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木の葉通りの醜聞 4  

 さて、外交官マリーオの依頼を受けていたアウロラであるが・・・論文を返さないイルマ・スカルラッティ女史。
 意外なことではあるが、アウロラはまんざらに彼女に対して無知という訳ではなかった。
 つい先ごろ女優として有名になったのもあるが、アウロラは過去に彼女から依頼を受けていたことがあったのだ。

「ここまでで結構ですわ。護衛の依頼、お疲れ様でした」
「お安い御用ですよ」

 それはイルマ女史が、まだ女優として活動する前の出来事である。ちょっとした行きがかりで、彼女を護衛したことがあった。
 淡い金髪に上品な笑み・・・黄昏の中で微笑んでいた彼女を、アウロラは今でも生き生きと脳裏に思い描くことができる。

「わたくし、エントを見たのは初めてでしたわ。アウロラ様が居なければどうなっていたことか・・・」

と、かの女性は感謝の意を述べた。

「駆け出しの頃、フォーン村へ行商の護衛の途中に出会ったこともありましてね」

醜聞12

 トレセガ街道を通って荷を運ぶ行商人の護衛を行なった経験を、アウロラは懐旧の念を抱きながら話した。
 その言葉にイルマ女史はうっすらと笑む。

「経験豊富でいらっしゃるのね。今回の沈勇にして果断な処理も鮮やかでした。感謝致します」
「それと、依頼完遂の証にサインが必要になります。ここへ・・・」
「ええ、確かに」

 彼女はペンを手に取り、整った文体でサインをした。
 紙面を彩ってゆく文字――しかし、その書き方にどこか違和感を感じた。
 そう、イルマ女史は文を書くのに不都合な利き腕を持っていたのだ。それが、なんとなくアウロラの印象に残っていた・・・・・・。

 ここまで思い出したアウロラは、はて、と首を捻った。
 面識はある。イルマ女史は確かに華のある容姿をしていた・・・しかし女優としてはどこか腑に落ちなかった。
 少し前に芸術都市ミューゼルというところで見事な演劇を披露したという、くもつ亭の冒険者たちの噂を耳にしたことがある。
 噂で伝わってきた、彼らにはあったらしい「役を演じる」のに必要な要素――カリスマ性、情熱、役に入り込み客をも魅了する何がしかの因子――というものが、果たしてイルマ女史に備わっていたかどうか。
 それを考えると、どうにも疑問を禁じえない。

「私を覚えていることは期待できませんが・・・何かが警鐘を鳴らしています」

 冒険者としての勘なのか、アウロラの中の何かを疼かせている。
 目の前には当時の依頼の終点地、イルマ・スカラッティ女史の邸宅。
 どのように中へと通して貰うべきか決めかねている彼女が思案しているうちに、馬車の音が聞こえてきた。

(彼女ですね)

 アウロラは咄嗟に門に寄りかかって邸内を伺う振りをした。

「あら・・・あなた・・・?」

醜聞13

 こちらを覚えているかは相手の出方を伺わねばならない。アウロラは悪戯っぽく首を傾げてみせた。

「こんな質素な家に何か御用かしら?」
「いいえ、私は卑賤の画家でして」

 咄嗟のこととはいえ、あまり上出来でもない自分の言い訳に自嘲しながら彼女は言った。
 あの死体の傷跡を書き留めていたせいで、木炭は指に付いたままである。一応の説得力があるのは幸いであった。

「その純朴な様が気に止まりました。スケッチでもしようかと、ね」
「まあ!画家でいらしたのね。あなたの目を信じてお願いしたい事がございますの」
「藪睨みでもよければなんなりとおっしゃってください」

 イルマ女史によると、先日新しい絵を客間に飾ったはいいものの、どうにもしっくりこなくて悩んでいるところなのだそうだ。
 品評してほしい、という女史の申し出を快く受けると、アウロラは女史によって邸内へと招かれた。

「観て頂きたいのは・・・暖炉の右上にあるあの絵のことですわ」

 件の絵を指で示しつつ、彼女は「率直な感想を頂きたいのです」とのたまった。それは裸婦画だったのである。

醜聞14

 アウロラは少し考えてこう答えた。

「描きかけではないでしょうか?」
「なぜそう思われました?」
「淡いコントラストは右へ向かうほど濃くなり、人物へ影を落としています」

 だがその影は描かれていない。

「寄りかかったポーズも、その対象が暗示されていません。非常に抽象的であり・・・。そう、干からびた・・・いや」

 緋色の眉をひそめた。これと同じ表現方法を用いた覚えはなかったか・・・?

「まるで空っぽのような・・・」
「ふふ、面白い論評ですのね。とても参考になりましたわ」

 そう言うと、女子は暖炉の上にあった筆を右手に取り、空に筆を走らせた。

「その絵は私が描きましたの。先に言うと遠慮させてしまいますから、あえて伏せて聞かせて頂きましたわ」
「これは1本とられましたね」

 アウロラも筆を取り、真似て空に筆を走らせた。
 少し時間が経つと、アウロラは少し身震いした。そんな季節でもないのに――石造りの多い邸宅だからこその室温なのであろうか。
 隣にいるイルマ女史の服装はといえば、流行らしいシースルーのストールを纏うだけで、あまり温かい格好とはいえない。

「少し寒いでしょう。暖炉をおつけしましょう」
「いいえ、構いませんわ。それよりも・・・」

 言いかけた言葉は宙に浮いた。無粋なノックがかき消したのである。

「イルマ様、劇場へ行く時間でございます」
「・・・申し訳ございませんわ。次の舞台地へ移動しなくてはなりません」
「次はどちらまで?」
「アレトゥーザです」

 一ヵ月後にリューンへ戻る予定なのだという。
 また絵の品評をお願いしたいと申し出たイルマ女史に、アウロラは「ええ喜んで」と伝えて彼女を見送ることにした。
 引き止めてしまった礼だと言って、女史は黒く大きなケースを抱えて戻ってきた。

「こちらをお持ちになって下さい」

 そう言って引き出されたのは、上等な木を使ったであろうチェロである。

「驕奢はお断りですよ。飯の種にしかできません」
「構いません、私の気持ちの問題ですのよ。雄渾な品評代とお思いになって」
「そう言われては、どんな言葉も返す力がございませんね」

 アウロラはもったいぶって受け取った。
 良い絵が描けたらぜひ自分に見せて欲しい――そう言って身を翻した女史へ、アウロラは一つだけ訊ねた。

「お手の方、右利きですか?」

醜聞15

「・・・・・・?ええ、右利きです」

 イルマ女史は、一瞬訳が分からないといった顔つきになったが、ようよう答えを口にした。
 答えを聞いたアウロラは、慇懃に礼をしてみせた。

「誇り高き女優の花道に幸多き事を。それでは私もこれで」

2013/05/08 05:11 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

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