Sat.

赤い一夜その1  

「お前さん方、さっきからその貼り紙に興味があるみたいじゃないか」
「そりゃね。こんなわけありの書き方をされてちゃ、無関心でいる方が難しいよ」

 軽く肩を竦めてみせたアンジェは、視線をもう一度元に戻した。
 宿の羊皮紙に書かれている文章は、次のようなものである。 

赤い一夜

『詳細は貼りだせないが、腕の立つ冒険者に引き受けて欲しい仕事がある。
 仕事はひと晩で終わるもので、報酬は銀貨一千枚を予定している。
 我々は早急に戦力を欲している。
 我こそはと思うものは、是非手を貸して欲しい。』

 戦力。
 その単語が示している条件ははっきりとしている。
 卓上に置かれていたナッツを摘んだまま振り回し、ホビットの娘は宿の亭主に向き直った。

「こんな急ぎの依頼で血腥そうな予感のする奴、久々じゃない?こないだのクドラ教の蘇生儀式阻止の仕事だって、こんな秘密めいてはいなかった筈だよ」
「ああ、そういや、あの仕事はあんた等に頼んでいたな…」
「あの手の仕事か?他にやる奴がいないんなら、俺たちで受けるけど」

 軋む椅子に何とかバランスよく座っているロンドが、ぐるりと酒場の中を見渡す。
 ここにいる他パーティじゃ実力的に受けられない、というわけではない――≪狼の隠れ家≫は、割と実力者の多い老舗である。
 ただ、実力者ほど忙しく他に回せないような依頼を受けているもので、『今現在仕事を請けられる』『荒事にも冷静に立ち向かえる実力者』となると、とたんに数が減るのは確かだった。

「しかも、ひと晩で銀貨一千枚。なかなか凄そうな仕事じゃないかえ」

 老婆のセリフに亭主も頷いた。

「まあな、生半な冒険者は回せないと思っていたところだ」
「首尾よくいけば、信じられないほど好条件の時間給だがの。うさんくさいのも確かじゃ」

 ふむ、と顎に手をやった亭主がシシリーへと目をやる。

「今の私たちでいける仕事だと、親父さんは判断しているのですね」
「良ければその依頼について話してやるが、どうだ?」
「伺いましょう」
「分かった。少し『別室』に行っていてくれ」

赤い一夜1

 宿の亭主の言う『別室』とは、内密にしたい依頼の話をするとき等に使われる、半地下の部屋だ。
 まともな冒険者の宿なら、機密性の高い依頼を扱うために、こういう部屋が設けられているものなのである。
 亭主から青銅製の鍵を渡されると、旗を掲げる爪は火を灯した燭台を手に、物置から設置された階段を降りて『別室』へ向かった。
 普段、暖炉の火の暖かさが行き渡っている酒場兼食堂の一階とは違い、石造りである部屋は少し冷えている。
 しかしその寒さこそが、冒険者たちに緊張感を思い出させてくれた。

「ちょいと暗いが、あそこのおかげでそうでもねえな」

 テーゼンが示した天井のほうを見やると、鉄格子の嵌まった明り取り用の窓があった。
 外から見ると宿の基礎の部分に当たり、植え込みなどでここが巧妙に隠されていることを、その時旗を掲げる爪は知った。
 数分ほど待つと、ほどなく亭主が現れる。

「待たせたな。ここは冷えるだろうから、良いものを持ってきた」

 宿の亭主の手に握られていたのは、リューンでよく流通している葡萄酒がなみなみと入っている鉄瓶である。

「火にかけておくから、話が終わる頃にでも飲もうか」

 彼は鉄瓶を備え付けられている暖炉に掛けると、燭台から暖炉へ上手く火を移した。
 ぱちぱちと、薪の爆ぜる音が聞こえ始め、部屋の中が少し暖かくなってきた頃。
 ようやく亭主が重い口を開き、仕事の話を始めた。

「この仕事はリューンの治安隊からのものだ。最近、巷を賑わせている盗賊団で≪赤い一夜≫と呼ばれている奴等がいることは、お前さんたちも知っているだろう」
「≪赤い一夜≫……ええ、聞いたことがあります。何でも家族から下働きまで皆殺しにして、倉や金庫から金目の物を片っ端から盗んでいくとか」

