「あのさー、僕知りてぇことあるんだけど」

 ある日の朝、もぎゅもぎゅと胡桃入りパンを頬張っていたテーゼンが問うた。

「ウィルって、どうして魔術師学院だかって所を辞めたの?」
 同じように朝食を食べていた孤児院出身の三人組は、ぴたっと動きを止めた。
 まるでゼンマイ仕掛けの人形が動きを止めた様子に似ている。
 しかし、彼らが人形と違うことを明確に示すように、その顔にはだらだらと冷や汗が流れていた。

「えーと…うーん…それは言ってしまって良いのかしら?」
「そういう事情は自分からさせるのが一番なんだけど……本人が語るのも嫌だろうしな」
「あたしたちから言っちゃったら、おっちゃんに怒られない?」
「え、何。そんなに深いわけがあるのかよ?」

 目を丸くしてテーゼンは驚いた。
 ただ単に話題がないから聞いただけだったのに、まさかそこまで言いよどむとは思わなかったのである。
 これは余程の事情があるのだろうか、このまま聞いてしまって大丈夫なのだろうか――通常の人間であれば、ここで「いや、言わなくてもいい」と止めるところだろう。
 だが、テーゼンは何だかんだ言って悪魔である。
 どうして言えない理由があるのかなど、察するなんてできない。

「なーなー、どうして辞めたんだよ?」

と、再び尋ねてみた。
 それでも躊躇していた三人だったが、こういう時はリーダーの役目だろうとロンドとアンジェが揃ってシシリーに目をやる。

「二人ともずるいんだから……」

 ふて腐れながらも、シシリーは座っていた木製の椅子の角度をちょっと動かし、ちゃんとテーゼンのほうへ向き直った。

「うーん、つまりね…。ウィルバーはまだ30代で、女性から異性として見た時の条件はそんなに悪くないわけ」
「いきなり何?そういう話が関わってるってこと?」
「ええ、結構関わってる。彼は誠実で穏健で謙虚で、実家だって裕福よ。私たちのいた孤児院も、院長やウィルバーの実家の資金を元に建てられたからね」
「へえ……でも、そんなに安定した経済事情と性格してたら、ますます辞めることないんじゃねえのか?」
「それがね。結構長く付き合ってた女性が、賢者の搭の職員にいたんだけど……」

 結婚も視野に入れていたその恋人に振られてしまった、らしい。

「何で振られたの?」

 それを聞いた瞬間、シシリーはさっと目を逸らした。
 更にテーゼンは他の二人にも視線を走らせたが、やはり目を中空に彷徨わせている。
 かなりの時間が経った後、負けた印に両手を軽く上げたアンジェがテーゼンを自分の傍まで呼び、ちょいちょいっと指を動かした。
 耳を貸せ、の合図である。
 しゃがみ込んだ彼の耳にだけ届くよう、手で覆いを作ったアンジェはそっと囁いた。

「つまりさ。ウィルバーの髪が近年薄くなったのが、気に入らなかったんだって」
「…………気の毒に」

 テーゼンはしみじみと言った。
 確かにこんなこと、本人は口にしたくはないだろう。
 テーゼンは三人に頼み込まれ、ウィルバー本人に何故魔術師学連を辞めたのかについて知った件は秘密にすることにした。
 ただ、宿の亭主が頭部を気にするたびに、何となく視線をウィルバーから逸らしてしまうようになったのは――まあ、不可抗力である。

2016/02/04 14:11 [edit]

category: 小話

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top