Tue.

魔術師その2  

 テーゼンに連れられやってきた場所には、みずぼらしい小さな小屋がひとつあるのみだった。
 アンジェが腕を組んで仲間に問いかける。
「邪悪な魔術師の拠点にしては、随分とチンケじゃない?」
「そう思うかい?…油断はしないほうがいいぜ」

 彼の言葉に、ざっと辺りを見回してからシシリーは確認をした。

「テーゼン、魔術師の拠点は一部調査済みと言ったわね」
「おう」
「あの扉も解錠済みかしら?」
「済んでるぜ。けど僕の侵入が奴に全く気づかれていないかどうか。この保障がねえ。扉を再施錠された可能性もある。調査は怠らない方が良いと思うがね」

 実に的確な彼の意見に首肯すると、シシリーはアンジェに調査を任せた。

「小屋以外は特に何もないけど、雰囲気が物々しいよ。すごく妙」
「魔力感知を行ないたいところですが…困ったことに、場に働く魔法ではないようで……ピンポイントで感知をしないと分からないのであれば、今回は役に立てませんね」

 眉毛を八の字に動かして困惑した表情になったウィルバーの言に、これは一筋縄ではいかなそうだと仲間たちの気が引き締まる。
 念のため、罠や鍵の有無を確認していたアンジェからゴーサインが出て、旗を掲げる爪は小屋の中へと侵入した。

「……!」

 金髪の少女は、目の前に広がる光景に思わず声を失った。
 小屋の中とは異なる、ただっぴろく粛々とした空間がどこまでも広がっていたのだ。

魔術師3

「言っただろ。油断はしない方が良い、ってよ」

 テーゼンは空間の奥を見据えて小さく呟く……戦いに赴く時の顔つきに変わっていた。
 廊下の端に落ちていた銀貨5枚を見つけ、ベルトポーチに仕舞いこんだアンジェは、続いて廊下の左側にあった木の扉を調べ始めた。

「罠がある。毒針が仕掛けてあるよ……よし、外れた」

 靴底に隠していた針金や蝋の欠片で、しばらくノブを弄っていた彼女から声が上がる。
 ロンドが念のため前に立って進むと、そこから流れてきた埃で彼がクシャミした。

「くっしゅ!な、なんだぁ?」
「ここって……書庫じゃないかしら?」

 古い本に独特の香りが漂っている。
 壁一面を覆い尽くすかのような数の本棚に、ぎちぎちに本が入れられている。
 邪悪な魔術師の所有する書物と分かっていても、思わずウィルバーの目が輝いていた。
 迷宮の魔神に関わることになった事件で、どえらい魔法の本を持ち帰り、シシリーにかなりの心配をかけたのだが、まだ懲りないらしい。
 一度、この部屋を訪れているテーゼンが、すっと白く優美な手を伸ばした。

「魔術師の日誌がある棚は一番右だ。あれだぜ」
「さっそく調べてみましょう、どれどれ……」
「懲りないな、アンタも…。それ以外はよく調べてない。何か見つかるかもしれねえぞ」

 その言葉から、本棚の書物そのものより、アンジェが部屋の中に何らかの罠が張られていないかを警戒していたのだが、不意に「む」と声を出す。

「どうしたの?」
「……ここ」

 彼女が拾い上げたのは、埃まみれになってはいたが、確かに傷薬であった。
 シシリーが調べてみたところ、まだ使用における期限は切れていないように思われる。
 荷物袋へと大事にそれを仕舞いこんだ。
 さらに彼女は本棚の本の背表紙をしばらく眺めていたが、うち一冊を手に取ると、

「なんとなく売れそうな本を見繕ってみたよ」

とそれも荷物袋へと入れ始めた。

 一方、端の日誌に手をつけているウィルバーが、

「……おやまあ、随分といい性格をしてますねえ…」

と独り言を言っている。
 日誌の主である敵の魔術師は、思ったよりもどぎつい性格をしているらしい。
 田舎の土地に転移先を作ったとあり、これは恐らく何らかの勢力から彼が逃げ出したことを示している。

