Wed.

敵意の雨 10  

 あの後のディアーゼの申し出――『殺さない代わりに邪竜退治を手伝え』という彼の言葉をギルが蹴ったのは、ディアーゼが邪竜と戦う理由の為であった。
 祖父と父親の敵討ち――それは彼の念頭にない。あるのは、100年ほど前に己が敗れたという屈辱を晴らすための復讐の念だけだったのである。
 もっとも、敵討ちを口にしたところで、平気で3組ものパーティを捨て駒として扱ったディアーゼに手を貸したかは別だが。

「こんなタチの悪い罠に嵌めておいて、今更手を貸せですって?」

 ふんぞり返って魔王を睨み付けたジーニが、びしっと杖の髑髏を突きつけた。

敵意30

「寝言は寝てから言え!!」

 ディアーゼが右頬を痙攣させながら、ものすごい形相でギルたちを睨みつける。普通の人間なら、その視線に2秒と耐えられないだろう。

「上等だよ・・・・・・!お望みどおりブチ殺してやらァ!」

 ディアーゼの言葉とともに、残っていた下級や上級の悪魔たちが召喚される。雑魚が邪魔で中々攻撃が届かないことに気づき、氷姫と化したミナスは舌打ちをした。

「おのれ、生意気な・・・!」

 部下の悪魔から【風刃乱舞】や【炎導剣】の技を喰らいながら戦っていたが、後方に佇むディアーゼが何か呪文を唱えていることにジーニが気づいた。
 声を封じるか、速攻で倒すか――。
 遠距離対応の攻撃に切り替えたジーニやミナスだったが、ディアーゼの詠唱が紡がれるほうが早い・・・・・・!

「うおおおおお!!!」

 ギルは【破邪の暴風】で周りを吹き飛ばしながら魔王に肉薄するが、後から現れるデーモンたちに阻まれ、その刃が届かない。

敵意31

「ククッ・・・・・・。準備は整ったぜ」
「これは――」

 目を瞠るギルの横にいつの間にか立っていたエディンが、眠たげな双眸を細めた。

「闇の・・・・・・魔力の渦!?」
「ディアーゼ!あたしたちを何処の世界にやったの!?」
「どこにも連れてってねえよ。俺たちは、山にいるままだ。この空間は俺が作ったんだよ。居心地はどうだい?」
(こいつ・・・・・・やっぱり魔力が半端じゃない・・・・・・!)

 少しでも気を抜けば、膨大な闇の魔力によって渦の中心に吸い込まれそうである。
 ギルがアウロラを、アレクがジーニを支え、エディンはミナスの腕をひっ捕まえ、慌てて自分のほうへと引き寄せた。

「舐めないでください、ディアーゼ・・・・・・!こんなチンケな風では、私たちを涼しがらせるぐらいしかできませんよ!」

敵意32

「チッ、この渦は象でも軽く放り込むんだが――てめえらには効かねえようだな・・・まあいい。ハナっからそっちの効果には期待してねえさ」
「え?」

 不審な声をあげたミナスの視界の中で、渦に巻き込まれたデーモンたちが悲鳴を上げている。彼らにも、この闇の渦は脅威なのだ。
 自分の部下を利用する為に作った魔力の渦――その戦い方に、エディンは嫌悪の顔になった。

「あいつらには――強力な助っ人を呼ぶための生贄になってもらったのさ」
「助っ人だって?」
「ちっとばかし体がでかくてな。島まで連れては来れなかったんだが・・・・・・力が必要になった時は、今のように生贄使って召喚――って考えてたわけさ」

 本来は暗黒邪竜との戦いにおける最大の切り札であったのだが、邪竜との戦いの前に札を切らざるを得なかったのは、さすがに”金狼の牙”というべきか。

「・・・・・・ッ!?」

 アウロラの顔が引きつる。渦の中心から現れた秘密兵器は、ドラゴンのゾンビ――体長30m程もある、腐りきった竜であった。
 かつて何頭かの竜に出会い、その生物の力強さや誇り高さを目にしてきた彼らにとって、骨や贓物がむき出しになっている竜の姿は衝撃的である。
 その昔、邪竜との戦いに敗れたエルダードラゴンだったという屍竜はしばし首をめぐらし――暗黒邪竜がいないことに怒り狂っていたが、ディアーゼに目前の冒険者を片付けたら邪竜の元へ連れて行くといわれ、山をも裂くような咆哮をあげた。
 確かにこんな巨大な竜に立ちはだかれたら、容易に魔王へ攻撃を届かせることはできない。
 しかしディアーゼは目算を誤った――彼らを相手にするのであれば、たった一匹の強敵を召喚するより、物量作戦を続けるべきであったのだ。

