Mon.

えんまの領域その1  

 まだ少しぎこちない雰囲気が漂ってはいたが、それはやっと旗を掲げる爪として活動できるようになった彼らにとっての再出発だった。
 鉱山に住み着いた怪物の討伐依頼……手ごろな報酬と、自分たちのチームワークの再確認について、一番最適な依頼と思われるものをウィルバーが探し出してきた。

えんま
「私たちはあまり、遺跡探索はしたことがありませんからね…。精々、あの六角沼の祭壇があった所をちょっと探ったぐらいですし。こういった、手慣れた依頼から始めるのが良いのではと思います」

 魔術師のもっともらしい説明に、他の一同が頷く。
 彼らの集うテーブルにハーブティを運んできた宿の亭主は、

「その貼り紙に興味があるのか?」

と問いながら、近くの席から椅子を運んできて、自分も腰を下ろした。

「ええ、詳しく教えてもらえるかしら?」
「そいつはリューン北部の鉱山町からの依頼だな。なんでも、鉱山に化け物が住み着いたらしく、仕事に支障が出ているらしい」
「化け物?」

 スコップを椅子の背に立てかけた少年が、居心地悪そうに身じろぎする。

「依頼書のとおりだ。大方、オークの集団か何かだろうよ」
「オークの巣穴、か…」

えんま1

 老婆はそう呟くと、調律し直した竪琴を膝に抱えた。
 何しろ、湖に沈んでいったシシリーを助けるために自分も飛び込まざるを得なかったので、湿気が大敵の楽器まで一緒に濡らしてしまったのである。
 木製の枠組みは幸いにしてどうにか無事だったのだが、弦の調律部分がどうにも緩んでしまい、今まで楽器修復の職人に託していた。
 そんなわけで、修復はどうにか叶い、今日やっと届けられたのであった。
 しばらく触れていなかった楽器で、どこまでのことが出来るのか――やや心許ない顔になったテアへ、

「…まあ、今のお前たちならさほど難しい依頼でもないだろうさ」

と亭主は元気付けた。
 一番現実的なホビットの娘が報酬を確認すると、銀貨800枚と返事が返ってくる。

「それは分かってるよ。追加報酬はないの?」
「ないな。出来る限り迅速にってのが先方からのお達しで…ま、洞窟にもし鉱山と関係のないもんがあれば、それはお前たちが貰ってしまって構わないとは言われている」
「うーん、そっか。姉ちゃん、どうする?」
「……受けましょう。オークは臭いけれど」

 付け加えられた一言に、皆が苦笑する。
 オークは下級の鬼族に分類されており、人間の成人男性ほどの体格を持つ、醜い豚面をした怪物だ。
 不器用で動きも鈍く、頭も悪い。
 だがその生命力と腕力は体格に比べて驚くほど強く、自制心の利かない性質と相まって、非常に厄介なモンスターとして一般人に恐れられている。
 それ以上に恐ろしいのが、悪臭で――汗腺に何か特有のものでもあるのか、彼ら自体が非常に臭いのだ。
 本当の豚は清潔好きで、しょっちゅう泥で体に虫がたからないよう洗う習慣があるのに、彼らオークに水で体臭を消す、という考えはまったくない。
 当然ながら、彼らの住み着くような場所は、そういったオークの体臭が篭ることになる。
 ややげんなりした顔になったパーティへ、亭主もからかうように、帰って来たら宿に入る前に装備を洗えよと告げた。
 リューン北部の鉱山――。
 主に鉄鉱石や僅かな銀が取れるということで、それなりに大きなものであるのだが、銀が初めて取れたために人が集まってきていた当時の華やかさはない。
 あまりそちらに向かう旅人も少ないようで、すれ違う者たちは、ロバに荷を積んだ行商人や巡礼の旅をしている小集団ばかりであった。
 数時間ほど歩き続けると、やがて聳え立つ岩だらけの山が見えてくる。

