Tue.

空となるか?その1  

 怠けている一行を叱咤し少々強引に送り出した依頼で、かなりのトラブルが起きてしまったことを悔やんでいた宿の亭主が、早朝に貼り出した依頼書はずいぶん拙い文字で書かれていた。
 亭主の厚意により、常よりちょっとだけおかずの多い朝食を食べ終わったアンジェが、きょとんとした表情でそれを眺めている。

空となるか?

「ね、親父さん。これってどんな依頼なの?」
「おお、これか…詳しいことは、直接聞きに来て欲しいって話になってたな」
 だが、と彼は続けた。

「依頼書を出してきた子の身元はしっかりしている。お前さんたちが前に依頼を引き受けた魔女は覚えているか?」
「うん、覚えてるよ。娘さんの病気が治りましたって手紙、こないだ貰ったから」
「あの庵から東に徒歩で1時間足らずの場所に、居を構えている婆さんの孫だ。魔女ほどじゃないが、婆さんもなかなか野草には詳しい」

 ここで宿の亭主が首を傾げる。

「もっとも、最近は貼り紙にある病のせいなのか、野草摘みに行ってる様子はないんだがな」
「ふーん。でも、この子の依頼書によると、治る紅茶があるんでしょ?」

 アンジェは貼り紙を剥がすと、他の仲間たちへとそれを見せた。
 前の依頼がかなり気の重くなる経過を辿っただけに、上手く解決した時の仕事に似た貼り紙を選んだのは、辛い思いを払拭しようという無意識の現われだったのかもしれない。
 とにかく彼女の選んだ依頼は、他の仲間達にも受け入れられ、旗を掲げる爪は仕事内容の詳細を確認しがてら、依頼主の家へと移動した。

 目の前には子供と老婦人。
 小さいが品のある居心地の良い部屋には、まだ中天には間のある太陽の光が差し込んでいる。
 ベッドに横たわった老婦人が、にっこりと笑う。

「朝早くからすいません。この町、朝が早い町なもので」
「いいえ。お気になさらずに」

 姿勢正しく向かい合ってるシシリーがそう応じると、老婦人は信用できる人物かどうかを定めるためなのか、目を細めて彼女を眺めた。

「……あなた方が依頼を受けてくださったのね。お願いしますわ」

 そう言うと、婦人は傍らに立つ孫娘の頭を撫でながら続ける。

空となるか1

「摘んできていただきたいのは、お茶を入れるための葉です。『私の病気に効く特効薬!』とお医者様に薦められましてね」
「この辺で購入はできないんですか?」

 おや、とでも言いたげなウィルバーの横槍に気を悪くすることもなく、彼女は静かに微笑んだ。

「そのお茶の葉は、この辺では売ってないの。リューンでは結構流通してるそうなのだけどね」

と説明した老婦人は、町外れの山でなら簡単に野性のものが手に入ることを指摘した。
 そこで冒険者たちをキラキラした瞳で見つめていた孫娘の依頼主――リタが、

「だからね、わたしがとりに行くの!」

と勢い込んで宣言する。
 すぐにでも森に特攻しそうな雰囲気だったが、急に萎れて祖母を窺った。

「でも、『一人じゃ危ないからだめ』っておばあちゃんが……」

 それはそうだろ、と内心でロンドとテーゼンが異口同音に思った。
 テアは自分よりやや年上らしき女の顔をしげしげと観察していたが、何か引っかかったものか、今回は妙に沈黙を守っている。
 その横に立っていたアンジェが、ちょっと羨ましいような顔でリタを見ていた。
 何しろ、彼女には血の繋がりのある家族がいない。
 同じ孤児院にいたシシリーとロンドのことは、本当の家族以上に感じてはいるが、それでも仲の良い家族を――ことに、自分より小さい少女が家族に甘えている場面を見ると、いろいろと心にじんわりくるものがあるのは確かだった。
 リタが小ぶりな手を握り締めて力説する。

「だからね、冒険者さんとなら一緒に採りに行ってもいいって!ね!行こう!」
「ふふ。そういうわけなんです。リタと一緒にお願いするわ」
「それは構わないんだが」

 ロンドはぼんのくぼを叩きながら質問した。

「探す葉っぱっていうのは、どんな葉なんだ?」
「えっ、えっとね……?」

 たちまち大きな琥珀色の目を泳がせたリタを、その祖母が軽く睨んだ。

「もうリタ、しっかり覚えていないとだめじゃないの。もう一度言うから聞いてね。黄色っぽい、丸いつぼみが付いているのよ。葉は三角形ね。分かった?」

 その細部に渡る説明に、ウィルバーが眉を上げた。

(……どうかしました?)

 仲間の変化にいち早く気づいたシシリーが、そっと彼に尋ねる。

(………。いいえ……なんでもありません)

 依頼主たちにそれと分からぬよう小さく否定を発したウィルバーは、≪万象の司≫と呼ばれている古代の魔法のアイテムを不安そうに握り締めた。
 彼ら2人の様子にまったく気づくことなく、明るい表情になったリタは、

「それじゃあ行こうよ!先に行ってるね!」

と一行に呼びかけるが早いか、部屋を飛び出してしまった。
 その弾丸のような様子に呆気にとられたままのシシリーに、ベッドで身じろぎした婦人は少女のようにふふっと笑いながら謝罪した。

