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Sat.

迷宮のアポクリファその2  

 翌日もまた雨だった。
 午後から降り続いた雨が止まず、シシリーはこの分だとまた仕事をせず宿に足止めになるだろうか、と考えていた。
 彼女の目の前には、それぞれ朝食を摂ったり窓の外の天気を伺ったりしている。
 だが、その中にはまたもやウィルバーの姿はなかった。

「今日も、これという仕事はないのう……」
「あれからいい依頼は結局なしなのね」
「うむ。そうなのじゃ…」
「そういえば、きのうおっちゃんは仕事を探しに行ったの?」
「いえ、違うわ。たぶん――」
 無邪気なアンジェの質問に対し、シシリーは昨日の話をした。
 話を聞き終わった盗賊の娘は、腕組みをして唸っている。

「うーん?そんなに気にするようなものだったのかなぁ、あれ?」
「さあ……どうなのかしらね」

 沈うつな表情になってしまっている家族同然の少女を励ますつもりか、ロンドは話題を天気に変えた。
 いつもは犬猿の中のテーゼンも、珍しく素直に話しに応じている。

「雨、止まないな」
「依頼でもないのに雨の中を歩きたくはないしな」
「一時期、依頼を受けるたび、雨や雪に遭って大変だったよな」

 ここでアンジェが両手で頬杖をつきながらぼやく。

「こうなるともう、酒場で演奏でもして聴衆から銀貨を稼ぐくらいしか思いつかないよ」
「……それは、わしにやれと言うておるのか、おちびちゃん?」
「でもないけど。……あれ?兄ちゃん、何でリュート持ってるの?」
「出番が来たかな、と」
「出番って、リュート弾き語りとかできないじゃろう、ロンド」

アポクリファ3

「そんなことないぞ!サーガだって自作したし」

 疑わしげな仲間の視線に、ロンドは自信満々な様子で弾き語りを始めたのだが――。

「……兄ちゃん」
「ハイ」
「なにかな、その呪われし英雄テーゼンのサーガっていうのは」
「無断で何してんだ白髪男、モデル料お前からぶんどるぞ」
「しかも何で旗を掲げる爪の実名が出てるの」

 代わる代わる2人から自作の不明瞭な点について、極めて厳しい追及を受けた。
 返す言葉もない様子のロンドを横目で睨みつつ、シシリーが追加の評価を下す。

「しかも、まったくと言っていいほどフィクションの要素しかない」
「そ、そんなことない。ちょっと魔族の血を引いてて、いい感じの秘儀を使いこなし、最後は竜殺しになったりするだけ」

 実はちょっとどころではなく正真正銘の悪魔であるテーゼンにとって、悪夢のようなサーガである。
 精神的ダメージは意外と大きく、美貌の青年は顔を面白いくらいに歪めて猛烈抗議を始めた。
 彼の抗議は他の仲間達が朝食を食べ終わるまで続いた。

「この物語は虚構です、実際の人物、宿などは一切関係ありませんって書いておくのはどうかな」
「……まだ言ってるの、兄ちゃん……そろそろ羽の兄ちゃん、本気で怒り出すよ?朝食をスライムに変えられてしまうよ?」
「そ、それは困る!」

 異議を唱えようとしたロンドが中腰で立ち上がった時、ぱさりと彼の膝から落ちたものがあった。
 アンジェが拾い上げると、それは”創作ノート(部外秘)”と書かれている、さほど上等でもない紙の束だった。
 何気なく中を見ると、思春期の少年少女(ロンドはまさにその年頃ではあるが)が考えそうな設定に、数年後に見ると後悔しそうな恋愛冒険物語が書かれている。

「………これは、ないわー」
「ええー。……って、あっ」
「あっ、ではない。おぬしはリュート没収」
「お、横暴!横暴!」
「抜かせ。こんな14歳の妄想が生んだような歌、詩人であるわしへの業務妨害じゃ」

 ちょうどテアが楽器を取り上げたところで、給仕役の娘さんがテーブルの上の食器を下げにやって来る。
 仕事に行け雨が降ってるからやだ云々と、仲間達と丁々発止のやり取りをしながらテーブルを片付けている娘さんへ、シシリーは悪いけどと前置きしてから切り出した。

「娘さん、ウィルバーがどこに出かけて行ったか分かる?」
「えっ?あ、はい。確か、治安隊詰め所だったかと――」
「ありがとう。ちょっと、出かけてくる」

 シシリーは意外そうな声を上げる仲間をそのままに、雨避け用に油を塗ってある革のコートを着こんで、足早に宿を出た。
 雨を弾くコートの音が、シシリーの思考をうちへうちへと招いてくる。
 いつもと違うウィルバー。
 平凡な顔立ちで、やや髪が薄くなりかけていることと、ちょっと唇が薄いくらいしか特徴はないが、煮詰まっている時に自分のも他者のも上手にガス抜きの出来る、信頼できる大人。
 人当たりは優しいくせに、仕事となると妙に情に流されないあの魔術師の男に、一体何が起きているのか――リーダーである責任感と、彼を知る者としての違和感に突き動かされ、シシリーの足は濡れた石畳を勢いよく移動していく。
 治安隊の詰め所に来るのはこれで5回くらいで、彼女はもう顔見知りになってしまった門番たちに挨拶を欠かさず、丁寧に用件を述べて隊長の許可の下、地下へと潜っていった。
 ウィルバーはやはりここに来ていた。
 彼が申し出た用件は囚人への面会――しかもあの女司祭との。
 シシリーは自然と早くなる鼓動を押さえつけながら、鉄格子越しに”終末の空色”教団の司祭に向き合った。
 薄暗い牢獄には、すでにウィルバーの姿はない。
 入れ違いになったのかもしれないな、と治安隊隊長が呟いた。

