Thu.

金狼の牙と碧の街2  

 年老いてもなお黒々として濡れたような瞳が、《狼の隠れ家》の親父さんのごつごつした顔を射るかのように睨み付けている。
 顔立ちはさっぱりギルには似ていない。
 どちらかといえばオリエンタルな雰囲気を漂わせた女性で、未だにしゃんとしたしなやかな肢体は恐ろしいほど爆発的な筋力を隠していることを、≪狼の隠れ家≫に所属している者や、或いは彼女と面識のある者は知っている。

 トレトは傭兵をしていた際に雇い主と関係し、その子どもを身篭ったため出産後に冒険者へ鞍替えしたという経歴を持っている。数々の冒険で成功し、一財産を築いてから冒険者現役時の仲間だった少女を養女として迎え、雇い主との間にできた子――ギルを当時預けていた妹夫婦から引き取って鍛え上げた、≪狼の隠れ家≫の生ける英雄の一人だ。
 親父さん自身も一応にらみ返してはいるのだが、長い付き合いの――それこそ、現役の時を含め20数年にはなる――彼女には、なかなか敵わないことが多い。
 何しろ、《狼の隠れ家》の名前を一時的にしろこのアレトゥーザにて広めてくれたのは、彼女達のいたパーティーだったのだから。

「…その…睨むのは止めてくれんか」
「うちのバカ息子に嫁いでくれるっていう貴重なお嬢さんのエスコートが、なんで見慣れた禿げ頭なのよ。うっかりステンドグラスが反射して式場中が眩しくなったら、台無しじゃないのさ」

 付き合いが長い分だけ口も悪くなるのは、かつてツケ返済やとんでもない依頼で悩まされた意趣返しか、それとも昔のドレスのサイズが合わなかったことの八つ当たりなのか…傍らでギルの母であるトレトと親父さんとのやり取りを聞いていた娘さんには判断がつかなかった。
 なんといっても、娘さんはトレトと直接の面識はない。

 妙に緊迫した親(代理含む)たちを放置して、娘さんは視線を今日の主役に向けた。
 親友としても妹分としても可愛がっているエセルの纏っているのは、金狼の牙のギルの結婚話を聞いたかつての依頼人から贈られてきたウェディングドレスである。
 水色の絹地の上から、幾重にも蜘蛛の糸のように繊細なレースを重ねた贅沢な品で、清楚なエセルによく似合っている。娘さんは営業用ではない取って置きの笑顔を浮かべて言った。

「月並みな台詞になっちゃうけど、綺麗よ」
「ありがとう…リジー、私…私…」

 それ以上ははっきり言葉にはならないらしく、僅かに目尻へ涙を滲ませている。
 感傷的な、結婚式らしい雰囲気になった控え室だったが、二人が万感の思いを込めてそっと抱き合おうとした瞬間、恐ろしいほど無粋な音を立てて闖入者が現れた。

「ちっ、なかなかいい男がいないわ。…あら、エセル支度済んだのね。よく似合っているわよ」
「……驚かさないでよ、ジーニったら」

 一瞬だけすくみあがった心臓を宥めつつ、花嫁は苦笑せざるを得なかった。
 いつもは野暮ったい黒ローブに包まれている肢体は、現在ぴったりしたマーメイドスタイルのドレスを纏っている。
 こうして見ると、意外なほど女性らしいラインをしているのが分かるのだが、生憎と彼女のお眼鏡には叶う男はいなかったらしい。
 娘さんはジーニヘ呆れたように首を横に振った。

「そりゃあ、第一条件が自分と同じくらいの英雄だってんじゃ、到底無理ですよ」
「ええ、なんでー?いたっていいじゃないの、これだけリューンに冒険者あふれてるんだからさあ」
「よしんば、それで条件にかなう人がいたとしても…」

 そこまで口にしておきながら、娘さんは急に黙り込んだ。
 ジーニの恋人(定かではないが)らしき地位にいるのは、ほぼ間違いなく、眠たげな顔に感情を紛らわせるのが得意な、黒髪の彼である。いくら軽戦士としてゴロツキを退治するほどの腕を持った娘さんでも、そうそう敵に回したいと思う相手ではない。普通の冒険者でもごめんだろう。
 結婚する気は二人ともさらさらない筈なのに、それなりにお互いを優先させる関係になってどのくらい経つのか、それすら聞く勇気は今のところない。

「……そういえばアウロラさんは?」
「初めて挙式をとりしきるから、血相変えながら聖海教会の人と一緒に準備してるわよ。あんまりにも人手が少ないんで、たまたま仕事がなかったっていう助祭だか誰だかにも手伝わせてるくらいだものね」

 式を執り行うのは最初このアレトゥーザの司教の予定であったが、ギルが「知らない人間より、アウロラやってくれよ!」などと言ったばかりに、密かに氷の女史と恐れられている彼女へお鉢が回ったものである。
 仲間内で一番動じないはずの彼女も、初体験とあっていろいろ大変な様子だ。

「…心中お察しします」

 ぽつりと娘さんはつぶやいた。

2013/08/08 22:39 [edit]

category: 小話

tb: --   cm: 1

コメント

拍手ありがとうございます!

バルドラさん、拍手&コメントありがとうございます。ええ、何か話と言うかリプレイの流れで、良い意味でも悪い意味でもこれだけ執着してるエセルを、ギルが手離すはずないなぁ、というのに思い当たり…。
某環菜さんからも結婚式についてお話が出たので、思いきって書きました。エセルパパこんな花婿でマジすいません。

オランジェルのダウンロードありがとうございます。少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
……実はまだアップしてないシナリオが一つ……これもまたバルドラさんに頼らせて頂いてます。(小声)

URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2013/08/15 19:04 | edit

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