Wed.

木の葉通りの醜聞 6  

「な、何だい!?」

 そう気色ばむ女主人とともに、アレクは店内へと走り戻った。
 2人の視線の先には、椅子を武器で叩き壊したらしい酔っ払い・・・トラビス公の姿があった。

「トラビス公!何をなさいます!?」

 どろりと澱んだ酔眼がこちらを睨む。

「ラウラを出せ!あんた等、共謀して俺とラウラを引き剥がそうったって、そうはいららないぞ――!!」

 最早、呂律がまわっていない。錯乱しているのは明らかだった。
 必死に公を抑えようとする女主人の前に、アレクが庇うように立つ。

「下がってな」

醜聞19

「お客さん・・・!公は錯乱しておりますが剣術の使い手と聞きます・・・!」
「知ってるさ、心配ない」

 アレクの父方の祖父に当たるランダース男爵家は、一応はトラビス公の親戚筋に当たる。
 養子やらなにやらの縁組による遠い縁である上に、アレク自身がすでに男爵家とは何の関係性も持たない間柄であるがゆえに、アドレア・トラビス公はアレクのことを知りもしないだろうが――。
 一応、男爵家を抜けてきた父から聞き及ぶ公爵家の厳しい修行のことは、アレクも耳にしていた。
 おまけにこの男、各地を修行のために巡って様々な剣術を身につけているという。決して酔漢と侮れる相手ではない。ましてや、今は手加減もしてこないだろう。

「なんら、あんた?俺と張り合おうってか!」

 先ほどまでの千鳥足はドコへやら、途端、足取りだけは雄雄しくなる。
 先手を打って雪精トールを逃がしたアレクの胸元へ、トラビス公は脱いだ手袋を叩きつけるように投げつけた。

「意味知ってるだろ?決闘ら!」
「・・・・・・」

 こうなってくると、黙っていられないのがこの男の悪い癖でもある。
 アレクも無言で手袋を取り、横柄な宣戦布告に応じた。

「上等だ!かかってきやがれ!」
「ああ、そうさせてもらう」
「決闘だ!私はアドレア・トラビス!貴殿の名誉と誇りは今日で私の添物となる!!!」

 そう叫ぶトラビス公に、アレクは容赦なく竜を仕留めるためだけに編み出された剣術――【竜牙砕き】を見舞った。

醜聞20

 防具や装甲の僅かな間隙を見抜いて繰り出される急所突きは、どんな渾身の一撃よりも鋭く相手を貫く。
 向こう見ずなまでの攻撃にやや怯んだ公爵であったが、それでも戦意は喪失せずに、苛烈な反撃をアレクの腿へと喰らわせる。
 血の花が舞い、傍らで震えながら見守っている娘たちから悲鳴が上がった。

「どうした!それで仕舞いか!」
「まさか」

 怪我した腿を庇う仕草もせずに、アレクは愛剣を横一文字に構え、短い呪文を唱える。
 その刀身が先ほど散った血液よりも赤く燃え上がり、トラビス公が眼を丸くする隙をつくように、美しい魔剣士が得物をふるう。
 持ち前の反射神経と、今までの修行で培った勘でどうにか致命傷は避けたものの、トラビス公の体は硬い木で出来たカウンターへと叩きつけられてしまった。

「み、認めんぞ!!!」

と、喚きたてるトラビス公の眼前にアレクは立った。
 差し出された手に舌打ちをした公であったが、続く言葉に絶句する。

「ラウラ・パリッラはもう居ない。もう居ないんだ・・・」

 しばし、巨人の見えない拳に打ちのめされたかのような表情をしていたトラビス公は、酒焼けでひび割れた声で応えた。

「わかってるさ・・・それでも・・・認めたくなかった・・・」

 しばらくの間、辺りを泣き崩れる男の嗚咽が包んだ・・・・・・。

「・・・・・・また悪酔いしてしまった。何処の誰かは知らないが非礼を詫びよう」
「気に病む事はない。愛する者を失えば仕方のないことだろう」

醜聞21

 公爵はその言葉にしばし目を瞑ったが、やがて手袋を拾い上げて埃を払いながら呟く。

「俺がラウラにあんな事を教えたばっかりに・・・」
「・・・何を教えたんだ?」
「肖像画の教室さ。滅多に出歩く娘ではなかったから、他に外との接点が考えられない」

 アレクは女主人との会話を反芻した。曰く、『時期が来たら教えると言ったので詮索はしませんでした』という言葉・・・。
 「わるいね、お客さん・・・」と言って、傷ついたアレクの脚に包帯や傷薬を用意してくれた女主人は、思いがけない公爵の言葉にふと手を止めた。

「肖像画・・・・・・」
「・・・・・・貴女の肖像画だっただろう。今にして思えばな」

 公の説明によれば、その教室自体には叩いて出る埃はなかったそうである。道中で何かがあったのか・・・。
 痛ましげな表情でトラビス公は頭を横に振った。

「あんな酷い事になるのなら・・・いっそ教えない方がよかったというものだ・・・」
「その教室の名前は?」
「スカルなんとか・・・だったな。ほら、最近売れている女優の」
「それはどうも」

 アレクは参考になるかどうかは分からないが、ひとまず脳裏に書き留めておくことにした。
 外套の懐の中では、人知れず帰ってきていたトールが、

「スカルゆーたら頭蓋骨とちゃいまっか?えらい物騒な名前でんな~」

等と呑気な意見を述べている。それにやれやれと小さくため息をついていると、公がしげしげとアレクの顔に見入っていることに気づいた。

「しかしあんた・・・何処かで見たことあるんだよな」
「夢の中でじゃないか?」

 慌てて誤魔化した。
 各地を修行しているとなれば、キーレでの大戦で蛮族の長を打ち破ったり、アニエスという黒魔導師を退治した彼ら”金狼の牙”について公が聞き及んでいる可能性はある。
 これ以上の追求を避けるためにと、アレクはトールを連れてほうほうの態で館から立ち去った。

2013/05/08 05:12 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

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