Sat.

迷宮のアポクリファその6  

 『虹の間』にあったプリズムの謎を解明し、その場にあったガラス瓶へプリズムの光を落としこんで絵の具と化すと、冒険者たちは今までスルーしてきた絵画のあった部屋へ移動し絵具を使おうとしていたのだが、その道中で襲われかなり消耗していた。

「まったく……あの天使みたいなの、なんだったんだろ?」
「変な生き物だっただよな。ひらひら俺の攻撃を避けやがって」
「落ち着いて、ロンド。……いよいよ、最後の絵の具よ」
「じゃああたしがやるよ。みんな、周り警戒しててね」

 シシリーに抱えられたアンジェは、赤色の絵具を檻の男に貰った筆に馴染ませ、彼の檻の下にあった褪せた絵画にそっと下ろす。

「………!?」

 たちまち絵が美しい赤に染まる。

アポクリファ11

 地平から昇る赤い輝きが空をいっそう美しく見せている、夜明けを描いた絵が復元され――同時に、遠くの方で何か巨大なものが動くような音がした。
 冒険者はしばらく周囲を警戒したが、それきり音は聞こえなかった。
 ぽつりと耳を澄ましていた少女が呟く。

「……北東のほうだったわね」
「――行ってみよう!きっと、あの薬品作った手前のホールだよ」

 興奮した様子のアンジェを先頭に、冒険者たちは急いで奥にあった大きな搭を目指して急ぐ。
 回廊を通り過ぎ、床に転がるガーゴイルの破片へ一顧だにせず走り抜けると、最も高い六番目の塔のホールへと飛び込む。
 ホールの中ほどは、先ほど初めて足を踏み入れた時と同じに、大きく空に向かって開かれており――冒険者たちは空を仰いだ。
 搭の中央に、空中から青く輝く――亡霊の女性のそれとは違う、温かみに満ちた――光の柱が突き立っていた。
 神の威光を連想させるようなそれに、シシリーは碧眼を細めて呟いた。

「ああ……やっと分かったわ」
「え?何が?」
「七つの搭の迷宮。七つ目の搭は――」

 健康的な色をした手が上がり、不思議なリズムで脈打ちながら空へ向かって伸びる光の柱を指し示す。

「これのことよ」

 そして彼女は搭のテラスから来た方角を振り返った。

「これが――魔神を封じた迷宮」

 感慨は深かったが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
 なにより、ここから脱出した魔神――女司祭からウィルバーを解放しなくてはならない。
 この柱が問題なく起動していることを投げ入れた小石で確認した冒険者たちは、柱に触れて本の世界から脱出を図った。
 バンディッシュの手によって本の世界に侵入した時は逆に、彼らの視界を白い光が埋め尽くす。
 刺さるような痛いものではなく、例えていうなら春の麗らかな光のような――次の瞬間、目を開けると一同の前に、驚愕の色をあらわにしたウィルバーの姿があった。

「みんな。一体どこから……!?」
「おっ、ウィルバーさん。おかえり。聞いてくれ、屋根裏から大冒険!」

 要領を得ないロンドに変わり、テアが要点を抑えた説明をすると、旗を掲げる爪の魔術師は絞り出すような声で無茶を咎めた。

「……そういえば、いつも止める役が今日はいないのを忘れてたね」
「そ、そうだ。ウィルバー。話があるの。あの司祭は――」

 ウィルバーはその呼びかけを遮った。

「すいません。約束があります。出かけなくては」
「ちょっと、ウィルバー!」
「みんなも一緒に来てください」

 一度背を向けたウィルバーは、それからぽつりと言った。

「そうだ……シシリー――」
「えっ……?」
「もし私が、選ぶ道を間違えそうになったら。止めてくれますか?」

 シシリーがそのとき覚えたのは、今までにない怒りだった。
 今、彼女が仲間と一緒に”経典”へ入る無茶を侵したのは、一体誰のためだと思っているのかと。
 ウィルバーの表情は、差し込む朝日と屋根裏の暗がりが作る陰影でよく分からない。
 いつ間にか、夜は明けていた。

「――行きましょう」

 彼らの行き先は、治安隊の詰め所であった。
 その場に留めようとする隊長の脇をすり抜け、地下へと走る。

アポクリファ12

「おい、これ以上の勝手は協力者といえど許さんぞ――……ん!?」

 全員が、黙り込んだ。
 牢を見張るべき牢番たちは皆、子供のように眠りこけて机に伏している。
 その場が異様な気配に満ちていることは、誰の肌にも感じられた。
 肉食獣が獲物に襲い掛かる寸前の、静寂にも似ている。

