Sun.

とある外交官からの依頼その1  

 その貼り紙をしばらく検討していたつぶらな黒瞳が、非難の色を浮かべて宿の亭主の温顔を睨んだ。

「移民募集?僕たちに冒険者稼業から足を洗えって言ってるのかい?」

 その声音に含まれている棘を、亭主は肩を竦めるだけで難なく受け流した。

「そうだな、地に根を下ろして生きていくことも少しは考えたらどうだ?」

とある外交官からの依頼
 彼がそう答えを返した青年は、翼で浮くことができるのだから、多分に皮肉である。
 とは言え、亭主の意は彼を弄ることにあったわけではなく、黙り込んでしまったテーゼンに軽く笑いかけると、手早く作ったハーブティーを出して言葉を続けた。

「…と、説教するつもりはないから安心しろ。そいつはな」

と貼り紙を顎で示す。

とある外交官からの依頼1

「額面どおりの『移民』ではなく、れっきとした『冒険者』を募集する為に貼り出しておる」
「移民募集の貼り紙なのに、実際は冒険者の募集?どういうことだ?」

 淹れてもらった薄荷と檸檬草のお茶――グレイウォルドという街で流行っているらしい――にも手を出さず、混乱したようになっているテーゼンを見かねて宿の亭主が切り出した。

「詳しくは、この件の依頼主本人が直接話すと言っているから、興味があれば紹介するが…どうする?」
「ちょっと待ってろ、皆を集めてくる」

 テーゼンは亭主にそう言い置いて、宿の各地に散らばっている仲間の回収を始めた。
 とは言っても、大した時間がかかったわけでもない。
 中庭で背中にアンジェを座らせながら腕立て伏せをしていたロンドを捕まえ、女性用の部屋で今までの冒険を曲にしようと挑むテアに声をかけ、一階の片隅でウィルバーとシシリーが魚人語辞書を片手に単語を拾い上げては色々と記しているのを邪魔したくらいである。
 集まってきた仲間に事情を説明すると、移民の話というのに興味を覚えたテアから、とにかく仕事の話だけでも聞いてみようと援護された。
 特に反対する理由もないので、亭主曰くこの宿に泊まっているという依頼主と会うことにした。
 部屋から呼んで来られた男は、痩せぎすの中年の男性であった。
 ロレス王国の外交官であるジェド殿、と亭主から紹介されたその依頼主は、

「ジェドと申します。まずは話を聞いていただけるとのことで感謝します」

と、育ちのよさを感じさせる丁寧な仕草でお辞儀する。
 彼の話しによると、そもそもロレス王国では移民の募集などはしておらず、その貼り紙は人身売買を行なっている拉致団による、ロレスの名を騙った虚偽の募集らしい。
 そこで、ジェドとともに貼り紙の募集に応じた移民志願者のフリをして潜入、拉致団の首領格を含むメンバーを一網打尽にするというのが、本件の依頼内容なのだと彼は語った。

「報酬は1200spを用意しております。この依頼、お引き受けいただけますでしょうか?」
「その前に…」

 シシリーは慎重に彼の話を遮った。

「その拉致団について、判明していることを教えていただけますか?」
「はい。犯人と思われる拉致団ですが、西方諸国を転々と回っては、人身売買目的で一般人を襲撃する事件を度々起こしているのです」
「常習犯というわけですか」
「ええ…我がロレス王国の中でも、活動をしていたことがありました」

 ジェドはハエを払うような仕草で手を振り、話を続けた。

「しかし王国騎士団に摘発され、ロレスからは追い払われましたが、どうやら今はリューンで活動をしているようです」
「団の構成などはお分かりですか?」
「現在は10名ほどのメンバーで活動しているようです」

 それなりに剣の腕の立つ者や魔術を嗜む者もおり、なかなか侮れないそうだ。
 とはいえ、旗を掲げる爪たちは、アルエス駐屯軍との共同作戦(ただし表沙汰にはされない)や、クドラ教団による死者蘇生の儀式を、治安隊や聖北教会とともに阻止したことで知られている。
 ジェド自身もその評判は聞き及んでいたようで、拉致団であっても旗を掲げる爪であれば…と期待を寄せているらしい。
 改めて依頼を引き受けてもらえるかどうかを問われ、彼らは一斉に首肯した。

