Sat.

迷宮のアポクリファその5  


 檻の中の男が崩れ去る際に託された絵筆――男は画家だったらしい――を懐にしまったシシリーは、彼が迷わず天へ迎え入れてもらえるよう祈った後、搭の探索の続きを仲間たちに促した。
 女司祭が魔神であるという情報も手に入った今、最低限の仕事はここで済ませたはずだ。
 搭を脱出する手段を、考えておかねばならない。

「脱出に関係ありそうなのは塔の部屋の絵――だけど…」
「あのプリズムも関係ありそうじゃのう」
 相談を交わしながら、檻があったのと別の通路を進む。
 恐らくは、ここが最後の搭へ続く道――1番遠くに見えた大きな搭へ移るための回廊であるはずだ。
 その搭に続くだろう門は、鉄格子によって閉ざされているのが見えた。
 だが、注目すべきはその門よりも、左右に置かれた彫像である。
 翼の生えた醜悪なその石像は、異界の魔物のようにも見えるし、誰もいない寺院を守る健気な守護者のようにも思われた。
 アンジェが盗賊としての観察力を最大限に用いて石像やその近辺の様子を探ると、台座と像の素材が違うことや、周囲の床にちょうど彫像の爪に引っかかれたような傷がついていることに気がついた。

アポクリファ8

 これは恐らくガーゴイルの可能性が高い。
 アンジェは見守る仲間に警戒するよう、片手で合図した。
 いったんその場を離れ、テアの【活力の歌】による援護を貰ってから門番に打ちかかる。
 一度は傷をつけられたガーゴイルだったが、片方が≪光の鉄剣≫による斬撃をものともせず、古代の魔法を唱えた。
 シシリーの足元の地面が破裂し、石礫が若木のような彼女の体を引き裂いていく。
 ウィルバーの【魔法の鎧】の援護のない彼女にとって、その攻撃は致命傷に近かった。

「きゃああ!」

 痛みと失血のあまり倒れたため、慌てて駆け寄ったテーゼンが薬草で傷を癒し、テアも竪琴を構え直して【安らぎの歌】を歌う。
 その合間にロンドもスコップの攻撃をかいくぐって放たれた礫に打たれてしまったが、彼の大きな体に隠れるようにして放たれたアンジェの鋼糸の束縛が、ガーゴイルたちの魔法を止めた。
 どうにかよろめきながらもシシリーが起き上がり、アンジェと協力しながら【十字斬り】で一体を、もう一体をテーゼンとロンドの渾身の一撃で止めを刺した。
 ガーゴイルが砕けたただの石の塊と化すと同時に、魔法の連結が働いていたのか、重く閉ざされていた鉄格子が軋みを上げて上がっていく。
 鉄格子が下りてくる様子がないことを確認し、門を潜ると――相変わらず青い石によって造られた、一番大きい部屋に出た。
 さらに奥に続く通路の他、また部屋の名前を示すプレートがある。
 そこには、『召喚の間』とあり、『空に四つの色が還る時、閉じた円環は柱となる』と小さな文字で刻まれてあった。
 他に目につくものはない。
 テーゼンがぴくり、と眉を上げた。

「あの通路、あっちから冷えた空気と、微かな薬品の匂いを感じるぜ」
「危険?」
「……一応、見ておいたほうがいいと思う。でも警戒はしたほうがいいから――傷を今のうちに全部治しておいた方がいい」
「分かったわ」

 シシリーは首を縦に振ると、荷物袋から――。

「よりにもよって、これかよ……」
「文句言わないで、ロンド。作ったのあなたもでしょう?食べたら回復できるって、自分で言ったんだからね」

アポクリファ9

 ……ハロウィンのお菓子の試作で出来た、ミミックの形をした動くクッキーを齧って体力を回復した。
 クッキー生地自体は給仕の娘さん監修の元できあがったものなので、味は良かったのだが……。

