「おや、あんた達、その貼り紙に興味があるのかね?」

 顔を突き合わせながら一つの羊皮紙を眺めていた孤児院出身の三名に、宿の亭主が声をかけた。

ちょっとだけ150仕様1
 ここは老舗の冒険者の店≪狼の隠れ家≫。
 保守的な経営者の方針から、ここに来る面子のほとんどがすでに登録した冒険者からの紹介なのだが、彼ら一行はその方針から大きく外れた稀有な例だった。
 孤児院からひとり立ちするよう通告を受け、院長の弟である魔術師に連れられてきた若者たちである。
 金髪碧眼の聖北教徒であるシシリー。
 彼女は油で煮込んで固くした革鎧を身につけ、無骨なデザインのありふれた長剣を腰に佩いている。
 しきりに瞬く瞳には、好奇心ではちきれんばかりの光が満ちている。
 白髪に厳つい身体つきが目立つロンドは、丁寧に修繕したらしい古ぼけた鎖帷子を着ており、大抵の人間がぎょっと眼を見張りそうな巨大な棍棒を、無造作に椅子へ立てかけている。
 常に「へ」の形に結ばれている口元を見る限り、きかん気でとっつき難い印象を強く与える少年だが、魔術師に対してはちゃんと敬称で呼びかけていた。
 ホビット族の少女であるアンジェは、先ほどから短剣を鞘つきのまま弄んでいる。
 その手つきは中々堂に入っていて、危なげというものがなかった。
 一見すると小さな女の子にしか見えないが、この三名の中でも特に現実主義者であることに気づく者は、そう多くはない。
 本当の家族さながら、彼らは賑やかに自分たちのこれからを話し合っていたが、魔術師が宿の掲示板からひらりとこの羊皮紙を取ってきて机上に置くと、同じタイミングで口を噤んで覗き込み始めたものである。

「しかし、4人だけじゃ少々心許ないな…。そうだ、ちょっと待っててくれ」

 宿の亭主はひとまず彼らを留め置くと、宿のテーブルの一つについていた怪しげな二人連れに言った。

「あんた達、確か仲間を探してる最中だったろう。もしなんだったら、彼らと組んでみたらどうかね?」
「おや、こんな皺くちゃの婆と組んでくれる奇特な若者がおるのかえ?」

 すかさず亭主の声に応じたのは、怪異な容貌を持つ老婆であった。
 尖った細長い鼻が口に届きそうなほど伸びており、ヒヒヒという笑い方がその醜悪さに輪をかけている。
 老婆の手元にはよく使い込まれた竪琴があり、その精緻な細工だけが彼女にまったくそぐわない――いや。
 もう一つ、老婆の向かい側に座っている青年もまた、そぐわない連れであろう。
 濡れたような黒髪から覗く白い美貌は、大概の美男美女に慣れているこの宿の常連客にも見惚れさせる力がある。
 ただし、当たり前の人間ではない証に、その背からは黒い翼が生えていた。
 あまり知識のない者なら、ただの有翼種だと言っただろう。
 専門の知識を持つ者、またある程度の冒険をこなしてきたベテランならば、彼をこう呼んだだろう。
 悪魔、と。
 ただ、この青年を平気で宿に置いている亭主と、行き倒れていた彼を拾って世話してきた老婆の二人だけは、青年――テーゼンが、今はさして人に脅威をもたらす存在ではないことを承知していた。

「魔術師や戦士、盗賊のいるパーティなんだ。テアとテーゼンなら彼らと組んで十二分な働きが出来ると思う。どうだ?」
「亭主殿がそう仰せなら、是非もないね。紹介してもらおうか。そうだろう、テーゼン?」
「ああ」

 奇妙な二人連れを亭主に紹介された若者たちは、最初こそ妙な顔つきになったが、赤子をあやすように竪琴を抱く老婆の優しい手つきや、意外と人懐こい笑みを垣間見せる青年の様子に警戒を解いた。
 互いの自己紹介を行うことにする。

