時刻はそろそろ正午にならんとしている。
 ≪狼の隠れ家≫の一階は賑やかだったが、とある一角はどことなく陰鬱な雰囲気に包まれていた。

大胆慎重

 テーブルについている人数は2人――なんともアンバランスな取り合わせである。
 一人はこげ茶色の髪と瞳をした、10歳前後の年の頃に見えるホビット族の娘。
 こう見えても一人前以上の盗賊として働くことが出来、必要とあれば人体の急所を的確に短剣で攻撃したり、腕輪に仕込んだ鋼糸で敵の動きを止めたり出来る。
 彼女は小さな指でコインを手品のように目まぐるしく弄びながら、傍らの連れが捲っている羊皮紙をたまに覗き見ている。
 やや薄くなりかけた頭部の気になる、30代半ばほどの平凡な顔立ちの男性は、黒い瞳を瞬かせながら仕事を探していた。
 やがて諦めたように手を止め、眉間を指で摘む。

「ダメですね。どうも、私とあなたで受けられる仕事が見つかりません。6人でなら、結構いいのがあるんですけれど…」
「やっぱりねぇ。あーあ、姉ちゃんにあの事がばれたらひと悶着あるとは思ってたけど、あんなにショック受けるなんて思ってなかったよ。羽の兄ちゃんは兄ちゃんで、どっかに黙って行っちゃうし」
「シシリーもテーゼンも、おまけにロンドまでいなくなりましたからね。前衛職がまとめていなくなってしまっては、ろくな仕事が出来ません」
「テアの婆ちゃんは姉ちゃん追いかけていったんでしょ?で、兄ちゃんが羽の兄ちゃんとこ」
「ええ、そうです……どうかしましたか?」
「2人のこと説得しに行くんなら役割逆じゃない?それに、おっちゃんは追いかけなくてもよかったの?」

 何しろ、テーゼンとロンドは犬猿の仲である。
 おまけに、テーゼンが一番親しくしていた相手といえばテアであり、シシリーが家族のように思っていた年の近い相手といえばロンドなのだから、アンジェが逆だと主張するのも無理はなかった。
 そもそも、今回の発端はといえば――。

「とは言うものの、テーゼンの件について事が大きくなったのは、私がシシリーに何も打ち明けずにいたせいですからね。精神的ショックを受けたところに、思いもしなかった事実が突きつけられたから、キャパシティオーバーだったのでしょうけど」
「シシリー姉ちゃん、おっちゃんに対しても怒った顔してたもんね」

 前回、魔神アポクリファとの戦いにおいて、テーゼンの正体が悪魔であったことが明らかになった。
 魔神が死に際に彼の正体を言い残していったせいだが、薄々察していたウィルバーやアンジェはともかくとして、真面目な聖北教徒であるシシリーにとっては驚天動地の事実だったらしく、強い拒否反応を起こしたのである。
 それに失望したらしいテーゼンは黙ってパーティから離れ、怒りのやり場のないシシリーもまた、置手紙ひとつで≪狼の隠れ家≫から去ってしまったのである。

「私が話そうとしても、シシリーは耳も貸さないでしょうし……テーゼンを追いかけるとなると、私にそんな体力はありませんよ」
「なーんか、楽してる気がするけど……あたしも、人のことは言えないしな」
「テアさんのほうは大丈夫でしょう。伊達に長生きなさっているわけではないでしょうし」

 人生経験豊富な老婆のことである。
 普段しっかりしているとはいえ、思春期真っ盛りのナイーブな少女を宥めようと思うのであれば、彼女の説得力がものを言うはずだった。

「問題は……」
「ええ。問題は、もう一組の方ですが……ま、ここでグダグダ言っていても、どうしようもありません」

 そうして、皆がいない間にいつもより少ない人数で受けられる仕事でも、と探してみたのだが、どうにも条件の合致するものがない。
 やむを得ず羊皮紙の束を宿の亭主に返すと、

大胆慎重1

「……………ところで、お前さんたち。暇なら2人で仕事しないか?」

と持ちかけられた。

「何を仰ってるんです、親父さん。まさにそういう仕事を、この束から探していたんですよ?」
「あ、分かった。もしかして、今入ってきたばっかりの仕事?」
「うむ、ウルフ退治だ。リューンへの抜け道の森に、ウルフの大群が出るらしいんだよ」
「ウルフかぁ……親父さんの現役時代の名前と一緒だね」
「やかましい。……まあ、2人でよく相談して決めなさい」

