Fri.

芋虫男と墓場の犬その3  

 宿の中は朝食の時間で、シシリーは恐れていたのだが――アンジェとウィルバーは親父の使いで他の宿に出かけており、テアは何やら知り合いの元へと出かけているらしく、会わずに済んだ。
 宿の亭主の作るパンとスープはシンプルだが、飽きない味で本当に美味である。
 食べ終わる頃、宿の亭主が朝食の乗った胡桃材のお盆を持ってきた。
 昨日に引き続き、持って行けということであろう。
(昼食代はただにしてもらおう)

 そのようなことを考えながら、シシリーは再び共同住宅を訪ねた。
 ノックしてから扉を開ける。
 芋虫男は一人で部屋にいた。
 昨日と同じ、窓辺のそばの椅子の上から河原を見下ろしている。
 シシリーは何も言わないまま、昨日と同じ位置に食事を運んだ。

「……」
「食べますか?」
「おはよう…。その、気持ちは食べなくちゃと思っているのに、落ち着かなくて困ってるんだ」
「食べているうちに、落ち着いてくるかもしれません」
「それも分かっているんだ…。けれど。…そうだ、背中を…背中を貸してくれないか」

 シシリーは、芋虫男と並ぶ形で食卓用の椅子を持ってきて、隣に座った。

「ありがとう。誰かの肩を借りないと、ときどき無性にいたたまれない時があって」

 男性に肩を貸す経験は、家族同然のロンド以外には皆無であったため、いささかの気恥ずかしさをもって体勢を整える。
 その不自然な緊張が身体に伝わったのか、カチャリと腰に佩いた≪Beginning≫が鳴る。

「武器を…装備しているんだ。さすがだね」
「冒険者ですからね」

 本当はそれだけではない。
 ≪Beginning≫は、シシリーが初めてテーゼンに対して、心のしこりを持ったきっかけになった物である。
 同時に死者を解放するために、呪文書の力を借りてはいたが、純粋に祈ることで手に入れた経緯もあり、どうにも手放すことが出来ない、ある意味因縁のあるアイテムでもあった。
 その複雑な心境を押し殺して尋ねる。

「団長さんは?」
「今朝早くに出かけてしまった。次の興行先の手配と手続きがたくさんあるみたいだ」
「旅芸人も大変だったんですね」
「俺たちは旅をしてるんじゃなくて、放浪をしているんだ。いつか帰るところっていうのが無いからね」
「いつか帰るところですか…。作ってみるというのも良いと思いますよ」
「不思議だな…会って3日目の人なのに、君ならきっとそう言うと思っていた。一目見たあの日から」
「勝手に変な感情を持たれても困りますね」

 男が苦笑した気配がした。

「それもそうだ、先走ってごめん。今日はおかしいんだ、きっと昨日の夜に見た夢のせいだ」
「夢?」
「そう、ただの夢」

 芋虫男は、額をシシリーの肩にくしゃりと押し付ける。

「俺の目の前には、ピンで貼り付けにされた綺麗な蝶が居て。俺はそのピンを抜いてやるんだ」
「……蝶」
「もちろん、腕も指も無いから口でね。そうやって全部のピンを抜いたら、蝶から血が出てくるんだ」

 羽のことは本人すらも知らないと、団長は言っていたはずなのに――これは何かの前兆なのだろうか?

「その血を飲むと、不思議なことに俺の身体からは腕と脚と、そして背中から羽が生えてきたんだ」

 芋虫男は、シシリーの肩に顔を埋めたまま、淡々と夢の続きを話す。

「何故、そんな夢の話をしてくれるのですか?」
「誰も興味すら持ってくれないだろうけど、君には言わなくちゃならないんだ…だって…」
「……うっ!」

芋虫と犬7

「夢の中の蝶は…君だったんだから。それに、俺は思い出したんだ…両手足の無かった両親も、こうやって羽ばたく方法を手に入れたってことを…!」
「な……何を……」
「ううう…ああっ!」