「お引き受けいただき、ありがとうございます」

 見かけは堅物で神経質そうに見えるが、中身は非常に柔軟で頭の回転も速い男のようで、ジェドは今後の段取りについて簡単な打ち合わせを行なった際に、それを発揮した。
 なるほど、彼のような人物が外交官に相応しいのかも知れない。
 例の貼り紙によると、明日リューンの南門に案内役と思われる騎士(の偽者)が現れるとある。
 そこで移民志願者に成りすまし潜入することとなった。

「なんか、寂しそうな人だったわね」

 打ち合わせの終わった後に、痩せぎすの身体を姿勢良く正して自室へと戻っていくジェドを見て、シシリーがそう評した。
 横でアンジェが首を傾げる。

「そう?」
「ええ。アンジェは思わなかった?」
「全然。姉ちゃんには寂しそうに見えるの?」
「寂しいというか……」

 しばし口篭った後に、彼女は悲しそうにも思えたと述べた。
 姉代わりの少女の言葉に、アンジェははてと考え込んだ。
 シシリーは決して鈍感ではなく、他人の心の痛みにある程度寄り添おうとする性質のせいか、そういう心の闇を抱えた人に会うと何となく感づく。
 決して一笑に付していいようなものではない勘の良さなので、依頼主はちょっと注意して見ておこうかとリアリストの彼女は心に誓った。
 翌日、冒険者たちと同行したジェドはリューンの南門に到着した。
 リューンの市民にとっては見慣れているねずみ色の石を積み重ねた門は中々立派な代物であり、人の行き来も多い。
 そんな中、商人や農民にはとても見えない姿を発見し、ロンドが顎をしゃくった。

「居たぞ、鳳凰の盾を持った騎士だ」
「あの立派な盾も偽物なのでしょうね」

 常になく冷たく小馬鹿にしたように嘲るウィルバーの横で、黒い外套に身を包み、フードを目深に被っているジェドが反論する。

「いえ…あの盾は本物ですね」
「そうなんですか?」

とある外交官からの依頼2

「ロレスから拉致団を掃討した際、無念にも返り討ちに遭った騎士もおり…あの盾は、その時に奪われたものだと思われます」
「騎士の遺品ですか。なるほど…それを利用するとは」

 なかなか頭がいい、とは口に出さなかった。
 間違いない本物の印があれば、もしこれを見咎めたリューンの門番がいたとしても、貼り紙とともにその盾を身分証明として見せることで問題なく人を集めることが出来る。

「さて……」

と口に出したジェドは、外交官というある程度高い身分にも関わらず落ち着いており、最初は同行を渋っていたロンドもすでに文句を唱える気はない。
 彼は潜入を開始しましょうか、と切り出した。

「ここからは移民になったつもりで参りましょう」

 旗を掲げる爪は鳳凰の青い盾を持った騎士に話しかけ、自身らが移民の志願者である旨を伝えた。
 すると、移民審査を行なっているリューン郊外の館に案内するので、門の外に止めてある馬車に乗るよう騎士に指示され、それに従う。
 乗り込んだ馬車は4頭仕立ての馬車で、間に合わせとは思えないしっかりした作りをしている。
 小道具に凝る人たちだという感想を心中で述べたシシリーは、テアが乗り込むのに手を貸してやり、アンジェが落ち着いていられるよう、窓の方の席へと座らせてやった。
 常人よりも体格のいいロンドは、190センチ以上ある身を窮屈そうに馬車に収めている。
 しばらくすると馬車が動き始め、リューンから南へ伸びる街道に入った。
 南門を出発してから半国近く経っただろうか。
 馬車は途中で街道を外れると、茂みの中の小道に入っていく。

「こっちに屋敷を持っておる貴族の話は聞いたことがないのう」
「不動産屋のローレンスさんに、ちょっと聞いておけば良かったね」

 御者席に座っている偽の騎士をはばかり、あくまで小声でのやり取りであったが、貴族のゴシップなども職業上耳に入ることがあるテアの言葉に、アンジェが今思いついたことを言った。
 ローレンス氏は自分のところで扱っている物件にウィスプが出てきて、旗を掲げる爪を雇った不動産業者である。
 しかし、行き先を予め知っていたわけではないのだから、ローレンス氏もそんなあやふやな話を持ちかけられても、しかと答えるわけにはいかなかっただろう。
 しばらく進むと木々の間に建っている石造りの館が見えてきた。

「……ずいぶんと、古い建物のようですね」
「そうだね。あ、そろそろ馬車が止まりそうだな」

 館の近くまで寄った馬車が、テーゼンの予想通り止まる。
 移民審査を館の中で受けるよう御者席の騎士から声を掛けられ、冒険者たちは馬車を降りて館へ入った。

2016/03/06 13:02 [edit]

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