「……な、なんだ……何が起きている――!」
「やっと、来て下さったのですね。二人とも」

 人形のように整ったかんばせの女司祭は、動揺する治安隊隊長を無視して、旗を掲げる爪へと微笑みかけた。
 一歩、ウィルバーが前に出る。

「ええ」
「今日は、お返事を聞かせていただけますか。空色の教えに、真実に……興味がおありか、否か」
「ダメ、ウィルバー!聞いて、こいつは魔――」

 魔神なのだと。
 あの”経典”に封じられていたはずの危険な存在なのだと。
 そう叫ぼうとしたのに、ただ”気配”が迫ってきただけで、シシリーの言葉が遮られてしまう。
 その間に、すでにウィルバーは正面から彼女と向き合っていた。

「ええ、興味があります。空色教団に。その教えの真実に」
「ッ……馬鹿、やめッ……ごほっ、げほっ!」

 目に見えぬ重圧に押しつぶされてしまったシシリーの身体を、ロンドが太い腕で支える。

「あなたが、わたくしに答えてくださればお約束しましょう。全ての願いを叶える、大いなる力を。しかるべき代償と引き換えに――!」
「わかりました――」
「やめて!!ウィルバー、そいつは魔神よ!!」
「なっ……なん、だと……!?」

 重圧に負けぬ意志の力で少女が叫ぶと、後ろで理解できない事態に焦っていた隊長が呻いた。

「さあ、ウィルバー様。わたくしと契約を結び、我が主となられませ――!」
「ウィ、」

 さらに重ねて止めようとしたシシリーの口を、優美な白い手が塞ぐ。
 手の持ち主である美貌の青年は、真剣な目で女司祭を見つめながら、まるで少女を守る番人のように槍を構えている。

「その願い、叶えましょう。この――”アポクリファ”の名において――!!」
「……………ふっ…」
「……ウィルバー?」
「ふふふ……はは……あはははは……!」

 ≪万象の司≫を片手に快笑している魔術師は、ようやく笑いを治めると目じりの涙を拭って言った。

「やっと、名前を教えてくれましたね、”アポクリファ”。迷宮から逃れた魔神よ」
「………!」

 女司祭の顔色が変わった。
 口を塞いでいた手を外したテーゼンは、ふうと息をついている。

「完璧ですよ、シシリー。迫真の演技でした。魔神も騙された」
「なっ、演技なんかじゃ…私は本気で心配して――」

 リーダーである少女の抗議を無視すると、彼はなぜ魔神の取引に乗るようなフリをしたのかについて、仲間たちへと説明した。
 いくぶんかは、魔神への面当てもあったのかもしれない。

「こいつが魔神なのは分かっていましたが、”真実の名”だけが、なかなか分からなかった。”真実の名”を聞き出せれば、こっちのかける魔法もとびきり有効に働く――!」
「やれやれ……おぬし、そのためだけにシシリーの感情も利用したのかい」
「なんですって!?全部知ってて、黙っていたの?」
「すいませんね。私だけでは、どうにも決定打が押せなくて…それにあなたが真実を知ったら、演技はできないでしょう?」

 でもそちらの彼も分かっていたようですがと、テーゼンのほうを見やる。
 苦々しい顔になりながらも青年が頷いた。

「取引に見せかけてるだけだってのは、何となく察せられたからな。精々、邪魔しないようにしてやったんだよ」
「ありがとうございます、助かりましたよ。……さ、ひとつ冒険者の流儀を教えてさしあげますよ、魔神。欲しいものを早々に明かしてしまうと、足元を見られる。お分かりになりました?」
「お答えを、ウィルバー」

 女司祭――いや、魔神の作っていた涼しげな声は怒りや屈辱にひび割れている。

「あなた様は、我と契約をするつもりがなかったと申されるか?」
「ああ、はい。――全くありません。最初からね」
「ここまで――我を愚弄されるとは――!」

 女司祭の細い身体は小刻みに震え、不気味な蠢動を始めている。
 同時に骨の外れるような音が響き渡り、テアが【活力の歌】を、ウィルバーが【魔法の鎧】を唱えているうちに、アンジェが治安隊隊長に逃げるよう示唆した。

