Wed.
木の葉通りの醜聞 1 
ここは≪狼の隠れ家≫――。
今日も不可解な謎と私情を抱えた依頼人が戸を叩きに来る。
地図作製組合から教わった秘境にて、見事に古代文明期の遺産を漁りつくした後。
世捨ての集落といわれる辺境の村でマジックアイテムの魔力充填を行い、希望の都フォーチュン=ベルにて≪魔法薬≫と≪解毒剤≫の練成を済ませて3ヶ月ぶりにリューンへ帰還した”金狼の牙”たち。


彼らは、つい1刻ほど前までのんびりと過ごしていたはずだった。
その平穏が破られたのは、とある手紙が元であった。
後光を背負う十字という独特の封蝋――聖北教会の関係者を示す印である。
宿の親父さんはわざわざ個室を用意して、人目を避けるようにして現れた依頼人を”金狼の牙”たちと引き合わせた。
「さて・・・。いきなりだが本題へ入ろう」
「ええ、結構よ」

ジーニは鷹揚に頷いた。
依頼人は騎士風の出で立ちをしており、まだ年は若いが凛とした雰囲気を漂わせている。
それもそのはず、彼は聖北騎士団の治安維持派に属するものであった。
互いの自己紹介を終えた後、依頼人――ロレンツィオに対し、アレクが声をかける。
「とりあえず椅子の方へどうぞ」
「いや、このままで結構」
ロレンツィオは手を振って断った。
そういった何気ない振る舞いや鎧の装飾に見られる、年不相応な威厳・・・アウロラはこの依頼人が高い地位の人物であることに気がついた。
背筋をしゃんと伸ばしたまま、彼は口を開く。
「貴殿らもご存知かと思うが、ここ最近木の葉通りで変死体が相次いで見つかっている」
杖の髑髏を無意識に指で撫でつつ、ジーニが応じた。
「ええ。ここへ騎士団が来るならこの件だと思っていたわ」
木の葉通りの連続変死事件――。
ここ半年、リューン市内で話題になっている事件である。
木の葉通りはいわずと知れた高級住宅街なのだが、そこで1ヵ月に1度決まって死人が出るというのだ。貴族を狙った物盗りか怨恨絡みのよくある事件だと誰もが思った。
だが一つ不可解な点があった。
・・・・・・遺体の変容である。
被害者らは決まって彼ら自身の体液を抜かれて死んでいたのだ。
これがこの凡庸な殺人事件を、にわかに奇妙頂礼な醜聞へと変貌を遂げさせた。
「犯人は吸血鬼ではないかと風評立った事件だ。承知のとおり解決はしていない」
「そこまではあたしたちが聞いていたとおり、ね」
「認めたくはないが。この件には人ならざる特異な存在の気配を感じてならない・・・」
呻くようにロレンツィオが言った。
ギルが手袋を外したままの手で頬杖をつきながら問う。
「同感だねぇ・・・で、何をしたらいいのかな?」
「ずばり解決だ。報酬は2000sp。生け捕れば倍出そう」
アウロラはやや眉を上げた。
(亡霊や亡者は払えども吸血鬼を専門にした騎士が居ないのですね。ええ、ええ。実に興味深い)
それに気づいた様子もなく、依頼人は「実は・・・」と話を切り出した。
来月、魔導都市カルバチアで各都市の大使が入れ替わる際に、大規模な式典が行われるらしい。
「我々はもとより・・・有能な騎士団員の多くはその式典の警護にあたるはずだ。式典が終わるまでの間でも構わない。”金狼の牙”の力をぜひともお借りしたいのだ」
ちらり、とギルが仲間たちを見やった。
実力と仕事内容に見合ったらしい報酬、一応の拘束期間、聖北騎士団というはっきりとした依頼元・・・依頼を受けるのに異を唱えるような要素はないはずだ。
案の定、他の仲間たちからは「止めろ」という意味を込めた目配せは一切来ない。ならば良かろうと、ギルは首肯した。
「分かった。その仕事引き受けよう」
「おお・・・ありがとう。教会の検死記録や報告書の閲覧を許そう。いつでも見に来るといい」
その言葉の後、騎士団員ロレンツィオは神経質そうに暖炉の周りを往復していたが、何かを思いついたらしく立ち止まった。
「すぐに連絡が付くよう≪狼の隠れ家≫付きの伝令兵を置こう。紙面には代表者の名前を書かせて頂きたいがどなただね?」
「伝令とか面倒くさいな・・・アウロラ、頼む」
「ギル、あなたねえ・・・ま、いいです。分かりましたよ。ロレンツィオさん、私にお願いします」
「了解した。チームの時も個人の時も連絡は全てアウロラ氏名義でお送りする」
依頼人はすかさず取り出したメモに、アウロラの名前を書き付ける。
優美な白い羽ペンと凝った装飾の携帯インク壺は、恐らく≪狼の隠れ家≫の一晩の宿代などよりもよほど高価なのだろうと、エディンは見当をつけた。
「引き受けてくれて感謝する。その馳せた盛名通りの顛末を期待させて頂こう」
「手は尽くしましょう」