 いつもであれば、彼らにとって脅威になるようなモンスターではない。
 ところが、戦士もいなければ、子守唄を歌う吟遊詩人も、傷を癒してくれる聖北教徒もいない今の2人には、なかなか手強いかもしれない。

「うーん。報酬ってどのくらいもらえるの?」
「銀貨600枚だそうだ。ただし、1週間後に渡される」
「なんだってまた、そんなに期間が空いてるんですか?」
「この依頼、実はもう5回目なんだ。あちこちの宿で同じのを出してるんだと。どこの宿もすべてウルフ退治に成功しているが、2、3日後にはまた現れるそうだ」
「え、何それ。ウルフ無限地獄?」
「つまりだな」

 宿の亭主は陶製のカップに温めたミルクを鍋から注ぎ、二人の前に並べた。

「今回こそは根本から解決して欲しい、…と、言うことになるな」
「ふ……ん、そういう要請を出すということは、ただの農民とかではなさそうですね。どなたが依頼主になってるんですか?」
「リューンの商工会議所さ。腕の立つ冒険者に頼みたいと、議長自らお出でなさったよ」
「商工会議所ぉ?なんでそんなところが?」

 牛乳ヒゲをつけたままアンジェが問うたのは、なんでそんな組織が、わざわざ狼退治を依頼したのか?ということである。

「あの森を抜けると、隣町まで通常2時間はかかる道のりが1時間足らずで到着するとか。そんな便利な道を、このまま放置できないらしいぞ」
「……ということは、モンスターの出没場所は街から近いのですね」
「ああ、そうだな。ここより西に2マイルほどだ。それほど遠くないぞ」

 亭主は森の抜け道のど真ん中で狼に出くわすらしい、と説明した。

「人間のニオイを嗅ぎつけるのかね」
「さて……テーゼンがいてくれれば、正確に近い予測を立ててくれるんでしょうが…」

 森での探索に慣れている野伏の不在は、こうなるとかなり痛い。
 自分たち2人で本当に受けられるのか、不安に駆られていたのだが、

「お前たち2人の技量次第だが…お前さんたちならきっとなんとかなるはずだ。自信を持て」

と亭主が発破をかけた。
 それに勇気付けられたアンジェとウィルバーは、それぞれ旅の支度をし(何しろ回復役がいないので傷薬は必須である)、森へ向かうことにした。
 宿の亭主が依頼を受けてくれる二人のために、弁当まで持たせてくれている。
 歩いて数十分ほど、問題の現場に着いた2人は辺りを見回して、これからの行動を相談していた。

「…さて、まずはどうするの、おっちゃん?」
「そうですね、とりあえずはただ旅人のふりをして道を歩けばいいかと思います。そうすれば、いずれはウルフに出くわすことになるはずですから」
「別に今だっていいんだけどな。あたしならいつでも戦う準備はできてるし」

 するり、と腕輪から鋼糸を伸ばす。

「じゃんじゃん任せてくれて大丈夫だから。兄ちゃんや姉ちゃんの分まで、あたしが頑張るよ!」
「…分かりました。頑張って下さい」

 2人は当て所なく森の中を散策し始めた。
 同じような緑が続き、暖かな陽光の差し込む中、さっそくもうアンジェの集中力が切れてきた。

「うーん、退屈なんだよね、こういうの」
「退屈って……アンジェは何を望まれているのですか?」
「一応、ウルフ退治が仕事だからさ。なにより、肩慣らし程度でも少しはスカッとするだろうし」
「…スカッと、ねえ」
「体を動かすって気持ちいいからさ。ウィルバーもたまには暴れたら?」
「ご冗談を。下手な立ち回りで≪万象の司≫が折れてしまったらどうするんです?」

 2人で軽口を叩きながら辺りの草むらを確かめるが、ウルフはおろか兎やリスの姿すら見られない。

「ここでは獣の気配は特に感じないね。まだ先なのかも」
「そうですね。先を急ぎましょうか」

 森の中間とまでは行かないが、森の中に入ってからかなり時間が経っている。
 ふとウィルバーが足を止め、ひとつの方向を見やる。

「…アンジェ、何かの気配を感じます…。気をつけて下さい」
「はいはい。調査となれば、あたしの出番だよね」

 アンジェの【盗賊の眼】により西側の茂みから獣の気配を察知した2人は、そっと茂みの向こう側が見えるところまで移動した。
 幸いなことに、見つけた狼たちは昼寝中のようである。
 俄然やる気が出てきたウィルバーと、呑気な狼の寝姿に何となくやる気が失せたアンジェは、それぞれの技術をもって奇襲をかけた。
 【蒼の軌跡】が冷気を帯びた光線となって突き刺さり、相手の死角に回り込んだ【影の一刺し】で心臓を的確に狙う。 