「なんか……すごい、シュールな図だったよ、兄ちゃん、姉ちゃん」

というアンジェのコメントが、全てを物語っていただろう。
 とりあえず完全回復に近いところまでいったので、テーゼンが警告していた通路を行ってみる。
 緊張している一行の鼻に、刺すような妙な匂いが届く。

「嫌な匂いだね……」
「おちびちゃん、手拭で鼻を押さえておくと良いぞ」
「ううん、それだと皆より先に危機察知しづらいから……って、何ここ!?」

 辿り着いたのは、何かの実験に使われていたかのような区画だ。
 フラスコや薬品棚、謎の器具――ここまでなら、宿に居た先輩たちから聞いた遺跡にもあったものだが、アンジェが顔をゆがめたのはそれだけではなく、稼動している実験器具があったからである。
 石版にはこう刻まれている。
 『生体実験区画』『薬品精製装置の扱いには十分注意すること。有毒ガス発生の危険あり!』という、なんともありがたくない忠告が。
 孤児院出身の若者たちが及び腰になる中、気の短いテアは進んで実験器具を調べ始めた。

「ちょ、テア婆さん!」
「テア!」
「ちょいとお黙り。……古代の秘薬を作りだせるようだね、これは」

 双子のように声を合わせ老婆を制止しようとした2人を諌めると、テアは平然とした顔で突っ立っているテーゼンを呼び寄せ、意見を求めた。

「どうだえ?」
「……うん。ばあ様の言うとおり、この装置で人間が異種族になる薬や、強力な酸を作り出せるみたいだ。ただし、装置に残ってる材料がわずかしかない」
「……ということは、もしや?」
「作成できるのは一回だけかも」

 おずおずとシシリーが口を開く。

「でも、強酸はともかく、異種族になる薬ってどんな使い道があるんだろう?」
「………」

 黙りこんでしまったテーゼンと裏腹に、ロンドが真面目なのか不真面目なのか判じかねる意見を言う。

「もふもふ好きや牙好き、爬虫類好きの異性にモテるようになるとか?」
「兄ちゃん、しばらく黙ってようか」

 アンジェが特大の釘を刺した後、他の仲間へ向き直って提案した。

「ね、強力な酸ってことは、何でも溶かせるんだよね?」
「ああ、魔法的な力が篭ってるし…何か考えでもあんのか?」
「それ使ったら、あの鉄格子溶かせないかな。浮かんでる岩にあったやつ」

 ホビットの娘の言葉に、冒険者たちは目を丸くして顔を見合わせた。
 テアが唸るようにして感心する。

「なるほど……たしかに、どんな魔法的な仕掛けがあったとて、鉄そのものが酸に侵されたら持つわけがないわな」
「かかっているのが、もし【魔法の鍵】のような古代の魔法だとしても、この装置で作成する強酸なら突破できるかもしれないぜ。いい考えだ――リーダー、どうする?」
「もし、それで道が拓けるのなら……」

 やってみる価値はあると思う、とシシリーは言った。
 アンジェとテーゼンが器具の電源を入れ、薬の作成に取り掛かる。
 ≪強酸性薬品≫を青い薬瓶に落とし込んだ彼らは、もう一度、浮遊する岩のところまで戻った。
 あの門は、相変わらず固く閉ざされたままである。
 口寂しいからと飴をくわえたまま、テーゼンは理想的なモーションで酸の入った小瓶を投げつけた。
 青い硝子が砕け、中から飛び散った魔法の酸が、瞬く間に鉄格子を溶かして、砂糖菓子のごとくボロボロにしていく。
 しばしの時間、酸が門から滴らなくなるのを待ち、危険性が低くなってから奥へ進んだ冒険者たちは、小さなホールに出くわした。
 ≪早足の靴≫を履いているアンジェの足が止まる。

