Thu.

敵意の雨 12  

 夜明けが近い。
 女はたった一人でその墓を作った。
 粗末な墓標である――到底、この下に眠る骸が、魔界でそれと知られたデーモンロードだ等と気づく者はおるまい。
 慈母のような声で何事かを墓の下へ囁いていた女は、ふと口を噤んでから振り返った。

「気を遣ってくれなくてもいいのよ、ギルバート」

敵意40

「・・・・・・気づいていたか。このまま黙って立ち去ろうと思ってたんだが」

 ジュビアは僅かに口角を上げる。

「心遣いありがとう。・・・・・・で、邪竜は倒したの?」
「ああ。ほら、この通りだ」

 そう言ってギルは、暗黒邪竜の死体から削り取った鱗をジュビアに差し出した。

「これは間違いなく奴の鱗だわ!信じられない・・・・・・!私たちや”鳳凰”たちとやり合った後だというのに・・・・・・」
「まあ、それだけ激しい戦いを繰り返したものだから、もうボロボロだがな」

 アレクの肩の上で、そのボロボロになったはずの”金狼の牙”たちを癒し続けてぐったりした雪精がピースサインを出したが、ジュビアにそれが見えたかどうかは定かではない。
 にやりと人の悪い笑い方をしてみせたジーニが、からかうように言った。

「今なら、あなたでも倒せるかもよ?」
「ふっ・・・・・・よく言うわ。仮にあなたの言うことが本当だとしても、そんなハイエナみたいなマネはしたくない」
「あっそ」
「でも・・・・・・あなた達はいつか私が倒すわ。負けっぱなしでは終われない」
「ふっ・・・・・・。やはりお前は生粋の戦士だな」

敵意41

 アレクの言葉に、彼女は「単純なだけよ」とだけ返した。

「さて。じゃあ帰るとしましょうか」
「だね」

 錬金術を使う賢者の言葉に、エルフの少年が首肯する。
 彼らの台詞に驚いたジュビアは、まだ船が来ないのにどうやって帰るつもりかと問いただしたが、ジーニは事も無げに答えた。

「何言ってるの。飛んで帰るに決まってるじゃない」
「飛んで・・・・・・・・・?」

 ちょっと昔のこと。
 雷神に仕えるものと風神に仕えるものの間で争いがあった依頼で、”金狼の牙”たちは風の司祭からリューンの常宿まで魔法で飛ばされたことがある。
 ジーニが最近になってようやく開発したのは、その応用を使った特殊な風による瞬間転移魔法であった。

「よほどのことがない限りはやりたくないんだけどね~。尋常じゃないくらい疲れちゃうから」
「そんな魔法まで使えるの、あんた・・・・・・?」

 ほら並べ並べと仲間に指図したジーニは、ジュビアから化け物を見るような目で見られて、ちょっとだけ心にダメージを負った。

「ジュビア。お前はどうする?何だったら一緒に帰るか?」
「え・・・・・・」

 何でもなさそうに言うアレクの肩に肘を乗せ(アレクのほうが背が高いので、少々難しそうだったが)、ギルもにひゃっと気の抜けるような笑いをする。

「別に6人でも7人でも一緒だしな」
「・・・・・・申し出はありがたいけど、私はいいわ。この島でまだやることがあるし」
「そうか」

 アレクは小さく頷くと、懐に疲れきった相棒をしまった。

「お疲れさん、トール。超過勤務させてすまなかったな」
「ほんまハードでしたわ~、今回は。・・・でも、皆を信じていたさかい」

 体長15cmという小さな精霊は、強面の造作を柔らかなものに変えて笑った。
 それは、宿主と定めた青年への信頼と愛情に溢れている。
 それに気づいたアレクは、もう一度彼の頭を人差し指で撫でて労った後、彫刻によく例えられる白皙の美貌をジュビアに向けた。

「じゃあな。次会うときまでに腕を磨いておけよ」
「言われなくても。・・・・・・あんた達こそ、油断しすぎて足元救われないようにね」
「ああ」

 それは魔族であるジュビアなりの、激励の言葉だったのに違いない。
 いつもなら他人に偉そうな態度を取られるとむっとするジーニが、正確にその意を汲んで別れの言葉を告げた。

「よく肝に銘じておくわ。・・・・・・じゃあね」

敵意42

 風が彼女とその仲間たちを取り巻き、徐々にその嵐のような回転を早めていく。
 ジュビアが見守る中で、やがて風は光となり――空へと立ち昇ると”金狼の牙”たちの姿もそこにはなかった。

「さて――島を出る前に、もう一仕事していこうかしら」

 この言葉の後、実際にどんなことがあったかを見守っていた者はいない。
 だから、竜の島に突然できた墓標の群れ――それらを作り、魔物や人間の別なく埋葬したのが誰なのかは、一部の者以外には永遠の謎である。

敵意42-2

 そしてこの後、北方の辺境であるキーレにて徒手空拳の桁外れに強い女戦士が現れたと――リューンに噂が届くことになったが、それはまた後日の話である。

 一方。

 ・・・・・・・・・・・・すっかり暗くなった海港都市エルリースに6人の人影が降り立ったのは、午後10時頃であった。
 街はそろそろ眠りの精霊の腕に抱かれ、静まり始めている。
 時折、遠くのほうから酒に酔った男の声や商売女の嬌声が響くも――その眠りを妨げるほどではないのだった。
 ぐるぐると取り巻く小規模の嵐がおさまった後、術者は満足そうに辺りを見回す。

「到着、と。周囲に人がいなくてラッキーだったわね」
「まだ制御し切れずに、周り吹き飛ばしちゃうもんね!」
「・・・・・・悪意のない言葉が一番凶器になる時があるって知ってる?ミナス」

 しばしにらみ合いを続ける仲間を余所に、アウロラは自分たちの降り立った地点に気づいた。先日に泊まっていた宿屋の前である。
 無言で宿を見上げる彼女を気遣ってギルが切り出した。

「今日はとりあえず宿で休もう。起きてからシアノス商会の本部に行けばいい」

 ジーニに追いかけられていたミナスが、走りながら手を挙げて賛同する。

「さんせーい!!」
「そうだな、リーダーの言うとおりだ。・・・・・・ジーニ、そろそろやめようぜ。いい大人が恥ずかしいからよ・・・」

 唐突な鬼ごっこはともかくとして、一応”金狼の牙”らはとてつもない疲労を引きずっているからと、商会に向かうのは休んだ翌日に決定した。
 一行の最後尾を、アレクとエディンがゆっくり歩く。

「やれやれ。ゆっくり休養を取りたいものだ」
「そうだなァ。俺は明日色々予定が詰まってるんで、なるべく長く眠りたいもんだよ」
「そうなのか?それは知らなかった・・・・・・」

 幼い子どものようなあどけない顔で彼はエディンを見つめた。とんでもないレベルの美貌も、こういう表情になると非常に人間くさい。
 エディンは詳しく語ることなく、

「まあ、野暮用だがね。・・・大丈夫、商会の報酬を受け取った後で十二分に間に合うさ」

とだけ説明し、懐に精霊を入れたままの仲間の肩をぽんと叩いた。
 そして――”金狼の牙”たちは、ベッドにつくや否や泥のように眠り込んだ。たった一日で、あれだけの激戦を繰り広げたのだから無理もない。普通の冒険者であれば、疲労で5日は動けないだろう。

2013/05/16 00:08 [edit]

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