Wed.

木の葉通りの醜聞 9  

 大蜘蛛は馳せる――。
 女優イルマ・スカルラッティによって用意された食卓のもとへと――!

醜聞30

「さぁ・・・網にかかるのはあなたか私か・・・」

 アウロラは徐々に近づいてくる大蜘蛛の醜怪な姿を視界から外さぬようにしつつ、苦しげな吐息を漏らした。
 この罠はタイミングを逃がしてはならない。
 逃がしてしまえば、今までの仲間たちの努力も、面倒な教会からの手引きも、7人目の被害者の命ですら台無しになってしまう・・・それだけは御免である。

「勝負・・・!!!!!」

 声なき咆哮を正面から浴びせられながら、彼女はカッと目を見開いた。
 その大蜘蛛が範囲内に体の全てを滑り込ませた瞬間、アウロラは己の魔力を最大限まで燃やして罠のトリガーを引いた。
 たちまち、夜闇に走る白い細い閃光が、蜘蛛の巣をも凌駕するほどの複雑な紋様を描く。
 それは聖北教会による円陣――魔法陣であった。

醜聞31

「かかっ・・・た・・・!」

 ぽたり、と彼女のこめかみから顎へと汗が伝った。
 その陣は、あわや大蜘蛛がアウロラの喉笛をかき切る寸前に発動したのである。
 かくてこの大捕り物はアウロラが完全に掌握した。

「これが聖北教会へ円陣の開発を頼んだ理由です!」

 両の手で結んだ印を叩いてその終焉とする。
 この魔法陣には強力な【破魔の印】が組み込まれていた。
 アウロラは、陣の中へ残されたこの事件の顛末を確認して呟いた。

「・・・・・・やっぱり・・・」

 だがそこまでが限界――。
 目前の景色がぐにゃりと音を立てて歪んでいく・・・。

「翡翠の海の対毒結界といえども・・・・・・さすがに一気に中和できるような毒ではなかったですか・・・」

 アウロラはがっくりと膝をつき、やがてその場へ倒れこんだ――が。なにやら、誰かに呼ばれている気がする。

「お起きになって」
「つ・・・っ」

 アウロラが緋色の双眸を見開くと、そこにはいつもの上等な衣服に身を包んだ女優イルマ・スカルラッティが立っていた。

「蜘蛛の消化液をお飲みになったのよ。中和液を飲ませておきましたが暫くは動けませんわよ」
「そう・・・ですか・・・」

 何故自分を助けたのか。
 そんな当たり前の疑問を、アウロラはわざと口に乗せなかった。乗せる必要はないと思った。

「・・・・・・。名乗らぬ画家様、教えて下さいませ。何故・・・何故。私の全てをお知りでいらっしゃるの?」

 どこかあどけない幼女のようなその問いに、つかの間アウロラは微笑んだ。

「偶然の積み重ねに過ぎません、が・・・。そうですね・・・最初は・・・木の葉通りの変死事件を知り、死体を見る機会がありました」

 あの時にアウロラは思ったのだ。
 その死体は、血や水分を「啜られた」のではなく・・・「消化された」と考えるべきではないのかと。それが全てのきっかけであった。

「相手に消化液を流し込み後から回収する――。そう、体外消化です。そんな芸当、人にはできません」
「ええ・・・そうです・・・それは蜘蛛の食事法なのですよ」

醜聞32

「次の偶然はとある外交官との話でした。マリーオ氏はご存知ありませんか」
「・・・・・・・・・」

 だが女優は黙したまま。

「実を言うと貴女は・・・私とも面識があります。しかしその反応はまるで初対面」

 そこでアウロラは考えた。マリーオ氏の虚構か、イルマ女史の虚構か、第三者の振るまいか。貪欲な彼女は、とことん調べつくしてみたのである。
 その結果、マリーオ氏に嘘がないことは判明した。
 イルマ女史も、女優スカルラッティとして非常に確かであるらしい・・・では何故話がすれ違うのか?