 芋虫男の姿がおぞましく変容してゆく!
 シシリーに噛み付いたところと同じ場所から、新しい腕が生えてきた――まるで、あの迷宮の魔神のように不自然な手が――。

「あアあああァア……ごめん…本当にごめんなさい…俺に手足を食べられる前に…」

 不自然に生えた腕が、噛まれた箇所を押さえているシシリーを求めて、揺らめいている。

「斬って、くれ…俺を倒せ!!!」
「この馬鹿者…!そういう大事なことは、先に言っておくものですよッ」

 何しろ、ただの食事運びのつもりだったので、いつもの油で煮込んだ革鎧は着ていない。
 おまけに一人で行動していたので、テアの【活力の歌】も、ウィルバーの【魔法の鎧】も、何も支援がない状態である。
 彼女が戦う準備といえば、腰の魔剣――かつて聖遺物であったが誰もがその事実を知らない、始まりの剣だけであった。

「嫌だ…!!殺したくない…殺したくないけど…抗えない……!!」

 一足飛びで袈裟懸けにした後、芋虫男の不気味な腕が振り回されたが、物言わぬランプさんが彼の目前に躍り出て発光する。

「うわっ!?」

 その目くらましに逸らされた一撃が、木製の椅子を粉々に打ち砕いた。
 破片を乱暴に払い、男が叫ぶ。

「俺の母は…こうやって…親父を殺してしまった…嫌だ、いやだ!!母さん!!!」
「記憶と現実が混濁して混乱してますね……」

 哀れな、とシシリーは思った。
 せっかく忘れていた辛い記憶がこんな瞬間に掘り起こされるとは、一体どれほど心が傷つくものだろう。
 勢いのいい動きでかなり流れ出てしまった血を補うため、彼女は自分に【癒身の法】をかけた。
 自分の傷はこうして一瞬で治すことが出来るのに、どうして自分は、助けを求めている彼のために法術を使うことができないのか。
 シシリーは泣きそうになった。

「フゥー…ッ…」

 もはや彼の自我は保てていないようだ。

「ごめんなさい…ごめん……」

 狙い済ました一撃を――新たに生えた腕の脇から、深く斬り上げる。
 脇の下というのは大きな動脈が走っているため、人体にとっては充分に急所となりえる。
 これが彼に効くか自信はなかったが、果たして結果は――。

芋虫と犬8

「うあああああああ”!!」

 芋虫男は、重たい土嚢のような音を立てて床へ倒れこんだ。

「はぁ…はぁ…は…っ。…何故」

 何故、斬らねばならないのか。
 何故、死なねばならないのか。
 シシリーにも、自分の問いかけの意味はしかと分からなかった。

「きっと俺…こうなるようになってたんだと思う」

 妙なる歌を発するテノールが、だんだん掠れていく。

「俺、こういう民族なんだ。他人から分けてもらうことで、初めて身体が完成するなんて」

 芋虫男からは血が出ない。

「呪われてるよ…。記憶をなくしていたのは、俺が弱かったせいだ」
「……」
「見世物小屋で君を見た時、なりたい自分になれと言われた時、ある感情が沸いた」
「……」
「俺は気づいたんだ。君に敬愛の情を持ったことを。君を信仰しようとしたことを」

 血の代わりに、生えた手足が糸のようにほつれて、芋虫男の身体をぐるぐる巻きにする。

(まるで蚕のようだわ)

と彼女はじっとその様子を見つめていた。

「仮初めの信仰に身をやつすのは、賢い選択とは言えませんよ」
「君は、強い人だ。うらやましいよ。だから、君を選んだんだけど」
「良い迷惑だわ」

 初めて、丁寧語が取れた。
 それに気づいたのか、どうか。

「悪い迷惑じゃないんだろ?ごめんね…」

 芋虫男の身体は、すっかり糸で覆われてしまった。

「ここから先はどうなるのか、俺も知らないんだ」
「なるようになります。なりたい自分になるのでしょう?」
「俺、君にキスしておくべきだった?」
「ご冗談を」
「おやすみ」
「おやすみ」

