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芋虫男と墓場の犬その2  

 翌朝、目が覚めると日が高く昇っていた。
 シシリーは一日が短くなったような気分になりながら、遅い昼食を摂った。
 すると、宿の亭主から使いを頼まれた。
 近くに、体が不自由な人が居るので、その家まで食事を運んでくれという。
 シシリーは自分の食事を済ますと、すぐにその家への運搬を始めた。
 隣の筋の、古ぼけた安い共同住宅の一室の扉を叩く。
 樫や胡桃など及びもつかない薄っぺらい木の扉だったので、壊さないよう注意を払う――と、男の声が返ってきた。

「鍵は開いています、どうぞお入りください」

 シシリーは無言で扉を開けた。
 聞き覚えのあるような声だったからだ。

「食事を運んでくれたんだね。すいません、応対してくれる人が出かけていて、もてなせなくて」

芋虫と犬3

 やっぱり、と思った。
 見世物小屋の芋虫男――彼は出窓から見える河原のせせらぎを、椅子に乗った状態で聞いていた。

(よく会うわね)

と心中で呟いた直後。

「よく会うな」
「えっ?」
「昨日から3回目、だね。ありがとう、こんな醜い旅芸人たちのせいで昨日は嘘をつかせた」
「墓場の件なら、自分の気分を良くするためでしたから気にしないで下さい。それより、晩のこと、きづいてたのですか?」
「明るいところからでも暗いところは見えるんだ、意外と」
「顔を覚えられてしまいましたね。ところで、この食事はどこに置いたら良いですか?」
「椅子の隣の机の上に頼みます。できれば真ん中のほうに。今日は、食べさせてくれる人が居ないから」

 彼はちょっとはにかんだように笑った。

「机の上に飛び乗って、食べようかと思ってるんだ。できれば胴体分、隙間を作ってくれると嬉しい」

 シシリーは言われた場所に食事のトレイを置いた。
 宿の亭主も、このような人物だったとは知らなかったのだろう。
 スープやリゾット、あるいはくたくたに煮込んだ野菜のように飲み込みやすいような食事ではあるが、大ぶりのスプーンやフォークが添えられている。

(……こういう巡り合わせだった、ということなのかしら)

 シシリーは芋虫男を抱え上げ――何しろ、戦士の専門職こそ他に譲っているが、彼女とて長剣の使い手である――机の上に連れて行き、スプーンで食事をすくい上げて顔の前に差し出した。

「その…。食器を取りに来る手間が省けますので…。今、食べるといいと思いまして」
「……!」

 男はいたく感銘を受けたようだったが、その分だけシシリーは後ろめたかった。
 だって、まさか。
 人間である彼よりも、テーゼンのほうに近しさを感じている、だなんて。
 シシリーはその思いがデタラメであると自分へ必死に言い聞かせた。

「俺、団長以外にこんなに優しくされたことがなくて…こんな時、どう言えば良いかわからないや」
「ありがとう、くらいでいいと思いますよ」
「そ、そうか…。ありがとう、いただきます」

 男の食事は長い時間かかった。
 もっとも、咀嚼する回数が多いせいだが。
 その間、少しだけ身の上話になった。
 男は自分の出身地も、どのように育ったかすら記憶していなかった。
 もしかしたら、生まれつきこのような身体ではなかったのかもしれない。

「大体15くらいの頃だ。俺の記憶が始まるのは。団長と今より小さなテントと…」

 男は穏やかな声で話を続ける。
 その声に励まされてか、シシリーはある程度リラックスして、彼の傍にいれるようになってきた。

「それと見世物小屋の仲間たち。俺にはこれしか居場所も行き先もないんだ」
「……」
「冒険者って、どこへでも行けて何にでもなれるのか?」
「そんなわけ――」

 ない、と言えるのだろうか?
 実際問題、あの決定的瞬間が来るまで、テーゼンはただの冒険者であった。
 もしあの魔神が正体を叫ばなければ、恐らくそのまま、旗を掲げる爪の一員であり続けただろう――それは、この芋虫男の言うところの”何にでもなれる”ではないのか?
 だが、彼は悪魔で――聖北の敵で――でも、ただの冒険者。
 もう、そのことを追求するのが怖くなってきた。
 彼女は口篭った空白を誤魔化すようにつばを飲み込むと、

芋虫と犬4

「そんなわけない、と言いたいところですが、そうなる時もあるかもしれません」

とだけ告げる。

「そうか、いいな。俺もそうなれたらいいのに」
「できないと決めているから、できないのではないでしょうか?」
「そうなの?」
「理想像なんて誰でもいくらでも持っているものですよ。だからなれば良い、なりたい自分に」

 そのセリフを口から出した途端、シシリーの周りの空気が薄く砕けたような気がした。
 そうだ。
 テーゼンは――かの悪魔は、なりたい自分になってたのではないだろうか?
 目の前の男は、聖北教徒の娘の異変に気づかずに、己のうちの考えに捕われているようだ。
 それから食事を終えて、男は窓辺へ戻った。
 河原のせせらぎに耳を傾け、目を閉じている。

