Sat.

旧き沼の大蛇その1  

「だからさ~。蜂と戦ったり、ザリガニのお化けみたいなのに攻め込んだり、マグロ漁船と一戦交えたり、占拠された灯台を奪還する為に工作したり、色々忙しかったんだってば。それなのに、帰ってくるなりまーた仕事を押し付けるとかどうよ」

旧き沼の大蛇

 ブチブチ言いながら、沼地というあまり魅力のない土地へ向かう足を忙しげに動かしているのはアンジェである。
 彼ら旗を掲げる爪は、水の都アクエリアという人工島や海底の地区からなる巨大都市や、闘技場の街として栄えている武闘都市エランを回って帰ってきたところである。
 久々のリューンへの帰還にしみじみする暇などなく、宿の亭主から押し付けられたのは、リューン南西部に広がる湿地帯からの依頼書であった。
 宿の亭主曰く、ここにあるムナの実というのが彼の好む酒の原料に使われており、その植物が採取できないような事態を放置しておくのは困ると、この仕事を完遂できる冒険者を結構前から選んでいたらしい。
ずいぶんと強引に仕事を割り振られたことで、生来人生は楽しんでナンボの精神で生きているホビットの娘が愚痴を吐きたくなったのも無理はないだろう。

「まあまあ、おちびちゃん。この仕事が終わったら、また少しのんびりしようじゃないかね。……それにしても、依頼書にあった巨大な怪物とやらは一体なんじゃろうの?」

 アクエリアでマリナー――人魚に近い海の種族に伝わる多くの呪歌を会得し、珍しい体験を歌に起こそうかとあれこれ書き留めたメモを背中の荷物袋にしょっているテアが、ふと小首を傾げた。
 巨大な生物と言う話であれば、水の都でクジラを見たことは見たのだが、あれは、救おうとしていたのであって戦ったわけではない。
 宿の亭主は身の丈十数メートルの大蛇だと言っていたが、彼とても依頼人側の見間違いや勘違いは多いと認めていた。
 事実、シシリーの上方をふよふよ漂っているランプさんにしても、ウィスプなどに間違えられていたわけだが――当のランプさんは、いつもと同じ微笑みを絶やさず一行についてくる。 

「治安隊も信じてくれなかったというくらいですからね。荒唐無稽な話だとは思うのですが…」
「なんだ、ウィルバーさん。気になることでもあるのか?」

 スコップを肩に担いだいつものスタイルで、ロンドが声をかけた。

「いえ……ふと思い出したことはあるのですが、まだ確証はありませんから。とりあえず、依頼主の家に向かいましょう。木の実採りですっけ?」
「ああ、そうだぜ。アントンって書いてた」

 槍を即席の杖代わりに使いながらテーゼンが応じる。
 そろそろ地面がぬかるみ始めており、乱雑に並べられた岩盤の歩道が、あまり馴染みのない感触を足へ伝えてくるのだ。
 今にも沈みそうな歩道に眉をしかめつつ、一同はシシリーが見つけて指で示した掘建て小屋へと向かった。
 とても人が住んでいそうには見えないが、周囲をいくら見渡しても他に家らしきものは皆無だ。
 やむを得ず、旗を掲げる爪は今にも壊れそうな穴だらけの扉をノックした。

「…誰だぁ?扉なら開いているから、勝手に入ってけろぉ」

 中から寝ぼけたような男の声が聞こえる。
 冒険者たちはくれぐれも壊さないよう注意しつつ、扉をそっと開けて小屋の中に入った。
 そこは暖炉の炎に赤く照らされた小さな居住空間であった。
 薄い絨毯の上に座り込み、毛布に包まった男が訝しそうにこっちを見ている。
 恐らく彼がアントンだろう。

「だぁれだ、あんた達。この辺りじゃ見ない顔だけんど…何かようけ?」

 きつい訛りではあるが、都市から離れた辺境部にはよくこういった独特の方言も残っている。
 一同の目配せを了承し、まずウィルバーが≪狼の隠れ家≫にもたらされた依頼の件で来たことを彼に説明した。
 納得したような、それでいてまだどこか訝しい感じの拭えない顔でアントンが言う。