「それは貴女がスカルラッティでありながらスカルラッティではなかったということです。本当の女史は・・・左利きでしたからね」

 悪戯っぽく片目を瞑ってみせたアウロラは、変死事件にそれをつなげたことに話を向けた。
 規則的に起こる事と大蜘蛛によって手が下される事。
 動機が金銭でも怨恨でも艶事でもないとなれば・・・愉快犯もしくは魔術的な何かであろう事。
 魔術的な何か・・・そこまで考えれば、真実までたどり着くのにそう遠くはなかった。

「そう、貴女は女優ですがスカルラッティ女史ではない・・・貴女が蜘蛛です」

 女優イルマ・スカルラッティは観念したようだ。ふぅ、と息を吐き出し空を仰いだ。

「あなたが・・・あなたが最後の1人でしたのに」

 そして彼女はおもむろに己を語りだした。

「私・・・魔女に飼われていた蜘蛛でしたのよ。人間の――とりわけ芸術という艶やかな分野は、私の光明でした」

 いつか人になり、技芸に酔い痴れ溶けてしまいたい。
 そんな思いを抱いていたある日のこと、魔女の家にイルマ・スカルラッティがやってきたのだ・・・。

「魔女は私と彼女の姿を入れ替え、人となった私にこう囁きました」

 1ヶ月に1度。蜘蛛に人の体液を啜らせることを繰り返し・・・7回。
 そうすればその人間の体は完全におまえのものになる・・・。

「人間と蜘蛛の魂が入れ替わる、と。私はあの醜悪な蜘蛛の姿に戻りたくありませんでした。そのためなら何だってしました」
「そして今日が最後の日だったのですね」
「ええ。記念すべき最後の日・・・なるはずでしたのに・・・」

 そう語る彼女の横顔に、暁の光が差し込み始める。

「ああ・・・夜が・・・夜が明けてしまう――」

 人として生きることに満足していたのであろう女優は、美しい笑みを残してアウロラに別れを告げた。
 彼女が蜘蛛に戻れば、可哀相な大蜘蛛もまた完全に元の姿へと戻るという。

「もう帰ります。もうこんなことは致しませんからご安心になって。さようなら、画家さん」

 まだ中和剤の効果から抜け出れていないアウロラは、黙って彼女が歩み去るのを見送った。
 女優として名を馳せている彼女の歩みは、やはりというか美しいものであった――。

「アウロラ!」

 横たわる彼女を発見して血相を変えたエディンが走り寄るのに、アウロラは苦笑して言葉を返した。

「遅かったではないですか。とうに事件は解決しましたよ」

 緋色の目線で促した、聖北教会によって開発された円陣の中心には、かつて大蜘蛛だったであろうイルマ・スカルラッティ女史本人が気を失って倒れていた。
 ジーニが短く問う。

「大蜘蛛は?」
「元に戻ったと言っておきましょう。詳しく語るのは、彼女の名誉に関わりますからね」

醜聞33

 それを聞いたミナスが首を傾げる中、アウロラがふと見上げた先では・・・細脚の女郎蜘蛛が巣を張り始めていた。
 露にでもあたったのだろうか。
 朝日に照らされ、その糸は瞬いていた。

 大蜘蛛にされていたイルマ・スカルラッティ女史はその間の記憶を失っていたという。
 気が付くと半年もの歳月が経過しており、身分は学者から一転して女優。一躍有名人となっていたのだ。驚かないわけがない。
 だが・・・。彼女は自分の最後の記憶が魔女の住処であったことは覚えていたらしく、深く詮索する事はなかったらしい。
 そもそもの依頼主である騎士団員は、事件の証拠や犯人の説明を当然ながら求めたものの、「これは事故であった」と語るアウロラの瞳に何を見出したのか、それ以上を聞き出そうとせずに「了解した」とだけ返した。

