Sun.

そこから 3  

 切り立った崖の下にバーセリック墓地遺跡の入口はあった。
 周囲は明らかに人の手で刈り込まれ、日差しが下生えまで良く差し込んでいた。気持ちのいい風も通っている。
 そのおかげか、佇まいは静謐だがおどろおどろしい印象は少しも無かった。入口は、鉄柵で封印されているようだ。

「相変わらずのどかだなあ、ここは。今晩はここに野営しますので、そのつもりでお願いしますね」
「わかった」
「水場も近いし、いざとなったら遺跡内で雨露もしのげるんですよね。流石にそれはぞっとしないですが」

 遺跡とは言っても、「墓地」遺跡である。それは確かにぞっとしないだろうと、アレクにも思われた。
 遺跡での作業は夕刻までには十分終わる見込みがあるそうだ。
 野営の準備はそれからということになり、彼らはまず昼休憩をとることにした。
 柔らかい下生えに腰を下ろし、乾いた携帯食料を齧る。水で流し込み、手短に支度を整えた。

「では、そろそろ潜りますか」

 サリマンはよし、と頷いて、上着の内ポケットから銀色の小さな鍵を引っ張り出した。
 アレクが無言のまま視線で問うと、

そこから7

「遺跡が悪用されない様にとね。魔よけの意味もあるらしくて。潜るにも教会の許可が要るんです」

と、鍵を差し込みながら彼は答えた。

「その割に立会人もないし、体裁の意味が強い気もしますけど」

 こんな小さな遺跡にいちいち構ってられないのが本音だろうかと、サリマンは肩をすくめた。
 かちり、と鍵の開いた音が鳴り、アレクは予め灯しておいたカンテラを掲げる。
 依頼人を後ろに遺跡へ足を踏み入れた途端、洞窟特有のじっとりと冷えた空気がアレクの身体を取り巻いた。

「相変わらずですね。ここも」
「一年ぶり・・・だったか?」
「ええ。・・・ここの壁画も、昔、全部写し取ったんだったな。・・・懐かしい」

 サリマンはカンテラに照らされた壁をそっとなぞりながら、独り言のように呟いた。

「・・・ああすみません。こちらですよ。まぁ、迷いようもありませんけどね」

 道は一本だけ、真っ直ぐに伸びていた。暗いが、よく舗装されているので足さばきは楽だった。

(これなら戦闘が起こっても大丈夫だな・・・。)

 いささか物騒な安堵をアレクはした。
 下げているカンテラに照らされて、じわりじわりと闇が染み出してくるように行く手が現れる。
 壁や柱に丁寧に掘り込まれている独特で繊細な陰影が、その暖かな灯りの動きに合わせて、静かに揺らいではまた闇に溶けていった。
 ほどなく、サリマンが足を止めた。
 カンテラを貸して欲しいと言うので、落として割らないよう注意して渡す。
 すると、サリマンが真っ直ぐに腕を伸ばした。
 カンテラで先を照らしているが、その先の道が不自然に黒い。

そこから8

「ここです。この落とし穴です」

 彼は屈んで闇の先を照らしながら、底をじっと見つめた。アレクもその後ろから一緒に窺うと、そこそこの深さがあることが分かった。
 底にびっしりと立てられた槍が、ボンヤリとその姿を晒している。
 なるほど、もし落ちたなら助かりそうにはない。昔はさぞ侵入者の血を吸ったのだろう。

「相変わらず骨が散らばってぞっとしないなあ。浄化済みとはいえ・・・」
「どれがお父上か分かるか?」
「お、いたいた。あれです」

 サリマンは父親を見つけたようだ。

「暴かれてから久しい罠だし、何でこんな分かりやすい穴に足滑らせたんですかね・・・ホント」
「・・・・・・お父上じゃなければ、分からないさ」

とアレクは呟いたが、それはあまりに小さすぎてサリマンの耳には届かなかった。

「さて、じゃあ回収しますか。技術に長けた人が上にいた方が安心だから、私が下に降りますね」

 上からロープで確保していて欲しいと言われ、アレクは首肯した。
 サリマンも基本的な技術くらいなら身につけているので、ちゃんと支えて貰えれば下に降りることは造作も無いという。
 アレクは長い命綱の束を解き、からまりは無いか、万一の劣化は無いか、点検を始めた。
 その間にサリマンは、もう1つのカンテラを取り出して灯りを移し、新しいほうを別のロープに結び付けて穴の底へと下ろしていた。
 闇に隠されていた陰鬱な世界がぼうっと浮かび上がる。

