Tue.

安らかに眠れその1  

 ひょこ、と墨で染めたかのような黒い茂みから、端整な横顔が覗く。
 黒い髪と黒い瞳が、色白の肌と見事なまでのコントラストを月光の下で作っている。

「……よし。誰もいないな。出てきてくれ」

 テーゼンの合図によって、仲間達と今回の依頼主が隠れていた場所から現れた。
 板金鎧にフルフェイスのヘルメットまで被った、ごつい装備の相手は治安隊の隊員である。
 彼は壮年の男性の声で言った。

「……ひとまず、作戦はバレていないようだな」
「……神よ。我々をお守り下さい」

 治安隊隊員の横で十字を切り祈りを捧げたのは、聖北教会のシスターである。
 お仕着せの修道女の服に金髪と淡い茶色の瞳はよく映えたが、隊員の方はそれを見て舌打ちしただけだった。

「信心深いのはいいが、祈るのは後にして貰いたい。もしはぐれたら、守れないぞ」

 彼女は反発することもなく、首を竦めて謝った。
 作戦決行までは、まだ時間的な余裕がある。
 今の内に準備できることはしておくべきだ、とシシリーが一同に指示した。

 ――今回の依頼は、ごく単純なものである。

安らかに眠れ
 リューン郊外の森に打ち捨てられた屋敷で、ひそかに死者復活の儀式を執り行おうとしている、邪教として名高いクドラ集団の掃討作戦の支援。
 作戦の間は、リューン治安隊隊員1名と聖北教会所属の聖職者1名が、彼らに同行する。
 2名を同行した上で迅速に屋敷内部へ突入した後、内部協力者の安全を確保し、掃討に参加予定である。
 首謀者の生死は、今回問われていない。
 確保できれば報酬に銀貨400枚が上乗せされるそうで、突入に手間取って首謀者を逃がした場合でも、掃討自体を成功させれば800枚は貰えることになっている。
 注意点として治安隊隊員からも念押しされているのは、出来る限り騒ぎを起こさずに見張りを始末することである。
 事前の情報によると、連戦になる可能性はきわめて高い。
 道中の敵に足止めされている間に、儀式の間から首謀者が逃げおおせることも考えられる。
 ゆえに、休憩や回復を挟む暇はほとんどないだろう。

「――クドラ教徒に扮した内部協力者が、突入時に敵を混乱させる手筈になっている」
「私たちはその合図に従って動けばいい――そういうことですね」
「そうだ。掃討作戦に参加する部隊は他にもある。彼らに途中出てきた敵を任せることで、無駄に戦わず突破することもできるだろう」

 よく練られた作戦のように思われる。
 懇切丁寧に説明してくれた隊員に礼を言い、シシリーは妙に緊張している修道女へ話し掛けた。

「……あの、シスターさん?」
「――ひっ!?」

 びくり、と肩を竦ませたシスターは、上ずったままの声でシシリーに応じた。

「な、なんですか!?」
「いえ、ただシスターさんが何やら上の空に見えたので、声をかけただけです」

 緊張が全くないのも困りもの――スコップを片手に準備運動しているロンドをチラッと見る――だが、緊張のし過ぎも無駄に体力を使ってしまう。
 今の内に少しでもガス抜きが必要なように、シシリーには思われた。

「どうもすみません、取り乱してしまいました。実はですが……」

 やや青白い顔色になっている修道女は、白い手袋をつけた手を握り締める。

「私たち聖北の信徒にとっては異端の者であっても、クドラ信徒の人達と戦いたくないんです」
「まあ……」

 聖北教会に正式に所属しているシスターとしては、ずいぶん大胆な意見である。
 狂信と信仰の違いも分からない過激な異端審問官などに今の発言を聞かれたら、問題視されるかもしれない。

「話し合えば、きっと分かり合える……とは、恐らく残念なことに無理でしょう。信じるものを否定されるのは、良い気分になる訳ないですから」
「ええ……そうでしょうね」
「ただ、私はこうも思うんです。たとえ最終的に分かり合えなくとも……一度も話し合わずに、一方的に『掃討』するのは……何か間違っている気がします」
「…………」