「事故の内容はこちらで調べがつくということだろう?詰まったら知恵を借りるということで、今回は手を打とう」

醜聞34

「ええ。分かりました」

 彼は報酬の皮袋を置くと、協力に感謝すると言ってその場を立ち去った。
 後日にやってきた外交官については・・・。

「アウロラさんに言われたとおり、後日改めて手紙を送りました」
「ええ。返事はきましたか?」
「はい。昔を懐かしむ文章とともに、論文についても快諾して頂けました。一体、彼女に何があったのですか?」
「女史からはお聞きになっておりませんか?」
「ええ。何分、事故に遭っていて、記憶があやふやになっていると」

 それを聞いたアウロラは、うっすらとした笑みを浮かべて依頼人を見つめた。

「残念ですが、そういうことです」
「そうでしたか。では報酬の方ですが・・・」
「いえ、結構」

 彼女の胼胝のできた指が、すっと暖炉の横の楽器を指差した。

「もう頂いております」 

醜聞35

※収入2000sp+1000sp※
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■後書きまたは言い訳

64回目のお仕事は、小柴さんのシナリオで木の葉通りの醜聞でした。
前回の後書きに書いていたとおり、恐らく全員が10レベルに達するであろうシナリオをどれにするかは、相当悩んでおりました。候補は今回の木の葉通りの醜聞の他、「帰らずの遺跡(カリン様作)」と「緊急の依頼にて(RE様作)」の二つを考えていました。
その中で特にこれを選んだ理由は、まず前回がダンジョン探索だったのでシティアドベンチャーをやってみたかったこと、”金狼の牙”たちがこなしてきた冒険とクロスオーバーが多いこと、戦闘よりもむしろシナリオ自体の話の流れが主であり、ストーリーがすごく引き込まれること・・・などがあげられます。
他の2作品もそれぞれに面白いところがあり、ダウンロードしている以上お気に入りのシナリオであることに変わりはないのですが、リプレイとして書き起こすことを考えた場合、これが一番かなあ・・・と思ったのが正直な感想です。

最初の世捨ての集落(カムイ様作)と希望の都フォーチュン=ベル(Djinn様作)は、当然ながら本編にはない流れです。ただ、帰ってくる時にここに寄ったよー、という報告をちらっと入れておくのが好きなだけです。
護衛求む(がじろー様作)階下に潜むモノ(ABC様作)のクロスオーバーは本編にあるとおりで・・・「サクッと寝る前カードワース」に収録された他作品とも色々クロスなさっていますので、気になる方はぜひ全部プレイしてからこちらを遊んでみて頂きたいと思います。思いがけないところにぽろっと過去の冒険話が出てくるのって、楽しくなりませんか?

主人公は頭脳派、とゲーム途中で指示があったように、本来であればここは魔法使いが主人公となるべきなのかな~と思ったのですが、最後に自分を囮にして蜘蛛を円陣へ引きずり出す辺り、ジーニよりはアウロラがやるだろうな・・・と思って彼女を選択しました。そもそもジーニだったら、ちょっと護衛した相手を助けるためにあそこまでするかどうか・・・場合によってはかなり酷いこともできる人なので、違う手段取りそうです。
円陣を開発したのは、アウロラが所属している聖北教会でしたしね。
蜘蛛の消化液についても、「翡翠の海(タナカケイタ様作)」で【玉泉の祝福】の付帯能力を手に入れた彼女ならチャレンジしそうだと思い、その辺もリプレイに付け加えてあります。
イルマ・スカルラッティ(蜘蛛の方)は、終始女優だのフルネームだので語られていましたが、元のイルマさんについてはイルマ女史で一環して書かれているようで、リプレイを書いている時に非常に感心させられました。私はどちらのイルマさんも好きなのですが、やっぱり自分の望みを叶える為になりふり構わないという蜘蛛のイルマさんの姿勢は、止められてしかるべきなのでしょうね・・・。

さて今回全員が10レベルとなりました。めでたいことです。
こんなに成長するまでリプレイを続けられるとは、始めた当初考えていませんでした。これも、わざわざこんなサイトにやってきてリプレイを読んで下さる優しい読者の皆さんのおかげです。ありがとうございます。
最後までちゃんと走りきりたいな・・・と思っております。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/05/08 05:15 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 4