「テーゼンが読んだのはこの8の月の9日の部分ですか?」
「そう、そこ。クソだろ?」
「『死んだおっさんのあの顔、クッソ面白かった。もっかい見たいし、練習も兼ねて明日も殺ってみる』ですか…ろくな奴ではありませんね。分かっていた事実ですが……11日の記述に、『早く術の再構築を終わらせてこんなところとオサラバしたい』とあります。逃げる体勢を整えているようですよ」

 ふとアンジェが、途中までページを捲っていたウィルバーの手を止めた。

「この日誌の空白のページ。ここだけ紙質が違ってる…魔法の仕掛けなら、解除したら何か分かるかもしれないね」
「おや、そうかえ?おちびちゃんがそういうのなら…」

 テアの皺の寄った指が、変わった旋律を奏でる。
 彼女が滔々と歌い始めたのは、水の都・アクエリアで習得した【破魔の歌】であった。
 この歌の聞こえる範囲にいるものは、敵味方の区別なく、全て魔法を解除される。
 はたして、

魔術師4

「空白のページに文字が…!」

というアンジェの指摘のように、恐ろしく凝った飾り文字にしか見えない文章が浮かび上がってきた。

「隠蔽魔法がかかってたんじゃの。なんて書いてあるんじゃ?」
「待ってくれや、今読むぜ」

 魔力の篭ったその文章を、傍らに立ったテーゼンがすらすらと読み上げる。

「ええっと…『今日もさっくり三人殺してやった。やっぱ僕って天才かもしれない』?ハッ、救いようのない馬鹿の間違いだろ」
「おい。黒蝙蝠、それしか書いてないのか?」
「そんなわけねえだろ、今続きを読むさ。『賢者の搭連中は、このグェス・ゲェス様を追い出したことを後悔するだろうな!』」
「グェス・ゲェス!」

 ぎょっとした顔になったウィルバーを皆が見つめた。
 魔術師は≪万象の司≫をこれでもかというほど握り締め、難しい顔になっている。

「賢者の搭から、自分の資料を強奪して逃げた手配犯です。詳しいことは知らないのですが…確か、小額ながら賞金がかかっていたように思います」
「ねえ、これってそのアホの本名なの?」
「そのはずです。隠蔽魔法で隠しているのは、うっかりインクで書いてしまった本名を他者に読まれないようにするためでしょう。この用紙は、わずかな魔力で隠蔽魔法が発動する素材なんです」
「魔術師の本名が分かったなら、奴の魔術は無効化できるんじゃろ?対峙する際に役立つじゃろうて」

 書庫にはもう目ぼしい書物はないように思ったため、冒険者たちは部屋を出て通路を奥へと進んでいくことにした。
 30メートルほど歩いただろうか、ふと見やればテーゼンが眉間に皺を寄せて正面を睨んでいる。
 気になったシシリーは彼に尋ねた。

「どうしたの?」
「……」

 テーゼンは無言で床を指差した…人骨らしきものが転がっている。

「罠があるかもしれねえ。この通路はよく調査した方が良いぞ」
「ええ…そうしてもらうわ」

 ひとつ頷いたシシリーは、すでに辺りを調査し始めているアンジェを見つめている。

「全員その場で止まって!この先…あそこ」

 彼女の短い指に示されているのは、一本のロープであった。
 わざわざ黒っぽい色に塗られており、闇に紛れるようになっている…恐らくこれがテーゼンの警戒していた罠だろう。
 アンジェはブーツの隠し場所から短剣を抜くと、切れ味のいい刃でロープの一部を切り取り、それを弛まないよう気をつけながら別の場所へと結んで無効化した。

「よし、これで大丈夫。先に進めるよ」

 盗賊からそんな保障をしてもらったはずなのに、進むごとに少しずつ空気が重たくなってくる。
 魔術師に近づいているのだろう。

「ここから先は僕も調べてねえ。慎重に行こうや」

 テーゼンは全員にそう声をかけた。

2016/03/22 12:57 [edit]

category: 魔術師

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