「……待って。何かいるよ」

 彼女のつぶらなこげ茶色の瞳の先に、青白い光が佇んでいる。
 それは海の中の海草のように揺らめくと、やがて黒いローブをさらに古めかしくしたような衣装を纏った、黒髪の女の姿をとった。
 冒険者たちは、この青白い輝きに覚えがある――人魂、ウィスプだ。
 ということは彼らの前にいるこの人型は、恐らく亡霊の類であるに違いない。
 用心しいしい近づいたものの、彼女は反応を見せない。

「……何か呟いているわ」

 シシリーの耳には、

「……私が愚かだった。ア…クリファを御せると思っていた……代償が……こん……な」

という、女のいかにも無念そうな声が届いてきた。
 彼女の誰にともなく呟いている内容からすると、これが魔神を呼び込んだ召喚術師(おそらく石版にあったカナーリォ)であり、彼女は魔神によって食われた後も、魂だけがここに繋ぎ止められているのだろう、ということが推察できた。
 事情は薄々察することができたものの、それでは檻のある部屋にいたゾンビたちのように、鎮魂歌でこの亡霊の女を神の御許に送ることはできない――魔神の力でここに留まっているのだから。
 おそらくは【十字斬り】やロンドの【花葬】でも、彼女の魂を傷つけるだけで昇華にまでは至らないであろうということは、簡単に想像できた。
 おまけに、シシリー自身は【亡者退散】の法術を身につけていないために、この悩める術師を神の使徒として天へ還してやることもできないのだ。
 自分の不甲斐なさに顔をゆがめたシシリーだったが、急に何かに気づいて荷物袋を漁り始めた。

「な、何やってるの、姉ちゃん?」
「確か……アクエリアで手に入れて、ここに……あったわ!」

 彼女が取り出したのは、まだ駆け出しの頃に入手した【亡者退散】の呪文書である。
 そこに書かれている古代神聖語の祝福の言葉により、呪文書の力を向けられた死者たちは聖なる光に包まれる。
 この死者も――例外ではなかった。
 召喚術師の身体が揺らぎ、ゆっくりと霊体が薄れていく。
 最期を迎える女性の瞳に、理性の輝きが戻って――。

「もう、終わったのよ。あなたは解放されていい」

アポクリファ10

 刹那、安らぎの光に包まれた亡霊が微笑んだように、冒険者たちには思えた。

「優しき異邦人。これを持ってゆかれよ。祈る者の手元にこそ、ふさわしい剣ゆえ――」

 亡霊は最後に小さく囁くと、そのまま――消え去ってしまった。
 彼女が消え去った後、一行はそこに一振りの剣が残されているのを見つけた。

「……?これは――」
「魔法の剣、だな」

 アンジェの疑問にテーゼンが答える。

「空間を捻じ曲げる力があるようだ。力そのものは小規模に対して働くが――これって、【魔法の鍵】に似てるんじゃねぇのかな」
「……テーゼン、どうしてそんな事まで分かるの?」
「魔術師でもないのに、ってか?……気にするなよ、シシリー。それより、剣はあの女の礼だろう。貰っておいてやれよ」
「ええ……」

 まだ彼への疑念は尽きないものの、シシリーは今まで使ってきた長剣とは違う、優美な握りと細い刀身を持った武器を手にした。

「これに銘はあるのかの?」
「鍔元に書いてる……あえて人の言葉に直すなら、始まりの剣――≪Beginning≫かな」
「始まりの剣か。なかなか良い名前じゃの」

 何事もなかったかのようにやり取りをしているテアとテーゼンを眺めて、シシリーは胸の中のしこりがちょっとずつ溶けていくのを感じた。
 そう――テーゼンが分かるというのなら、それでいいではないか。
 なのにどうして、さっきはあんなに胸中がざわめいてしまったのだろう?
 シシリーには分からず、新たな剣の柄をぎゅっと握り締めた。

2016/03/12 12:03 [edit]

category: 迷宮のアポクリファ

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top