 芋虫男は繭のように、肌色の糸ですっかり巻き取られた。

「……ここから先のこと、知っているのでしょう。団長さん?」
「気づいていらっしゃいましたか」

 団長は沈痛な面持ちで繭になった芋虫男を見ている。

「悲しいよ…。彼は私を選ばなかった」
「……」
「しかし、これが彼が選んだ道です。さて、教会へ行きましょう」
「教会?」

 思いもかけない単語を出されたシシリーは戸惑った。
 ひたとこちらに双眸を向けて団長は口を開いた。

「秘境で彼の民族に会った時、両親を失った彼を引き取るために教えてもらったことがあるのです」

 それから、2人で荷車に繭を乗せ。市営墓地のそばにある教会に運び込んで、司祭と話をした。
 司祭は団長の話を聞いて狼狽したが、団長が取り出したある書簡を見るや、表情を畏怖のものに変えて引き受けた。
 その書簡は、聖北教を信仰する宗教都市――以前に聞いた覚えのある名前――の枢機卿からの任命書であり、そこには団長の身分が”司教”であることの保証と、繭となった芋虫男を浄化された火で炙ることを命じていた。

「あの繭を、火にかけるのですか?」
「いいえ、”浄化”するのです。さあ、見ていてください」

 司祭が祭壇を整え、香炉を焚き、周囲には祈りの文言になぞらえて聖水を撒いて水文字を残す。
 団長、いや、司教だった男が、聖別された松明と聖体箱を手に祭壇へ上がる。
 司教が聖書の句を読み上げると水文字が青く光り、教会内を光で染め上げた。

(これは一体、何の儀式なのかしら…見たことがないわ)

 シシリーは強張った顔で見守る。

「主なる神の霊はかの者に臨む。これは主がわたしに油を注がせ、迷える聖霊に放免を告げる」

 先程よりも強く水文字が光る。

「灰にかえて冠を与えよ。悲しむ者に喜びを、義を樫として解放の羽を植え、光とかせ」

 司教は古い聖句を唱えながら、油のかかった繭に火をつけた。
 繭は襤褸切れを燃やすより早く燃え上がった。
 その火は異様であった。
 まばゆく輝く光の色のようにも見え――繭全体を火が覆った時、それは弾けた。

「く…っ!眩しい!」

 光が強すぎて目を開けていることもできない。
 司教の祈りの言葉が途切れ途切れに聞こえてくる以外、白に支配されている。
 その時、何かがシシリーの頬に触れた気がした。

(駄目だわ…目を開けられない…見ることが、できない)

 シシリーにはとても長く感じたが、ほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。
 気がつくと、視界は教会に戻っていた。
 祭壇と――繭の燃えかすの前には、力なく膝を折った司教が居る。
 彼は手を震わせながらシシリーに呟いた。

芋虫と犬9

「やった…やったのだ…御使いを、真なる天使を創造したのだ」
「彼は、何処へ?」
「天使は迷えるものの前に現れるのだ、私の迷いはこれで終わった…」

 だから、自分は彼が何処へ行ったかなんて、知らない。
 そう言われることはなかったが、意味することは明らかである。

(あんな風に――助けを求めたのに助けてもらえなかった、自分の記憶に苦しんで繭になってしまった、そんな彼が――天使?)

 シシリーは脱力した――生気が失せた、という感じがした。
 しょせん、そうではない者に異形の苦しみを体験することはできない。
 その時、稲妻に打たれたかのような気がした。

(私はただの人間でしかない。テーゼンの苦しみも、私には分からない!!)

 だってあの最後の瞬間、彼は失望を瞳に刻んでいたではないか。
 それは――理解されない苦しみから起こったものではなかったか?

(私に……この人を詰る資格はない。たとえ司教という身分でなかったとしても、こんな私が彼を詰ることはできない)

 シシリーに言えたのは、別れだけだった。

「……。そうですか。さようなら、団長さん」
「さようなら、親切な冒険者。君の道に幸あらんことを」

 翌日の朝、なんとなくシシリーは、芋虫男のいたあの古い共同住宅へ来た。
 見世物小屋の皆は旅立ってしまった。
 もちろんここも引き払っているのだから、誰も居るはずがない。
 だが、そんな予想を否定するように、扉の鍵は開いていた。

「誰も居ない。当然よね」

 シシリーは、窓辺に立って河原を眺めた。
 野草が川のせせらぎに身を任せて、ゆらゆらと踊っている。
 揺れる野草の上には虫が蜜を求めて綱渡りをしており、その様子を、川の魚や草むらの動物が注視している。
 シシリーは、窓を開けて、昨日砕けてしまった椅子の破片を掴み、野草目がけて投げた。
 虫は驚いて飛んで逃げていった。