「なんだぁ、あんた達が冒険者かぁ?」
「ええ、そうです」
「こらまた思ってたよりたよりなさそうだけんども…ま、いっか」
「失礼な人だなぁ」

 アンジェがぷっくり頬を膨らませて抗議した。
 何しろ、つい数ヶ月前までは駆け出しだった彼らも、一応中堅どころと言われる程度にまでは成長しているのである。
 年長者であるテアやウィルバーに至っては、非常に多くの呪歌や呪文を習得している。
 毛布に包まって何も出来ない依頼人に、頼りない呼ばわりされるのは心外であった。
 そんな彼女の胸中も知らず、貼り紙を出した木の実採りのアントンである旨を自己紹介した男は、依頼書を出すに至った経緯を話し始めた。
 怪物が現れたのはちょうど一週間前のこと。
 いつものように沼へ木の実を採取に出かけたアントンは、帰り道に沼の一部がぶくぶくとあわ立っていることに気づいたと言う。

「…そりゃもう、すんごい泡の量だったでな。おいら、てっきりでっかい魚でもいるのかと思って…」

 常にない興味を覚えた彼は、小石を集めて沼に投げ込み始めた。
 魚が獲れるかと期待して半刻ほど続けたが、何の反応も得られない。
 石が小さかったせいだろうか、と考えた彼は、今度は大人の拳ほどの大きさの石を投げたが…泡の主は何のアクションもなく…。

旧き沼の大蛇1

「さすがにおいらも頭に来てな。大樽くれぇでっかい岩を放り込んでやったんだ!」

 その刹那。
 泡が消えたことから、いよいよ魚が浮いてくるかと期待したアントンの目前で、水面がいきなり弾けた。
 ざぶん、どかん!という轟音から、沼の水が土砂降りと化してアントンに降り注ぎ、顔を拭って眼を開くと、そこには巨大な蛇が鎌首をもたげていたのだと言う。

「身の丈十数メートルはあったぞっ!それも、ただでっかいだけの蛇じゃねぇんだ。そいつにゃ首が何本もついとっただ!」
「あああ……」

 小屋に入る前にしていた最悪の推測が当たっていたことに、ウィルバーは微かな頭痛を覚え、やや薄くなりかけた頭部を押さえた。
 魔術師の嘆きを他所に、興奮して語っているアントンは拳を握って力説している。

「おいら、呆れて見とっただけなのに…何が気に入らないんだか、あの蛇、いきなり襲い掛かってきたんだっ!」
「何が気に入らないも何も……自明の理じゃん」

 それこそ呆れてアンジェが呟いた。
 沼で静かに生息していたのに、子供じみた嫌がらせが続き、今度は攻撃ととられても仕方ない投石があったのである。
 やっと逃げ切ったと語るアントンをじと目で睨みつつ、そりゃ怒るよ、と冒険者たちは全員思った。
 そんな出来事があって以来、蛇は沼に居座り、アントンの姿を見ると親の仇の如く追いかけてきてしまうようになったそうで……自業自得のいい見本である。
 沼地がそんな緊張状態になったものだから、普段は大人しい蜂や帰るまで、人の姿を見かけると襲い掛かるようになってしまったようだ。
 このままじゃおまんまの食い上げだ、と嘆くアントンをその場に残し、小屋を出た冒険者たちは車座になって話し合った。

「…どう思う?」
「ヒドラだな…間違いないだろう」

 シリーと呼ぶ幼馴染の問いかけに、言葉を濁すことなくロンドが答えた。
 2人の真ん中では、アンジェがうんうんと頷いている。
 彼ら3名が孤児院で院長に教わったモンスターに、それは酷似していた。
 ウィルバーも兄が対峙したという怪物のことは伝聞で知っており、小屋に入る前にその可能性もあるかもしれないとは思っていたのだが…的中するとなると、他人事では済ませられない。
 魔獣ヒドラはいくつもの頭を持つ、凶暴な大蛇である。
 シシリーは頬に手を当ててため息をついた。

「とてもじゃないけど…話の通じる相手じゃないわねぇ」
「ああ。俺たちで勝てるモンなのかな?」
「”以前の”僕たちだったら無謀もいいところだろうが……」

 喧嘩仲間の言に、テーゼンがふむと考え込んでいる。

「”今の”僕たちなら、どうにかなるんじゃねえかな。少なくとも実体はあるんだし」
「物理ならどうにでもなる、みたいな言い方はどうかしらと思うけど…」
「でもさ、実際のところ負ける気はしなくねえ?僕が知る限りヒドラは精神があるんだから、ばあ様の子守唄も効くんだし」