「私はシシリー。聖北教会の修道士で…まだ奇跡は起こせないけど、修行は続けています。戦いの技も習っているので、もし戦いになれば彼と前に立つことになるかと」

 年の頃なら17、8歳の金髪の少女がそう名乗って横を向くと、大きな体の若者がもっさりと口を開いた。

「俺はロンド。……その、見ての通り戦士だ」

 シシリーも女性にしては背が高い方ではあるが、全体的なバランスとしては柳の木のようにしなやかですんなりしている。
 同じ年頃でありながら、比べるとロンドはまるで年を経た大木であった。
 がっしりとした肩幅は厳つく、厚い胸板と相まって、決してこけおどしではない実用的な筋肉のつき方をしている。
 ちょっと力を込めれば、ただでさえ太いこの腕は、貴婦人のウエストよりも膨らむのではないだろうか。
 その腕にしがみつくようにしていたホビットの女の子が、朗らかな様子で微笑んだ。

「大丈夫、兄ちゃんは悪いヤツじゃないよ。あたし、アンジェ。忍び足とか罠の解除なんかが得意だよ」
「なるほど、あんた達三人で、必要そうな職種は全て抑えているわけだね…じゃ、こっちの兄さんは…」

 テアが視線を向けた人間は、恐らく30半ばか、すこし若いくらいであろう。
 ごく平凡な顔つきの男性で、強いて言えば唇がやや薄いことと、髪の毛の量にいささかの不安が見られることが特徴と言えば言えるのかもしれない。
 彼は老婆の促しにすぐ気づいた。

「ええ、魔術師です。ウィルバーと申します……私が彼らをこの店に連れてきた張本人でもあります」
「この店に伝手でもあったのかい?」
「と申しましょうか……昔の同僚が、こちらで名を上げて英雄になったとかで。特に紹介をしてもらったわけではなく、単に知ってる冒険者の店がここだったものですから。私がちょうど冒険者として身を立てようかと思っていたら、兄が経営している孤児院から彼らを冒険稼業に就かせたいのだがと、手紙で知らせてきましてね」

 孤児院では、近くの村の働き手や村の護衛を行なう自警団の人材を輩出してきた。
 また、成人したらすぐ働けるよう、孤児たちには色んな職業の大人たちが子どもに合った特技を教え込むのだが…。

「彼らは揃って冒険者に対して適性を示したわけです」
「それで院長が危ない仕事にすぐほっぽり出すのを躊躇って、困り果てた上であんたに相談したんだね」
「仰るとおりです。学連を辞めたばかりの私の身からすると、渡りに船というやつでして。ま、付き添いがてらパーティを組んでみようかということになりました」
「なるほどねえ…わしゃテア。竪琴を見たら分かるだろうが、吟遊詩人をしてる。こっちの若いのはテーゼンで、有翼種だよ。旅の途中で連れになってくれた。野外の活動に慣れてるから、森での斥候役にぴったりだろう」
「素晴らしい。こちらが欲している人材、ということですね」

 ある程度まで腹を割った自己紹介が済むと、宿の亭主が機を見て近づいてきた。
 この宿には割と長く居ついている冒険者も多く、現在使っていない呪文書や便利なアイテムなどもだぶついている。
 ≪狼の隠れ家≫でやっていける、という実力が示されたなら、それらの貸与もしてもらえるという話を亭主はした。
 机に置きっぱなしになっていた羊皮紙を、節くれだった人差し指でトントンと突付いて言う。

「その貼り紙は町外れの農家からの依頼でね…」

 亭主の言によると、農家近くの自然洞窟に緑の妖魔…ゴブリンの群れが住み着いてしまったものらしい。
 農家は自分たちに害が及ぶことを懸念し、金を出し合って妖魔を退治してくれる冒険者を雇うことにした、というのが依頼の概要であった。
 ありがちな仕事ではあるが、今の彼らの実力からすれば妥当なものだろう。

ちょっとだけ150仕様2


「どうだい、腕試しがてら挑戦してみちゃ?あんた達なら楽勝だろう?」
「そう言われると、出来ないなんて言えないわね」

 からかうような亭主の言葉に、シシリーが口の端を上げながら応えた。
 彼女が報酬を問うと、半日ほどの拘束で銀貨600枚だという。
 安めではあるが、拘束期間がさほど長くないことを考えれば否やはない。
 さっそく、シシリーたちは洞窟へ向かうことにした。

2016/02/04 12:57 [edit]

category: ちょっとだけ1.50仕様のゴブ洞

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