Sat.

水底の棺その1  

 悲しい出会いの結果、リューンから逃げた。
 どこへ行こうという当てもないまま辿り着いた小さな村は、ひっそりとした森の奥にあり、静かな時間がただ流れていた。
 何気なく散策に出ると、村のそばには湖があった。
水底の棺
 水の透き通った、美しい湖。

「ふう……」

 芋虫男との別れ以来、ろくに食事も摂っていない。
 けだるい身体を大木の根元に下ろして、一息ついた。
 辺りを見回すと、静かな湖の畔には少女が一人立っている。
 少女は湖へ、優しく手を伸ばした。
 その手から、ゆっくりと、ゆっくりと。
 何かが、水の底へと、沈んでゆく。
 やがて、それは、見えなくなっていった。
 身体を起こすのは大儀だったが、持ち前の好奇心がつい刺激されて、シシリーはその子供へと声をかけてみた。

「今、何を沈めたんですか?」
「……ピッピ」
「ピッピ……?」
「そう、ピッピ。わたしの飼っていた鳥よ。病気で死んじゃったの」

 シシリーは身体を強張らせた。
 鳥――羽の生えた――死んでしまった――そのまだ傷口の乾かない場所に、塩のように注ぎ込まれるキーワード。
 夜風が吹いて、さらりと女の子の金髪が流れる。
 彼女は年上の少女の緊張をどう感じたのか、安心させるような口調で言った。

水底の棺1

「……あなたは、冒険者さん?だいじょうぶ、わたしはまだこっちへは行かないから」

 こっち、と言いながら少女は湖の底を指す。
 自分が飛び込むのでは、とシシリーが心配したと判断したようだ。

「こっち、とは?湖の底のことですか?」
「冒険者さんは、何も知らないのね。この湖は、お墓なのよ。この村の、皆のお墓」
「……」
「死んだ人をこの湖の底に沈めると、天国に行ける、って言われてるの」
「……村の慣習、といったところか。だからあなたはここにピッピを沈めたんですね」
「そう、ピッピには、天国にいてほしいから。最後、とっても苦しそうだったから」
「ああ――」

 そう、シシリーが最後に見た彼も苦しそうだった。
 恐れにより封じ込めていた記憶を思い出し、自我を保つことも出来なくなって――だが、シシリーは彼に天国に行って欲しかった。
 天の国に迎えられていない事を知ったのは、リューンを出奔したあの日の朝であった。
 目の前の冒険者の心中を知らず、女の子は静かに会話を続ける。

「せめて、天国では安らかに、って。でも、冒険者さんにとってはおかしなことなのかしら?」
「そうですね……私たちの住む地ではあまり見かけない弔い方、ですね」
「そうなんだ……。でも、この村ではこれが普通なの。みんな、こうして天国へ行くのよ」

 短い指が湖面を撫でる。

「きっと、私も死んだら、この湖に沈められて天国に行くんだと思うわ。ずっとずっと先、おばあちゃんになって、いろんな人に見送られながら」
「…………」
「それじゃあ、私、帰るわ。お母さんが心配してるから」
「ええ、お気をつけて」

 女の子は夜の森の中とも思えぬ速度で、素早く去っていった。
 どこにでもある、その地独特の葬儀のひとつ。
 この村では、これが当たり前のことなのだろう。
 ただ、それだけだ。

水底の棺2

 でも、この湖の底は――本当に、天国へ続いているのだろうか。
 続いているのだとしたら――。

(私が殺した、救いを求めていた芋虫男も、いる?)

 夢で会おうと言われたけれど、交易都市を発ってからろくに眠ってもいないので、夢すら見ていなかったシシリーである。
 健全なはずの判断力は鈍り、テーゼンへの苦悶と芋虫男への罪悪感に引きずられ、正常な思考は常に遮られていると言って良かった。

「…………」

 ゆっくりと、ゆっくりと、湖へと潜ってみる。
 美しい、透き通った水の色。
 ふかく、ふかく。
 森が暗いからであろう、すぐに光はそれほど届かなくなる。
 目を凝らして、水底を見つめる。
 そこに、天国はあるのか、と……大方、予想通りだ。
 水の底には、死体が折り重なっている。
 いくつもの死体。
 それはどれも無残なかたちを成していた。
 水死体。
 それは、あまりいい姿をしているものではないし――この湖には魚も多く住んでいる。

(天国とは、魚の餌になること、なのかしら)

 そんなことを考えた自分を、一瞬嘲るように笑った。
 ――その瞬間。

(――!!!)