大胆慎重2

 全てが終わるまでに三分とかからなかった。
 アンジェが自分の荷物袋を下ろして中を覗いている。

「あーあ。今の戦闘で弁当が潰れちゃったみたい…残念だけど、宿に戻ったら捨てよう」
「……」
「おっちゃん?」

 まったく応えを返してこない相棒に焦れた娘は、彼に近づいて脚を軽く叩き、注意を引いた。

「おっちゃん、どうしたの?死んだウルフなんかじっと見てさ」
「……このウルフ。野生ではないみたいですね」
「…え?なんで?」
「野生にしては明らかに肥えている。腹の辺りなんて、しっかり油がのっていますね」
「なんか美味しそうな表現だね」

 でも狼肉か……と腕組みをして考え込んでしまったアンジェに、

「私も余程のことがない限り、狼肉なんて食べるつもりは毛頭ありません」

とツッコミを入れたウィルバーは、とにかくと言って話題を本筋に戻した。
 恐らく狼は飼われていたものなのだろう、と彼の推論を口にする。

「ああ、そっか。それで何度もウルフ退治しても、ゾンビのように湧いて出るわけか」
「湧いてって…まあ、いいです。この依頼、根本から解決しないと報酬が出ないわけで…奴等が現れたここら辺から調べてみましょう。飼い主を探さないとなりませんね」
「ウルフを飼い慣らした奴ってどんな奴なんだろう。賊かな?」
「それはまだ分かりませんね。ゴブリンですら、ウルフを飼い慣らせますから…」

 2人は推論を口にしながら、さっきやっつけたウルフの通ってきたらしい獣道を見つけた。
 細い道を静かに(それでもたまに草を揺らしてしまったが)進んでいくと、赤褐色の岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟と――灰色の毛皮をした、森で見つけたのよりひとまわり大きい見張りのウルフである。

「…見張りもウルフとは。ここに奴らの飼い主がいることは、まず間違いなさそうですね」
「そうだね。……なんだか、こうしてると、この≪剣士の護符≫を見つけた時の依頼を思い出さない?」

 アンジェが自分の首にぶら下げている首飾りに片手を添えながら聞くと、ウィルバーの瞳が瞬いて、ああと頷いた。

「そういえば、そんな依頼もありましたっけ。あの仕事は、確かテアさんが見つけたのですっけね」
「うん、そう。あの時はもう残金が銀貨300枚しかなくてさ。森の探索も、あたしよりテーゼンが主体になってやってくれたから、随分と楽させてもらったんだよね…」

 見張り狼を刺激しないような位置で隠れ、つかの間の思い出話に耽っていた2人は、懐旧の念に駆られてつい黙り込んだ。

「……ねえ。テーゼンもさ、やろうと思えばいつでもあたしたちに害をなせたのに、そうしなかったのは…きっと、少しはこっちに好意を持ってくれてたんだよね?」
「はい、私は今でもそう思ってますよ。そもそも、彼はテアさんと何らかの取引をしたのであって、私たちとは何の約束もしてないんです。持ちかける気配すらなかった。悪魔として契約するつもりがなかった、ということでしょう」
「旗を掲げる爪であることに変わりはないんだから、羽の兄ちゃんさっさと戻ってくればいいのにね」
「さて、それは…彼も男のプライドがあるでしょうから。でも冒険者を辞めるつもりはないと思いますよ」
「姉ちゃんも……リーダーなんだから、戻ってくるよ、ね?」

 旗を掲げる爪の中でも、かなりのリアリストとしてパーティに属しているアンジェだったが、さすがの彼女も希望的観測に縋りたくなる時があるようだ。
 ウィルバーはお団子状に結った彼女の髪を崩さぬよう、注意を払って頭を撫でてやった。

「信じましょう。ずっと一緒に暮らしてきたあなたが一番に信じてあげなければ、彼女も戻ってきづらいですよ?」
「うん」

 アンジェはぐい、と目じりに浮かんだ涙を乱暴に袖口で拭うと、そっと首を伸ばして見張りの狼を見た。

「……まずは、目の前の依頼を片付けないとね」

2016/03/15 12:20 [edit]

category: 時に大胆に、時に慎重に、

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