 ウィルバーは魔術師である友人の近所で被害が出ていることから、亭主の促しにもかなり詳しく答えを返すことが出来た。
 ゆっくりと頷いた亭主は、

「そう、畜生働き専門の下種共だ」

と吐き捨てるかのごとく言った。
 リューンでかなり長いこと店を経営している彼にとっても、盗賊騒ぎは他人事では済ませられない。
 おまけにその手口が外道であるとなれば、≪赤い一夜≫が気に入らないのは自明の理だろう。

「財力のある商家が主な獲物で、もう何件も被害を出している。だが入念な捜査の結果、ついに潜伏先が分かった。そこでさっそく捕り物なわけだが、連中、かなり腕の立つ護衛を抱えているらしい」
「なるほど、それは面倒ですね…」
「そこで冒険者を雇おうという話になったが、大っぴらに依頼書を貼り付けて回ったら、相手に気取られるに決まってる」
「そこでおぬしが中継をしとったわけか」

 ようやく事情が飲み込めたテアが口を出し、宿の亭主も苦笑交じりに首肯した。
 依頼書に興味を持った中で信頼できる冒険者を見極め、わざわざ亭主自ら声を掛けるという段取りを組んでいたらしい。
 依頼を出した治安隊も、長くリューンに根を下ろし、あちこちに伝手を持っている≪狼の隠れ家≫の亭主だからこそ、その目利きをずいぶんと高く買ってくれたのだろう。
 厳しい顔つきになった宿の亭主が、釘を刺すように一人一人の顔を見渡しながら忠告する。

「ひと晩で銀貨一千枚の意味が分かっただろう。こいつは拘束期間こそ短いが危険な仕事だ。決して、割が良いなどとホイホイ受けていい仕事ではないな」
「ええ、そのとおりね」

 リーダーであるシシリーは、比較的落ち着いた態度で亭主の言葉を肯定した。
 自分たちの今の実力で受けられるかどうか、情報を集めて判断しようというのだろう。
 亭主は表面には出さなかったものの、彼女のその様子に安堵した。

「それでもお前さんたちに話したのは、今までの依頼で信頼を置いているからだ。実力もだが、お前さんたちなら依頼を断っても、内容を吹聴したりせんだろうからな」
「そこは安心して頂戴…≪赤い一夜≫の規模っていうのは分かってるの?」
「正確な規模は分かりにくいが、50人は下るまい」
「50人………か」

 シシリーは難しい顔になった。
 人海戦術というのはなかなか馬鹿に出来ないのである。
 特に呪文に集中したり、呪歌を奏でようかとしている仲間達を守るのに、どっと敵の群れに寄ってこられては護りきることが困難になってくる。
 ただの強盗団にしては普通じゃない規模である。
 身の引き締まる思いがした。
 依頼を出した側である治安隊は、70~80人ほどの戦力が出る予定だという。
 そちらは雑魚を相手にしてくれるというから、シシリーは50人全部を相手する必要がなくなったと肩から力を抜いたが、亭主はすかさず注意する。

「ただし相手が雇っているという傭兵や魔術師……つまり、一番手強い敵の相手をするのはお前達だ。重ねて言うが、楽は出来んぞ」
「50人真っ当に相手するよりはマシでしょう。そう……ある程度、人数が減っているのであれば、色々やりようもあるかもしれないわ」
「横から失礼。親父さん、報酬の値上げはできるんですか?」
「賃上げ交渉なら今言っても無駄だ」

 ウィルバーのセリフに亭主は微笑んだ。
 すでに治安隊と亭主の間で話はついており、向こうは手際の良し悪しで三割増しまで出せると口に出していたという。
 つまり働きで増額を目指せ、ということだろう。
 肝心の決行は一週間後の深夜だという。
 亭主は卓上で逞しい腕を組み、身を乗り出すようにして問うた。

「では決めてくれ。この依頼、引き受けてくれるか?」
「引き受けましょう。報酬もだけど、私たちの腕と人となりを信頼して、話を聞かせてくれたのでしょう?」

 悪戯っぽく微笑んだ彼女の、春の海のような碧眼がキラキラと光っている。
 どちらかと言えば背が高いだけで平凡な容姿のシシリーだが、こんな風に依頼に対して好奇心を露にしている時は、対峙する側の方が狼狽したくなるほど美しく見える。