「それでは帰ります。さようなら」
「さようなら。本当にありがとう」

 扉を閉める際に見えた、窓際で目を瞑ったまま子守唄を歌う芋虫男の姿は、芸術めいた彫刻品のようにも見えた。
 シシリーは、建てつけの悪い薄い扉を閉じると、宿へ戻った。
 その日の、夕刻。
 教会の鐘の音がガランガランと響いた。
 金髪の少女は、また石畳を歩いている。
 ウィルバーたちと顔を合わせるのを回避するため、先日の葬儀のあった墓地へ、花を追加で供えに来ている。
 来るのが遅くなったため、門番が居ない。
 そういうときは、教会へ声をかけることになっている。
 教会の入り口に昨日の迷い犬が居た。
 食事を貰っているようで、赤いリボンの首輪をしているのが見えた。

(ああ……やはり、この空間は落ち着くわ…。でも、今は……)

 教会の中は、いつだって澄んだ空気に満たされているものだ。
 連日の霧で湿っているが、それ以上に清らかだった。
 常にないことだったが、肺の中はその清廉さに染まっていくのに、それ以上にピリピリとした幻の痛みを感じるようである。
 それは自分が迷っているからだろう、とシシリーは考えていた。
 仲間だった悪魔を断罪することが出来ず、どうしたらいいか決めかねている己の不甲斐なさを、神が咎めているのかも知れない。
 だが、そんな思いとはあべこべに、ホール上部の天使像は、優しい眼差しでシシリーを見下ろしている。

「おや、あなた…」

 教会のホールに入ると、声をかけられた。
 昨日の見世物小屋の団長と呼ばれた男だ。

「昨日は本当に助かりました。たしか冒険者をしているとか」
「はい。そうです」

 一応、そう答えはしたものの、本当にこれからも冒険者でいられるのか不安でならない。

「どうやら縁があるようですね」
「何かに導かれているようにすら感じます。まるで天使信仰のようですな」

 その単語には聞き覚えがある。
 たしか、孤児院の院長が言っていた――。

(天使信仰。人を導く使いの天使そのものに、信仰を持つことを言っているのね)

 思い出した事項にひとつ頷くと、

「敬虔なお方と見えます。ただ、その道が本当に正しく善き道であるかはわかりません」

と彼女は言った。
 迷っているのである。
 このまま彼らと分かれて、彼を討伐してしまうべきか。
 それとも――正体を知ってなお、彼と交流すべきか。
 そんなこととも知らない団長は、人懐こい笑みで彼女に語った。

「その迷いは持って当然ですとも。ただ、私には本物でなくとも天使が居るのです」
「……?」
「側に置いておくことで、常に手をかけ育てることで心の平安を手に入れられる。そのために進む道が、悪い道とは私には思えないのです」
「常に側に、手をかけ育てる…もしかして、芋虫男の青年のことを言っているのですか?」

 男の優しい笑顔が、一瞬、目元だけ緊張したように見えた。

「ははは、そこまで見抜いてしまいましたか。恐ろしい人だ。彼は、彼は私の天使です。いや…本当に天使になる人、というべきかな」
「まさか殺す気ではないですよね」

 自分が半ば考えていることを、団長が彼にもするのかと、シシリーは危惧して口に出した。

「突拍子もないことを言わないで下さい、フフッ、はは」
「……」
「あなたからは不思議な巡り合わせを感じますから、特別に教えましょう。彼には四肢がない代わりに…羽がある」
「翼人の類なのでしょうか?」

 ――ああ、こんなに彼のことを連想させられるなんて。なんて人たちに関わりあったんだろう。

「いいえ、もっともっと高尚な存在なんです。ただ、彼もそれを知らない。羽について知っているのは私だけ。いえ、私とあなただけ、ね」
「どこに羽があるかも知らないのだから、知ってるとは言えませんよ」
「それもそうですね。フフッ。はは。彼を見たかったら見世物小屋へいらしてくださいな」

 謎めいた言葉ばかりを言う団長は、セールストークも忘れず言い残すと、高らかに笑って教会を去った。

(しかしあの口ぶりだと、昼間の食事の件を知らないのかしら)

 団長ではなく芋虫男との邂逅について考えていると、畑作業から帰ったシスターたちが花を預かり、墓を彩ってくれた。
 シシリーは≪狼の隠れ家≫へ帰った。
 その日の夜は、食事を運ばなくて良かった。
 見世物の興行があるからだろう。
 シシリーは、いつもより早めに床についた。眠るのも早かった。
 彼女は、その晩、夢を見た。
 シシリーは、暗闇の中で地面に手足を縛られている。
 何故縛られているのかを知らない。
 ただ、それが懲罰ゆえに行なわれているのではないような気がした。

(縛られて喜ぶような趣味を持っていたかしらね…)

 そのうち、大勢の人の声が近づいてきた。
 その声はみな、同じことを言っている。

『おめでとう!おめでとう!』

 その言葉は縛られたシシリーに対して送られているようだ。

芋虫と犬6

『おめでとう!あなたは道なのだ!!』
「……う…」

 朝だ。
 鳥のさえずりが窓越しに聞こえる。
 なんとも中途半端な夢を見てしまって、スッキリしない寝起きとなった。

2016/03/18 12:31 [edit]

category: 芋虫男と墓場の犬

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