Wed.

抜き身のナイフその2  

 独特の浮遊感、口を動かそうにも、うまく呂律が回らない。
 テーゼンは自分が夢を見ていることに気づいた。
 しかし、どうにも映像が鮮明にならない――夢というのは大体がそういうものかもしれないが。

(ふぅ……)

 ため息をつく。
 ここは流れに身を任せるしかない。
 段々と辺りがうっすら見えるようになってきたが……。

(なんだって、こんな場所に……)

 独特の建築様式。
 白い大理石で出来た天使の像。
 信者たちのために一定の間隔を置いて置かれた、座り心地の悪そうな木の椅子。
 そして、祈りのための祭壇と、聖北の使徒が崇める十字のシンボル。
 どうやら、教会についたらしい。

(よりにもよって……”彼女”を連想させるようなところに来なくたっていいじゃないか)

 明るい金髪と春の海のような碧眼をした、若木のような娘。
 冒険者として働き始めた仲間達を不慣れながらも懸命にまとめ、いっそ健気とも言えるくらい真面目に頑張っていた娘。
 騙すつもりなんて、なかったのに。

(僕のことを知った時の目は、もう仲間だと認めてなかった)

 テーゼンは夢の中にも関わらず、肩を重く押すような疲労により教会座席に腰掛けた。
 他に座れる場所もなさそうだったからだ。
 ゆっくりと周りを見渡す。
 ……なんの変哲もない教会内部である。
 暗いから地下聖堂だろうか、とテーゼンは考えた。

(他に……分かることは……?)

 深く考えようとすればするほど、彼の頭の中でこの場所のことを考えにくくなる。
 どうにもうまくいかなかった。

(ここに僕がいるのは…シシリーとのあのことを、気にしているから?)

 正直者で好奇心旺盛で、常に仲間たちのことに気を配っていた、聖北教会の修道士。
 まだ神の恩寵浅く、法術と言えば【癒身の法】くらいしか唱えることの出来ない、一所懸命な娘。
 フォローしてきたつもりだった……自分が持っている技術を使って、出来るだけパーティに貢献していたはずなのに、そんな彼女から悪魔という生まれ自体を拒まれたことは、思ったよりも深い傷を彼に作ったのかも知れない。
 あの迷宮の魔神との戦いの際に、テーゼンは人間のことを知らないから負けたんだ、と槍で頭を突き刺しながらアポクリファに伝えたのだ。
 なのに、その知ったと思った人間から拒まれた。

(今さら生まれを変えるなんて出来るわけないし、したいとも思ってない。なのに、何でこんなに嫌なんだろう)

 そこまで考えた時、誰かいることに気がついた。
 悲しいことに、誰だかもすぐ分かってしまった。

(何で……お前が”彼女”の縁深い場所に来るんだよ!)

 ロンドはじっと上を見つめている。
 苦手な少年から目を逸らそうとした瞬間、教会の鐘が鳴った。
 深く身体に響く音だった。

(驚いた……)

抜き身のナイフ3

 テーゼンが再び視線を戻すと、今度はロンドが彼をじっと見つめていた。

(え……?なんでそんなにこっちを見てくる?なんかおかしい格好でもしてるのか?)

 悪魔は自分の姿を確認してみる。
 いつも通りの黒い服を着た自分で、何の変哲もない自分であることに、安堵する。
 2人の冒険者は見つめ合った。
 鐘はずっと鳴り響いている。

(ああ…その目!僕はその目が嫌いなんだ。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ嫌いだ嫌いだ……)

 ロンドの目には、抜けるような白い肌と黒曜石のような黒い髪と目をした、蝙蝠の翼を負った美貌の悪魔が映りこんでいる。
 だが、ロンドは悪魔を見ているようで、彼のことなど見ていない。
 眼球に移りこんでいるが、ロンドはその移りこんだ像をテーゼンとして認識していない。

(そう…言葉にするなら…なんだろう――)

 まるで得体の知れないものを見ているときのような、そんな目を。
 有体に言えば、怪物を見ているときの目だ。

(お前が!お前が、そんな目を僕に向けるのか!)

 その目を止めろと怒鳴りつけてやりたいのに、テーゼンの喉から声は出なかった。
 夢だからだ。

(分かっている。そんな事は分かっている!自分が悪魔だってことなんて!!)

 やめろという、短い単語を口から出すことができない。
 ここでその言葉をロンドに浴びせてやらないと……。

(僕が、僕が困るんだ!嫌なんだ――)

 まだ鐘の鳴り響く中、ロンドはまだテーゼンを見ている。
 何も言うことが出来ず、テーゼンはただきつく目を閉じた。

(早く覚めて。早く覚めて。早く覚めて――うるさい、さっきから、鐘の音が!)