「……」
「君は虫を助けたつもりなのかな」
「その声は…」

 振り向くより先に、背中と肩に温もりを感じた。
 気配をまるで感じなかった。

「今日は肩をかじらないよ。もう必要ないからね」
「何故ここに居るのですか。天使になったのでしょう?団長…司教様が言ってましたよ」
「天使か、天使じゃないかなんて、そんなもの人に決められたくないんだ。俺が決める」
「『なりたい自分』を見つけたのですか?」
「それはまだまだ先になりそうだ。今は広い世界を見たいから。でも、いつか帰るところはある」

 見世物小屋か、と聞こうと思ったが止めた。
 何故かは分からないが、その答えを聞いたら自分の心が傷つく気がした。

「俺、君の名前を聞いてないんだ。教えてくれないかな、何があっても忘れたくないんだ」
「……シシリー」
「ありがとう、シシリー。君からたくさんのことを教えてもらった。困った時や迷った時は、夢の中で良いから、俺の名前を呼んで欲しい」
「あなたの…?」
「俺の名前は……」

 ……それからしばらくして、三度、市営墓地にやってきた。
 墓場の花と祈りの歌は今日も絶えない。
 門番は今日も暇そうにあくびをしている。
 教会に保護された迷い犬は居なくなっていた。
 ”浄化”に立ち会った司祭の知り合いが、逃がしてしまったということらしい。
 迷い犬にも帰るところがあったのだ。
 シシリーは教会の尖塔を仰いだ。
 その時、シシリーは見慣れない、だが確かに懐かしいものを見た。
 彼は讃美歌を歌っていた。
 初めて聞いた日と変わらない、あの歌声で。
 シシリーにはそれが、美しいのか醜いのかよく分からなかった。

(……今も私は迷っているの。迷っているのよ……)

 彼女が姿を消したのは、まさにこの日だった。
 ≪狼の隠れ家≫には、「さようなら。もう、行きます」という置手紙があった。

※収入:報酬500sp
※支出:
※塵芥式ネン様作、芋虫男と墓場の犬クリア!
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■後書きまたは言い訳
20回目のお仕事は、塵芥式ネン様が100KB祭りに提出なさった芋虫男と墓場の犬です。
100KB祭りのシナリオなだけに、背景が黒画面ばかりというシンプルさだったのですが……こんなにスクリーンショット次々と撮影したシナリオも珍しいですよ!なんですか、素敵過ぎますよ!
リプレイにする際には、もちろん精査して削りますが…いやあ、撮影したやつ全部載せたい。
特殊な民族と、彼らに対する天使信仰を持つ司教との邂逅でしたが、この話を「仲間が悪魔だって知ってショック受けてる」シシリーにやらせると、こんな怖い話になるとは思わなかったです。
エンディングにシシリーが失踪してますが、本来は前向きに「自分には帰る場所がある。常宿に帰ろう」となるはずのお話です。
ここからシシリーとテアの話に持って行きたかったので、ここらは改変しました。
塵芥式ネン様、まことに申し訳ありませんでした。

プレイした順番に掲載してしまっているのですが、キャラクターたちの時間軸的には、本来は19回目のテーゼン&ロンドの殴りコミュニケーションとこの話が、平行して起こっております。
そしてこのすぐ後に起こった出来事(シナリオ)の最中に、アンジェ&ウィルバーの2人組みが山賊退治を行なうわけで――なんでこんなに前後しちゃってるのかというと、ただ単に、Leeffesがシナリオを遊ぶ時間の関係で、どうしてもこの順番にせざるを得なかっただけです。
読みづらいだろうな…とは思うのですが、このまま載せさせていただこうと思います。
それにしても……リードミーによると、このシナリオは聖北教が軸になったラブストーリーってあるんですが、どう遊んでもラブストーリーというよりももっと深い、怖い話のように思えます。
こちらの作者さんの力量すごい……。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/03/18 12:34 [edit]

category: 芋虫男と墓場の犬

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