「落ち着きのない子ですから……すみませんが、付いていってやってください」

 そうそう、と彼女は肉の落ちた手を合わせた。

「もうお渡ししておきましょう。ほんの気持ちですが……報酬です」

 銀貨200枚を受け取った旗を掲げる爪は、そっと彼女に病について問うた。

「不治とまではいきませんが、なかなか珍しく、治りづらい病気のようですね」

 めまいが頻繁に出るようになり、歩くのもつらくなるそうだ。
 家の中のこともゆっくりやらなければ危ないだろうし、このまま症状が進んでいけば動けなくなることも想像に難くない。
 そんな病に効くという葉がある近くの山は蜂が出る程度で、妖魔たちの心配はないという。
 ですから、と彼女は続けた。

「ただのリタのお守りだと思ってくれてかまいませんわ」
「そうですか。……あの……」
「あら。何かしら?」
「お聞きしたいことがあるのですが」

と訊ねづらそうにしていたウィルバーだったが、お茶の葉についておもむろに切り出した。

「あの葉の特徴については……お医者様に教えてもらったもの……なんですよね?」
「………」

 無言の依頼主は、相変わらず少女のような微笑みを絶やさない。

「黄色っぽくて、丸いつぼみ。三角の葉っぱがついている。この特徴の葉からできるお茶は、特効薬でも薬用でもない。ただのお茶ですよ」

 ウィルバーは真っ直ぐに目を見返して確認した。

「あの子と一緒に探す葉は、本当にこの葉でいいんですか?」
「……はい。私が探して欲しいのは、その葉で間違いありませんわ。病気に効くかどうかは、別だけれども」
「……どういうことですか?」

 ここで老婦人は居住まいを正し、出来るだけ背筋を伸ばして彼らを見つめた。
 優しげな微笑は、潮が引くように消えている。

「みなさまに、お願いがあります。私を殺して欲しいのです」
「………」

 やはり、とテアは思った。
 寿命の近い者が迎える覚悟をした気配。
 自分の未来が無限だと根拠もなく信じている若者と違い、テアはすぐ見えている終わりを理解した人間がどんな風になるのかを、嫌というほど知っていた。
 老婦人は静かに話す。
 お茶が病気に効くというのは真っ赤な嘘だと。
 
「それじゃあ、殺して欲しいというのは……?」

 安楽死を望んでいるのか、とテアは言外に問う。
 それを察して頷いた老婦人は、きゅっと口を結んだ後に応えた。

「この依頼は、元からそのつもりで出しました。あの子はこのことを知りません」

 病は一生完治することはない、と彼女は断言する。

「症状を軽くすることなら出来ます。しかし、それはたいへんお金のかかることなのです……」
「それで、殺して欲しいと?」

 自らの倫理に反する願いに、泣きそうに顔を歪めてシシリーが訊いた。

「薬代くらいはあります。亡き娘たちが遺してくれたものです。ですが、私はリタ……あの子に、学校に行って欲しいのです」

 病気の治療を続ければ、その学費を出す余裕はなくなってしまう。
 短い余生を楽に過ごすことより、孫娘の価値ある未来のために遺産を使いたい――彼女の決心は固いようだった。

「でも、それは……」
「分かっています。殺してもらったとしたら、どういう事情があろうとこの町ではあなた方は犯罪者です」

 シシリーの言葉の機先を制し、老婦人はそうならないように手配をしてある旨を言い募る。
 だから、あの子のために自分を殺して欲しいと。
 冒険者たちの間に、つかの間沈黙が訪れたが――。

「……そんなのはだめだ。あなただって分かってるはずだ。人殺しなんて、したくない」

空となるか2

 驚くべきことに、こう言い出したのはテーゼンだった。
 悪魔であるはずの彼が、楽に死ぬことを望む人の願いを退けたのである。
 確かに、今この女性へ死を与えて、その魂を従属させることは彼にとっては簡単だ。
 だがそれを行なえば、このパーティは立ち直ることが出来なくなる。
 今、人間たちに混じって暮らすのがなかなか楽しいのに、あえて居心地悪く変質させたいとはテーゼンの考えにはなかった。
 それは、どれだけ前の依頼のことを旗を掲げる爪が引きずっているのかの証明でもある。

「でも、私は……」

 狼狽したように言葉を重ねようとした彼女の衰えた腕を、そっとウィルバーが押さえた。

「学校やお金が一番ではないはず。あの子の気持ちを考えてください。たった一人で残すつもりですか?」

 ウィルバーは知っている。
 シシリー・ロンド・アンジェの、血縁という存在が始めからいないことを宣言された、ふとした時に垣間見せる孤独を。
 だからこそ、最後までこの老婦人には孫に寄り添っていて欲しい。
 思い出を一つでも多く、リタに刻んでいって欲しい。
 その願いが出来るだけ伝わるように、軽く上膊部を叩いた。

「リタの気持ちを考えてください」
「……そうですよね……あの子は両親も、兄弟もなし……」

 残るは私ひとり、と呟いた彼女は、しばし自分の思考に耽ったようだった。
 この小さいが居心地のいい家に一人残される孫を想像したのだろう、ぎゅっと血管の浮き出た手で寝具を掴んだ。
 深呼吸をひとつすると、

「申し訳ありません、私が愚かでした……」

と顔を上げて言った。

「私の自己満足な考えどころか、皆さまにまでご迷惑を……申し訳ありません」
「迷惑って、何の話です?」

 気持ちが通じたことに、目じりに光るものを隠してシシリーが続ける。

「受けた依頼は、お茶の葉を摘んでくることだけですよ。……それじゃ、依頼のために出発しましょうか」

 立ち上がった彼女に一行が頷くのと同時に、とうとう焦れたらしいリタがドアの外で叫んだ。

「ねぇ、まだー?早くー!」

 可愛らしい催促に彼らは微笑んで、頭を下げる祖母に行ってきますと別れを告げる。
 これからも生きる決意を固めた女性のために。

2016/02/16 22:10 [edit]

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