ぶん、と勢いよく振られたスコップを辛うじて避けて、シシリーは目の前の家族同然の男から身を離した。
 幼い頃から、彼の膂力が常人とはかけ離れていることは承知している。
 ただの棒切れでも痛打を与えられるロンドが、見かけこそスコップに過ぎなくても、切れ味が良いだけの魔剣以上に恐ろしい武器を手にしているのだから、手合わせとは言え、必死に回避し続けなければならないのは自明の理だ。
 一合一合を真っ当に受けようとしたら、こちらの腕がイカレてしまう。
 幸い、若い頃に院長が使っていた古い鎖帷子を使っている彼より、革鎧のシシリーの方が遥かに動きやすい。
 それにロンドには、敵を追いかけるとつい防御を忘れて、思い切り武器を振りかぶるくせがあった。
 案の定、距離を取ったシシリーに突っ込んでくるロンドの右脇が、ほとんどがら空きになっている。
 ここだ、と思う前にシシリーの長剣が、吸い込まれるように――。

「あ――」

 ぴちゃん、と血が刃を滴る。
 脇は人体の急所の一つである。
 特に、斬られてしまうと出血が激しい。
 慣れ親しんでいた若者の巨体は、怪我を抑えるように蹲って倒れていた。

「あ――あああっ!ロンド!ごめん、ごめんなさい!」

 それまで店の中から手合わせをのんびり眺めていた魔術師とホビットの娘が、血相を変えて中庭へと走り寄ってくる。
 老婆は有翼種の青年に何事かを告げ、急いで2階へ追い立てた後に、宿の亭主から布を渡されてやはりこちらへと向かっていた。

「いや…いや…神様っ。神様、お願いです!私から家族を奪わないで、この人を助けて!!」
「落ち着け、シシリー殿。この布で傷口を縛らんと」
「ロンド、ちょっと鎧のベルトを緩めますよ。すこしこっちに身体を回して……」
「姉ちゃん、姉ちゃん、駄目だって!そんなにしたら血が出ちゃうよ!」

 年長組みは傷の具合を確かめながら、的確に応急処置を施そうと手を出し始めた。
 手合わせのつもりが致命傷を与えてしまい、半狂乱になってロンドを揺さぶろうとしているシシリーを、アンジェが背後から四苦八苦しながら抑えようとしている。
 一人だけ2階に追い立てられているテーゼンの、他のベテラン冒険者の癒し手にロンドへ処置をしてもらうため駆け回っている足音が、遠い国の出来事のように響いていた。

「あああ……神様、お願いします、ロンドを助けて……」

 すでに全力で抑えにかかっているアンジェをものともせず、シシリーは脂汗を滲ませているロンドの身体に取りすがっていた。
 その右手が。

「……光ってる……?」

 アンジェが小さく呟いた。
 それははっきりと分かるものではなかったが、確かに仄かに光っていた。
 温かい、淡い淡い太陽のような、小さな光。
 その小さな光が触った傷口が、より白く発光して薄まっていく。
 同時に、時間をかけて死人の色に近くなっていたロンドの顔に、血の色が戻り始めている。

「そりゃ……もしかして、お前さん……」
「聖北の奇跡…?」

 目の前でまさに奇跡を起こしている自分たちの仲間を、年長組みはぎょっとした顔つきで見つめた。

 この日。
 一応傷は塞がったものの、他のベテラン冒険者に診てもらい、大事を取って寝ておけと言われたロンドは、男用の共同部屋のベッドへ窮屈そうに横たわっていた。
 彼の怪我を初めての奇跡で癒した娘のほうは、精神的緊張がひどかったらしく、ロンドが自分の足で立ち上がるのと入れ替わるようにぶっ倒れてしまった。
 今も彼女は寝床の中である。

「びっくりしたぜ……ばあ様から言われて、てっきりもう白髪男がやべえと思ってたのに、助けを呼んで来たら立ってるんだものなぁ」
「お前、その呼び方いい加減やめろって。……俺だって、あの時はもう駄目かもしれないとは思ったよ」

 とても死線を彷徨ったとは思えない気軽さで言葉を交し合う二人を他所に、ウィルバーは一際厳しい顔つきになって言った。

「偶然とは言え、シシリーのおかげで命を拾ったんです。これからは二人とも、手合わせであの世を見てくるのはやめて下さい。そんなに死にたいのなら、私がいくらでも危ない依頼を選んで差し上げます」
「うげ……今日は本当に俺が悪かったっすよ、ウィルバーさん。反省してます」
「テーゼン、あなたもですよ。今回のようなことがあれば、容赦なく私は叱りますからね」
「しないしない、こっちの脳みそ筋肉と一緒にしないでくれ」
「ああ!?」
「なんだよ、本当のことだろ」

 ピキ、と青筋の立つ音がした。

「私は……お  や  め  な  さ  いと言ったんです」

 それとともに、今日取得したばかりの呪文【理矢の法】を詠唱する声が聞こえる。

「ぎ、ぎぎゃあああああああ!!」

 後日、この部屋の前を通ったある女性冒険者が、魔力の爆発音を聞いたと証言しているのだが――それが語られることはない。

2016/02/04 12:59 [edit]

category: 小話

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top