 シシリーには少しだけ、今のシスターの気持ちが分かる気がした。
 何しろ、ハロウィンに向けての予行練習の仮装で、仲間のテーゼンの知り合いだというアンデッド――錆の魔女というゾンビ――に出会ってしまい、自らの信仰を試されるような思いをした記憶はまだ新しい。
 死者の蘇生という、聖北教会とは相容れない目的がはっきりしている以上、クドラ信徒がこちらの降伏勧告に同意することはまずないだろうが……。
 シシリーの脳内に、今まで自分が『掃討』してきたアルエス近辺の砦に住み着いたゴブリンたちや、たまに訪れるアクエリア近くの砦を占拠していたゴブリンたちのことがちらついた。
 人に害を及ぼす妖魔だということで、依頼によって彼らを退治してきたのだが、もしもう少し妥協点が見つかっていれば、あれだけの血を流さずに終わらせることもできたのだろうか?
 いや、と彼女は首を横に振った。
 彼ら旗を掲げる爪は、やらなければならないことを実行しただけである。
 すでに近隣の農家には被害も出ていたのだから、あのまま見過ごすことは到底できなかった。
 これ以上回想するのはやめよう、とシシリーは思った。
 少なくとも、この掃討作戦の前にするのは危険だ。

「……シシリー、大丈夫ですか?そろそろ合図がある頃合ですから、前もって魔法をかけますよ?」
「ええ、ウィルバー。お願い」

 リーダーの様子を窺っていたウィルバーだったが、彼女のきっぱりした口調に何か納得したのか、淡々と【魔法の鎧】や【理矢の法】を唱えた。
 新しく習得した【飛翼の術】という魔法もあるのだが、高度な術である為にそう何度もかけられるものではないので、イザという時のためにとっておくことにした。
 前準備という意味でなら、テアの【活力の歌】もあるのだが、あれは持続時間が短いので森から屋敷に移る間に効力が切れてしまう。
 治安隊隊員にハンドシグナルを送り、彼らは進行を始めた。
 久しく使われていないのか、野草に侵蝕されてしまった道を、森の奥深くへと歩む。
 クドラの信徒の行いによる怨念のなせる業か、あるいは――今から始まる殺し合いに沈んだ心の錯覚が起こした現象か。
 一行が見上げた夜空は、神秘的というより禍々しさを露にしていた。

「――見えた」

 隊員の短い一言に、彼らの足が止まった。
 黒ずんだ年季の入った屋敷が、月光に浮かび上がっている。

「あの建物が、我々の目的地だ」
「……では、行きましょうか」

 ……敷地内は静まり返っており、人の気配がない。
 しばらく、衣擦れのような軽い音だけで進んでいた冒険者たちだったが、

「――ッ。……隠れて」

安らかに眠れ1

というアンジェの指示に従い、近くの茂みに隠れた。

「……見張りが2人いるよ」

 彼女の短い人差し指が、的確に人影を捉えている。

「両方同時に処理できないと、この襲撃はバレると思う」
「……彼らを、どうにかできそうですか?」

 細く語尾の震える声で聞いてきたシスターに、アンジェは軽く肩を上げた。

「どうだろーね。やれるだけやってみるよ」
「……アンジェ、頼んだわ。気をつけてね」
「うん、また後でね、姉ちゃん」

 向かって左の見張りは、アンジェの腕に任せることにする。
 右の見張りをこちらで処理することになったため、まずは異常を知らせられなくなるように、テアが【小悪魔の歌】で沈黙させることにした。

「……?…………!……!!」
「……?おい、どうし――」

 右に立っていた同僚が、急に口をパクパクさせ始めのを訝しく思った見張りは、最後まで彼を気遣うためのセリフを言うことができなかった。
 いつの間にやら木に登り、上から急襲したアンジェの短剣によって延髄を刺されたからである。

「…………!」

 無言のままながら獲物を持って構えた見張りに、隠れていた一同は一斉に襲い掛かり、ロンドのスコップが相手を永遠に沈黙させた。

「お見事だったわ、アンジェ」
「そっちも、だね」

 お互いを褒めあう女性2人を他所に、治安隊隊員が額の汗を拭おうとして、できないことに憮然となる。

「……それはそうとして、見張りはどうにかなったな」
「ええ、今のでバレたことは恐らくないでしょう」

 ウィルバーが首肯し、別働隊もこうであればいいがと憂慮する。
 がちゃり、と鎧を鳴らして隊員が言った。

「そこは心配してもしょうがない。森の様子もさっきまでと同じだ。上手くやっていることだろう」

 凄惨とまではいかないまでも、なかなか見たくはない死体二つの目を、シスターがそっと閉じてやっている。

「……この者らに、安らぎある眠りを」
「……敬虔な祈りだな」

 十字を切っている彼女を皮肉った後、テーゼンは鉄の門を静かに開けた。
 いよいよ、屋敷内へ突入である。

2016/03/01 12:56 [edit]

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