「こちらは大丈夫だ」

 アレクが用意したロープを渡すと、サリマンは慣れた手つきでそれを股から肩に回し、脇腹に押さえ込んだ。冒険者もよく使う、肩がらみという方法だ。

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「じゃあ、行きます。よろしくお願いします」
「ああ。気をつけて」

 サリマンはするすると縁の向こうに消えた。

「くっ・・・・・・」

 アレクは腰を沈めてしっかりと足を踏ん張りながら、ロープにずっしりと掛かる機微を読み取る事に集中した。
 どのくらい時間が経ったのだろう・・・・・・しばらくして、掛かっていた負荷がふっと軽くなった。

「着きました!」

 すぐにサリマンの声が地の底から響いた。アレクは緊張を緩める。
 縁から下を覗き込むとまだ暗い様子だったので、カンテラを掲げて、底への光源を増やしてやった。
 ぼろぼろに朽ちた無数の槍と、散らばった骨の間を縫って、サリマンは底に屈んでいる。手巾でマスクをしているようだった。

(遺跡でのこういうところの振る舞いも身についている。・・・・・・死体に取り乱す様子もない。これは中々強いな。)

 アレクはサリマンの様子をそのように評価した。
 冒険者といえば、とかく荒事に縁がある。そればかりと言うわけでもないのだが、普通に生きている市民と比べると、圧倒的に死体を目に入れる機会が多かった。
 血に弱かったり、死体に弱かったりなどすると、極端に依頼の種類を絞る必要が出てくる。それは冒険者として実際的ではなかった。
 サリマンは下ろしたリュックから大きな麻袋を引っ張り出すと、目当ての遺体をそこにごそごそと詰め込み始めた。
 「それ」がまだ衣服の残骸をまとい、十分に原型を留めている事が上から覗き込んでいても分かったが、サリマンは手際よく折り曲げたり、こびりついた何かを剥ぎ取ったりして、せっせと器用に作業を続けている。

そこから10

 その甲斐もあってか、作業は何の滞りもなく終わり、アレクは口を固く縛った麻袋をサリマンの合図と共にロープで引き上げた。
 麻袋の、軽くも重くも無い手ごたえが両の手に掛かる。
 ――――ずりっ、ずりっ、ずりっ。

「・・・・・・ふう」

 思わずアレクは息をつく。十分に気をつけて引き上げたが、麻袋は時折岩にこすれてしまい、硬くてくぐもった音を立てた。
 引き上げた麻袋のロープを解き、もう一度穴に下ろして底を照らすと、やはりカンテラを掲げたサリマンがこちらを見上げている。
 彼は、光が直接目に入らないように腕で顔を庇いながら、大きな目をいつまでもこらしていた。

「・・・・・・サリマン?」

 油がじりじりと燃える特有の臭いが立ち込める中、アレクはじっと返答を待った。

「・・・ああ、すみません。天井を見ていて」

 おもむろに彼は口を開く。

「あなたも、よければ見上げてごらんなさい。足元には気をつけて」

 サリマンに変わった様子が見られないのを確認すると、彼の言葉につられてアレクは顔を上げた。
 よくよく気をつけて見れば、天井の少し窪んだ部分、またたき揺れる暖かい光の中に、美しいモザイク壁画が浮かび上がった。
 ごくさりげなく、小さな造作だったが、色とりどりの石片をちりばめて、羽と角の生えた不思議な生き物が丁寧な意匠で表現されていた。

「・・・これは?」
「昔むかしに信仰されていた神様の壁画ですね。現世にさまよっている魂を、次の生に導くのだとか」
「神、か」
「・・・恐らく、ここに落ちた者が死後この場を荒らさぬようにと、魂が正しく導かれるようにと、描かれたものではないでしょうか」

 サリマンの推測は根拠のあるものではなかったが、それは確かな説得力を持っていた。
 鑑定眼も確かなようで、「ここから見ても、かなり状態がいいみたいです」という声が聞こえる。
 ふとサリマンが言った。

「・・・父はもしかしたらこれをたまたま発見して、興奮してつい、足を滑らせたのかもしれませんね」
「そういうことをしそうな人だったのか?」
「・・・違うかもしれないけど。でもあの人らしいです」

 それからサリマンはしばらく口を閉ざし、穴の底からじっとその壁画を眺めていた。

2013/03/17 03:32 [edit]

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