 閉ざした黒い空間の中、鐘がますます反響している。
 間違いなく教会の鐘の音なのに、まるで彼を責めるような目で見ていた、あのリーダー役の少女の叫びのようにも聞こえる。

(……もう、頼むから鳴り止んでくれ――)

 はっ、とテーゼンは目を覚ました。
 寝汗で服がぐしょぐしょになっており、非常に不快な起床になってしまっている。
 どんな夢を見たか思い出そうとしたが、教会にいた以外のことはあまり仔細には浮かばない。
 テーゼンは乱暴に布団を剥ぎ取って、窓の傍に近づく。
 新鮮な空気を吸うため、勢いよく窓を開け放つと、チュンチュンと鳴いていた鳥がそれに驚き、どこかへ飛んで行ってしまった。
 外の空気をいっぱいに吸って、テーゼンはふぅ、と一息ついた。

(なんだか、すんげぇ嫌な夢を見ていた気ぃすんな)

 彼はぱたぱたと服を乾かした。
 寝汗を吸い取った服が、身体にべっとり張り付いて気持ちが悪い。

(はー…)

 青空が目に眩しく、そよぐ風が実に気持ちいい。
 汗をどうにか乾かそうと服をはためかせていたのだが、風で冷まされたせいか身体が寒くなってきた。

「………っくしゅ」

 クシャミが出てしまう……悪魔がこんなことで風邪をひいては、たまったものではない。

(さっさと着替えちまおう)

 彼は窓を閉じて、とりあえず着替えることにした。
 灰色の上下を脱ぎ去り、いつもの黒いタートルネックとズボンに変える。
 油で煮固めた革のプロテクターをつけ、ベルトできちんと止めると、やっと人心地ついた気がした。

(…さて、今日も街をふらつくことにしよう)

 相変わらず霧の多い街中を歩く。
 グレイウォルドはあらかた散策し終わっているが、テーゼンが向かっているのはまた例の公園であった。
 公園の雰囲気が好きなのである。

(……猫、こねぇかな)

 ふらりと自分の前に現れてくれないかと、いささかの期待を込めて公園内を歩く。
 季節が合っていればここは原種に近い薔薇が咲き乱れるというが、今の時期では枝にしがみ付いているのは僅かな緑ばかりである。
 日の照っているところまで歩いてきた。
 そこで見つけたのは――。

(いた。猫だ。日向ぼっこでもしていたのだろうか)

 しかし、テーゼンはすぐに先客がいることに気づいた。

(なんで、なんでなんでなんでなんで)

 有体に言えば、最低な気分である。

(お前がここにいるんだよ…!!)

 ロンドはしゃがんで黒猫を撫で続けている。

「チビ、お前かわいいなぁ」

 ぴり、とこめかみが動いたのが自分でも分かった。

(は?チビ、だって?)

 心臓を猫の舌で舐め上げられた気分だった。
 ロンドはテーゼンが自分に課していた禁則事項を、やすやすと破ってみせたのだ。
 ロンドがそれを知る由もないことは百も承知だが、熱湯で茹でられているに近い怒りに似た感情が、彼を許すなと訴えかけてくる。
 カツカツと、彼と黒猫の近くへ寄っていった。
 ロンドは振り返ることもせず、猫を相変わらず撫で続けながら言った。

「どうしたんだ?猫を触りたいのか?」

 心中で舌打ちする。

「てめぇ、誰が近寄ってきても、そうなれなれしいこと言うのか?あ?」
「あはは」
「何がおかしいんだ、白髪男!」
「そんなわけあるか。お前だって分かっているからだよ」
「なんでわかるんだっつーの」

抜き身のナイフ4

「分かるもんだ。息遣いとか足音とか。話を切り出すタイミングとか。いろいろだな」
「………そうかよ」

 テーゼンは生返事を返したが、まだ腹の中は煮えくり返っていた。
 ロンドが猫に名前をつけていることが、とにかく気に食わなかったのである。

(別に自分のものにしようと思っていたわけじゃねえんだ。しようとも思ってなかった。……なんで、こんなに些細なことが腹立つんだろう……)

 いつもはスコップを振り回している厳つい手が、黒猫の喉を撫であげてごろごろ鳴らしている。
 傍らに突っ立ったままの青年の目線に気がついたのか、彼はテーゼンを見つめ返してきた。

「どうかしたか?」
「別に」
「かまってほしいのか」
「てめぇ殺すぞ」

 食いしばった歯が不愉快な音を出す。

(なんでこいつは僕の癇に障ることばかりする。かまってほしいのか?なんて――こいつに言われるのは最悪な気分だ)

 目の前の大柄な少年は、悪びれた様子も見せず、不思議そうに彼を見つめている。

(――その目!その得体の知れないものを見る目で、こっちを見るんじゃねーよ!)

 テーゼンは黒曜石の瞳できつくロンドを睨みつけると、そのまま走り去った。

2016/03/16 12:35 [edit]

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