「ここが件の鉱山じゃな」
「妖魔の住み着いた坑道ってのは、この辺りのはずだが…」

 悪魔の青年が辺りを見回すと、さっそくそれらしき入り口と――見張りを発見した。

「このままでは中に入れないね…どうする?」

 アンジェの言葉にテアは竪琴を構えた。
 やや緊張した面持ちで弦の具合を確かめると、やっと得心がいったように最初の一弦をかき鳴らす。
 これまでにも何度か奏でてきた、【まどろみの花】の旋律である。
 柔らかな懐旧の念を揺り起こす音の連なりに、

「…ブ、ヒィ?」

と微かに訝しげな鳴き声をあげてオークが眠りについた。

「眠ったみたいだね」

 アンジェがブーツの隠し場所からダガーを引き出すと、そのまま≪早足の靴≫の能力を借りて音もなく忍び寄り、眠っているオークへ止めを刺した。
 ランプさんとフォウは、パーティがこれから坑道に入るのにランタンを取り出す必要もないくらい、辺りを明るく照らしてくれている。

「そろそろ、このフォウにも、名前をつけた方がいいんじゃないかのう」
「あ、そうね。……この依頼が終わったら、じっくり考えてみるわ」

 ふよふよと漂うランプさんに寄り添うように、羽根を発光させながら飛んでいる光精の鳥を眺めながらシシリーが首肯した。
 さて、光度の問題もなく旗を掲げる爪が坑道に足を踏み入れると――。

「…ッ!凄まじい悪臭ですね」

 ある程度は覚悟していたのだが、それを上回るような匂いがどっと嗅覚に押し寄せてくる。

「この獣臭さ…間違いない。相当数のオークがいるわね」
「まあ、オークというのは環境適応力が高く、集団生活をする傾向があるわけですが……」

 たまに体格と腕力に一際秀でたオークなどは”王”と呼ばれ、生半な冒険者たちですら相手にするのが難しくなるような強さを持っている。
 そういう種がいる可能性もあると、長広舌を振るおうとしたウィルバーだったが、ひらりと白い優雅な手が奥を指し示す。

「さっさと済ませて帰るぞ、気が滅入っちまう前にな」

 テーゼンの麗貌がやや強張っているのは、あまり息を吸いたくないからだろう。
 ウィルバーとテーゼン以外の面子は、そのもっともなセリフに首を縦に振り、前へと歩き始めた。
 しばらくは岩に囲まれた一本道が続いたが、途中でT字路に変わる辺りで、前方の気配を窺っていたアンジェが警戒の声をあげる。

「みんな、気をつけて!バットの群れだよ!」
「おや?……これはただの蝙蝠じゃないですね……」

 ウィルバーはこちらへ向かってくる蝙蝠の種類を、吸血バットだと看破した。
 通常の蝙蝠は病気を持っている可能性があるため、やはり攻撃を受けるのは避けたほうが良いのだが、この種の蝙蝠は病気を持つ可能性と共に、相手の血を吸って体力を回復させる、まさに吸血鬼のような一面がある。

えんま2

 それでも魔法や、魔法的な効果のもたらす状態変化に弱いことは一緒だったので、再びテアが【まどろみの歌】を準備した。 
 ぱたぱたと、面白いように眠りに落ちていく蝙蝠の最後の一匹をアンジェが短剣で刺し殺すと、パーティ側の怪我は途中でシシリーが受けた軽傷だけであることが分かった。

「治すほどのものではないわ。病気を移されている様子もないと思う」

 彼女の言葉にテーゼンが傷口を覗き込み、その推測が当たっている事を確かめる。
 傷口に触れられた直後はさすがに体を強張らせたものの、テーゼンがそれを気にする様子もなく離れたことに、少女は安堵の息を漏らした。