「隊長!衛兵隊を集めて外に待機!ここは食い止める!」
「わ、分かった!死ぬんじゃないぞ、旗を掲げる爪!」

 彼が足音高く地下牢から脱出するとほぼ同時に、あの≪Beginning≫を腰間から鞘走らせたシシリーが叫んだ。

「来なさい、アポクリファ!」
「許しません!旗を掲げる爪!迷宮に囚われ、未来永劫、我が慰み者となりなさい!」

 魔神は背中から生やした鋭い爪の生えた4本の手を蠢かせた。
 人の形をしていないそれらの掌には小さな口があり、それぞれで魔法を唱えている。
 冒険者たちが槍やスコップ、剣で魔神を傷つける間にも、召喚された魔剣や唱え終わった攻撃魔法がパーティの身体を襲い、傷つけていく。
 【狂いの音色】によって三半規管を狂わされたウィルバーが、頭を打ち振りつつ【死の呪言】を唱え始める。
 比較的浅い傷はテアの【安らぎの歌】が、重傷の者へはシシリーの【癒身の法】が飛び、気絶して倒れてしまうのをなんとか防いでいたが、戦いは旗を掲げる爪が劣勢であった。

「でも――負けられない。剣を預けてくれたあの人のためにも!」

 シシリーは、異形の右手と左手から繰り出される魔剣の攻撃をランプさんの誘導によってかわし続け、整えた体勢から新技である【劫火の牙】を魔神に見舞った。

アポクリファ13

「アアアア!!」

 もはや人とは聞こえない声で痛みを主張したアポクリファは、続くアンジェとロンドの攻撃に耐え切れず、右手の一部から【血の晩餐】という魔法で活力を奪い、自ら引きちぎってしまった。
 その隙に、テーゼンが薬草をウィルバーに用いて体力を取り戻させる。

「あと少しだ、頑張れ!」

 ロンドの振るうスコップが、まだ残っていた右手の攻撃を叩き落す。
 
「さっさと……落とされなさい!」
「このおっ!往生際が悪いよ!」

 シシリーとアンジェの武器がそれぞれ奔り――。

「ここまでですよ、魔神」

 やっと混乱する意識を呪文に集中させられたウィルバーの、【理矢の法】による魔力の集合体が、黄金の軌跡を描きながら魔神へ突き刺さった。

「あ……アアアッ!!」
「うるさいよ、お前」

 最後に、テーゼンの放った渾身の一撃が、永劫の時を生きてきた魔神に致命傷を与える。
 驚愕に見開かれたアポクリファの瞳は、やはり鮮やかな空色のままだった。
 末期の力を振り絞って、叫ぶ。

「お前――お前は――我と同じ、魔界に生きる――森閑の悪魔!」
「え」

 凍りついたようになったシシリーを尻目に、魔神の地を這うような声がテーゼンの正体を明かす。

「なぜ――下っ端とはいえ、魔王ディアーゼに属していたお前が、人間と共にいる――!?」
「うるせえよ。黙りな……アンタの、負けだ」

 槍の一撃は、額から後頭部へと抜けた。
 終末の空色教団を巡る事件は、こうして幕を閉じたが――。

「どういう、こと……」

 ぐらり、と若木のような少女の身体が傾いたのを、慌てて傍にいたロンドが支える。
 それにも気づくことなく、ただ彼女は叫び続けた。

「悪魔って……テーゼンが悪魔って、どういうことなの!?」
「そのまんまの意味。僕は悪魔なんだよ」
「そんな……じゃ、今まで私たちについてきたのは――」
「別にそっちの魂を食おうとか、そういうことじゃねえ」

 テーゼンの黒い双眸が、竪琴を抱えた老婆を映す。

「ばあ様に提案されたからだ。死んだら地獄に行ってもいいが、いつでも連れて行けるよう傍にいたらどうだいって」
「テア……なんで!?皆は、他の皆は知ってたの!?」

 シシリーが心底驚いたことに、他の者はテーゼンが悪魔だと知らされたにも関わらず、あまり動揺した様子が見られない。

「”経典”の迷宮にいた時もそうだったし、これまでの冒険でも、羽の兄ちゃんって妙なことに詳しかったから……もしかしたらって」
「私は、初めてお会いした時からうっすらと疑ってましたから。だって、彼の蝙蝠のような羽を見て、一番最初に連想するでしょう?それに魔法を使わない割に、魔力の総量が異常なほど高かったので……」
「俺は知らなかった」

 丸太のような太い腕を組んだまま、ロンドは話を続けた。

「だけど、それが何か関係あるか?人間じゃないってんなら、そりゃアンジェだってそうだろ。悪魔だろうが人間だろうがこいつが気に食わない野郎だってことに変わりはない」
「ロンド、何言って……だって、悪魔なのよ!!アポクリファと同じ、」
「同じじゃない」