「がっ・・・・・・!!」

敵意33

 ディアーゼは信じられないという顔で、近くの召喚陣から飛び出した獣に引き裂かれた己の喉を右手で押さえた。
 彼の驚愕する視線の先には、≪エメラダ≫を構えたジーニと歌をうたい終わったアウロラがすっくと立っている。

「かかったわね。まずはあたしの呪縛――」
「ドラゴンに隙ができたところで、私がディアーゼの傍に神精ヴァンを召喚。前衛が堅固だからこその作戦ですが、上手くいって何よりです」

 ディアーゼの魔力によってこの世に留まらせていた屍竜は、創造主が斃れたため体がどんどん崩れている。
 しかし今のドラゴンゾンビからは怒りや狼狽などといったものはまったく感じられない。むしろ、その表情は安らかなものに見えた。
 恐らく魔力から解放されたことで、一時的に正気を取り戻したのであろう。

「・・・・・・それでいいんだ。本来の場所に帰れよ」

 じっと崩れゆくゾンビを見つめていたギルが呟いた。

「お前らに、頼み、ある」
「何だ?」
「俺の、代わりに、暗黒邪竜、殺してくれ。お前ら、強い。お前らなら、絶対、できる」
「・・・・・・」
「頼んだ、ぞ」

 ドラゴンゾンビはそう言って穏やかな笑みを浮かべると、塵となってとうとう崩れ落ちた。残骸を山風がさらってゆく。
 ディアーゼはもうとうに息絶えていておかしくはなかったが、まだ「何故だ・・・・・・!?何故勝てねえ・・・・・・!」と血と共に言葉を噴出していた。

「あたしたちの力が、アンタの想像を遥かに上回っていた――ってことじゃない?」
「・・・・・・!」

 冷酷に彼を見下ろしたジーニが放った台詞に、ディアーゼは歪んだ笑みを浮かべた。既に死相は濃く、話しているのが不思議なくらいだ。

「・・・・・・こんなことなら一時的にでも、他のデーモンロードに同盟を持ちかけりゃあよかったぜ・・・・・・」
「やめろ。想像しただけで寒気がする」

 疲れたようなエディンの声に、「ククッ」と魔王は笑った。やはりそれも歪んでいる。

「もし、てめえらが三下に殺されて来たら・・・・・・おもっクソ馬鹿にしてやる・・・・・・」
「さようならディアーゼ」

 ジーニの言葉が耳に入っていたかどうか――秀麗な三つ目のデーモンロードは、そこで息絶えた。
 その時、一行の背後で足音がした。
 ギルたちが一斉に振り返ると、無表情でこちらを見据えているジュビアが立っている。

「・・・・・・生きてたのか」
「そのようね・・・・・・。正直、自分でも信じられないけど」

 アレクの静かな視線とジュビアの真っ直ぐな視線がぶつかり合う。だが2人は構えるどころか、そのまますれ違った。
 ジュビアはディアーゼの亡骸に近づくと、ゆっくりと腰をおろした。

「間に合わなかった、か・・・・・・」

 ジュビアはそう言って軽くため息をつく。今の彼女からは、怒りや憎しみなどといった感情はまったく感じられない。
 どちらかと言えば――今の双眸から窺えるのは、悲しみや諦めの色であった。

「私が仕えていたのは、あくまでもこの子の父親。この子を助ける義理はあっても、義務はない・・・・・・仇を討つ義務もね」
(・・・・・・その割に泣きそうだけどね。アンタ)

 賢者の心中の呟きは知らず、ジュビアは赤子をあやすように、重いパンチを放つはずの手でディアーゼの死に顔を優しく撫でた。

「こんなお姿になってしまって――申し訳ありません、ディアーゼ様。私が不甲斐ないばっかりに・・・・・・」

 いつまでも、いつまでも撫でていた。
 涙は流していないのに――その頬に光るものがあるような気がするのは、どうしてなのだろう?
 魔王を倒したことに対して後悔も弁解もするつもりはない。手を出してきたのも、罠に嵌めてきたのも向こうである。
 ただ、今だけは――この目の前の女戦士に、優しい風が吹くことを祈らずにはいられなかった。

2013/05/15 23:59 [edit]

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