Sun.

そこから 4  

 遺跡を後にして外に出ると、ちょうど夕方に差し掛かろうとしていた。
 すぐ野営の準備に取り掛かる。サリマンが水汲みに行っている間に、アレクはトールを懐から出して、手際よく乾いた枝を2人で集めた。
 旅慣れた冒険者の身だ。太陽がもったりとした体を地に沈める前に、余裕を持って野営の支度を整える事が出来た。

「お疲れ、トール。・・・・・・これを」
「チーズと干し肉でっか。まあ旅の空ですからな、仕方あらしまへん」
「すまない。ちゃんと紹介しようと思ってたんだが・・・」
「気にせんといて、アレクはん。あんたが口下手なんは、わてもよう知ってますさかい」

 トールはにやっと笑った。
 貰った食料を口に放り込み咀嚼すると、彼はまた見つからないうちにとアレクの懐に潜り込んだ。
 やがてサリマンが戻ってきたので、アレクは彼と共に支度を進めた。

「すみませんね、野宿で」
「いや。慣れている」
「でも季節と天気さえ良ければ、遠い宿場まで足を運ぶよりもここでさっと野宿する方が快適なんですよね」

 おまけに安上がりだと、サリマンは言った。
 焚き火を囲んで、各々持参した携帯食料の晩餐を取る。
 サリマンが使い込んだ小鍋で細かく千切った干し肉のスープを拵え、アレクに振舞った。
 この手の小鍋を使ったスープや煮込みはアウロラが得意でよく作るのだが、ベニマリソウが入っていたかどうか、彼の記憶には定かではなかった。

そこから13

「どうぞ。ただの塩スープですが、外で飲むとお腹がほっとしますよ」
「ああ・・・・・・そうだな」
「昼に採ったベニマリソウも放り込んでみました。お口に合うといいんですけど」

 受け取った木製の皿からじんわりと熱が伝わり、思ったより体が冷えていた事を意識させられる。
 塩味のいたって質素な汁だったが、ベニマリソウのほのかな香味と干し肉の旨みも少し出ていて、素朴な味わいがあった。

(・・・アウロラなら、これに何を加えるだろうな?)

 旅の途中で仕留めた動物を手際よくさばいていた姿を思い出しつつ、アレクが内心で首をかしげていると、サリマンが不意に口を開いた。

「親父がね」

 アレクの視線は、その言葉を受けて自然と隅にある麻袋へと動いた。

「・・・ええ、そこの袋に入ってる私の父がね。なけなしの稼ぎを見境なく研究につぎ込むもんだから、私がまともに働けるまで極貧もいい所だったんですが」
「・・・・・・ほう。そんなことがあったのか」
「母親が愛想尽かして逃げた後、二人でよく摘んだんです。これ。もう何十年も前の話ですけどね」

 サリマンは皿に直接口をつけて、ずずっとスープを啜る。
 富裕な商人の血を引くアレクの家では、そういった貧しさを経験した覚えが無かった。冒険者となった新米の頃に、ようやくそういう飢えを体験したくらいである。
 自然、わずかに居心地の悪さを感じ、彼は身じろいだ。
 夕方の端っこと夜が混ざり合い、茜を帯びたちぎれ雲が少しずつ輝きを落としていく。
 そのうつろいを眺めながら、アレクとサリマンは黙々と口を動かした。

「・・・ああ、そうだ。見張りは交代で結構ですからね」
「あなたは依頼人だ。護衛である俺の仕事だと思うんだが・・・」
「なに、これまでもそうしてやって来ましたから」

 事も無げにサリマンは言う。
 食べ終わった後の食器を少しの水で拭いながら軽く打ち合わせ、サリマンが先に見張りをすることになった。

「おやすみなさい。大丈夫、もしも何かあったらすぐに起こしますから」

 もしもの事がある場合はサリマンよりも先に、恐らく懐のトールが反応するであろう――しかし、その事は口に出さず、アレクはただ頷くに留めた。
 近くの木の根元に厚手の毛布を敷いてごろんと横になる。
 腹は程よく満たされており、一日体を動かした心地良い疲労は、アレクを容易く眠りへと誘い込んでいった・・・・・・。