「よし、先に進もうかの」

 老婆の言葉に一同が頷く。
 T字路の向かって右側の通路を選択したが、そちらは幾度かの曲がり角の挙句に行き止まりであった。
 ただ、

「…ん?これは……」

とアンジェが屈みこんで、岩の合間から何かを採取している。
 彼女がほら、と仲間たちに見せたのは、一般的な薬草として出回っているヒヨス草とはまた別の種の、本来は森林や草原に生息する植物の葉っぱであった。
 微笑ながら体力を回復するほか、中毒症状を緩和させたりする便利なものなのだが、その一方で依存性があることもでも知られているので、多用には危険が伴うため、普通の市場で販売することはない。
 それが三束ほど、こんな鉱山の奥に生えていたのは、

「たぶん変異種で、ここらの地熱によって育ったんだろう。種がここに住み着いたオークの体にくっついていたのじゃないか?」

というテーゼンの推測である。
 何れにしろ珍しいものなので、応急処置でよく薬草を使う彼に預かってもらった。
 先ほどのT字路に戻り、反対側の道を行くことにする。
 辺りの岩の壁に、鉱山の人たちが補強したらしい丸太の連なりが増えている。
 それらが崩れたりしないかを確認していた一行だったが、スッと先行していたアンジェが腕を地面と平行に上げた。
 止まれ、というサインである。
 その場に音もなく這いずり、耳をごつごつした地面に当てる。
 やがて仲間たちの下へ戻ってきた彼女は、重大な情報を告げた。

「この先に複数の気配を感じるよ。どうやらオークが何匹がいるみたいだ」
「戦闘は避けられそうにありませんね…。テアさん」
「うむ」

 魔術師の促しに応じて、テアも楽器を抱える。
 こちらの詠唱や歌が届かない位置まで移動し、味方へ支援をかける。
 ウィルバーはさらにアンジェへ魔力による白い翼をもたらし、自分は【理矢の法】による魔法の矢を準備した。
 リーダーの号令がかかる。

「いいわね…いくわよっ」

 一気にアンジェが鳴き声を聞き取った地点まで駆ける。
 暗い坑道の中、自分の役割を察しているフォウが冒険者たちよりも先に飛び、三匹のオークを照らし出した。

「ブゥ…?ぶ、ブヒィ!!」
「ブゥぶぶ、ヴ、ブヒィ!!

 急に明るくなった自分の頭上を指し、何かを言っているが、オークの言葉が分かるメンバーはこの中にいない。

えんま3

「何言ってるのかさっぱりわかんないってー!」

 アンジェが短剣を逆手に持ったまま、【影の一刺し】の体勢になって応じる。
 口調はふざけていたものの、一切の手加減なしで彼らは敵へと襲い掛かった――結果、一分とかからずにオークたちを駆逐した。

「……」
「どうしたの、ウィルバー?」
「いや…入り口の個体もそうでしたが、この群れのオークは普通より丈夫な気がします」
「……そう?」

 シシリーは小首を傾げた。
 何しろ、あっという間に退治してしまったのでその実感はなかったのだ。
 だが、通常であればテアの【活力の歌】を受けたロンドの攻撃で、ただのオークがすぐに倒れなかったことをウィルバーの慧眼は見抜いていた。

「良くない兆候です、経験上。一応、警戒しておきましょう」

 この年長者はとにかく慎重で、狡猾と言うよりは用心深いたちである。
 彼の言うことなら気を配っておくべきだろうと、シシリーは他のものにも注意を促した。
 隊列を整えなおして進むと、やがて十字路へと行き着いた。

「……!東の方からは妙な音が聞こえるぞ。これは…いびき、か?」

 壁に耳を当てて報告してきたテーゼンとは別に、ウィルバーは目を細めて、竜の牙から作られている焦点具に微細な魔力を感じ取った。
 腰のベルトに括りつけているそれを取り、掌に乗せてどこからその魔力を感知したのか確認する。

「北からは魔力の流れを感じます」
「どういうことだ、ウィルバーさん?」
「…分かりません。自然の魔力、ということも考えられますが、魔力を持つ強力な個体がいて、そいつがオークたちを従えている可能性も否定し切れません」
「さっき言ってたオークロードより強いか?」
「ワクワクしてますね、あなた……ええ、強いですよ」
「そっか」

