと彼が得た新しい槍の技は、電撃を敵陣へばら撒くものであった。
 ぼやきながら集落の奥へと進んでいくと、だんだん四肢をちゃんと具えた死体が多くなってくる。
 腹を満たしながらも、逃げ惑う彼らを弄ぶのが面白くなって、殺し尽していったのだろうか?

「最悪だな…」

 ふと、黒曜石のような双眸が一点を見つめる。
 眇められた彼の目は、次の瞬間、驚きによって大きく見開かれた。

(あの子供……生きてる!?)

 100メートルはあった距離を、飛行によって一気に詰める。
 音もなく静かに着陸し、そっと小さな体に近づいていく。
 子供の手前には、彼を庇ったらしき村人が肩から腕を引きちぎられており、近くの家の崩壊した壁には、まるで幼児が飽きた玩具を放ったように、夫婦と思われる2人の死体が引っかかっていた。

「……。生き残り、か」

 だが、もう命の灯火は消える寸前であることが、悪魔であるテーゼンにはいやと言うほど分かった。
 冒険者仲間であるアンジェと、年の頃はあまり変わらないだろう。
 面白づくで折られたらしい右腕と左足は妙な方向に折れ曲がり、地面へ力任せに叩きつけられたのだろう、胸骨が飛び出て肺を刺しているようだ。
 少々珍しい苔のような色の瞳は、常であれば生き生きとした光を湛えているのだろうが、今はただ、自分の目前に迫ってきている『死』を感じ取って絶望に満ちていた。

「……死神さん。自分を……殺しに、来たの……?」
「………………」

 ひゅー、ひゅー、と喉を鳴らしながらやっと絞り出した声は、酷く掠れていた。
 己を死神と勘違いするとは――とおかしくなったが、まあ確かに、当たらずといえども遠からずといったところではある。

「殺しに来たのは違いねぇ。ただ、テメェでなくテメェらをこうした魔物をな」

 話しながら、白く優美な手が子供の体に触れて検める。
 傷を薬草や、シシリーの使う【癒身の法】で治そうとしても、もう助からないことがはっきりした。

(けど、この様子ならあるいは――いや、人間がそれを望むとは思えない)

 テーゼンは小さく頭を振る。
 自分では見えないが、もしかしたら沈んだ顔になっているのかもしれない――随分と人間ぽく振る舞うようになったんだな、とやや自嘲気味に思った。
 死に向かっている小さな子供は、必死に言葉を紡ごうとしている。

「……死神、さん……」
「……死神じゃねぇ。僕は魔物退治の依頼を受けた野伏テーゼンだ」

 テーゼンはそっと子供の頭を撫でた。

「少しでも情報が欲しい。テメェをこうしたヤツについて知ってることを、教えてくれ」
「……」

 今のセリフで、テーゼンが魔物を退治するために村で雇った冒険者であったことを推察したようだ。
 何かを必死に訴えるような目になるが、彼の口からは言葉が出てこない。

「……」
「何も覚えていないならそれでいい。後は僕に任せて……ゆっくり、眠れ」

 ぴちゃん、と血の雫が落ちた。
 微かな動きではあったが、子供は首を横に振っている。
 小刻みに震える冷たい手で、そっとテーゼンの白い手を掴んだ。
 白が朱に染まる――。

「――独りで逝くのが、怖いのか?」
「…………」

 違うらしい。首は横に振られた。

死神と幼き者2

「……。――死にたく、ないと」
「……」

 今度の子供の首が振られたのは、縦方向であった。
 人形のように整った美貌を動かさず、冷厳とした口調で子供に告げる。

「……悪ぃがそれは無理だ。テメェの傷は【癒身の法】や傷薬で治せるような、軽いモンじゃねぇ。高度な医療や治癒の奇跡を受けられる街に行くにしても……この村からでは、遠すぎる」

 宿の亭主が連絡に使うと言っていた街は、ここから歩いて2日もかかる。
 テーゼンの翼ならあるいはもっと早く着くかもしれないが、子供の命は今にも尽きようとしていた。
 とてもじゃないが、彼の生命を繋ぎとめられる距離ではないだろう。
 彼は命に関して気休めを言っても仕方ないということを、野伏であるがゆえに嫌と言うほど分かっていた。

「……」
「……死を恐れる理由は?」

 死ぬのが怖い、だけではないように思える。
 テーゼンには、この小さな体の中には、もっと強い未練が潜んでいるように感じられた。

「何も、出来ないまま……。……死にたく、ない……」

 よく見ると、彼の傍には微かに血のついた小刀が落ちている。
 てっきりテーゼンは、彼を庇ったらしい村人がトロールに反撃したのだと思っていたのだが、この様子だと攻撃を行なったのは子供のほうであったらしい。
 だが、しょせんは子供の力で、しかも得物がこんな小さな刃物では、たちまちトロールの傷も持ち前の再生能力で塞がってしまったに違いない。

「……魔物をその手で討ちたい。それが、テメェの心残りか」

 ぱちぱちと瞬かれた苔色の瞳は、肯定の印であった。
 子供の魂を代償に、彼を生きながらえさせトロールを討ち取らせる――とんでもないアイデアが彼の頭を過ぎったのは、その時である。
 悪魔としては何でもないことである。
 トロール自体は、面倒ではあるが自分独りでも退治できる対象なのだから、取引をして人間に力を貸すことで、かの巨人族のモンスターを討つくらいは可能だろう。
 だが、これは旗を掲げる爪に彼が入って以来、まったく示さなかった悪魔としての能力を発動させることであり、

(これを行なったことが知られたら、またパーティを離れることになるんじゃねえかな……)

としばし考えた。
 子供の命は今にも尽きようとしている。
 あの怪物を討つ――その未練に引きずられてしまえば、下手をすると、この子供の魂が現世に迷うかもしれない。
 それくらいなら、いっそ。
 今、自分だけがここにいる巡り合わせは、そういうことなのではないか?