「あまり長時間はいかんが、訊きたいことがあれば話せ」

 彼女は口が硬く、尋問係も手こずっているため、何か冒険者に漏らしてくれたのなら儲けものだと治安隊では考えているらしい。

「では、私は行くぞ。帰りはそこの牢番に声をかけろ」

と小柄で目の大きな男を指した隊長は、姿勢よく地下牢から出て行った。
 牢に沈殿した闇の中、青い服を身につけた女司祭は、シシリーの気配に顔を上げた。
 シシリーの内心を知ってか知らずか、青い服の彼女は静かに呼びかけてくる。

「冒険者様」
「………」
「命乞いする気はありませんが、冒険者様と――あのお仲間の方なら、わたくしの話を聞いていただけるのでは、と思うのです」

 ぴくりとシシリーの右頬が動く。
 やはりウィルバーは彼女と話しに来たのだ。

「どうしてそう思うの」
「あの方は言っていました。冒険の中、何度も死ぬような思いをした、と」

 冒険者のほとんどは、死線を何度もかい潜り、危ういところで命を拾ったという経験がある。
 そういう、生きる意味を考えずにいられない環境にいる者であれば、

「教団の教えに真実があることを分かっていただけると」
「空色教団に真実があるとは思わない」

と、聖北教会の修道士として修行中の身である少女は言い切った。
 何しろ、彼ら空色教団を捕らえる前に、さんざっぱら悪行の数々を伝え聞いている。
 共感の余地は、正義感の強い少女のどこにもない。
 なのに、司祭は話を続けた。

「……それは、冒険者様が外側しか見ておられないからです」
「外側?……どういう意味」
「人々は教団を邪悪という。では、己の所業を全て自分の意志でなし、受け入れているものなどいるでしょうか?」
「詭弁だわ。誘拐や人体実験の正当化は出来ない」
「生まれ、育ち、生き抜くために。人は与えられた役割を演じます。あなたのその正義も、役割に過ぎない……教団はこう、教えています。人は創造主の作り出した入れ物に過ぎない」

 耳を傾けたくはなかった。
 狂った世界の言葉は時に、独特のリズムを持って正常な心を侵す。

「我らが為すことも、創造主が書かれた筋書きの上のこと。ひとつひとつに、正邪はない」
「そんな……ことは……」

 正常?
 いや、そんなものがあるのだろうか。
 幼い頃に顔も忘れてしまった親に捨てられ、孤児院へと流れ着いた自分に。
 その時分に一緒にいた、最も古い気持ちが戻ってくる。

(私は空だ。いらない子である私はちっぽけで、何を為すこともせず、生きて――消えていく)

「……っ、違う――!」

 シシリーは強い語調で内側から湧き上がった不穏な考えを打ち消した。
 あの屋根裏部屋で触れた書物の不気味な手がかりが、彼女の警戒心を呼び起こす。

「私は――」

 女司祭は囁くように言った。

「遠からず、処刑されるでしょう。そのことに後悔はない。ただ、あなたや、あの方のような…真実を見る勇気のある方に、一抹でも…教団の想いを、伝えたいのです」
「ウィルバーを…っ、あなたの歪んだ世界に引きずり込まないで」

 氷のように冷静であろうとしたのにできず、火竜のブレスのような憤りが、少女の心を揺らした。
 司祭は目を伏せる。
 そんな女司祭を、シシリーはじっと見つめてみた。
 けして相容れぬものが、世界にはある。
 溶け合わぬもの、触れ合うことなど出来ぬもの。
 2人の間に、長い沈黙が流れた。
 どれだけ時間をここで使ったのだろう、いつの間にか瞳を開けた司祭の顔は暗く翳っている。

「それでも――あなたとあの方は、もう一度ここに来るでしょう。それが、創造主の書かれた筋書きなのですから」
「………」

 黙りこんでしまったシシリーの肩を、ちょんと突付く者がいる。
 牢番の小男だ。

「おい。冒険者。時間だ、これ以上の面会は許されない。日を改めろ」

 返す言葉もなく、ただ首肯したシシリーはよろめくような足取りでリューンの市街へ出た。
 雨の路地を歩く。
 自分があの司祭に言ったことは真実だったのか、自分はウィルバーのことをどれだけ分かっているのか、心許ないような気がして身を震わせる。
 所詮、本当の家族でも親戚でもない。
 そもそも、孤児院にいた頃には、たまに現れては子供には少々難しいかもしれない本を置いていく、変わり者のおじさんでしかなかった。
 それがこうして共に冒険者となり、チームとしていくつもの仕事をこなしてきたが――まれに、彼が内に秘めているものの深さに、思い至る時がある。
 何気ない沈黙の時の横顔に、ふと漏らす呟きに――自分たちの間に、越えられない線があると思うこともある。
 だが、まだ間に合うはずだ。

「ウィルバーに咎が及ぶようなことは、止めなければ……」

 あの女司祭が何を秘めていようと、それだけは阻止しようと心に決める。

「それには、どうすればいい?」

 シシリーの脳裏に、他の仲間たちの笑顔が浮かんできた。
 そう、知識が多いものほど思考の迷路にはまり込むということが、世の中にはある。
 今のウィルバーがそうであるとするなら、他人の視点が、役に立つのかもしれない――。

2016/03/12 11:54 [edit]

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