ロレンツィオの期待の言葉に、
(私たちの手に負える相手と決まったわけでもないのですが・・・)
と内心苦笑しつつも、アウロラはそう言うに留めた。
翌朝。
騎士団から届いた手紙は、ピクルス紙に丁寧な文字で綴られていた。
「木の葉通り連続変死事件 聖北騎士団自警部 内部資料」と。
今日も不可解な謎と私情を抱えた依頼人が戸を叩きに来る。
地図作製組合から教わった秘境にて、見事に古代文明期の遺産を漁りつくした後。
世捨ての集落といわれる辺境の村でマジックアイテムの魔力充填を行い、希望の都フォーチュン=ベルにて≪魔法薬≫と≪解毒剤≫の練成を済ませて3ヶ月ぶりにリューンへ帰還した”金狼の牙”たち。


彼らは、つい1刻ほど前までのんびりと過ごしていたはずだった。
その平穏が破られたのは、とある手紙が元であった。
後光を背負う十字という独特の封蝋――聖北教会の関係者を示す印である。
宿の親父さんはわざわざ個室を用意して、人目を避けるようにして現れた依頼人を”金狼の牙”たちと引き合わせた。
「さて・・・。いきなりだが本題へ入ろう」
「ええ、結構よ」

ジーニは鷹揚に頷いた。
依頼人は騎士風の出で立ちをしており、まだ年は若いが凛とした雰囲気を漂わせている。
それもそのはず、彼は聖北騎士団の治安維持派に属するものであった。
互いの自己紹介を終えた後、依頼人――ロレンツィオに対し、アレクが声をかける。
「とりあえず椅子の方へどうぞ」
「いや、このままで結構」
ロレンツィオは手を振って断った。
そういった何気ない振る舞いや鎧の装飾に見られる、年不相応な威厳・・・アウロラはこの依頼人が高い地位の人物であることに気がついた。
背筋をしゃんと伸ばしたまま、彼は口を開く。
「貴殿らもご存知かと思うが、ここ最近木の葉通りで変死体が相次いで見つかっている」
杖の髑髏を無意識に指で撫でつつ、ジーニが応じた。
「ええ。ここへ騎士団が来るならこの件だと思っていたわ」
木の葉通りの連続変死事件――。
ここ半年、リューン市内で話題になっている事件である。
木の葉通りはいわずと知れた高級住宅街なのだが、そこで1ヵ月に1度決まって死人が出るというのだ。貴族を狙った物盗りか怨恨絡みのよくある事件だと誰もが思った。
だが一つ不可解な点があった。
・・・・・・遺体の変容である。
被害者らは決まって彼ら自身の体液を抜かれて死んでいたのだ。
これがこの凡庸な殺人事件を、にわかに奇妙頂礼な醜聞へと変貌を遂げさせた。
「犯人は吸血鬼ではないかと風評立った事件だ。承知のとおり解決はしていない」
「そこまではあたしたちが聞いていたとおり、ね」
「認めたくはないが。この件には人ならざる特異な存在の気配を感じてならない・・・」
呻くようにロレンツィオが言った。
ギルが手袋を外したままの手で頬杖をつきながら問う。
「同感だねぇ・・・で、何をしたらいいのかな?」
「ずばり解決だ。報酬は2000sp。生け捕れば倍出そう」
アウロラはやや眉を上げた。
(亡霊や亡者は払えども吸血鬼を専門にした騎士が居ないのですね。ええ、ええ。実に興味深い)
それに気づいた様子もなく、依頼人は「実は・・・」と話を切り出した。
来月、魔導都市カルバチアで各都市の大使が入れ替わる際に、大規模な式典が行われるらしい。
「我々はもとより・・・有能な騎士団員の多くはその式典の警護にあたるはずだ。式典が終わるまでの間でも構わない。”金狼の牙”の力をぜひともお借りしたいのだ」
ちらり、とギルが仲間たちを見やった。
実力と仕事内容に見合ったらしい報酬、一応の拘束期間、聖北騎士団というはっきりとした依頼元・・・依頼を受けるのに異を唱えるような要素はないはずだ。
案の定、他の仲間たちからは「止めろ」という意味を込めた目配せは一切来ない。ならば良かろうと、ギルは首肯した。
「分かった。その仕事引き受けよう」
「おお・・・ありがとう。教会の検死記録や報告書の閲覧を許そう。いつでも見に来るといい」
その言葉の後、騎士団員ロレンツィオは神経質そうに暖炉の周りを往復していたが、何かを思いついたらしく立ち止まった。
「すぐに連絡が付くよう≪狼の隠れ家≫付きの伝令兵を置こう。紙面には代表者の名前を書かせて頂きたいがどなただね?」
「伝令とか面倒くさいな・・・アウロラ、頼む」
「ギル、あなたねえ・・・ま、いいです。分かりましたよ。ロレンツィオさん、私にお願いします」
「了解した。チームの時も個人の時も連絡は全てアウロラ氏名義でお送りする」
依頼人はすかさず取り出したメモに、アウロラの名前を書き付ける。
優美な白い羽ペンと凝った装飾の携帯インク壺は、恐らく≪狼の隠れ家≫の一晩の宿代などよりもよほど高価なのだろうと、エディンは見当をつけた。
「引き受けてくれて感謝する。その馳せた盛名通りの顛末を期待させて頂こう」
「手は尽くしましょう」

ロレンツィオの期待の言葉に、
(私たちの手に負える相手と決まったわけでもないのですが・・・)
と内心苦笑しつつも、アウロラはそう言うに留めた。
翌朝。
騎士団から届いた手紙は、ピクルス紙に丁寧な文字で綴られていた。
「木の葉通り連続変死事件 聖北騎士団自警部 内部資料」と。
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