「その願い。叶えてやれなくもねぇ」

 我ながら悪魔のような声だ――と思い、つい笑ってしまった。

「フフッ、僕は魔族だ。定命の者……つまり人間に力を貸すことが出来る。……その代償に、僕はテメェの魂を貰うことになる。両親と同じ場所には逝けん」
「…………」
「心残りを晴らせたとしても、その後に待ってるのは……死より残酷な日々だ」

 どうする?と訊ねてみた。
 選択権は、あくまでこの子供自身にしかない。
 子供の目の焦点がだんだんぼやけているのは、もう本当に視界が霞んでしまっているからだろう。
 猶予がないのは明らかだったが、果たして子供は頷いた。

「……分かったぜ。少し痛いかもしれんが、我慢してくれよ」
「……――」

 テーゼンは魔の者としての能力を解放し、人の魂を担保に”契約”を行なった。
 子供の小さな体が震え、黒と紫のオーラに覆われていく。
 たぶん、これはかなり辛い衝撃だろうな、と他人事のように思った。
 ――数時間後、近くにある洞窟に潜んでいたトロールを、あの小刀で何度も貫いて絶命させた子供――”契約”の際に確認したが、ルヴァというらしい――へ、テーゼンは訊ねてみた。

死神と幼き者3

「――満ち足りたか?」
「……」

 虚脱したような笑い顔で、ルヴァは首肯した。
 その後、2人で村中の死体をかき集め、墓地を作った。
 墓標は木の枝を組んだ十字という簡素極まりないものだが、それでもないよりはマシだろう。

「……父さん、母さん。……みんな……」
「……別れは済んだか?」
「あの……」
「これからの予定か?」

 テーゼンが確かめると、ルヴァはこくりと頷いた。

「そうだな……ここから南にあるラーデックまでいったん移動する。宿から何か伝言が届いていないか、確認を入れておくからな。そこで何もなければ、真っ直ぐリューンに帰るさ」

死神と幼き者4

「……自分も一緒に?」
「勿論。テメェは僕の所有物なんだぜ」

(一時の欲望に身を委ね、魔族に魂を売った人間――)

「そういう奴が辿る末路を、これから教えてやるからな?」
「……。分かった、覚悟する!」
「何でそんな元気なんだよ」

 ルヴァに応じつつ、テーゼンは己の身を死神と変わらないな、と自嘲した。
 目の前にいる子供の人としての生を終わらせ、これから地獄へ導かんとするのだから。
 そして――どうやれば、テアの魂を地獄へ連れて行くかということも分かった今、間違いなく彼はあの醜いが温かい心を持った老婆を、亡き夫と同じ場所へと送り込めるだろう。
 暗い結末を思いながら、夜が明ける前にと、黒い翼の青年と幼き魂は街道を南へ下っていく――。

※収入:報酬200sp、虜囚の末路(召喚獣:魂)→テーゼン所有
※支出:
※ほしみ様作、死神と幼き者クリア!
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■後書きまたは言い訳
24回目のお仕事は、ほしみさんの100KB祭り用のシナリオで死神と幼き者でした。
ちょっと特殊な作品で…読み物シナリオなんですが、持っている種族や職業のクーポン次第で、一人用トロール退治が今回のシナリオのように違う展開となります。
リプレイよりも前に、某死霊術師の女の子使ってプレイした時なんて、めちゃくちゃストーリーにキャラクターが嵌まってくれて、こっちのテンションが一日中上がりっぱなしでしたひゃっほう。
テーゼンが悪魔だったのでルヴァが召喚獣となっておりますが、クーポン次第では連れ込みNPCとなり得ますので、この幼くも勇気あるNPCが気に入った方は、是非連れ込みにチャレンジしてみてください。
水底の棺(春野りこ様)の辺りでは、どうやって地獄に魂連れて行くのかまだやり方が分からなかったテーゼンでしたが、このシナリオにおいてばっちりやり方を習得致しました。こうなってくると、地獄まで待ったなしじゃないかという気もするんですが、さすがに寿命尽きた後に行くことになってますので、まだテア婆ちゃんは無事です。一応。
……でも、シシリーといいテーゼンといい、結構ダークな面が前に出てきちゃってるんだけど、大丈夫なんだろうかこの人たち。
なお、シナリオはクロスオーバーしてなかったんですが、前回の魔術師(なろ様)において別件の仕事がこのリプレイに当たりますので、テーゼンは宗教都市ラーデックの猫の額亭で伝言を受け取った後、あの村に向かうことになります。
ラーデックってどこ?というプレイヤーさん(まずいないと思うけど)は、教会の妖姫(Askの斎藤洋様)をプレイされるとお分かり頂けるかと。
次回はこれと同じ時間軸やっていたロンドの冒険を…。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/03/25 13:02 [edit]

category: 死神と幼き者

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