「・・・・・・・・・ん」

 ふと目を覚ますと、サリマンは先程のスープ皿でちびちびと晩酌をしている。
 アレクが起きたことに気づくと、彼はその場から動かずに声をかけた。

そこから14

「もう眠くないのでしたら、良ければ一杯どうですか。安酒だけど、温まりますよ」
「ああ。頂こう」
「さすが冒険者。いけるくちだと思いました」

 さっきの干し肉の残りもあるという。
 受け取った自分の皿を相手に軽く掲げてから、アレクとサリマンはさしで飲み始めた。

「一年前までは、たまに調査で近場へ赴いては、一緒に来て貰った冒険者とこうして焚き火を囲んでいました」
「・・・それで野宿に慣れているのか」
「ええ。そのときに聞かせてもらう話が、私はとても楽しみでした。・・・知らないことばかりで」

 こうやって、話し相手のある酒は久しぶりだとサリマンは皿をまた口に運んだ。
 一人暮らしだとなかなかご飯を作るのも面倒だから、食堂やたまに酒場にも行くのだと言う・・・ただ、誰かと話し込むと言うことは皆無だと。
 アレクは意外な気がして目をわずかに瞬かせた。中々饒舌で、相手を飽きさせない話術も心得ているような男である。

そこから15

「まあ気楽と言えば気楽ですから、特に何とも思いませんけどね。何事にも、良い面悪い面はあります」
「・・・・・・そうだな」

 アレクの脳裏に、大蛇に出くわした時に使ったゴーレムと、その開発者であるディトニクス家の令嬢の姿が浮かぶ。
 彼女からの二度目の依頼を引き受けた際、あまりにも意外な真実が出てきたために、このままゴーレム開発を続けていいのかと悩んでいた。
 だが、物事には二面性って奴があるんだと彼女を諭したのは最年長者のエディンだった。
 「いいこというじゃない」と笑って立ち直った彼女――ルーシーは、やがてきちんとスチームゴーレムを改良し、自分たちにあんなプレゼントを贈るまでに腕を上げていたのである。
 そんな過去を思い出しながら、しみじみアレクが頷いていると、ふとサリマンの目に真剣な光がちらついた。

「ねえ。月並みな質問ですが、冒険者って楽しいですか」
「・・・・・・ん?」
「明日の事も分からない冒険者稼業でしょう。いや、ただの興味なんですが」
「・・・そうだな。人にもよるんだろうが・・・俺は、友達と昔約束をしたんだ」

 首を傾げるサリマンに、アレクは自由と冒険を追い求める幼馴染がいて、彼の近くで同じ夢を見るのだと誓ったことを話した。

「自由と冒険・・・何者にも縛られない生活、か」
「ああ」

 それは父と母がかつて通った道でもある。
 アレクの話にじいっと耳を傾けていたサリマンは、焚き火の炎を見詰めながらポツリと呟いた。

「私の憧れている冒険者像そのままなんですね。あなたは。なんて屈託のない夢だろう」
「子供のときに約束した夢だからな。でも・・・・・・ちゃんと叶ったし、叶え続けたい」
「・・・私も、そうありたいな」

 会話が途切れても、焚き火があると不思議に居心地は悪くない。
 何となく炎に見入りながら黙って杯を重ねる。
 夜空を見上げると、大きく輝く赤い竜の星が、西の森の端に姿を消そうとしていた。アレクの瞳に、よく似た色の星だった。
 今の季節、ちょうど真夜中に沈むこの星を、見張り交代の目安にしようかと打ち合わせていたのだったが・・・どうせ厳密な取り決めではないし、聖北教会の加護のせいか、今夜は何事も起こりそうに無い。
 サリマンを見やると、気分よく飲んでいる様子である。もう少し放っておいても良いだろうと、アレクは判断した。
 そしてどのくらい杯を重ねたか。
 ふと見れば、サリマンは膝を抱え、ボンヤリと自分の震える片手を覗き込んでいる。

そこから16

「思い出していたんです。・・・昼間の事、あの蛇の事」
「あれか」
「・・・大きな蛇でしたね。ああいうの、よく相手にされるんですか」 

 新米時代にも退治したが、リューンの地下にある元遺跡の下水道などでも見かけた覚えのあるアレクは、こっくりと首を縦に振った。

「そうですよね。あなた、堂々としていました。さすが冒険者です」

 でも、と弱々しくサリマンは続けた。

「・・・もしあれを、自分が相手にしていたらと思うと。・・・はは。この様です」

 サリマンは揺れる焚き火とアレクを交互に見詰めながら、のろのろと吐露し始めた。

2013/03/17 03:33 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top