 ニヤリと笑いを刻んだロンドの顔は、どうみても血に飢えた狼のような笑みであり、

(犬が嫌いなくせに、狼に似てる顔ってどういうことでしょうね…)

とウィルバーはひとつ息を吐いた。
 そんな中、黙って他の人の話を聞いていたアンジェが、ちらちらと西側を気にしているように見える。
 テアが訊ねると、金目の物の気配がすると言い出した。
 
「気のせいかな…。西の方から金運を感じるんだ」
「なんじゃそれは…どの道へ進もうかのう?」

 後半はシシリーへの呼びかけである。
 剣を片手に引っさげた体勢のまま、彼女は考え込んでいたが…。

「東へ。まずはそっちを対処しましょう」

 リーダーの決断に従い、彼らはテーゼンがいびきを聞き取った場所へと足音を殺して近づいた。

「こいつは…オーガ!!?」
「しっ、アンジェ」

 ロンドが素早く彼女の口を押さえる。

「何故こんなところに…」

 首を捻る戦士の横で、魔術師が呆れたように呟いた。

「眠って…いるんですかね?それにしても凄まじいいびきです。ホブゴブリンの比じゃありませんね」

 この6人で組んで最初に行なった冒険を懐かしく思い出しつつ、彼は首を横に振った。
 オーガは一般的に食人鬼と呼ばれる、上位の鬼族である。
 その呼び名の通り、人の肉を好んで食するという、人間にとって極めて危険で狂暴な怪物だ。
 ウィルバーの知る限り、オーガは主に森林や荒野に単体で棲息しており、集団で行動する事は少ないと聞いているのだが……それがどうして下級の同族であるオークと同じ鉱山にいるのか、彼の先ほど覚えた不安の影は、いっそう濃くなった。
 とにかくも対処しなければならないので、高いオーガの生命力を一度で確実に削る為に、全員が示し合わせて止めを刺すことにする。
 しかし。

「しまった!浅いかッ…!!!」

というウィルバーの舌打ちをかき消すかのように、痛みで目を覚ましたオーガが吠える。

「Graaaaaaa!!」

 人には到底発音し得ない音が、彼らをびりびりと揺さぶる。
 それでもその左足が、頼りなく地面を踏もうと足掻いているのに気づいて、シシリーは発破をかけた。

「先ほどの攻撃が効いているみたい!一気に畳み掛けるわよ!」

 すかさず行き当たりの高い天井をすり抜けるように飛んだテーゼンが、【龍牙】の技術を持って穂先に気の力を集め、脳天を狙って突き出す。
 彼の動きとほぼ同時に、前に出たロンドが、思い切り腰をスイングさせてスコップを振りかぶった。
 2人の攻撃は、普段の仲の悪さは何なのかと思うほどの協調性を持って、あれほど警戒した食人鬼を絶命させた。

「――フゥ…」

 テアが喉もとの冷や汗を拭う。

「オークとオーガが共生…普通ならまず考えられない状況ですね」
「どういうこと?」
「大きなダンジョンならともかく、この狭い坑道にオークとオーガが共生している。オークは彼の餌になることもあるのに、ですよ。この状況は、ある種の異常と言っていいでしょう」

 リーダー役の少女の疑問に答えたウィルバーが、辺りを厳しい表情で見渡した。

「何かいますよ、この坑道。常識の埒外のモノが…」

 彼の忠告を胸に、旗を掲げる爪は探索を再開する。
 オーガがいたのと反対側の道では、木製のチェストに入っていた豚のぬいぐるみを発見した。
 さすがにもうぬいぐるみに喜ぶ年齢でもないので、シシリーもアンジェも微妙な顔つきになったが、これが鉱山とは関係なさそうなのは確かである。
 一応貰っていこうかと、荷物袋の下の方に収める。
 ついに、ウィルバーが魔力の流れを感知したという最後の道へ、パーティは進み始めた。

2016/03/21 12:44 [edit]

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