 何かに捻られたような感覚に違和感を覚える。
 足が、攣った。
 このままでは、ほぼ間違いなく――水死体の仲間入りだ。

(死霊か何かの仕業――!?)

 その時、絶対にいつものシシリーであれば浮かばない考えが浮かんでしまった。

(――ああ、このまま水底の棺に沈むのも、それはそれで良いかもしれないわ――それで天国に行けるなら)

 確かに、死体は積み上がっている。
 でも、魂は天国へ行けるかもしれない……行って、彼と再会できるのかもしれない。
 それなら、それで良いのではないか。

『お馬鹿さん。俺はそんなところには居ないよ』

 耳元で、あの声が聞こえた気がした。

(あ――そうだ、彼は『天使か、天使じゃないかなんて、そんなもの人に決められたくない』って言って…そんな人が水底にいるわけない!それなら、私がここで、死ぬわけには……!!)

 必死に、攣った足をばたつかせ、上へと浮かぼうとする。
 足の痛みに、顔が引きつる。
 ――その時、水に何かが飛び込んだ音がした。

(……!!?)

 潜ってくる姿に、見覚えがある。
 そう、それは、確かに――テアだ。

(どうして、ここに――)

 考えているうちに体を引き寄せられ、水面へと浮かんでゆく。
 水底の棺は、遠ざかってゆく――それに、何故か安堵を覚えた。

「……全く……!!見かけたと思ったら、いきなり湖に飛び込んだきり上がらんで……!」

水底の棺3

 老婆は肩で息をしていた。
 いかに彼女が泳ぐことが得意で、水の浮力に助けられたのだとしても、ひと一人を岸へと連れて泳ぎ切るのは難儀であったのだろう。

「焦って飛び込んでみれば、案の定これじゃ……!一体何をしておったんじゃ!」
「……水底の、棺が。本当に、天国へと繋がっているのかと思って。見に、行ったの」
「……この村にとってはここが墓、なんじゃったか」

 地方の風習に詳しいテアが、しばし考えたのちに応えた。

「なら、少し考えれば分かるじゃろ。ここは死霊の溜まり場。どんなものに引きずられても、不思議ではない」

 そしてシシリーの前髪をそっとかき分ける。

「はー、無事でよかった」

 ため息を漏らしながら、テアはぐったりとその場にうな垂れた。

「……、……ごめんなさい」
「……その詫びは、今のことに対してか?今までに対してか?」
「……ごめん、なさい」

 ただ詫びることしかしなかったが、テアには伝わった――この謝罪は後者に対してであろうことが。
 ぜいぜいという苦しげな喉の音が治まった後、ポツリとシシリーが訊ねた。

「……テアはどうして、彼と取引したの?一体何が欲しかったの?」
「欲しかった、というよりは……」

 老婆は小首を傾げてから答える。

「わしの身の上をちょっと話そうか。わしは若い頃、ちょっとした吟遊詩人だった。ご面相は今ほど醜くはなく、歌声はそこらで評判になるほどのモンじゃった」

 やがてテアはある楽器屋と出会い、プロポーズされる。

「それが亡くなった旦那じゃよ。一年ほど前まで生きてたんだがのう……家庭人というか、夫としてはなかなか出来たお人じゃったよ。マメで朗らかで、気配りのある人じゃった」

 だが、どんな人間にも欠点というものはある。
 テアの夫の場合、それは商売人としては、周りから白い眼で見られるほどに阿漕だったことだろう。
 確かに彼の商売は金が金を産み、非常に経済的に豊かではあったが――反面、同じ業者の人間からは恨まれ、甘やかされて育ってしまった子供たちは、ひたすら金への執着を見せた。
 それを気づかず放置してしまったテアは――夫が亡くなった後に起こった遺産争いによって、無一文でずっと暮らしてきた家から追い出されたのである。
 対等の知り合いだと思ってた者たちからも、もう縁は切れたとすげなくされた。
 辛うじて商売品の竪琴だけは持ち出し、歌で辛うじて糊口を凌いでいたある日。

「行き倒れておったのじゃよ、テーゼンが。当時のあの子は、名前すらなくてのう…テーゼン、という名前自体はわしがつけてやったのよ」
「悪魔が行き倒れるって、ありなの……?」
「詳しく知っておるわけではないが、魔族とて、勢力争いだの権力争いだのはあろうよ。あの子はそれに巻き込まれた形なんじゃないかの?」
「……助けたの?」
「助けたとも。何で助けてはいかんと思う?目の前で本当に死に掛けておったんじゃ、助けるじゃろ?」