 乾ききった声音でテーゼンが彼女の言葉を遮る。
 その表情は何もかも削げ落ちたような、彫像のような取り付く島もないものだった。

「同じじゃない――でもいい。アンタにそれが分からないなら、説明する気はない」

 テーゼンは踵を返すと、確かな足取りで地下牢から出て行った。
 一度もシシリーのほうを振り返らなかった。


※収入:報酬900sp、≪Beginning≫→シシリー所有
※支出:
※吹雪様作、迷宮のアポクリファクリア!
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■後書きまたは言い訳
17回目のお仕事は、吹雪様の迷宮のアポクリファです。
大好きなシナリオでリプレイが出来てテンション高いです、わーい!
このシナリオにおける魔神の狡猾さと、その裏すらかいてしまう参謀の頼りになる非道っぷりが好物です。
そして先にお詫びを…吹雪様、ご用意いただいていたエンディングを全く吹っ飛ばしてしまって、真に申し訳ありませんでした。
このリプレイを開始した際、今までの≪金狼の牙≫とは違い、どこかで仲間内による衝突は避けられないのではないかと思ってました。
何しろリーダー役に置いたのが優等生的な聖北教会の修道士、それとは別ルートで冒険者になった悪魔の狩人が仲間になっているのですから……正体が分かっちゃったら、何もなかったかのように一緒に冒険していくわけにはいかないでしょう。
では正体を最後まで内緒にしてプレイしようかな、とも考えたのですが、冒険の途中で悪魔やら魔神やらが出てきたら、パーティ内に齟齬を生じさせるために、テーゼンの正体を暴露しないわけがないのです。
だとすると最善の策として、一度修復できないんじゃないかってほどまでパーティを分裂させてみて、そこから新たな関係が構築できるかどうか頑張ってみる――これじゃないかと。
当然、薄々正体を感づいていたウィルバーや、途中で感づいたけれど自身も他種族であるアンジェなどは、シシリーほどの衝撃はないにしろ、それなりに葛藤はあるでしょうが、一番の問題点はリーダーでした。
え、ロンド?あの人、そもそも種族関係なしに犬猿の仲ですから。

そんな訳で、「魔族仲間によってテーゼンの正体がばらされる」のと同時に、作中にも書きましたが「そろそろシシリーに武器を与える」が達成できるシナリオとして、こちらの作品をセレクトしました。
迷宮のアポクリファのエンディングを勝手に変えたことを明記し、お詫びしておきたいと思います。
未プレイの方がいらっしゃいましたら、こんな殺伐とパーティ分散するようなエンドではないとだけ。
今回入手できた≪Beginning≫ですが、元は聖遺物のひとつだったそうで、未熟といえども神の使徒であるシシリーにはぴったりな剣が見つかったと喜んでおります。
データ的には魔法的物理属性、固定値ダメージで全属性の他に、神聖属性と魔力属性のダメージも入っており、キーコードに【魔法の鍵】がついています。
命中率修正もプラスが入っており、なかなか素晴らしいものをいただいたと思います。
吹雪様、ありがとうございます。
ただリプレイを呼んでお分かりいただけたように、【飛行】キーコードとか持ってないと取りにいけないアイテムですので、欲しい方はそれなりに準備なさってからトライされたほうが良いでしょう(←準備が不十分で、途中一個しかない≪魔法薬≫を使ってしまった作者)。
亡霊さんも、本当は【亡者退散】じゃなくても剣を手に入れることは可能なのですが、シシリーの精神衛生上のためにスクロール使わせてもらいました。
行っておいて良かった、アクエリア!SARUO様もありがとうございます。おかげさまで≪Beginning≫回収にこぎつけられました。
また、『テーゼンが所属していた魔王ディアーゼ』は、JJ様の敵意の雨に出てきた悪魔の軍勢を率いていたNPCでございます。シナリオ本編ではクロスオーバーしていません。
前パーティでヒイコラ言いながら倒したのですが、彼のバックボーンというか生涯がすごい印象に残っていたため、設定のひとつとして出させていただきました…これ、実は無許可なんですが、大丈夫なんだろうか。

さて、旗を掲げる爪はこれからパーティ解散時期となります。
そう、少人数対象シナリオのフォルダが火を噴くぜ!……とか言ってないでちゃんと説明すると、一人用もしくは二人用シナリオをやって、シナリオの中にお互いの本音を織り交ぜて言いたいだけ言わせてみようかと。
全然シナリオの中には出てこないようなセリフがちょくちょく出てくるかと思いますが、すいません。
今のうちに各作者様へ謝罪させていただきます。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2016/03/12 12:08 [edit]

category: 迷宮のアポクリファ

tb: --   cm: 0

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