 シシリーはテーゼンの主張を検討してみる。
 テアの使う歌による回復や支援、睡眠は確かに今回ヒドラと戦うとなったら役に立つだろう。
 ウィルバーのバリアや翼を作る術、三つの攻撃魔法に関しても大きなアドバンテージになるはずだ。
 あとは各々の攻撃手段さえしっかり確保できていれば、まず全滅はしないだろうし、よほど運が悪くなければ負けはしないだろうが……。

「どうかしら、皆。アントンさんのやったことはともかく、親父さんの希望もあるし。ヒドラを退治してしまわない?」
「ヒドラが悪いんじゃないけどね……ま、他の人たちも迷惑だってんなら、あたしは構わないよ姉ちゃん」
「うん、僕もかまわねぇよ」
「戦いなら俺の領分だ。やろうぜ」

 若い世代から次々と上がる声に、最初は躊躇いを見せていたテアとウィルバーもため息をついて降参せざるを得ない。
 結局、彼らはヒドラとの戦いに挑むことにした。

『この先、六角沼。足場注意』

とある立て札を横目に、冒険者たちは沼の脇に広がる道を進んでいく。
 一定の間隔を置いて穿たれている大きなくぼみは、恐らくヒドラの足跡なのだろう。
 それを追うようにして、テーゼンを戦闘に一行は進んでいく。
 たまに出てくる蜂を避けながら、体重をかけるたびにやや沈んでしまう岩盤を踏んでいくと、やがて前方にそびえる大きな影に気づいた。

「いたぜ」

 テーゼンが顎をしゃくると、他の仲間達も一斉に首肯した。
 それは五つの首を持つ巨大な大蛇であった。
 一つ一つの頭はそれぞれ人間の大人ほどの大きさがある。
 沼に半身を沈めているのだとしても、その頭部まで6メートル近い高さがあると目測できた。

「やっぱり…ヒドラね」

旧き沼の大蛇2

「院長の話に出てきた奴よりは小さいな」
「うん…。でも兄ちゃん、あの大きさでもあたしたちにとっては手強いと思うよ」

 ヒドラの話を聞いたことのある3人の会話は、幸いヒドラに届いた様子はない。
 低い唸り声を上げながら、ゆらりゆらりと首を揺らしているのは、今日の朝に出くわした不倶戴天の敵――すなわち、アントンの姿を探しているのだろうか?
 
「とりあえず、戦う用意でもしますかね」

 ウィルバーはそう呟くと、テアとともに支援魔法を味方にかけることにした。
 前に立って戦うだろうロンドとテーゼンには、【飛翼の術】による援護も唱えてある。
 武器を抜き呼吸を整えると、旗を掲げる爪は一斉にヒドラへ襲い掛かった。
 
 大きな地響きとともにヒドラの巨体が泥へ沈むまで、約3分ほどだったろう。

「意外とあっけなかったわね…」

 アンジェが短剣をブーツの隠しに仕舞いながら感想を述べると、ロンドが身動きひとつしない巨体へと歩み寄っていった。
 その右手には、燃え盛るスコップが握られている。

「何するつもりだよ、白髪男」
「いや、ヒドラがちゃんと死んだか確かめようと……って……」

 近づいていたブーツが止まる。
 彼のやぶ睨みに近い鉄灰色の目は、切り落としたはずのヒドラの首から、新たに生えてきている蛇の鎌首を捕えていた。
 しかも……彼が間違っていなければ、一本増えている。
 仲間の口篭ったわけを訝しく思い、同じように巨体を眺めやっていた他のメンバーも異常に気づいた。
 素早くウィルバーがロンドの腕を掴み、自分たちのほうへと引っ張る。
 巨木のような体をよろめかせながら、ロンドがうろたえた声を上げた。

「お、おい…早く何とかしないと…っ!!」
「退却っ!みんな、こっちよ!」

 ヒドラの咆哮と同時に、一瞬で判断をしたシシリーの指示が飛ぶ。
 真新しい鱗に陽光を反射させた雄大なヒドラの姿を後ろに、旗を掲げる爪は一目散に駆け出した。
 ウィルバーが今度はテアの腕を引っ張り、逃亡を助ける。

「急がないと、ひき殺されますよ!」
「すまんのう、お若いの。やれやれ、厄介な依頼じゃて」
「おいおい、追いかけてくるぞ!?」

 低空飛行でパーティの殿を守っているテーゼンが現状を報告すると、同じく殿にいたロンドがそれに応えるように大声で叫んだ。

「こ、こっちだ、急げ!!」

2016/03/05 12:50 [edit]

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