 名前をつけ、食事をさせ、なけなしの金で身なりを整えさせ、彼が一眠りするまで歌を歌った。
 別に、自分を追い出した子供たちの代わりにしたかったわけではない。
 もしかしたら、追い求めていたのかもしれないが――彼が悪魔であることを、テアは百も承知でそばに置いたのである。

「お礼の代わりにいい事を教えると言うてな。旦那は地獄にいるというのじゃ。わしはこのまま行くと天国行き間違いなしじゃろうから、なら地獄に連れて行っておくれと頼んであるんじゃ」
「天国行きって……」
「もともと、わしは信心深いんじゃぞ?わしが旦那と同じところに行こうと思うのなら、テーゼンが連れて行ってくれるのが、一番確実じゃないか」
「でも自分で元の世界に帰らないってことは、行き方が分からないんじゃ…」
「それを冒険者の生活で見つければ良い、とわしがかき口説いたんじゃ。わしがいつ死ぬかは分からんが、まあ、それなりに健康だし、数年の猶予はあるじゃろう。だから、その間に方法を見つけて連れて行ければ良いのじゃ」
「でもそれじゃ、テアにいいことなんてないじゃない!」

 悪魔との取引において約束されるものの代表は、人の世界においての栄光や出世、裕福さ…あるいは人の気持ちの操作などだ。
 ”死後のこと”の扱いを悪魔との取引にするなんて、聞いたことがなかった。

「ないわけあるかい。テーゼンはわしを殺すこともなく、ましてや死にそうな状況にわざとほっぽり出すこともせず、普通に冒険者として仲間を守ってくれておるじゃないか」

 テアは笑った。

「それこそがまさに”いいこと”なんじゃないかの?」

 優しい、家族のような笑み。
 それを見つめてシシリーは思った。

(――ああ、ここが、居場所だ)

 自分は、まだここで生きている。
 テアに、仲間に、救われた命。
 いつか彼女も、棺に納まる日が来るかもしれない。
 けれど、今はそんなことを考える必要ないのだ。
 この暖かい日々を、享受する――それで良いのだ。

「……帰ろうぞ。皆が待っておる」
「……はい!」

 水底は、ふかくふかく、見えることは無い。
 水底の棺は、ただそこにある。
 死人を迎えるために、そこにある。
 ――水底はしょせん、水底であり、土に埋めることと何ら変わりはない。
 土に還れば天にのぼる、水に還れば天にのぼる。
 それだけの、文化の違いで…棺が天にのぼるための方舟だとしたら、その形がほんの少し違うだけに過ぎないのだ。
 結論、どれも同じだ。

(――死を迎えれば、棺に入る)

 その、別の形を知っただけ。それを知りながら、今日も生きてゆく。
 ――シシリーが知る悪魔が好む森は、返事をするかのようにざわめいた。

※収入:
※支出:
※春野りこ様作、水底の棺クリア!
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■後書きまたは言い訳
21回目のお仕事……というか、自殺未遂になっちゃってますが、春野りこ様の水底の棺です。
たしかこちらも100KB祭りの作品ではなかったかと思います(記憶曖昧すぎ)。
リプレイに書かれている大体の流れはシナリオどおりですが、依頼を受けているはずのオープニングはただ単に辿り着いただけになっているし、途中で前作の芋虫男と墓場の犬(塵芥式ネン様)に出てきた例の彼は囁いてるし、テア婆ちゃんの身の上話は始まっちゃうしで、ちょこちょこ変えております。
春野りこ様、ご不快でしたら申し訳ございません。
春野様のほかのシナリオも、なかなか他の人がやらないと言うか、「よくこんなすごいシナリオの筋を作りましたね……発想すらなかった……」という、他人とは違う角度から切り込む作品の作り方をなさっていると思います。
「葬列の跡」とか…リードミーを読まずにやったものですから、まさか、まさかと思っていたら、本当にすごい展開になっちゃって、半ば本気で叫んでしまいましたとも。
いや、本当に面白かったです。ありがとうございます。

他にも二人用シナリオは色々とあるのですが、中でもこれをプレイしたのは、死というカタルシスを覗いた後に主人公が感じる諦念というか死生観が、この状況におけるシシリーにぴったりだと思ったからです。
前回のシナリオと今回のシナリオを通して、シシリーが天使と悪魔のことや、死というものをどう考えるかということを、今までとは違う見方ができるようになったんじゃないかと。
この後に、パーティは一応復活します。
始めこそぎこちないかもしれませんが、段々と新しい旗を掲げる爪の形ができあがっていくことでしょう。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/03/19 12:40 [edit]

category: 水底の棺

tb: --   cm: 0

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