コメント

ついに全員レベル10到達ですか。
高レベル帯のシナリオは中編~長編が多くなってくるので到達が長く感じますね。
しかしこの先、成長がないと考えると寂しさもあります。
自分のPCもレベル10に到達すると半隠居状態だったりします。

このシナリオ、対象レベルが高いけれども、戦闘難易度以上にハッタリの上手さも考慮されている気がします。
中級くらいの冒険者が自分の命をチップにするような大胆な作戦立てるのも似合わないかな、と。
熟練冒険者らしい様子を見せてくれると自分のPCが「成長したなあ」と感慨に浸れます。

URL | 堀内 #wKzDXcEY | 2013/05/08 07:22 | edit

こんにちは。先日は弊ブログに拍手コメントを残してくださりありがとうございました。読者の反応がほとんどなくて侘びしかったので、ずいぶんと感激してしまいました(笑)
木の葉通りの醜聞、いいシナリオですよね。ちょっと気取った文章に、参謀PCの冷静でありながらも熱い言動、信頼しあうパーティの連携、そして小さな生きものの人間へのかなしい憧れ、などなど、おいしいものづくしです。
そろそろギルたちの冒険が終わってしまうのは寂しいですが、リプレイの後輩として最後まで応援させていただきます(笑)

URL | 大根おろし炒め #- | 2013/05/08 14:23 | edit

はうっ!寝て起きたらすでにクロスオーバーしてもらっていた、何を言っているかわからないと思うが……な状態のくもつです。
お知らせありがとうございました。なんとタイムリーな!しかしこんな策士参謀カッコイイシナリオでくもつ亭なんて間抜け名前が出てると、あほさ5割増しくらいで相対的に本筋を引き立たせる効果が…ないです。すみません。
とうとう全員レベル10ですか。クライマックスですね。

ミナス特殊型なので、ED後レベル上限までおまけ一人旅を…とか一瞬妄想してみましたが、ググったら英明型はふつうに上限10でしたね。くそうー。

URL | くもつ #tnWn14Gw | 2013/05/08 21:12 | edit

コメントありがとうございます・・・!

>>堀内様
10レベルになると「ああ、もうこれ以上はレベルアップしないんだな~・・・」というしみじみとした気持ちになります。寂しいですよね・・・。

そうですね、ハッタリと腹の探り合い、謀略に陰謀とか聞くとドキドキワクワク(ぇ)しますね!熟練冒険者の参謀役として相応しいやり取りに終始燃えさせてもらえるシナリオです。

>>大根おろし炒め様
こちらでははじめまして!
美味しそうな名前だ~・・・とかほのぼのしてごめんなさい。(笑)
そうなんですよね、反応がないとリプレイ書いてて、「これ面白いと思ってる人いるのかな・・・」とか不安になります。
でも、コンソメセロリ亭の黒ヒゲニンジャトカゲさんたちは一筋縄ではいかない個性溢れるパーティですよね。ありさんのキャラ絵と大根おろし炒めさんの設定が相まって、石川啄木の一握の砂読んでるような強烈な印象(分かりづらい例えで、すいません)を受けました。
ただの冒険者と斜め方向に一線を画した彼らの冒険譚を、私も楽しみにしています。

このシナリオは前からお気に入りで、遊ぶだけなら長編という気がしなかったのですが、リプレイに起こしてみて結構長い事に気づきました・・・でもすごい面白かった。(笑)

>>くもつ様
ジャストタイミングで芸術関係が出てきたのですが、イルマさんが女優だという情報が明らかになった際、私の頭に思い浮かんだのはくもつさんの「ミューゼルって名前聞き覚えが・・・」の4コマでした。嘘です、ちゃんとリプレイも浮かびました。(笑)
前もって余裕をもってお知らせできずにすいません!思いついたらついやっちゃうので。

ええ、英明型は10で頭打ちなんですよ・・・。でもミナスのおまけ1人旅って、成長した姿で・・・?それって誰かに需要あるのでしょうか・・・。

URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2013/05/08 23:15 | edit

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