「それに応えなければ冒険者とは言えないわ」
「ハハッ、それは頼もしい限りだな!」

 亭主は自分の狼狽を吹き飛ばす勢いで笑ってみせると、

「ではこの依頼の話も、進めて構わんな。紹介状を書くから、それを持って治安隊の詰め所に行ってくれ」

と切り出した。

「今すぐにか?」

 ロンドは鉄灰色の鋭い双眸をきょとんとした様子に変え、亭主を見る。

「勿論だ。あっちはずいぶん気を揉んでいるぞ?このまま増援が得られなかったらどうしようとな」
「でもだって……葡萄酒……」

 酒豪である彼の鼻腔には、鉄瓶で温まったワインの芳香がすでに届いていた。
 宿の亭主もロンドの主張したい事に気づき、苦笑いしながら口を開いた。

「と言っても、こいつを飲んで行くぐらいの時間はある」
「やった!さすが親父さん」
「調子のいいやつめ!飲んだ量ぐらいの仕事はしてくれよ」

 宿の亭主は葡萄酒にライムの輪切りを浮かべ、旗を掲げる爪に差し出した。
 木製のカップに入った酒からは柔らかな湯気が立ち、酒精の甘い香りと、ライムの爽やかな香りが部屋中に満ちる。
 冒険者たちはホットワインを飲んで体をすっかり温めると、白い息を吐きつつリューンの街の中心部へと向かった。
 治安隊の詰め所なら、パーティは今までの冒険者稼業の中で何度か訊ねる機会はあった。
 例えばクドラ教の怪しい儀式をしていた賞金首を捕まえた時、人魂が出ると評判の屋敷について情報を得ようとした時などに。
 そこはなかなか大きな建物で、石組みの堅牢な造りをしていた。
 門には常に見張りが2人ついている。
 見張りの一人が冒険者たちの姿を認めると、警戒を緩めて声をかけてきた。

赤い一夜2

「おや、旗を掲げる爪じゃないか。今日はどんな用だい?」
「仕事の話ですよ。紹介状を預かっています」

 魔術師が白い封筒に包まれた紹介状を渡すと、彼らはそれを広げて目を通した。
 鉄兜に覆われた頭部がひとつ頷くと、

「わかった、奥まで案内するよ」

と言って、先に立ち部屋まで通してくれた。
 そこは小さな会議室のような場所であり、恐らく亭主に頼んでおいた依頼も、この部屋で細部を検討したのだろう。
 窓がひとつあるだけの殺風景としかいいようがない部屋の中、ひげを生やした初老の男性がパーティを迎えてくれた。

「ようこそ、≪狼の隠れ家≫の冒険者諸君。依頼内容の大筋は聞いていると思うが、念のためこの場でもう一度説明させて貰う」

 彼は鎧をガチャリと鳴らしながらこちらに向き直った。

「依頼内容は我々が計画している≪赤い一夜≫殲滅作戦に加勢して貰うことだ。加勢と言うよりも、実質主力として戦ってもらうことになるだろうが……」
「手練れがいるそうですね?」

 シシリーの鋭い切り込みに、彼は首を縦に振った。

「連中の雇っている用心棒がな。情けないことにうちの連中ではとても相手にならん」

 ≪赤い一夜≫のねぐら周辺には、すでにいくつかの見張り所を手配してあるそうだ。
 決行する一週間後の深夜には、旗を掲げる爪はそういった見張り所のひとつで待機をし、合図とともに先頭に立って突入するよう要請したいと言う。
 それはむしろ、斥候に最適の人員がいる彼らにとっては当たり前のことで、冒険者たちは特に反対することもなく先を促した。

「ここからが肝要だ。君らはわき目を振らずに敵の首領を目指して進むんだ。首領だけは確実に捕えてくれ」
「……ますますあの時の依頼に似てきたね」

 にやり、と笑ってみせたのはアンジェである。
 隠密行動やこっそり暗殺、こっそり束縛なんていう技も覚えてきている彼女にとって、今回の依頼は朝飯前という気分であるらしい。
 だが言うは易き行なうは難し、である。
 時間との勝負だ、現場では難しい判断を何度も迫られることだろう。
 首領の周りには例の用心棒や話に出た魔術師がいるはずで、その分危険は大きい。
 報酬の増額も、首領に辿り着くまでにどれだけ手際よく邪魔な戦力を排することができるかにかかっているのだろうと、ウィルバーやテアは人知れず頷いていた。
 旗を掲げる爪は敵のアジトの位置と、自分たちが待機する見張り所の詳細を聞いてから、その日は宿へ帰ることになった。
 決行まで、準備をする時間は十分にある。

2016/03/12 11:42 [edit]

category: 赤い一夜

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top